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近衛騎士副隊長は推しの幸せを願う【前篇】

作者: 如月霞

前後編の前編です。

「側近の近衛騎士副隊長になりたい、と?」


何でも(但し現実的にイケそうな範囲で、後からメン倒が起きない限り程度の)願いを叶えてやるという、タダイケ縛りをする謎の白髪碧眼イケメンは、お前は何を言っているんだ?と言いたげな表情をした。


また新しい切り口か、と小さく呟いた様だけれど、私にとっては初めての転生だ(多分)。気にしない事にする。


「側近の近衛騎士、で良いんだな?」


「違います!側近の近衛騎士副隊長です!正確に言うと乙女ゲームの『風と光のétude〜グロッシュ王国学園異文』の第二王子の近衛騎士副隊長のセレスティ・ダスカーにして欲しいんです」


私は死んだらしい。白髪イケメン曰く、まだ17歳の高校生で、下校後学校最寄りのコンビニで、推しキャラの新攻略ルート解放、一周年新お着替えお祭りガチャ課金の為のプリペイドカード購入中に、自動ドアを突き破りエクストリーム入店してきたセダンに殺られたと。


せめて課金して新ルートや衣装を見てから死にたかったなあ。


あ、でも一周年大規模アップデート第二弾も見ないと死ねないわー。それが終わったら第三弾もあったし多分その後もアップデートあるから延々ループするわー。死ぬまで死ねないわー。


兎に角、死んだからには仕方無い。


プリペイドカードだけ買うのも何だし、1周年記念にコンビニケーキも買っちゃおうとカウンターに載せた次の瞬間、すっごい衝撃を左側面に受けて、『あれ?店員さんが左にワープしてる?!』と思った次の瞬間、この真っ白な空間にいて、目の前の白髪碧眼が『早世した者の悲しみを軽減する為、願いを叶える』って言うから、元に戻してって言ったら『お前死んでるから無理。それ以外』って返されて、だったら箱推しゲームの推しキャラを全力で応援したいじゃない?


「ゲームの世界の王子の近衛騎士隊長になりたいのだな?」


「だからっ!『風と光のétude〜グロッシュ王国学園異文』の第二王子の近衛騎士団の副隊長のセレスティ・ダスカーです!王子は第三王子まで出て来るし、近衛騎士団隊長達は男キャラなので間違えないで下さいね!茶髪に緑眼の女騎士ですから!第二王子すっごく素敵なんですよ特に顔が!他の攻略キャラも人気で続編も出たんですから!」


白髪碧眼イケメンはわかりにくいなと眉間にしわを寄せる。

わかりにくいのは私のせいじゃない。


「わかった。強くなりたいものを思い浮かべよ。然すれば、汝の願い叶うであろう」


ゆらりっと歪む視界。


とにかく絶対間違えないで欲しい!目覚めたらムキムキ騎士に転生!とか嫌すぎる!大型アップデートが見られなかったのは悲しいけれど、我が手で新たなスチルを!推しキャラ第二王子ユークレイを至近距離で!優しくて、顔が良くて、笑顔が素敵で、顔が良くて、スタイルが良くて、顔が良いユークレイを一番幸せになれる相手とゴールインさせてみせる!


ーーーーーー


創作で良くある転生のパターンは主に二つ。

一つは生まれた時に前世の記憶を持っている、もう一つはある程度成長してから何かショックを受けて一気に思い出す。

前者であればスタートダッシュをかけられるが、心と体の年齢差にある程度の折り合いをつける必要があるし、言動を良く考えてある程度の演技力も発揮しないと人間関係に歪みが出てしまう。

後者なら気がついた時、既にある程度の態勢が決まっている可能性が高くなりやすく、軌道修正や必要な能力を短期間で習得する必要がある。


そんなこんなで前者だった私は8歳にして嫁に欲しくない可愛気皆無の男女として、社交界で有名になっていた。

生まれて直ぐにぷにぷにの体で腹筋を鍛え始め、つかまり立ちが可能になって直ぐヒンズースクワットを、歩き出してからは腿上げを追加、走れる様になってからは家の訓練場でジョギングを始めた。

転生前、小さい頃から剣道をずっとやっていて剣道部所属だったのも役立った。私の剣でユークレイ殿下を守ってみせる!


