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お風呂 参

 次の日曜日は、朝からどんよりした雲に覆われていたが、雨は上がっていた。

「なんで雨上がってるかなあ」

 珠子は眠い目をこすりながらも、朝ごはんを作って、大翔を起こした。ぐずぐず言うかもと思ったが、大翔はトイレも洗面も済まして食卓についた。難しい顔をしている。

 目覚めたとき、横にいる大翔の寝顔を見ながら、昨日のことを蒸し返したりしないと心に決めたものの、弟がなにも言わずにいるのを見て、少しイラッとした。

「おいしい?」と声をかけてみた。

 大翔はびくっとして姉の顔を見てから、「うん」とだけ言った。そして、かきこむように平らげると、「ごちそうさま」の一言を残し、逃げるように食卓を後にした。

 なに、あれ?

 あたしって、そんなに怖い顔してた?

 ふふっ。

「ひろちゃーん、お布団、上げといてねえ!」

 向こうから「はあい」と返事がした。あとで見に行くと、型は崩れていたけど、ちゃんと押入れの中に畳まれていた。


「たまちゃーん!」

 大翔を連れて珠子が第三公園に着くと、杭瀬ママがいつものノリで駆け寄ってきた。チラシを渡される。「タイガース夏合宿について」とある。

「毎年、八月にやるの。たまちゃんもおいでよ」

 二泊三日、場所は隣県の湖畔近く。

 えー、どうしようかな。昨夜の一件もあって、珠子まで参加しようなんて気分ではない。そこに、るなが現れた。

「へえ、夏合宿、いいですね」

 いつもと変わらず屈託がない。

「るなちゃんも来る?」と、杭瀬ママが意外なことを言った。

「いいんですか?」

「いいよ、いいよ、みんな大歓迎だよ」

「珠子、行くよね?」

 いきなり話を振られた珠子は「えっ」と、るなの顔を見た。

「珠子が行くんなら、あたしも行く」

 杭瀬ママが「じゃあ、決まりかな」と口を挟んだ。

 え? えー? ちょ、ちょっと待って。。

「あ、そうちゃんだあ」

 杭瀬ママが指さして大仰に叫んだ。その方向を見ると、そこには萌子ママと、珠子が見たことのない小さな男の子。まだ、一年生か二年生ぐらい。

「そうちゃん、久しぶりだねえ、元気してた?」

 杭瀬ママが頰ずりせんばかりに男の子に話しかける。そうちゃんと呼ばれた男の子は、迷惑そうな顔をした。


「あー、悔しい! あのピッチャー、ぜんぜん打てなかったあー!」

 萌子が新在家コーチに吠えていた。

 その日、第三公園ではBチームの公式戦があって、北里きたざとジャイアンツと対戦した。結果はまたものコールド負け。四番に入った萌子は、三打席とも内野ゴロに打ち取られた。

「そやから、おまえ早過ぎるんだって。ボール来る前から振っても、そら当たらんわ」

「だって、タマすっごく速かったじゃん。みんな振り遅れてたでしょ。早く振らないと打てないよ」

「早過ぎても打てるかいな。ちゃんと来たタマ引きつけとかんと」

「ねえ、新在家コーチィ、トスやってよ」

「トスゥ?」

「このまんまじゃ、スッキリしないよ、トスやって、トスぅ」

「しゃあないやっちゃなあ、福島コーチぃ、萌子がやかましいよって、こっちで相手しときますわ。あと、頼みます。萌子、ほな、ネット取って来い。それから、三四郎、お前もちょっと来い。一緒に見たるわ」

 萌子がバタバタと走ってゆく。コーヒを入れたカップを差し出しながら、福島ママが新在家コーチの元に行った。

「萌子ちゃんも熱心ですね」

「こら、おおきに」

 新在家はコーヒを一口飲むと

「ま、熱心なんはええことですわ。本人が気ぃ済むまでやったらええんです」

 三四郎が駆けてきた。

「おまえな、萌子がネット運ぶの、手つどうたれ。トスやるからな」

「はい!」

 三四郎が萌子の後を追って、走ってゆく。

「あの二人が機能せんと、うちの打線もつながりませんよってにな」


 そんな様子をぼんやり眺めていた珠子の隣で、ため息が漏れた。見ると、萌子ママだった。

「萌子ちゃん、熱心ですね」

 珠子が声をかけると、「熱心なのはいいんだけど」と萌子ママは、またため息をついた。憂いた表情は、清楚な造りに独特の美しさを及ぼした。ため息さえ絵になる人がいるのかと、妙なところで珠子は感心した。

「ねえ、まだ帰らないの」

 そうちゃんと呼ばれた男の子が、ママのスカートを引張った。

「もうちょっとだけね」

 ママは寂しい笑顔を小さな息子に向けた。男の子は退屈そうだった。

「お姉ちゃんと遊ぼうか?」

 珠子が声をかけると、男の子は一瞥しただけで動かない。

「そうちゃん、いいねえ、お姉ちゃんが遊んでくれるって」

 萌子ママが頭を撫でると、「野球はしないからね」と、小さな男の子は宣言するかのように珠子に言った。

「野球は好きじゃないの?」

「だいっきらい」

「そっか、じゃあ、おしゃべりしよう」

 珠子はその場にしゃがんで男の子の目線に合わせると、にっこり微笑んだ。そのあと、お昼になるまで、小さな男の子とたわいもない時間を過ごした。お昼になって、萌子ママは男の子を連れて帰っていった。珠子がお弁当を広げると、今度は萌子が来た。

「たまちゃん、颯太そうたと何を話してたの?」

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