利苑は夢を見る
「りおん?どうかした?」
目の前では高校の制服に身を包んだ少女が怪訝な表情でオレの方を見ている。
またこの夢だ。
今や記憶の奥に埋もれはじめて、細部を思い出すのが難しくなってきた母校の校舎に、その当時のままの級友達。
校庭にはその淡い色の花びらをほぼ落とし、青い若葉の色が大きく主張し始めた桜の木。
記憶の海に埋もれようとも色褪せない、高校入学当時の思い出の光景がそこには広がっていた。
しかし懐かしく思いながらも、感じる違和感がオレにこれは夢だと断定させる。
夢ながら五感はある。しかし自分の思い通りに動かない体。
「ん、何でもない。ちょっとボーっとしてただけ」
と、それどころか自分の意思に反して勝手に動く口。口だけではない。腕も足も頭も目ですら違う意思があるかのようにオレの意思を反映していない動きをする。
しかし、その違う意思が動かした体で感じるのは俺の五感の感覚となんら変わらない。
これが夢でなければ何なのか。
*********
スマートフォンの目覚ましが鳴動する音と、外で奏でられる朝特有の音により意識が覚醒する。
寝惚け眼のままベッドの上でもぞもぞ動きながらスマートフォンのアラームを止めて時間を確認する。
6:30
大学の講義が一限目から入っている日の起床時間で、昨日の夜寝る前にセットした時間で間違いなく、締めたカーテンの隙間から薄日が差し込んでいた。
「ふぁあ……またあの夢か」
だらしなく大きな欠伸をしながら独り言ちる。
まだ覚めやらない頭で先ほどまで見ていた夢の事を考えると不思議な気分になる。懐かしく思うと同時に強烈な違和感も感じる夢。
取るに足らない覚めたら簡単に忘れるような夢であれば、色んな事に自分自身で突っ込みを入れつつ笑い飛ばせる事だろうが、その夢はどこか違う。
いや、決定的に違うと断言してもいい。
「普通、毎日毎日同じ夢の続きなんて見ないよな…」
そうなのだ。毎日決まって同じ夢の続きを見るのだ。しかも始まりは必ず朝で律義に夜眠りにつく事で終わる。よくありがちな、目が覚めるタイミングでぶつ切りになるという事もない。
夢を見るという事象に対して自分でコントロールする事なんてできないのだから、同じ夢の続きを見るなんて事は、無い事はないだろうが滅多にない。それが毎日ともなると、聞いたこともなければオレ自身も経験が無い。
「嫌な夢じゃないけど、ちょっと気になるなぁ」
それでも「ちょっと気になる」程度で止まっているのは夢だと疑っていないから。
状況からすると寝ている間だけ別の世界に紛れ込んでしまっているかのようではあるが、そもそも自分の体が自由にならないのはおかしいし、仮にそうだとしてもちゃんと朝には戻ってきているのだから特に問題も無い。更に言えば、別の世界とか現実感が無さ過ぎて自分で自分を笑い飛ばすレベルの与太話でしかない。
どう見ても夢としか考えられないし、それで間違っていないとも思ってる。
「精神的になんか病んでる?」
実に嬉しくない話だ。断固として否定する。
「誰かにコントロールされてる?」
被害妄想もいいところ。誰得だよ。
「今流行りの異世界からの召喚か…!」
厨二乙。
「…はは………準備しよ」
つらつらとくだらない事を考えている内に目も覚めてきた。
朝の時間は貴重である。無駄に費やす時間などない。
そうなればテキパキとそして淡々と動いて登校の準備を進めていくべく、オレは行動を開始した。
*********
次の日から新学期のオリエンテーション期間が始まる事もあり、その日は長い大学生の春休みで乱れ切った私生活を正すためにも早めにベッドに入った。オリエンテーションは履修登録に向けてどの講義を選択するかを決める為の試食のようなものだ。中には毎週のようにレポート提出を義務付けられる講義等もあり、これを蔑ろにして適当に履修登録をすると後々痛い目を見る羽目になるから、大抵の人はそれなりに真剣だ。
かくいうオレも一回生の時に少し痛い目を見た一人であり、二回生の時はそれを教訓にしてこの期間だけは特に真面目に、再び痛い目を見ないように取り組んでいた。
例のおかしな夢をみるようになったのは、三回生になった今年も前の年同様、真面目に取り組むべく私生活も整えていたそんな時だった。
オレは寝付きがいい方だ。
その日も室内の照明を落としてベッドに入って横になると、意識が闇に溶け出すのに大した時間はかからなかった。
*********
ピピピと形容できるような電子音が耳に響く。
目覚ましのアラーム音とは認識するが、オレはいつもの音と違う事に違和感を感じた。
しかし違和感はそれだけに止まらない。
まず目が開かない。それどころか自分の体ではないかのように指先ひとつピクリとも動かせなかった。
オレなんか病気だったっけか?
