表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/56

ユニフォーム 参

 二回は両チームとも無得点で終わった。

 三回表、ピッチャーの福島は簡単に2アウトを取った。が、打ち取ったはずのレフトフライを、杭瀬が目測を誤った。てんてんと転がる打球。バッターは二塁に達した。そこから、福島はストライクが入らなくなった。二者連続フォアボールで、一挙満塁に。

 その次のバッターの初球、ワンバウンドしたタマをキャッチャーの野田は捕れなかった。三塁ランナーが生還し、他のランナーはそれぞれ進塁した。二球目をバッターは強振した。鋭い打球が三遊間を抜け、ランナーが全て帰って、逆転された。

 その後、試合は一方的な展開となって、五回、9ー2で、タイガースのコールド負けとなった。

「うっちのピッチと勝負! とうぜんピッチが勝ーつ! あーたりまーえ! よーゆう、よゆう」

 大翔は他のベンチメンバーの子どもたちとともに、試合の間じゅう、ずっと応援歌を歌っていた。


 試合を見て、珠子が知ったこと。

 萌子と千尋、女の子ふたりが相当うまいこと。男の子に全然負けていない。

 萌子は大柄な体格を活かしたパワフルなバッティングで、チームの中で誰よりも遠くへ打球を飛ばしていた。

 千尋は守備が抜きん出ていて、どんな打球でも簡単に処理してしまう。

 ピッチャーの福島は、崩れる前は、なにかテーマを持って投げているようだった。同じアウトでも、笑顔でガッツポーズを取ることもあれば、なにか釈然としない表情を見せることもあった。

 全体的には、うまい子と下手な子がハッキリしていた。打順では一番から五番までが上手で、六番以下が下手。ポジションでは、ピッチャー、キャッチャー、セカンド、サード、ショートがうまく、他は心許ない。

 ただのサードゴロをファーストが受け損なったり、ただのフライを外野がバンザイしたりするから、打ち取ったはずの打者がランナーとなって塁上を賑わせることとなる。外野からの返球がいい加減だったりするから、ランナーと無関係なところでボールが行き交い、失点を重ねてゆくという感じだ。


 新在家コーチが試合の終わった子どもたちを集めた。

 コーチを取り囲むように、子どもたちは三角座りをした。

 珠子は、他のお父さんコーチ五人ほどとともに、新在家の後ろに並んで立った。タテジマのユニフォーム姿なので、珠子もいっぱしのコーチのように映った。もっとも珠子はそんな格好でいることすら忘れている。

「福島あ」

 新在家は大きな声を出して、福島に髭面を向けた。

「ナイスピッチやあ」

 福島は照れたような顔をした。

「野田あ、三回のバックホームは、よう止めた。あっこで点取られとったら、三回コールドやったわ」

「ちひろお、二打席目のあのバントはええとこ転がしたなあ」

 といった具合に、新在家は関西弁で一人一人の「ええプレイ」を誉めていった。

「住吉い、今日はちゃあんとカバーに入っとったなあ。野球はカバーが肝心や。よう動けるようになったな、偉かったぞ」

 エラーオンパレードで試合をガタガタにした外野陣に対しても、理由をつけてはいちいち誉めた。

「ようそんだけ誉められるとこあるなあ」

 新在家の口調で言えば、それが珠子の素直な感想だった。

「今津う」

 試合に出ていたメンバーの後で、新在家が思いがけない名前を口にして、珠子はびくっとした。

「大きな声出てたで。あんだけ声出せたら、大したもんや」

 大翔は口を開けたまま、表情を緩めた。

「今日の試合、みんな、ようやったな。ほな休憩や。水飲んで来い。トイレ行きたい奴は、今のうちに行ってくるんやで。次はシートノックするよってにな、ほな、解散」

 子どもたちはパッと立ち上がって、賑やかに荷物置き場に向かって駆けてゆく。


「コーチのみなさあん! コーヒー入りましたよー!」

 杭瀬ママがかわいい声を上げた。

「たまちゃん、似合ってるねえ」

 珠子がお父さんコーチと一緒に出されたコーヒーを啜っていると、杭瀬ママが大仰に手を広げた。

 すると、周囲にいたお母さん連中が口々に「似合ってる」だの「かわいい」だのと騒ぎ出した。萌子と千尋まで参戦して、珠子は防戦一方になった。

「もうこれで、立派なコーチやな」

 トドメを刺すかのような、新在家の低い声。萌子と千尋が「やったあ!」と甲高い歓声を上げた。

「なし崩し的」

 って、こういうことを言うのか。珠子は十五にして初めてわかったような気がした。

 はあー


 その日の夕方。

 練習が終わった後で、珠子は最後の抵抗を試みた。

「このユニフォーム、どうすればいいですか?」

「どうすればって?」と杭瀬ママ。

「洗濯してお返しすればいいですよね」

「それ、たまちゃんのだよ」

 はい?

「代表がたまちゃんにって持ってきてくれたんだから、遠慮なく貰っておきなよ」

 珠子は固まった。

 遠慮なんてしてないんですけど。

「うん、似合ってる、似合ってる、貰っとき、貰っとき」・・・九条ママまでもがそんなことを言った。

 ああ、もう全てが出来上がってるう。


 その帰り道。

「お姉ちゃん、よかったね」

 大翔が無邪気な声を出した。

「なにが?」

「ユニフォームもらって」

「なんで?」

「だってユニフォームって高いんでしょ。僕の買ったとき、お姉ちゃん、こんなするのとかって言ってたじゃない。タダで貰ったから、すごく得したよね」

 珠子は大翔をじろりと睨んだ。

「お姉ちゃん、釣られた魚の気分なんだけど」

「魚?」

「それも、欲しくもない餌で釣られた」

「お姉ちゃんって、魚の餌食べるの?」

 あかん、話ぜんぜん通じてへんわ。

 なぜか新在家の関西弁が頭に響いた。

 はあー

「今日の練習きつかった? 元気出しなよ、お姉ちゃん」

 大翔は、珠子の手をつなぐと、ぐだぐだになった姉を引っ張るように歩き出した。姉が同じ格好をしていることが、なんとなく嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