ジゼル
「山に登るよ♪」
と言われ、朝早くに宿を出発した小春だったが、その日は山には登らず、ひたすら歩き続けた後、別の宿に泊まった。
歩いている間、小春はおりょうと毎日やっていたバレエの観劇ごっこの話しをしていた。
踊っている小春をモデルに二人が絵を描いてみると、龍馬の絵が下手過ぎて皆で爆笑した事。
龍馬が歌う歌に合わせて、小春とおりょうが踊っていたが、龍馬が歌う歌詞が下品すぎて小春とおりょうが龍馬を怒った事。
そんな毎日笑い合える日々は、二人にとって人生で初めてだった。
翌朝、小春も一緒に山に登ろう!と龍馬に誘われたが、足が痛いからと断った。
歩けないほどでは無いが、ただ歩き続ける事が小春はどうしても苦手だった。それに、せっかくの新婚旅行なんだから、たまには二人きりで過ごす時間も大事にしてほしかった。
龍馬達が山登りに出発した後、近くの神社で二人を待つ事になった。
そういえば、
かなり歩いてたけど、ここは鹿児島なのかな?
地理も歴史も、というより勉強全般が苦手な私では検討もつかない・・・
ただ、山に登る前おりょうさんが「高千穂の峰に登る」って言ってたような・・・
高千穂って宮崎県だよね?
私、宮崎まで歩いてたの?
怖っ!
そう考えると、急に疲れを感じた小春は、大きな木の根っこの間に座り、木の幹に身体を預けて休んだ。
暫く目を閉じていると、頭の中で音楽が流れ始めた。
それは、バレエの演目ジゼルの第一幕で、主人公ジゼルが1人で踊る場面。
身体が弱い村娘のジゼルが、恋する青年を想いながら踊るこの場面はバイオリンの高音から始まる。
小春は、ジゼルの振りを頭の中で踊りながらバイオリンの音を口に出して歌っていた。
それから、ジゼルの気持ちが言葉になって音の上に乗りながら踊っていく。
小春は、歌いながら立ち上がり最後は空に向かってポーズをとっていた。
胸がドキドキしてる・・・
こんな事、初めて……
でも、こんなにジゼルの気持ちになれた事は今まで無かった。
衣装も振り付けも可愛いジゼルは、大好きなのに。
ちっとも、村娘のジゼルの気持ちが分からなかった。
だけど、
龍馬さん達に出会って、触れ合って。
やっと分かった・・・気がする。
大好きな人を見つめる眼差し。
大好きな人の笑顔を見たいと思う気持ち。
お母さんや友達に心配される気持ち。
嬉しい気持ちが高まって、踊り出さずにいられなくなる気持ち。
そして、生きる喜び。
この瞬間が、大切な人と一緒にいる時間が、永遠に続いて欲しいと願う気持ちを、
私は、初めて知る事が出来た。