いやいやいや、寝る前は普通だったし変な持病も持ってない。そっち関係で思い当たる事なんてないハズ。だとしたらこの状況はマジでなんなのか?
半ばパニックに陥っていると、すぐに状況が動いた。
何をやっても開かなかった目蓋が開き、漸く視界が戻ってきた。
しかしオレの頭の混乱はまだまだ続く。
なぜならオレの意思とは関係なく一人でに目を開いたのだから。自分から開こうとしても開かなかった目が勝手に開いたのだ。これで落ち着いていられる奴がいたら逆に神経疑うわ。
状況はさらに進む。「うーん……」という呻きともつかない声を発してベッドボードに置いてあるスマホを掴むとアラームを止めた。……そう、体が勝手にだ。
マジで何が起きてんの??
自分では体は動かせないのに、オレの意思を無視して勝手に動く。しかし感覚はある。布団の暖かさに寝起き特有の目の渇き、そして未だ残る鈍い眠気。その全てが自分の体であると告げている。
混乱するオレを余所に体は相変わらず勝手に動いていく。
心地良い温もりが残る布団を捲り体を起こすとベッドに腰掛け、しばらく眠気を覚ますかのようにどこを見るでもなくボケーッとする。
その行動はオレの意思では無いとはいえ、正にオレのいつもの行動そのものだ。
数分、いや頭の中がぐちゃぐちゃなオレの判断が正しいかわからないが、少しの時間が経つとまた体が動き始めた。
さすがに時間の経過と共に少しの余裕が出てきたオレは、体が動くと同時に目から入ってくる視覚情報をやっと受け入れる事ができるようになってきた。
この体が動かした範囲の情報しか分からないが、この部屋はオレの部屋のようでいてオレの部屋ではないようだった。間取りや基本的な家具の配置は変わらない。しかし、置いた覚えのない大きな姿見があったり、逆にバイトで苦労して稼いで買ったデスクトップパソコンがなかったり、細部がかなり違っていた。
そんな周囲を観察している間にも体は着替えを始めたようだった。
そしてここに来て最大の違和感の原因を漸く思い知らされることになった。
ボタンを外そうと手をかけたパジャマ。果たしてそんなに淡い色合いの物を持っていただろうか?
どこかいつもより視線の位置が低いような気がするのは気のせいだろうか?
先ほどから頬や首筋をくすぐる長く糸状のものは何なのか?
上からボタンを外していくパジャマの上着を空気ではなく内側から押し上げるモノは何なのか?
手が当たった時、オレの胸はこんなに柔らかい感触があっただろうか?
約二十年もの間慣れ親しんだ我が分身の存在感はここまで薄かっただろうか?
上着のボタンを全て外して前をはだけた時、薄らと予想していた事が裏付けられた。…裏付けられてしまった。
胸にはふっくらと隆起した二つの膨らみ、そしてその先端には小指の先ほどの男には有り得ない大きさに膨れた桜色の突起。
…
………
………………
……………………
ななな、なんだこれえええええぇぇぇぇぇ!!!?
どうしてこうなった!?
どう見てもおっぱいだよねコレ!?
