「交際」
人とは本意ではない事が伝わり誤解を生んでいく生き物だと思ったことから書き始めました。初作品です。
僕はね、いつも君を見る度に申し訳なさが生まれるんだ。君が疲れている時「大丈夫?」と聴くことはできるのに「大丈夫だよ」と言われてしまえば、もう僕にその先はない。「でも、辛そうだよ」「話、聞くよ」と言ってあげればいいのに、その一歩が踏み出せず、踏み出すための勇気が出ない。僕は、僕が嫌いだ。
「今日の朝ごはん、何にしよっか」
そう言った意味の瞳は暗かった。
「たまごサンドとかどうかな」
僕は君が好きな卵料理を口に出す。君に元気になってほしいから。
「そ、分かった」
僕は間違えたらしい。あの時、違う料理を言えばどうなっていたんだろうといつも考えてしまう。夕食の時だって君は僕に聞くんだ。「夕食は何がいいかな」と。「ハンバーグなんてどうだろ」そう、ハンバーグは君と出会った時、初めてのデートで食べたものだ。君と僕の思い出なら、悪くないんじゃないか。
「うん、そうする」
君の声色自体は朗らかな柔らかいものであったが、僕はその声に違和感を感じた。
「楽しみにしてるよ」
何とか言葉を紡ごうと必死だった。君の表情は暗いままだ。どうやったら君は元気になるんだろう。そればかり、考えてしまう。この頃の君を見ていると、なんだか今にも消えてしまいそうで僕は怖かった。
もうそろそろ、就寝時間がやってくる。お風呂上がりなので、君はお気に入りの乳液を使ってスキンケアをしている。髪はまだ濡れていた。僕はここは一つ勝負に出ようと思った。
「髪、濡れてるね。乾かすよ」
君は少しでも喜んでくれるだろうか。
「あ、ありがと」
少し動揺しているようだった。普段はしないから無理もない。でも、反応自体は悪くはないんじゃないか、そう思いながら指で君の髪の毛を解かすと指が髪に引っかかった。不覚にも僕は嫌気が差した。少し前まではサラサラな髪の毛で僕はその髪の毛が好きだった。今はどうか、僕は君が変わったということを信じたくなかった。だけど、思わなければならない。そう思った。
「じゃあ、寝ようか」と僕は君に言う。こんな状態ではあるが今でも僕たちは一緒に寝ている。だけどこの頃、寝具に入った時君は壁側に少しだか移動する。僕はその距離に僅かながら気づいてしまった。距離を詰めようとはしなかった。結婚して1年8ヶ月。距離の詰め方や考えることだって変わるだろう。僕はそう割り切っていた。
「明日は外に出かけたいな」
僕はインドアだけど君との時間を共有したくて、君との間の何かを変えたくて、僕は君に提案する。
君は向こうを向いているので表情は分からなかったが「私も運動不足だしいいけど」と答えた。僕は賛同してくれた嬉しさの反面、こっちを向いて話してくれない事実に心配だった。
「僕も運動不足みたいに言わないでよ」
僕は茶化した。声のトーンも冗談と分かるモノにしてノリとして君を笑わそうと思った。
「ごめん」と君は言った。君は茶化すように誤った。
「おやすみ」と言った。だけど僕はいつだって心配だ。君は僕に飽きたのかって。そして、目を瞑ろうとした時、僕は決定的なものを見たのだ。
「おやすみなさい」
君は僕に振り返り、笑顔でそう答えた。
僕は安心した。僕の思い過ぎだって。
そう思えるほどに君の笑顔が素敵だった。
そして、眠りについた。
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「今日の朝ごはん、何にしよっか」
そう言ったら貴方は何と言うだろう。私はそう考えていた。貴方は変わってしまった。そして、私も変わってしまった。ここ最近は特にお互いがお互いのすれ違いで分からない事が多くなる。
「たまごサンドとかどうかな」
貴方はそう言った。だけど、それは貴方が食べたいものじゃない、そう私は思った。何故ならそれは私の好きな食べ物だから。卵料理が好きな私を喜ばせようとしてくれているのだろう。だけど、私は貴方に聞いているの。貴方の好きな食べ物が聞きたい。貴方の食べたいものを作りたい。
「そ、分かった」
私は意地悪をした。こんなの、解決にならないのは知っている。だけどそうしてしまうのは私が変わってしまったからだろう。そう思った。
夕食が次の挑戦だった。そして、また似たような質問をする。それは何気ない素振りで。
「夕食は何がいいかな」
「ハンバーグなんてどうだろ」貴方は言った。思わぬ答えに正直、私はとても嬉しかった。ハンバーグは私と貴方が学生の頃、初デートで初めて食べたものだった。値段自体は安かったが、その値段も年相応という感じで庶民感があって思い出深いものだった。何より貴方が美味しそうに食べるその顔を見た時「ハンバーグ好きなんだなぁ」と思ったこと。すなわち貴方の好きなものだから。本人に聞いたことは無かったが私は信じていた。
「うん、そうする」
私はつい声を和らげてしまう。それほどまでに嬉しかった。ただ、私の謎のプライドで表情には出さないでおこうと少しクールさを見せた。その意地悪さは私自身が変わってしまったところなんだろう。心の中で貴方に謝った。
