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青の魔天使-アルレイド-  作者: 森川悠梨
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第1話 魔天使の殺戮

 ──遥か遠い昔の話。


 広大な荒野、轟く大地。高台から地を見つめる人物は口元に小さな笑みを浮かべ、武器を手にした。

 漆黒と純白の剣身、太陽の光を控えめに反射するものの、その美しさは誰をも魅了するであろう代物。それぞれ両手に握り構えるそれは、世界中を探してもたった数人しかいないとされる双剣の使い手。

 背より下にまで伸びた襟足を風になびかせ、美しい青髪は深い海のようで、光のない両目はしかし宝石のよう。

 右眼は深海のように深い青い瞳、瞳孔は白く妙に目を引く。左眼は王の象徴である黄金。

 背にはフォーン色の翼、そして茶色の小さな尾。耳は尾と同じ茶色の垂れ耳であり、青色のピアスと黒のリング、そして右耳には金色のピアス。

 少し幼いものの、大人の雰囲気は決して拭えない凛とした顔立ち。誰もが見入るであろう、整った顔立ちをしていた。

 身長は180近くあるようだが、体格は他に比べると華奢であり、あまり強そうには見えないだろう。

 だが、幾千もの戦場を駆け抜けてきた者のみが持つ冷静さ、気配、佇まい。その青年は、老年の武将のような、落ち着いた雰囲気を持っていた。

 轟く大地の先から向かってくるのは、数千単位の軍隊。しかし青年の周りには誰もいない、彼一人が、その軍隊と、双剣を手に向き合っていた。

 にも関わらず、青年は全く余裕の笑みを崩さない。


「さて、どんな大物が出るのやら」


 にこりと、笑みを深くする青年。

 躊躇なく高台から飛び降り、背中の翼を広げる。そして羽ばたき、軍隊へと飛び込む。


「来たぞ! 攻撃に備えろ!」


 敵の指揮官は叫ぶ。青年に向かって、いくつもの矢が放たれた。青年は右手に握る黒い剣を降る。すると、彼の周りに、鋭く尖った羽が無数に現れ、一斉に放たれた。そしてそれは全て、正確に弓士の急所を貫いていく。飛ばされた矢を全て躱しながら。


「砲撃! 放て!」

「ふふ」


 大砲から放たれる砲撃すらも華麗に躱す青年。的は決してじっとしていてはくれない。青年は、軍隊の中心へ、双剣を振るいながら入り込んだ。

 地面に着地し、翼を畳み込む。

 着地の際に傍にいた兵は、複数人、一撃で仕留められていた。

 あまりにも一瞬の出来事だったためか、周囲の兵士は何が起こったのかわからず、静まり、動くことが出来なかった。


「……さあ、ぜひ楽しませてくれ」


 美しく妖艶に微笑み、青年は双剣を振る。

 その剣身には血の一滴もついておらず、青年の体にも、傷どころか返り血すらもない。あれだけの速度で着地しながら、数人を一撃で仕留めたというのに、だ。


「何をぼけっとしている! 仕留めるチャンスだ、かかれ!」

『……お、おおお!!』


 指揮官の声で我に返った兵士たち。

 懐にたった1人で潜り込んでくるとは馬鹿な奴だと、指揮官は鼻で笑った。

 これですぐに決着もつくだろう、噂の天翼族の剣士など、結局はこの程度と。

 だが指揮官はこの一瞬も後、信じられない光景を目の当たりにすることとなった。


「なっ……!?」


 驚き目を見開く。

 これだけ包囲されていると言うのに、青年に向かう兵士は容赦なく、全て、切り伏せられていった。

 どう見ても人の業ではない。見たこともない速度、見たこともない美しい舞、見たこともない技術。その全てが洗練されていて、鮮血と共に舞うように、青年は一切無駄な動きをしていなかった。