なんで男のオレにおっぱいついてんの!?
それともオレってば実は女だった!?
再びパニックなオレを蚊帳の外に、体は淡々と着替えを進めていく。
上着を脱ぎ捨てると下も脱ぐ。そこに現れたのは地味な色のボクサーパンツではなく、淡い黄色のパンツ、女物のショーツというやつだ。
もちろんその中に、朝は暴れん坊になる相棒の気配はない。
オレの自由にならないだけじゃなく、男の体ではない女の体である事。それが最大の違和感の原因だった。
**********
朝早いのがそこまで苦ではないオレは、ゆっくりと準備をして朝食は必ずとる。飯なんて抜きでもいいからギリギリまで寝ていたいなんて奴も多いが、オレは逆に朝バタバタするのが嫌いだ。飯もしっかり食べたい。
そんな生活習慣が引き継がれているのかどうかは定かではないが、朝の情報番組をBGM代わりに今ゆっくりとトーストをかじっている。杉花粉はまだまだ猛威を振るっているものの、天気は良いでしょう、等と気象予報士の資格など持っていなさそうな綺麗なお姉ちゃんが原稿通りだろうコメントを伝えているが、「ふ~ん」程度だ。
概ね、平々凡々とした朝の風景だ。
……オレの精神以外はな。
衝撃的な出来事が最初にあったからか、その後もいつもであれば信じられないような事実が続出したが、最初ほど取り乱す事もなくなった。
人は慣れる生き物。慣れって怖いね。
とりあえず、今までで色々わかった事。
名前は藤田凛音。十五歳、女。柊西高校入学前。
父親はサラリーマン。母親も同様に働きに出ており共働き。中学一年の弟と小学四年の妹。五人家族。弟は反抗期突入待ったなしなのか、母親の言葉には反抗的な様子が伺える。妹はまだ家族には甘えたい年頃なのか、やたらとオレ、というより姉であるこの体の持ち主(?)にベタベタしている。
オレのものである藤田利苑という名前と微妙に違う事と、オレの性別が違う事を除けば約五年前の我が家となんら変わらない。
その二つと時間遡ってる事含めてえらい違いだろって話だが、そうなのだから仕方がない。
家族はもちろんの事、この体の持ち主である凛音も自分を女と認識して動いている。
起きたあと、シャワーを浴びて身嗜みを整えた。
その時に自分の姿も確認している。
肩にかかるくらいの気持ち色の抜けた髪。眉は今時の若者らしく細く整えられており、若干つり気味の目はパッチリ二重。鼻筋は一本通っており、唇は太過ぎず細すぎずふっくら女性らしさを引き立てていた。所々オレの顔と似通った部分はあるものの、その顔は間違いなく年頃の少女のものだ。
体形は全体的に見て平均的なものだとは思うが、その歳に見合わない大きな胸が目立つ。オレだって男なのだから、男性向けのピンクな動画や写真くらい見るし、彼女の一人や二人いた事もある。それらと比べても大きい部類に入ると思う。
少し勝気そうに見えるがよく整った顔立ちに服越しにもわかる大きな胸、腕はほっそりとしているがお尻から太ももにかけては肉付きが良く、全体として男が好みそうな魅惑的な外見をしていた。
そして、今日は入学式の日のようだ。母親の浮かれっぷりが五年前見たものと全く同じだ。
三年前まではオレも通っていた学校の真新しい制服は凛音に初々しくも良く似合っていた。
上は無地だが少し左胸に刺繍の入ったブラウスに紺地のブレザー、胸元は赤いネクタイ。下は紺とグレーと茶の入り混じったチェック柄のスカート。
入学当初は大人し目の長さであったスカートも四月も半ばを過ぎると、徐々に短くなってくるのが毎年のお約束だ。学校側もそれを特に厳しく指導したりはしないから、かなりの女子生徒がミニ丈スカート姿に転じる事になるから凛音もそうなるのだろう。
「お、アネキ似合ってんじゃん」
「お姉ちゃんカワイイ!」
「馬子にも衣装ってか」
「あらあら、いいじゃない」
凛音の新しい制服姿に反応も様々だが、心にもない事を呟くクソ親父を除いて反応は好意的だ。
「でっしょー?さすが私!お父さんは眼科ね」