ーーーーーー


『ど〜れ〜み〜ふぁ〜そ〜ら〜し〜ど〜』♪『ど〜し〜ら〜そ〜ふぁ〜み〜れ〜ど〜』♪


今日も元気だシャトルランが響く。


「よーし、セティ、今日も兄に挑んで来い!」

「負けませんよ!」


って、勝てるか!こっちは8歳の女児、兄は13歳のマッチョ予備軍。

勝てる訳ないって言うと根性論を何時間もしつこくふっかけてくるので、負けず嫌いの可愛い妹として返事をする様にしている。

大体、シャトルランを始めたのは私で、わざわざ音声録音用の魔石を父におねだりして、ピアノの音を用意したのに、


「お、良いな、俺も混ぜろー!」


とか言いながら、初回で勢い余って私を練習場の隅の清掃用バケツに吹っ飛ばした恨みは忘れていない。あの時は水浸しで風邪をひいて両足を捻挫、ベッドで二週間、寂しくダンベル運動をするしかなかった。

その後も大雑把な兄は私をほぼ毎回吹っ飛ばし、内出血をさせられている。


どすっ!


「あきゃあああああ!」

「すまんセティ!」


避けたつもりが、兄の予測出来ない回転に巻き込まれて宙を舞う。


ぼすっ


「セティ、怪我は無いか?アーク、可愛い妹に体当たりするのは止めろ」

「お、ディックか、セティを受け止めてくれてありがとう。でも俺の妹なら、俺を吹き飛ばす位にならんとなあ」

「騎士見習いと小さな女の子が対等なわけ無いだろ!」


近衛騎士となる為に効率の良い訓練を突き詰めた結果、武官である父と、騎士見習いの兄にお願いして、王宮騎士訓練場に入れる様になった。

脳筋親子に『女騎士になりたい』と言っただけで、大喜びでこれである。娘や妹の安全について一切考えていない。物凄く助かってるけど。

訓練場には兄以外にも兄の幼なじみのディスクン・アラダイトがいて雑な兄と私を助けてくれる。13歳にして苦労人だ。

体の小さいうちに過度なトレーニングは良くないので、午前中の訓練が終わったら、王宮図書館で自習。近衛騎士を目指すなら文武両道が必須だ。ゲームで近衛騎士だったからといえ、必ずその通りになれるかはわからない。

少なくとも私はゲームの基本ルートをぶっ壊すつもりなんだから、努力しないとね。


「前世より勉強と運動してるよね、私」


全ては推しの第二王子ユークレイの為、美しい顔に恋する乙女の努力と根性を見せてやる!


ーーーーーー


「貴方はどなた?」


王宮図書館で日課の自習をしていると、10歳位の令嬢に声をかけられた。

整った顔立ち、燃える様な赤髪と気の強そうな紫眼、上品なデザインのオレンジ色のドレス。後ろに侍女を従えている。


「私はダスカー子爵の娘、セレスティ・ダスカーです」

「ああ」


令嬢はクスッと笑って、「出来損ない令嬢ね」と小さく呟いた。聞こえてるし。

そのまま何事も無かった様子で奥のテーブルに向かっていく。

自分の方が上だから、自分は聞きたい事を聞いたから、10歳になってから男に混ざって本格的に騎士見習いになった私なんかは相手にしないという意思表示。


あれは不合格だ。

ゲームそのままの悪役令嬢トリフェナ・リクレルト侯爵令嬢。

ヒロインが第二王子ルートを選ばなかったとしても、ユークレイのパートナーとしては絶対あり得ない。

何か奇跡が起きて、完全に生まれ変わったみたいな素晴らしい令嬢にならない限り。


ーーーーーー


15歳になって、私は希望の第二王子の近衛騎士団に入団出来た。

先にディック兄さんが入団していたのも有利だったみたい。第一王子付きになったアーク兄さんが残念がっていたけど、第一王子の顔は綺麗だけど好みじゃ無いし、仕事まで脳筋兄と一緒なのは嫌すぎる。