 返り血すらも浴びることなく、ただ淡々と、敵を薙ぎ払い、切り伏せ、死体の山を増やし、敵の数を確実に減らして行った。

 目の前の仲間が邪魔で前が見えず、何が起こっているのか理解することの出来ない後陣の者たちは、恐怖に震える前に命を落としていく。

 青年の目的、それは、侵略者の殲滅。確実に全てを仕留めることだった。

 逃げられる前に、全てを切り伏せる。だから、全てを理解される前に切って斬って、キル。

 これだけ動いていても、青年は息一つ乱していなかった。

 数千もの軍隊は、たった十数分で壊滅状態になった。


「さあ、あとは君だけみたいだよ」

「……!」


 ぴたり、と。首筋に感じる冷たい感触。

 あれだけ人を殺しておきながら、一切冷たさを失わぬ双剣。

 指揮官は冷や汗をかく。1人で全てを殲滅させた相手に、自分1人で敵うのか。いや敵わない。逃げても追いつかれる。

 指揮官の乗る馬以外ははすっかり怯えきって、みんなどこかへ逃げ去ってしまった。

 彼の馬はよく訓練された馬であり、青年からは自分に対する殺意を感じることがなかったから、逃げるような真似はしない。

 それに青年は、殺したのは全て人であり、馬は一切傷つけていない。


「……貴様、何者だ」


 命の危機だというのに、指揮官は冷静にもそう尋ねる。肩の力を抜き、もう、命は諦めた。

 ……いや、正確には、国に捧げる勝利を諦めた、と言った方が正しいか。


「ウルシオン。ウルシオン=ヴェール=フォン=ダグリス。青の魔天使(アルレイド)と呼ばれているよ」


 にこ、と愛想の良い笑みを浮かべて、穏やかにそう答える青年……ウルシオン。美しく、妖艶な、魅力的すぎる笑みを以て、敵を屠る。

 青の魔天使(アルレイド)、かつて古い伝承として語り継がれた、敵対した者は容赦なく屠る、殺戮の神の名。

 ウルシオンのその姿はまるで、伝承に語られる神を思わせる美しき舞。それは殺戮ではなく、鮮血と共に踊り狂うダンス。

 その容姿は神にも届きそうなほど堂々たる佇まい、魅力的な姿、そして誰にも負けぬその技術。

 彼に勝る者は、今まで1人も現れていないという。


「……そうか。ならば私も名乗ろう、我が名はハイレイン、ハイレイン=ビースト=フォン=ヘラクレス。スフィン王国の騎士であり、ヘラクレス公爵家の長男である。改めて、貴君に勝負を申し込む」

「へえ」


 ウルシオンは感心したように声を上げた。

 ハイレインと名乗った男は、無能で馬鹿な指揮官だと思っていた。だがその本質は、騎士としての態度は十分なもので、自分よりも遥かに上の存在であるウルシオンに敬意を表している。

 面白い、と笑みを浮かべるウルシオン。

 改めて距離を取り、右手に持っていた黒い剣を腰の鞘に収め、左手にもつ白い剣を構える。


「ふっ……皮肉なものだ。私など、左腕で、しかも、双剣の片割れだけで十分だと申すのか」

「片割れだけで十分だというよりかは、こちらとしても、君のような誠意ある騎士とは思い切りやりたいという俺の我儘だね。それに俺は、左利きだ」

「なるほど。それは失敬」


 ハイレインも馬から降り、剣を抜き、腰を落とす。

 少しの間続いた沈黙。2人は観察し合い、牽制し合い……やがて、ハイレインの乗っていた馬が鳴き声を上げ走り出す。

 それは戦闘開始の合図となった。2人は同時に飛び出し、剣を交えた。金属同士のぶつかる音、地面を蹴る音、そして風を切る音が、連続で響く。

 縦に、横に、斜めに、2本の剣が振るわれる。

 ウルシオンの剣は、ハイレインの着る鉄の鎧を確実に削って行った。

 ハイレインの剣は、ウルシオンには届かなかった。

 全て弾かれ、いなされ、自らの鎧が削られていく。

 しかしその口元は笑っていた。人生の終わりに、このような達人と一対一で戦うことが出来て、楽しくて仕方がなかったのだ。

 騎士として最高の最期だと、満足気に笑っている。


「かはっ……!!」

「惜しいね。君のような、素晴らしい騎士をこの手で殺さなきゃならないなんて。……君はいい腕をしているよ。けれど、もう少し足らなかったね。来世に、また会うことがあれば、ぜひ手合わせをしたいものだよ」


