幕末
「おまさん、げに大丈夫やか?誰かに襲われたか?」
・・・
女は16、7頃か。怯えた表情のまま、こちらをじっと見つめながら、首を横に振った。
「そぉかぁ。泊まるとこはあるか?」
しばらく俯き、下を向いたままゆっくりと首を振る。
「よし!んなら、ちょっと待っちょきっ!」
そう言い残し、龍馬は去って行った。
どーゆーこと?
意味が分からない・・・
ここは、死後の世界?
それとも・・・
小春は辺りを、恐る恐る見渡した。
龍馬が息を切らして戻って来た。
「はぁ、良かったぁ。まだおったな!猫みたいに怯えとるき、逃げとらんか心配したぜよぉ!」
こ、声が大きい。
「龍馬さーーん!持って来ましたーー!」
「こいで良かですか?」
「おぉ!よかよか!」
浴衣?着物?
龍馬は薩摩の藩士達におりょうの着物を取りに行かせていた。
その着物を小春に掛けると、
「ちょっとの辛抱やき、大人しゅうしとってなぁ。」
そう言うと、優しく笑いかけた。
お父さん、みたいな笑顔だった。
心に少しだけ色が付いた気がした。
藩士におんぶされ、小春はおりょうの居る宿へと運ばれた。
宿まではかなり距離があったが、藩士が代わる代わる小春をおぶってくれた。
小春は、過ぎゆく景色や、空気、藩士達の匂いや、話し方、歩き方で確信していた。
ここは、幕末の世界だ。
本当に存在したリアルな世界なのか、それとも私の夢の中の世界か、もしかしたら仮想空間の世界なのかもしれない。
それでも、私がさっきまで居た世界とは全く別の世界だということだけは、はっきりしている。
そして、私を見つけて優しく笑いかけてくれた人。
歩きながら、ずっと藩士の人達と大きな声で話したり、爆笑したりしているこの人は・・・
あの、坂本 龍馬・・・
目を覚ますと、まだ幕末の世界だった。
和室に敷かれた布団に、浴衣を着て寝ていた。
隣の部屋からは、明かりと共に龍馬達の笑い声や歌声、飲み食いしている音が漏れている。
小春は静かに襖に近づくと、小さく屈み隙間から覗いてみた。
すると、勢いよく襖が開き小春は前に飛び出した。
「わぁっ!痛っ!!」
ハッとして顔を上げると、襖を開けたおりょうが心配そうに小春の顔を覗き込んだ。
「体は大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます。」
凄く綺麗な顔をした人・・・
でも、芯が強そうなクールビューティ・・・
『 ぐぅぅぅぅ』
はっ!!恥ずかしくて自分のお腹を抑えた。
「あはははは!大丈夫そやね。ご飯たくさん食べんさい。」
「いただきます。」緊張しながら、白いご飯を口に入れる。
「美味しい・・・」
「あはははは!白飯だけで美味しい!かぁ!!げに面白いなぁ!!」
側で見ていた龍馬が大声で笑ってる。
つられるように、おりょうや藩士達も笑っていた。
小春の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
「どした?」
「こんなに、たくさんの人達とご飯食べた事無かったから…誰かと話しながらご飯食べるって、もう何年も無かったから…」
すると、龍馬が立ち上がり大声で言った。
「そぉか!そぉか!ほんなら、今までの分も食べたら良いぜよ!!」
顔をくしゃくしゃにしながら小春に笑いかける。
「さっ!わしゃ酒を飲むき~!!」
そう言いながら、皆の輪の中に戻り踊り出した。
小春は、溢れる涙を止められなかった。他人と話してこんなに温かい気持ちになった事が無かったから…
ふと、小春の身体が抱きしめられた。
おりょうだった。
おりょうは小春を抱きしめ、背中をさすりながら優しく声かけた。
「大丈夫。大丈夫よ。」
小春は、おりょうの腕の中で何度も頷いた。
心に色がついていく。こんなにも世界は温かい色をしていたんだ。幕末の世界だからかな。
もし、そうだったら…
神様、私をこの世界に置いてくれてありがとうございます。
生まれて初めて、生きて良いんだよ。生きていてくれて、ありがとう。
そう、言われた様な気持ちだった。