第二王子付きの女騎士は私一人。女騎士は絶対的に不足している。

王族は一人以上の女性近衛騎士を欲しがる。女性に絡まれたり、女性を保護したり、女性でしか入れない場所に対応しなくてはいけない時、男性の騎士のみだと困るからだ。

おかげで大好きな第二王子の側にいられる。大好きな顔を見放題。


良い!凄く良い!15歳の少年と青年の間の不思議なバランスの上に成り立つ美しい顔最高。

第二王子観察日記が捗る捗る。

これゲームですら破産レベルの廃課金しても体験出来ないんだから、もうね、毎日ご馳走様です。

側に立っているだけで、ニヤケそうになるのをぐっと我慢した結果怖い表情になっている様で、「貴族の間では氷の女騎士と噂されてるらしいぞ。流石俺の可愛いセティ、かっこいいな!」兄さんが嬉しそうに教えてくれた。が、全くもって問題無い。

大事なのは推しの安全と幸せなのだから。


ーーーーーー


16歳。私は第二王子と一緒に王立アカデミーに入学した。

制服姿の推し尊い。近くに寄ったら浄化されて昇天しちゃうかも知れない。

でも、昇天しませんー!何故なら推しの美しい笑顔や、群がる有象無象から完全に守れるのは私だけだーかーらー!

守りたい!守れば!守る時!守れ!推しの笑顔!


私の立場もただの近衛騎士から何と近衛騎士団副隊長になーりーまーしーたー!

ゲーム通りとはいえ辞令が出た時は狂喜乱舞したね。入学にあたって、唯一の女性の側近になる私の立場を強くする為なんだって。

異性だからおはようからおやすみまでは見守れないものの、学校ではほぼ一緒。うふふふふふふ。

ついでじゃ無いけど、アーク兄さんは第一王子の、ディック兄さんは第二王子の騎士団隊長になった。

ディック兄さんにおはようからおやすみからおやすみ中の推し情報をくれ、と頼んだら断られた。私は推しの副団長なのに解せぬ。


一年は平和な時が過ぎていった。大きなイベントも無く、群がってくる令嬢どもも雑魚ばかり。ゲームには無かった推しのアカデミー一年生のスチルと動画を脳内に保存しまくれる。良い!何と言っても顔が良い!

「近衛隊が違って寂しい」とウザ絡みしてくる兄さんすらも、笑って流せる程幸せな一年間。隊長であるディック兄さんが「毎日頑張ってくれて俺も安心だ」と言いながら子供にやるみたいに頭をぽんぽんしてくるのも、推しが「我が近衛騎士隊は仲が良いな」と笑顔になるので一応年頃の令嬢として断るべきだが受け入れる。だって、推しが笑顔を私に向けるんですよ?推しが喜んでいるんですよ?私の令嬢としての評判なんて、ぽいぽーいですよ。


そして新たなる敵が他国からやって来た。


「ネフェユル帝国第八皇女、ティティス・ネフェユルでございます。グロッシュ王には初めて謁見致します。どうぞよろしくご指導下さいませ」


深緑色のストレートヘアを肩口で切り揃え、オレンジ色の目は切れ長、透明感のある肌に、赤い唇。スレンダーでしなやかなスタイル。

ユークレイと同じ17歳。第八皇女という立場なので、帝国との同盟の為、留学してアカデミーを卒業後にユークレイとの結婚もありうる立場。

ヒロインと悪役令嬢トリフェナは今15歳。来年の入学式まではユークレイに一番強くアプローチ出来る位置にいる。

勿論、ティティスが推しに相応しい相手なのであれば、私は二人を祝福する。ヒロインとトリフェナが入学してくる前に、全部終わらせてそのまま守り切ってみせる!私は推しの笑顔を守る為にここにいるのだから!守りたい!あの笑顔!なんと言っても顔が良い!大好き推しの顔!


