アラベスク
小春は、まだ頭の中を整理出来ずにいた。
しかし、お婆さんから受け取ったこの木箱と手紙の存在が、混乱を興奮に変化させていた。
お龍の銅像の見える位置に座り、お龍を眺めながら「おりょうさん、ありがとうございます。」
そう言って受け取った物に視線を落とすと、最初に木箱を開けた。
木箱とほぼ同じサイズの紙を取り出し、開いてみる。
かなり茶色く変色しているが、中央に描かれた天女の様な絵の部分だけはまだ少し白さが残っていた。
小春は、絵の部分にそっと手を置き目を閉じる。
「わぁ!その形、凄く美しい!!
ねぇ、龍馬さん!小春を絵に描いてみましょうよ!
そして、どちらが上手く描けるか勝負しよう!」
「ぉおっ!げに面白そうやぁ!!」
そう言って、盛り上がる二人の前で私はアラベスクというポーズをとっていた。片足でつま先立ちし、もう片方の足を後ろに上げた状態。
「このポーズ、そんな長い時間は無理なんで!描くなら早くしてくださーい!」
と、言いながらそっと上げていた踵を下ろす。
その時、ふわぁっと優しい風が吹いた。
私のおろしていた髪の毛が風でふわぁっと、揺れる。
私のレオタードのスカートもふわぁっと、揺れた。
「それ!今の!ふわぁっと、した感じ!
天女様みたいよ!小春、もう一度ふわぁっと、やって?」
私の真似をしながら、見ぶり手ぶりで必死にお願いする、おりょうさんが面白くて私はポーズを崩し、お腹を押さえて笑った。
そんな私にまた、おりょうさんがポーズをしなさい!と怒って、また私のツボにハマって笑っていると、龍馬さんが「出来たー!」っと出した絵がまた、ふざけた絵で・・・
三人でお腹を抱えて笑ったっけ・・・
小春は、微笑みながら木箱の中のトウシューズをそっと、取り出して眺めた。
私のだ。間違いなく私のトウシューズ。
バレリーナは、新しいトウシューズを履く前に自分なりにカスタマイズするが、それはまさに当時、小春がカスタマイズしていたやり方と同じだったからだ。
小春は、絵の描かれた紙とトウシューズを持ち、胸に当てぎゅっと抱きしめた。
それから、小春宛だと言われた手紙を手に取って開いてみた。
絵が描かれていた紙と同じ素材の紙の中に、真新しい便せんが一緒に折り畳まれていた。
便せんの一番上には、
『幕末の頃の文字は少し読みづらいので勝手ではございますが、私が現代文に翻訳致しました。』
そう書かれていた。
変色した手紙を見ると、達筆過ぎる文字がびっしり書いてある。
いやいや、こんなの私絶対読めないよ!
家主のお婆さん、ありがとうございます!!
小春は、木箱とお龍からの手紙を紙袋にいれ、便せんに書かれたお龍からの言葉を静かに読んでいく。