ユニフォーム 参
二回は両チームとも無得点で終わった。
三回表、ピッチャーの福島は簡単に2アウトを取った。が、打ち取ったはずのレフトフライを、杭瀬が目測を誤った。てんてんと転がる打球。バッターは二塁に達した。そこから、福島はストライクが入らなくなった。二者連続フォアボールで、一挙満塁に。
その次のバッターの初球、ワンバウンドしたタマをキャッチャーの野田は捕れなかった。三塁ランナーが生還し、他のランナーはそれぞれ進塁した。二球目をバッターは強振した。鋭い打球が三遊間を抜け、ランナーが全て帰って、逆転された。
その後、試合は一方的な展開となって、五回、9ー2で、タイガースのコールド負けとなった。
「うっちのピッチと勝負! とうぜんピッチが勝ーつ! あーたりまーえ! よーゆう、よゆう」
大翔は他のベンチメンバーの子どもたちとともに、試合の間じゅう、ずっと応援歌を歌っていた。
試合を見て、珠子が知ったこと。
萌子と千尋、女の子ふたりが相当うまいこと。男の子に全然負けていない。
萌子は大柄な体格を活かしたパワフルなバッティングで、チームの中で誰よりも遠くへ打球を飛ばしていた。
千尋は守備が抜きん出ていて、どんな打球でも簡単に処理してしまう。
ピッチャーの福島は、崩れる前は、なにかテーマを持って投げているようだった。同じアウトでも、笑顔でガッツポーズを取ることもあれば、なにか釈然としない表情を見せることもあった。
全体的には、うまい子と下手な子がハッキリしていた。打順では一番から五番までが上手で、六番以下が下手。ポジションでは、ピッチャー、キャッチャー、セカンド、サード、ショートがうまく、他は心許ない。
ただのサードゴロをファーストが受け損なったり、ただのフライを外野がバンザイしたりするから、打ち取ったはずの打者がランナーとなって塁上を賑わせることとなる。外野からの返球がいい加減だったりするから、ランナーと無関係なところでボールが行き交い、失点を重ねてゆくという感じだ。
新在家コーチが試合の終わった子どもたちを集めた。
コーチを取り囲むように、子どもたちは三角座りをした。
珠子は、他のお父さんコーチ五人ほどとともに、新在家の後ろに並んで立った。タテジマのユニフォーム姿なので、珠子もいっぱしのコーチのように映った。もっとも珠子はそんな格好でいることすら忘れている。
「福島あ」
新在家は大きな声を出して、福島に髭面を向けた。
「ナイスピッチやあ」
福島は照れたような顔をした。
「野田あ、三回のバックホームは、よう止めた。あっこで点取られとったら、三回コールドやったわ」
「ちひろお、二打席目のあのバントはええとこ転がしたなあ」
といった具合に、新在家は関西弁で一人一人の「ええプレイ」を誉めていった。
「住吉い、今日はちゃあんとカバーに入っとったなあ。野球はカバーが肝心や。よう動けるようになったな、偉かったぞ」
エラーオンパレードで試合をガタガタにした外野陣に対しても、理由をつけてはいちいち誉めた。
「ようそんだけ誉められるとこあるなあ」
新在家の口調で言えば、それが珠子の素直な感想だった。
「今津う」
試合に出ていたメンバーの後で、新在家が思いがけない名前を口にして、珠子はびくっとした。
「大きな声出てたで。あんだけ声出せたら、大したもんや」
大翔は口を開けたまま、表情を緩めた。
「今日の試合、みんな、ようやったな。ほな休憩や。水飲んで来い。トイレ行きたい奴は、今のうちに行ってくるんやで。次はシートノックするよってにな、ほな、解散」
子どもたちはパッと立ち上がって、賑やかに荷物置き場に向かって駆けてゆく。
「コーチのみなさあん! コーヒー入りましたよー!」
杭瀬ママがかわいい声を上げた。
「たまちゃん、似合ってるねえ」
珠子がお父さんコーチと一緒に出されたコーヒーを啜っていると、杭瀬ママが大仰に手を広げた。
すると、周囲にいたお母さん連中が口々に「似合ってる」だの「かわいい」だのと騒ぎ出した。萌子と千尋まで参戦して、珠子は防戦一方になった。
「もうこれで、立派なコーチやな」
トドメを刺すかのような、新在家の低い声。萌子と千尋が「やったあ!」と甲高い歓声を上げた。
「なし崩し的」
って、こういうことを言うのか。珠子は十五にして初めてわかったような気がした。
はあー
その日の夕方。
練習が終わった後で、珠子は最後の抵抗を試みた。
「このユニフォーム、どうすればいいですか?」
「どうすればって?」と杭瀬ママ。
「洗濯してお返しすればいいですよね」
「それ、たまちゃんのだよ」
はい?
「代表がたまちゃんにって持ってきてくれたんだから、遠慮なく貰っておきなよ」
珠子は固まった。
遠慮なんてしてないんですけど。
「うん、似合ってる、似合ってる、貰っとき、貰っとき」・・・九条ママまでもがそんなことを言った。
ああ、もう全てが出来上がってるう。
その帰り道。
「お姉ちゃん、よかったね」
大翔が無邪気な声を出した。
「なにが?」
「ユニフォームもらって」
「なんで?」
「だってユニフォームって高いんでしょ。僕の買ったとき、お姉ちゃん、こんなするのとかって言ってたじゃない。タダで貰ったから、すごく得したよね」
珠子は大翔をじろりと睨んだ。
「お姉ちゃん、釣られた魚の気分なんだけど」
「魚?」
「それも、欲しくもない餌で釣られた」
「お姉ちゃんって、魚の餌食べるの?」
あかん、話ぜんぜん通じてへんわ。
なぜか新在家の関西弁が頭に響いた。
はあー
「今日の練習きつかった? 元気出しなよ、お姉ちゃん」
大翔は、珠子の手をつなぐと、ぐだぐだになった姉を引っ張るように歩き出した。姉が同じ格好をしていることが、なんとなく嬉しかった。