トウシューズ
「小春!山は、凄かったぜよっ!
やけんど、わしの方がもっと凄かったんちや!
なぁ?おりょう!!」
「いやいや、祀ってある剣を抜くとか、有り得ないよ!バチが当たっても知りませんからね!」
そう言いながらも、笑顔のおりょうが龍馬を優しく見つめている。
小春は、この幸せな光景が自分のせいで壊れてしまうのではないかと、不安でたまらなかった。
「小春?具合でも悪い?」
小春の元まで来たおりょうが、いつもと違う雰囲気の小春を心配して声を掛けた。
「ん?大丈夫ですよ?」小春は、出来るだけ笑顔で返事をした。
「そうだ!ここで私の踊りを見てくださいよ!
ここは、宿のお庭より広くてジャンプとかも出来るし!それに、今は私達以外誰もいないみたいだし♪」
龍馬とおりょうは、互いに見つめ合った後、おりょうが優しく答えた。
「そうやね。うちらも山登って疲れたし、小春の踊り見て元気もらうね♪」
「はい!元気いっぱい踊ります!」
小春は、いつもよりテンション高めに振舞った。
草むらでレオタードに着替えて、バッグを手に戻って来ると、さっきまで小春が座っていた木の下に、二人 が並んで座っている。小春はその前に座り、トウシューズをバッグから出して履いていく。
指を保護するシートを巻き付けて、シューズの中へ足を入れる。リボンを足首で交差させ足首の内側で結び、結び目にリボンの端が出ない様にしっかり入れ込む。
「おぉ!それを見るのは、2回目じゃあ!!」
「そっかぁー、龍馬さんはトウシューズがお気に入りでしたね♪」
そう言いながら、つま先で立ってみたりしてトウシューズの感触を確かめる。
「このトウシューズは、こうやってつま先で立ってポーズするだけじゃなくて、もっと凄い事も出来るんですよ♪」
そう言って小春は、周りを木々に囲まれた中に、ぽっかりと空いた開けた場所へと歩いていく。
砂地の滑り具合をトウシューズで確かめながら、簡単にバーレッスンを済ませた。
うーん。結構滑るかなぁ。
まぁ、その時はその時だ・・・
小春は舞台の端に立ち、龍馬達の方へ向きバレエ流のお辞儀をした。
それから、舞台の真ん中を見つめ深呼吸をする。
頭の中でジゼルの音楽を再生させると、さっきと同じ様に頭の中で歌う。
同時に、スっと舞台へ歩いていき、音楽に合わせて踊り出す。
小春は、自然と笑顔になっていた。
大好きな人達に見守られながら踊るって、こんなに幸せなんだね。
恥ずかしいけど、見て欲しいと思う気持ち。
自分の中に初めて生まれた感情を、ジゼルの踊りが表現してくれる。
ありがとう、龍馬さん。
ありがとう、おりょうさん。
私、こんなに軽やかに踊れたの初めて・・・!
身体が自然と引き上げられる。
回って、ふんわり着地して、片足のつま先だけで進む時も、二人の笑顔を見ていると、重力を忘れられるの。
さっきまで、どんよりとしていた空が次第に晴れ、小春の踊る舞台の上から光が差し始めた。