 ウルシオンの剣が、ハイレインの首を深々と切りつける。

 純白の剣身に、ハイレインの血が大量に付着した。


「……ありがとう、ございまし、た。騎士として、最高の最期を、迎えられ、ました」

「ふふ、こちらこそありがとう。久しぶりに、楽しかったよ」


 ウルシオンの剣が引き抜かれる。ハイレインは息を引き取ったが、その顔には満足気な笑みがあった。


「ハイレイン=ビースト=フォン=ヘラクレス……覚えておこう。この"白刃"に刻まれる、7人目の血だよ」


 ウルシオンは白刃に付着したハイレインの血を払ってから、周囲を見渡す。

 辺りには酷い血の臭いと、それに釣られてやって来た魔物たちで溢れかえっていた。


「……殲滅完了、と」


 息を抜き、白刃を収めてから、ウルシオンは背伸びをする。

 ウルシオンの気配に怯えてか、魔物は一切、彼に近づこうとはしなかった。


「まーた、派手にやりましたねえ」


 ウルシオンの背後にあった少し大きめの石の上にしゃがみ、声をかける者がいた。


「お、イーリ」

「回収に来ました。散り散りになった馬と、そこの大将首」

「おー、あとは頼む」

「お任せあれー、みなさーんやりますよー」


 飛行帽を頭に被る赤髪の少女、イーリが、背後に控えていた複数人に対して声をかける。

 ウルシオンは岩の上に座り、どこからか取り出したサンドイッチを頬張り始めた。もちろんしっかり、湿らせた綺麗なタオルで手を拭いてから。

 血の臭いがこれだけ漂う場所でもそれが出来るのは、きっと慣れなのだろう。

 血の臭いなど、彼にとっては無いにも等しい。

 しばらくして回収班は仕事を終えたようで、ウルシオンに近づいてきた。

 ウルシオンもちょうどサンドイッチを食べ終わり、手についた食べかすを舐め取りながら岩から降りる。


「行こうか。まだどっか、戦ってる所はある?」

「戦闘中の場所はありますが、シオンさんの手が必要な箇所は今のところないとのことですよ」

「そっか。じゃあとりあえず帰ろうか。もう疲れた」


 ウルシオンは小さく欠伸をする。最近寝不足なんだ、と小さく愚痴も零した。


「まあ、時間もあるでしょうし。シオンさんは少し休まれてはいかがですか?」


 苦笑いを浮かべながらそう尋ねるイーリに、ウルシオンは嬉しそうに笑みを浮かべながらほんと? と聞き返す。

 もちろんですよ、とイーリが頷くと、ウルシオンは笑みを浮かべたままやったあ、と喜びを露わにする。


「あれだけの活躍をされたんです、国王様だって、お許しになるはずでしょう」

「まあ、俺の出番がないなら、確実に休めるよね。とりあえず早く帰って寝たいよ」


 再び欠伸をするウルシオン。

 彼の活躍で、神聖ラトス大帝国は一気に有利へと傾いていた。

 1000年の歴史を持つ神聖ラトス大帝国。ずっと、どこの国にも侵略されず、屈強で、最強を貫いてきた帝国であり、ウルシオンの生まれ育った大切な故郷でもあった。


「さ、いい加減帰ろう」


 そう言いながら、ウルシオンは翼を広げる。

 イーリと回収班のメンバーも頷き、それぞれ自らの魔物を呼び寄せる。

 そして飛び乗り、それぞれ空へと飛び立った。



「ラトス大帝国万歳!」

『ラトス大帝国万歳!!』


 群衆のコール、紙吹雪、指笛、口笛、口中に響く楽器の音、そして盃を挙げる音。

 踊れや踊れや、街中、国中が大騒ぎだった。

 それを1人、自宅の窓から見下ろす青年がいた。


「……終わったかぁ」


 青髪に、フォーン色の翼を携える青年……ウルシオンである。窓の縁に座り、外で騒ぐ人々をじっと眺めている。

 神聖ラトス大帝国の勝利である。

 スフィン王国は撤退、ラトス大帝国への侵略は失敗に終わった。


 ──アル。