「グロッシュ王国って、ネフェユルと比べてちょっと流行が違いますのね。劇もそうですし、装飾品も、わたくしとしては是非ネフェユルの品を王宮で使っていただきたいですわ」


王立アカデミー芸術鑑賞会の舞台を見ながら、ティティスは隣に座っているユークレイの腕にすっと手をのせた。私は学生兼近衛兵としてユークレイの背後にディック兄さんと立っている。


はい、ダメー!我が国の文化や芸術を理解しない奴はお話にならない。後、気軽に触るな、ユークレイが腐る。


「セティ、もの凄い悪い顔になっているが、何か異常を感じたか?」


ディック兄さんが囁いて来た。


「異常ありません。この様な場所では普段より襲撃などの危険度が上がるので、緊張しているからではないでしょうか」


「そうか?まあ、俺がついてるから安心しろ」


安心?この女がいる限り全く安心出来ませんが?というか、皇女は帰れ!今すぐ国へ帰れ!


この後、ティティスからの差し入れは毒味等の理由をつけて直接渡させず、健康に良いけど不味い粉薬を混入してから推し


に渡し、二人っきりになりたがった時は、変な噂が出る事はお互いの為にならないと同席して絶対に引き下がらず、グロッシュ王国の事を教えて欲しいというお勉強で大接近狙いのアプローチには、ヒロインの攻略対象にもなっている第一王子や宰相の息子やアカデミーの歴史教授を紹介した。

ヒロインのライバルキャラを妨害しているだけで無く、攻略対象とヒロインの邪魔をしている?知りませんが?ユークレイの代わりに差し出すんだから、スペックの高い相手を紹介してるだーけーでーすー。ヒロインが入って来る前に推し以外の攻略対象がライバルキャラとカップ成立してようがそれはそれ、ヒロインが気に入ったならヒロイン力で何とかしていただきたい。推しが無事なら構わぬ!


ユークレイとティティスが一緒にいる姿だけは目に焼き付けたけどね!最強美形ユークレイとエキゾチック美女の並んだスチル最高でした!

ありがとうございます!思い出して食べる夕ご飯が美味しかったです!昼ご飯はサイテーでした、だって、あの女がユークレイを狙っていたからね!


ーーーーーー


王立アカデミー3年目、遂にヒロインの入学式の日。

ユークレイは王族として入学式の始めに一年生への挨拶をする事になっている。

ヒロイン、モリーン・ベリア男爵令嬢は入学式に遅れそうになり、講堂に向かう途中のユークレイとぶつかってしまう。

転びかけたモリーンをユークレイが支え、二人は見つめ合う。

私は悩んだ。転生前の人生を足しても今までで一番悩んだ。

ピンクの髪と瞳のモリーンが、桜舞い散る中、ユークレイに支えられる生スチルを見たい!

画面でも最高に輝いてたあの姿を!絶対確実に麗しい生スチルで見たい!見たい!が!それを見るという事は、ユークレイとモリーンがががががが。


ユークレイと相思相愛になり、ユークレイの為に王妃として弛まぬ努力していけるのであれば、私も協力を惜しまない。

しかし、乙女ゲームのヒロインだから、という理由だけで愛されキャラとして振る舞い、王子の隣に並ぶ為に必要な能力の事を全く考えていないポンコツだったり、王妃というふんわりした乙女の憧れ的なものに目が眩んで近づいて来るだとしたら!

卒業までの1年間、ヒロインから推しを守りきらねばならない!


入学式1ヶ月前から、時間のある時に断腸の思いで推しから離れて城下町でモリーンの噂を拾い集め、まともな付き合いをしていなかった氷の騎士として若干引かれているのを気づかない振りで押し通しつつ茶会や夜会に参加して貴族からのモリーンの評価を入手し、夜には闇に紛れてベリア男爵家に潜入してモリーンとその家族を観察した。

結果、気さくで可愛らしい令嬢である可能性が2割、ポンコツの可能性が8割と推測した。


夜の男爵家潜入は全く問題無かったが、社交場では始め脳筋アーク兄さんと参加した際、ダンスやオシャレや貴族の遊びに一切興味の無い荒馬の様にダンスする子爵兄妹として名前が知れ渡った。会場で会った、騎士仲間と筋トレの話で盛り上がった挙句、私が拳でテーブルを突き破ったのもいけなかったらしい。荒馬の様な粉砕氷の騎士って何だよ。

