狙われた冒険者?
あんな爺との約束とはいえ、行くと言った以上行かないわけにもいかない。
ま、折角の外出なので、新しい服の動き安さの確認も兼ねて金とポーションと解毒剤を部屋に置きフル装備で公園に向かう。
宿の食堂は賑わっている、そんな時間だ。
おかみに洗濯について聞きたかったが、忙しそうだ。仕方がない
公園から少し離れた位置に立ち止まる。
日も落ちている公園は昨日と同じように閑散としてじつに俺好みだ。
痩せこけた爺が居ることを除けば、だが。
居ない可能性も考えたのだが、本当に来るとはな…余程冒険者が欲しいと見える。
念の為、腰の銃に手をかけスキルを発動させる。
意図的なスキル使用はまだ慣れないが昼に確認した通り、銃を握ればとりあえず発動している。
強化した視力で周囲に関係者と思われる人間は居ないと確認できた。
よし、少なくてもあの爺に殺される可能性だけで他のリスクは無さそうだ。なら堂々と公園に入るだけだ。
「で、旦那」
コチラを見つけると足早に駆け寄ってくる爺。
「約束通り、話を聞きに来た」
あくまで、話を聞きに来ただけというスタイルは崩さない。
「では、早速。アッシはデザッタの仕事紹介人、ボロと申しやす。旦那は運がいい、この仕事を受けてくれれば銀貨15枚の報酬が手に入る」
デザッタ?…あの居住地の名称か。報酬銀貨15枚か、なるほどDランクが乗るわけだ。銀貨1枚ゴブリン50匹だとして、いくら上のランクとはいえ余程の当たり案件でもなければ早々簡単に手に入る金額ではないだろうな。
「で、仕事の内容は?」
俺が仕事に興味を示したと勘違いしたのか、ボロとやらは気分良く話を始める。
「いえね、先日デザッタがゴブリンの襲撃を受けましてね。領内の娘が何人か拐われてしまったんですよ…運の悪いことにデザッタのカシ、領長の娘もさらわれてしまって。仕事というのはシンプルで。領長の娘の救出、コレで銀貨15枚です」
…領長の娘の救出ね。他の娘は対象外か。随分とまぁ。
「助けるのは領長の娘だけか?そもそも、生きている保証は?」
当然の疑問を口にする。ボロとやらの顔が若干目が泳いでいる。
銀貨15枚に釣られて、そんな事を気にしない連中しか相手にしてなかったって所か。舐められたもんだ。
「い、生きてますよー、連中生意気に人族の字で、返して欲しくば牛2頭と鶏10羽寄越せという手紙を置いて行きましたからね、殺したら手に入らないですよ。それに報酬の銀貨15枚はカシラの身銭なんですよ、他の娘の親は助ける金を出せないなら諦めてもらうしかねぇじゃないですか」
嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけと思うが、どうやらこのボロはそこまで利口ではないらしい。今考えました感が伝わってくる。
そもそもゴブリンが人族の言葉?銀貨15枚じゃ割に合わないだろ。
「で、何処に捕らえられてるのか分かるのか?」
最後の質問をする。これでゴブリン砦とか言われた日には笑いを堪える自信がない。
「へい、この街の近くにあるゴブリンの森に奴等の砦があるのはご存じで?そこに捕らえられているようなんですよ」
なんとか笑わずに済んだ。ボロのマヌケさのおかげで。
「ようです?そんな不確定な情報では動けん。悪いが断る」
笑いを一周回った怒気を孕んだ声で断る。
まぁ、これで諦めるような輩では無いのを宿で見せてもらっている。案の定泣きついてくる。
「旦那、頼んますよー。アッシがカシラに殺されっちまう…受けてくださいよ〜」
考えるふりをして、いや実際考えてる。仕事の話ではなくその裏について。
「俺はこの街に来て日が浅い、デザッタとはここから近いのか?」
ボロの顔が明るくなる。分かりやすいやつ…
「ここから北に街道を3、4日程歩いた先になります、で、どうして領地の事を?」
