バレリーナ
「小春ちゃんっ!音痴ー!!ズレてるって!さっきも言ったでしょ?自分がズレてるの、分からないの?」
・・・
「泣いたって、音痴は治らないわよっ!もぅ!しばらく1人で練習してなさいっ!」
・・・
心臓の辺りがサーっと冷たくなる。身体の中は冷えきってるのに、目の辺りだけが熱い。自分で止める事が出来ない涙と鼻水が、憎い。
もう高校1年なのに、今日も叱られた。レッスンでは毎回怒られてる。私が言われた事が出来ないから、しょうがない。頭では、よく分かってるつもりでも、いざ音に合わせて動いてみると全然出来ない。ダメ過ぎて本当に自分が嫌いだ。
けど、こんなにダメダメな私なのに、どうして次のコンクール出場メンバーに選ばれたのかな・・・
家に帰ると、ダイニングテーブルのテレビを触り、いつもの映像を流す。
静かにクラシック音楽が家の中に響き始めた。
昨日のカレーを温めながら、レッスンで注意された事を思い返し身体を動かす。
部屋中がカレーの香りで満たされると、テーブルにカレーを置き映像を見ながら食べる。
ご飯を食べる時は、いつも1人だった。あ、ご飯だけじゃなくて、家に居る時はいつも1人だ。
私を産んですぐに、お母さんは死んだ。
お父さんは、おばぁちゃんに私の世話を頼み、朝早くから夜遅くまで仕事をした。
私が小学2年生の時、おばぁちゃんが死んだ。
お父さんは家事をする為、家に居る時間を増やしてくれた。私もお父さんの手伝いをしながら、家事を覚えた。
あの頃が、あの2年間だけが、お父さんと色々な事を話せた時期だったなぁ。
小学四年生の夏休み・・・
「小春、1日に何回も見て、飽きないのか?」
「うん!ぜんっぜん飽きないよ!」笑顔でお父さんに答えた。
お父さんは、少し上を向いてから私に優しく微笑んだ。
「それはな、お母さんの宝物だったんだ。」
私の横に座りなおすと、ゆっくりとお母さんの話しをしてくれた。
テレビの中で、暗い舞台に白く浮かび上がるジゼルの亡霊が哀しそうに踊っている。
お母さんは小さい頃からバレエを習っていて、バレリーナになるのが夢だったらしい。18才の時、難病を患い両足を切断した。
お母さんが入院した病院で、研修医として働いていたお父さんと出会い、二人は恋をした。
「小春、ごめんな。お母さんの話、全然してあげられなくてっ・・・」
お父さんが震えながら泣いている。
私は椅子に膝をつき、お父さんを優しくヨシヨシしてあげた。
「ありがとう。」お父さんが、泣きながら笑顔を作っている。
「小春、バレエ習ってみるか?」
「えっ?!良いの?習いたーい!」
「本当は、もっと早くに習わせてあげたかったけど・・・
父さん、お母さんが大好きだったんだ。
お母さんは、両足を失ってからずっと泣きながらバレエのDVDを見続けていたんだ。でも、父さんと付き合うようになってからはDVDを全く見なくなって、バレエの話もしなくなったんだ。
そしたら、凄く元気になってね、二人で旅行にも行けたんだよ。
だから・・・だからさ、小春がバレリーナの格好をするときっと、父さんお母さんを思い出して…
小春がバレリーナになったら、小春までお母さんの所へ行ってしまう気がして。小春がバレエ習いたいの、気づかないふりしてた。本当にごめんな。」
「大丈夫だよ。小春はずっとお父さんのそばにいるよ。」
もしかして、私が生まれてきてしまったからお母さんは死んじゃったのかな。
私がいるから、お父さんはお母さんを思い出して辛いのかな。
私は、生きていて良いのかな・・・
その時、初めて思ったんだ。