お風呂から上がり濡れた髪をバスタオルである程度拭き取った後、洗面台の前に立ってスキンケアを始めた。この時、貴方はいつもテレビを見ている。少しは気にかけてくれてもいいんじゃないかと腹も立つ事はあったが、今では特に何も思わない。
「はぁ…」
一日の疲れが溜め息となって放出された。特に深い意味はない。私はお気に入りの乳液を顔に塗っていると後ろから足音が近づいてきた。貴方がこっちにやってくる。私は正直戸惑った。同棲していた頃、若さ故に気にかけてくれた以来ほぼ私がスキンケアをしている時にこちらへは来ないそんな貴方が何故。
「髪、濡れてるね。乾かすよ。」
分からない。何故今になって。
「あ、ありがと」
戸惑いを隠せずに何も言わずにスキンケアを続ける。何か心境の変化があったのだろうか。やはり貴方も気づいているのかもしれない。ここ最近、貴方と私に距離感があるということを。それを埋めようと、貴方は努力しているのだろうか。そう考えながら乳液を塗り終わり、鏡を見た。
その時だった。私は見てしまった。貴方の顔を。嫌そうに、面倒臭そうに髪を解かす貴方の顔を。やはり、貴方は変わってしまった。
就寝時間がやってきた。あれからずっと活力が抜け何もやる気がなくなってきた。何故、あんな嫌そうな顔をしたのか。髪を解かす行為自体に嫌気が差したのか、私の髪を汚物を触るかのような思いで触っていたのか。あるいは、両方か。考え出したら止まらなくなっていた。
「明日は外に出かけたいな」
貴方は言った。そして、言葉の意味を理解した。彼はインドアだったはずでは、私は思った。アウトドアの私に嫌々でも合わせることで解消させようとしてるんじゃないか。そんなことは思いたくない、けれどあの顔を見た後では考える他なかった。もう、私の知っている貴方は何処にもいないとーーーーーーーー
「まぁ、私も運動不足だしいいけど」
ボーッとしていると貴方の声が聞こえた。貴方は茶化すが、もう内心は泣きそうなぐらいボロボロだった。そんな行動さえ裏があるのだと疑心暗鬼になる。
「僕も運動不足みたいに言わないでよ」
背筋が凍るように寒気がした。よく聞こえなかったがとても冷たい言葉に聞こえた。「ごめん」そう私は謝る。怖くなって布団を深く被る。だけれどもう駄目だった。自分と好きだった貴方を見失った私自分を繕うことしか出来なかった。
「おやすみ」
満面の笑み、私は意地悪だ。そんな私が嫌いで、嫌いで、仕方なかった。
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カーテンから光が差し込んだ。小鳥のさえずりが朝を知らせる。そうか、朝か。知らぬ間に寝てしまっていたみたいだ。身体を起こし僕は横を見ると君は、いつも通りいなかった。恐らく、朝ごはんの用意をしているのだろう。眠い目を擦り寝具から出てドアを開ける。
「おはよう」
僕はキッチンに向かってそう放つと、そこには思わぬ光景が広がっていた。
「……え?」
そこには、君はいなかった。慌てて家中を探すが何処にも見当たらない。
刹那、視界に入ったものに嫌悪感を覚えた。メモ用紙だ。テーブルの上にあるグラスの下にメモ用紙が挟まってあったのだ。僕はそれを手に取る。
[ 変わってしまったね、貴方も、私も]
と、書き残されていた。鼓動が早くなる。この字は彼女の字に間違いはない。考えがまとまらない。否、結論として自分の中で答えは見えていた。だが、そう簡単に認めてはならないと自分で自分騙していた。そして言葉が漏れる。
「……どうして」
自分騙しは長く持たず、事実として認めざるを得なかった。君はこの家を出ていったのだ。僕1人を置いて。
涙すら出てこない。信じたくない。信じてしまえば確定してしまうから。僕は蹌踉ながら取り敢えず洗面台に行った。顔を洗おう、そう思った。何度も擦った。何度も冷えた水で顔を洗う。それら汗なのか、それとも涙なのかもう分からない。すると、あるものが視界に入った。それは君が使っていた乳液だった。
「これ……」
事が終わってから何故か思い出す。この乳液は付き合い始めた頃、僕が君の誕生日に初めてあげたブランドのものと同じだった。
「……ぁ、ぁぁああああああッ!!」
もう泣き叫ぶ事しか出来なかった。君を信じていけるとぬかしていたが、何も理解できていなかったじゃないか。こんな簡単な事に、事が終わってから気づくなんて。
水を出しバシャバシャと顔を洗い流す。何度も何度も洗い流す。そうしている間に気づいてしまう。僕はこの事実に安堵していた。
了
いかがでしたか?元々長編の予定だったんですが短編の方が読みやすいと思い、めっちゃコンパクトしました。「いや、無理やりすぎんか」と思うシーンもあると思いましたが申し訳ありません笑
自粛期間、暇ですね。暇すぎて書いたこの作品が後々、黒歴史になりそうで怖いのですが、また暇があれば違う物語を書こうかなーと思います。読んでくださった方、ありがとうございました。