「おっと、呼び出しか」


 頭に直接響いてきたその声。

 それを聞いたウルシオンは、窓の縁から降りて、正面に手を翳す。そして現れたのは純白に光る扉。

 扉を開き、ウルシオンは中へ消えていった。


「手を貸せ」

「その呼び方を辞めてくれたらね」

「……シオン」

「……はあ、もう。そうしたって辞めてくれないくせに」

「ふん」


 やれやれ、と溜息を吐き、ウルシオンは目の前の人物の隣へと歩み寄る。

 黄金の髪に、狐の耳と9本の尻尾。和服に身を包み、首には青緑のマフラー。腰には大太刀を携え、腕を組み、目つきは悪いが穏やかでどこか優しい雰囲気を纏った青年だった。

 ウルシオンを待っていたというように立っていて、彼を招き、隣に立たせる。

 目の前にあるのは文字の並んだ資料の数々。

 これは、今までに起こったとある大戦争の記録。

 彼らがずっと戦い続けている敵……"破壊神"の記録だった。


「どうやら、またお前の予言は当たるようだ。……そこで、奴はどうやら新たな戦力を追加するようで、それの検討がまるでつかない。下の者に調査はさせているが、お前からの意見と見当も聞きたい」

「ああ、そのことか」


 青年の言葉に、特に動揺することもないまま、ウルシオンは答える。


「破壊神にのみ忠実に動く人形、と言ったところだろうね。父さんはたくさんの人に裏切られ続けてきた。だからきっと、自分の言葉に全て忠実に、無心に動いてくれる配下を生み出してくると思うよ。……多分、今回だけでなく、彼らは今後も、俺たち聖族の敵になる」

「…………」

「なんだよ。父さんは父さんだ、この呼び方をやめるつもりは毛頭ないからね」


 目を細めて睨んでくる青年に対し、ウルシオンも目を細めながら、少しだけ声のトーンを低くして返す。

 しばらくその睨み合いは続いたが、青年の方が折れて、溜息を吐く。


「まったく……お人好しめ」

「兄さんが恨みすぎなんだよ」


 ウルシオンはいつもの笑顔に戻り、兄に対して穏やかに返す。


「お前は……いつも、楽しそうだな」

「そう?」

「見ているといつも笑顔だからな。……辛くはないのか」

「ふふ、別に。俺は今が楽しいし、幸せだもん」


 相変わらずの自然な笑顔で、ウルシオンは答える。

 青年は目を細めるだけで、それ以上は追求しなかった。

 何度目かの溜息を吐いて、青年はウルシオンに帰っていいと言い、彼を解放した。


「わかった、またなんかあったら呼んでね」


 笑顔で手を振り、ウルシオンは先程の部屋に戻ってきた。相変わらず王都は歌えや踊れや、賑やかに騒いでは羽目を外す者もいるようで、しかし楽しそうに笑いが溢れていた。

 ウルシオンはそんな人々の声を聞き、今までにないような、少し寂しそうな顔をして小さく呟いた。


「……そりゃあ、俺だって」


 嘘は言っていない。今が楽しいのは事実だし、幸せなのももちろん本当。けれど、彼の中に溜まり続ける寂しさは、何者にも埋めることの出来ないしこり。

 きっと、誰にも引き出すことの出来ない、深い、深い闇。

 しかし彼はそれを隠し通し、孤独を貫かなければならない。他人を不幸にしないため、自分の全てを犠牲にして、どんどん闇の深いところまで堕ちていく。


「はい、おわり」


 すぐに切り替えたウルシオン。

 先程までの寂しそうな表情はどこへ消えたのか、何事もなかったかのようにいつもの笑顔へと戻る。


「さーて、今日もなにか面白いこと、起こるかな」


 再び窓の下の人々を見下ろしながら、わくわくとした顔をして呟く。

 また始まる一日に起こるであろうアクシデントを楽しみに、ウルシオンは今日も過ごしていく。

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