2回目からは、ディック兄さんがエスコートしてくれる事になり、『第二王子の近衛騎士隊は結束力が強い』と好意的にみてもらえ、ディック兄さんは騎士仲間に『幼なじみの妹兼部下をしっかり監督する責任感のある男』とか『会場の粉砕を我が身を持って止める男』とか『最後まで責任を取ってやれ』とか言われていた。

最後も何も、何で幼なじみの妹ってだけで他人の私をディック兄さんが責任を取らないといけないのかわからない。言われるたびに『任せておけ』とか返してるし。

まあ、責任感があるのは良い事よね。推しを守る近衛騎士団隊長なんだから。

それにしても、いつもいつも私達兄妹の保護者状況なのは幼なじみの縁とはいえちょっと悪い気がする。

そうだ!推しに近づく中で二番目に素敵な女性を紹介してあげよう!今の所肝心な一番目すら見つかってないけど。


結局、ギリギリまで悩んだ私は、モリーンの襲撃スタイルを見て対処する事にした。

ディック兄さんが前、左右に騎士、後ろが私で講堂に向かう。

講堂までの直線に入る道にぶつかる所で、校門側からモリーンが走って来た。

速っ!

ふわふわヒロインのくせに速っ!


「殿下危ないっ!」


あまりの速さに自然に体が動く。


「きゃあああああ!」

「ごふぉっ!」


鳩尾に激痛を感じた次の瞬間、ピンクのふわふわが口に入って来た。

突撃ヒロインを抱えたまま、ズザーッと地面を滑る。

何とか体勢を立て直し、最初に私の目に入って来たものは、


「ほうあっ!」


儀礼用の白銀の衣に身を包んだ金髪翡翠眼の完璧王子様ユークレイが、儀礼用の白銀の軽鎧に身を包んだアッシュブロンドに黒眼の完璧騎士ディック兄さんにお姫様抱っこをされている姿。

風に吹かれて靡く二人のマント、周りにひらひらと桜の花びらが舞い落ちる。


新スチルきましたあああああああああああ!

尊い!美しい!語彙がもう無い!凄すぎて!もうね!あああああああ!顔が好き!

頑張れ!私の脳髄!頑張れ!私の視力!頑張れ!私の記憶力!動画も!動画も記憶しろ!


「あのお、ごめんなさい、離して下さあい」


手元で掴んでいるピンク物体が何か音を発したが、そんな事はどうでもいい。

今私は、目の前の神の創造物を脳髄に叩き込むのに忙しいのだ。


「ええと、今日入学するモリーン・ベリアと申します。父は男爵です。どうか入学式に向かわせて下さあい」


「アラダイト、降ろしてくれ」


「殿下、失礼致しました。余りにも勢いよくダスカーとベリア嬢が体勢を崩したので、ぶつからない様にとだけ考えて動いてしまいました。お怪我はありませんか?」


「大丈夫だ」


あー、降りちゃった。けど、私の心に刻み込んだ!百万回刻み込んだ!

モリーンの下敷きになっている私も、彼女を離して立ち上がる。


「いったあああああい」


はぁ?

私の鳩尾に全体重かけた肘打ちをかましたあげく、下敷きにしてかすり傷一つ負って無いだろうが!何で立ち上がらず座ったままなのか?

しかし。


「お怪我はありませんか?いくら入学式に遅れそうだったとしても、走るのは感心しません。危ないですよ」


内心を押し隠し、優しくモリーンを立たせて差し上げた。

ははははははは。

先手を打ってくれたわ!

ぶつかった後、受け止めた推しが言うべきセリフを先に言ってやった!