確かにこの仕事内容なら直接デザッタは関係ない。もし、そう思うとしたらソイツは三下止まりだろ。うまい話には大概裏がある。
今、俺が受けてるクエストもゴブリンの討伐だけでなく、暗にレナへの指導も含まれている。
ギルドでさえこうなのだ、ギルドを通さない話ならもっとややこしい事情が無いと、逆に不自然だ。
「俺が直接ゴブリンの居場所を追う、ついでにそのカシラとやらと話をつける」
ボロの顔がまた暗くなる。
「旦那ぁそいつは勘弁してくだせぇ、アッシの首が飛んじまいやす。それに、何日も前に拐われてんです、どうやって追うってんですか?」
本当に自己中な話だ。勿論質問に答える気はない、というかそんな手段は持ち合わせてない。
「ボロ、テメエが情報を寄越さねぇから俺が直に行く。そこになんの矛盾がある?それに文句があるってなら。あえて聞いてやる、テメェの所のカシラと俺とどっちに首を飛ばされたい」
カトラスを抜く。因みに今度は宿屋のような軽い脅しではない。予測通りこいつは害悪だ、ゴネる様であればその首を切り落とす覚悟だ。
「ち、血の気の多い旦那だ。わ、わかりましたよ!!…本当に首切られる位なら仕事の首の方がまだマシだ!」
恐怖により冷静さは失われている、流石にここまでやれば良いだろう。
「そうか、この話はお流れで良いんだな」
不成立。その確認の言葉を呟き、カトラスを鞘に納める。そのまま俺は公園の外に向かって歩き出した。ボロは流石に引き止めようとはしなかった。
歩きながら煙草に火をつける。元の世界じゃ禁止行為だとは思ったが、あえてスルーする。あの自称女神の言葉を信じるなら、向こうの世界の俺は死んだのだ。
ボロの話はそのモノ自体に対した価値は無かったが、推論の裏付けと新たな推測をするには充分な価値があった。
まず、Dランクの連中がゴブリンの砦を目指したのはボロの、デザッタの依頼である可能性が高い。というよりほぼ確定だろう。
チグハグな仕事依頼。その仕事自体が架空のモノと判断して相違ないだろう。
人族の字を理解し、集団で行動するゴブリン。
最低でもゴブリンキングクラスのそこそこ高レベルモンスター…或いは人が率いなければ無理だ。
だが、両方共こんなケチなシノギはしない。
ゴブリンは基本的に知能はあるが、知性はない。取引など考えつかない下級モンスターだ。何より女を拐ったなら取って食ってしまうだろう。
その点から、ゴブリンに拐われたは虚偽だ。
では、デザッタの連中の狙いは何だ?
一つはデザッタの住人が人食族の場合。この可能性はあのボロを見て消えた。あれほど痩せているなら食人欲求が抑えられるとは思えない。仮にボロがただの使用人だったとしても、冒険者を狙うのはリスクとリターンが合わない。まず、ボロが食われているだろう。
もう一つは、冒険者たちが狙いの場合。これに関してはギルドに確認を取る必要があるが、ゴブリンの砦で疲弊した冒険者たちを拐うのはリスクは高いが、労働力の確保、装備の追い剥ぎとしては理にかなう。
労働力の確保でなくても人身御供に使うには力の強いものの方が効果は望める。
元の世界ではメリットが少なすぎて廃れた慣習だが、剣と魔法の世界なら可能性としては排除しきれない。
となると、そうだな。冒険者狙いの線でギルドと話す事にしよう。
もちろん、単純なギルドに対する嫌がらせの線も消えたわけではない。だが、大した戦力も持たず、それでいてギルドの助けを拒むデザッタの姿勢は単純な好き嫌いでは説明がつかない。
しかし、レナには悪いことになるな。彼女はなんとかゴブリンを退治出来るようになったが、ソロではまだ危険だ。特に現状のゴブリンの森では、彼女に対するストッパーが必要だ。
そうなるとお話し合いに付き合ってもらうしかあるまい。
吸い終えた煙草を踏み消し、宿に戻ることにした。