ヒロインはあほ。あほは王妃にしてはいけない。

私はヒロインからもユークレイを守ると硬く心に誓った。

夕方ディック兄さんに塗り薬を渡されて、モリーンに肘鉄をかまされた事を思い出した。一日中、美しいスチルを脳内再生していてすっかり忘れていたが、鳩尾はヤバイ色に変色していた。

あの女は絶対推しと結ばれてはいけない。


ーーーーーー


「男爵の庶子の癖に、同じ場所で食事を取ろうなんて図々しくありません事?」


食堂でモリーンが絡まれている。絡んでいるのはトリフェナ。

トリフェナとモリーンは同じ歳で同じクラスだから、よくトラブルを起こしているらしい。

ヒロインと悪役令嬢だから、基本能力はどちらも優れている。優れてはいるが、ヒロインはポンコツドジっ子で、悪役令嬢はテンプレートな悪役令嬢。どちらも王子妃には向いていない。


あ、慌てたモリーンがスープをトリフェナにぶっかけた。

ドジっ子って、ゲームキャラクターなら可愛らしけど、実物は鬱陶しいな。


「王立アカデミーでは生徒は皆平等だ。つまらない事で争ってはいけないな」


第一王子が止めに入った。後ろでアーク兄さんが笑顔全開でこっちに手を振っている。笑顔のムキムキマッチョは実に鬱陶しいな。


「兄上、今日はアカデミーの視察ですか?」


「そうだ。私が卒業してから問題は無いか?と、聞くつもりだったが、早速問題があったな」


「殿下、大変失礼いたしました。わたくしが間違っておりました。ベリア様、ごめんなさいね」


「えええええ、私がきちんと礼儀を身につけて無いからですう。トリフェナさんごめんなさいい」


あ、トリフェナが様付けで呼んだのにさん付けで呼ばれてちょっとぴくってなってる。

で、も、ね、そんなのどうだっていい。

美形王子二人のツーショットとか、素敵すーぎーてー、今日も私の脳内ハードディスクはフル稼働です!

ありがとうございます!ごちそうさまです!ヒロインと悪役令嬢は邪魔だからどけ!


「セティ!朝ぶりだな!元気でやってるか⁈」


「朝ぶりとかいう言葉無いし、痛いから肩に指食い込ませるの止めて」


「アーク、セティが痛がってるから離してやってくれ」


「ディック安心してくれ!ダスカー家の人間はこれぐらいへっちゃらだぞ!」


「痛いって言ってるでしょ、バカ兄貴」


「ダスカー隊長、私の騎士が嫌がってるから止めてくれないか?」


「アークライト、弟の騎士を離してやってくれ」


尊い!死ねる!美兄弟が私の為に、バカマッチョに注意を!

死んだ!死んだけど生き返った!ありがたさに百回死んで百回生き返った!秒速で死んで秒速で生き返った!


殿下達の会話が落ち着いたのを見計らって、トリフェナがカーテシーをした。


「大変恥ずかしい所をお見せした事をお詫び致します。今後この様な事が無いよう自戒致しますわ」


侯爵令嬢だけあって、状況にきちんと対応出来る。

と、隣にぴょこんと並ぶモリーン。飛び跳ねるようにピョン、と動いた。

カーテシー?か?


「失礼しましたー。ええと、第一王子様、モリーン・ベリアですう。仲良くして下さいー」


おうあ。酷い。全部酷い。

酷いけど、私が何とかする理由は無いので、黙ってユークレイの後ろに立っておく。

何故か第一王子と兄さんが私を見ている。


「第一王子はなんてお名前なんですかあ?」


引きつった表情のトリフェナが私を見る。周囲の生徒達も私を見ている。

何故だ。何故みんな私を見る?


「ダスカー副隊長」


「はい、殿下」


「この状況を何とかしてくれ」


「殿下の命ですので直ぐ対処致しますが、理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「ベリア嬢の入学式からダスカー副隊長が責任者だと噂されている」


何故だ!

私が女性騎士だからはわかる、責任者って何だ?肘鉄で結ばれる友情なんか無いのに。

しかし、推しからの命令を聞かないという選択肢は無い!

私は最速でモリーンを横に抱え、保健室にダッシュする。


「きゃああああ!殿下助けて下さあい!」


この後、保険医さんに病気や怪我じゃ無い生徒は連れて来ないように私が叱られた。

だから病気や怪我じゃないけど、とにかく痛いです!と伝えてさらに叱られた。

解せぬ。

モリーンは私が叱られているうちに逃走した。

実に解せぬ。

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