凛音は明るい性格の少女のようで、それぞれ自身を評価する家族に軽口を叩く。
その昔、オレの高校入学の時も家族に制服姿を褒められて「だろ?さすがオレだな」等と軽口を叩いていた事を思い返せば、本当にこの凛音という少女はオレに近い存在なのだと理解させられる。……オレが凛音ほど魅力のある男だったかについては置いとく。
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三年間通い慣れたが、既に懐かしさを覚える道順を歩きながら朝からの一連の出来事に再び頭を巡らせる。実際に体を動かすのは凛音なわけで、オレは純粋に思考の海に浸りきる事が出来るから、完全にそちらに没頭していた。
着替えて食卓に着くまでにはある程度落ち着きを取り戻せたから、そこからはある程度冷静にモノを見られていたとは思うが、平静と呼ぶには程遠い。
朝起きたら体が動かない上に女になってて、しかも五年前に遡ってた。
そんな状況は普通に考えても、常識の観点から見ても有り得ない。
それこそ、魔法を使うか夢でも無ければ。
……夢?
そうか、夢か。
これは夢だ。
そうに違いない。そうとしか思えない。
頭もどこかボーっとしてるし、適当な所で目が覚めるといつもの朝になるはず。
そう思えばスッと気が楽になった。
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夢だと断定すれば、このおかしな夢も楽しむ余裕が出てきた。
入学式での嘗ての友人知人の反応もまちまちで、昔と比較するのも面白い。
高校で初めてできた親友の態度は男の時とは違って妙によそよそしかった。
高校で初めてできた彼女は逆に妙に馴れ馴れしかった。
女好きの男友達は早くも凛音に色気を出していた。
男に媚びるタイプの同級生の女子生徒からは早くも敵意剥き出しの視線を頂戴した。
昔は仲よくしてくれた女友達は少し冷たかった。
逆に特に仲も良くしてこなかった男子の同級生が積極的に話しかけてきた。
交友関係は良くも悪くも男女差が大きいのだろう。この変化もなかなかに興味深い。
それから男女差で如実なものもあった。
凛音だからこそ、という事もあるだろうが、気付くと男の視線が胸に向いている事の多い事多い事。オレも男だから胸の大きい子がいれば、ついついそちらを見てしまうのは理解できる。
だが、実際にそれを受ける立場となれば話が変わる。中には見せびらかすように堂々とする女性もいるかもしれないが、男としての意識があるだけにそんな視線は余計気になってしまう。性の対象として見られることに嫌悪感すら感じる。
いや、実際にはその嫌悪感は凛音が感じているものに共鳴しているのかもしれない。
朧気ながら、凛音の感情の動きがダイレクトに伝わってきているような気がするのだ。五感を共有しているのだからそれすらも自分の感情と言えるかもしれないが、いつもの自分の心の動きと違う部分も確実にあって、その誤差は自分の感情ではないからと結論付けたから、「気がする」に止まっているのだが。
なんにしても男だったら性的な好奇の目で見られる事に対する負の感情など感じる事はほぼなく、女ならではだなぁなどと思う事に対しては不思議な感覚だった。
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入学式も終わり、新旧の友人たちとも交友を深め、凛音も早めに帰宅する。
早く帰ったからといってこれと言ってやる事もない凛音はダラダラといつもは見れない昼の情報番組を垂れ流しつつSNSで暇は潰すと、あっという間に夕方になる。
聞いているのが苦痛な授業は時間の流れが牛歩の如くなのにもかかわらず、こういったムダな時間の過ごし方をしている時の時間の進みの速さは時に恨めしくもなるものだ。
それにしても遅い。
何がと問われれば、夢が覚める時間。
夢の中の時間観念など当てにならないとはいえど、朝起床から夕方になるまで夢が覚めないなんて正直未体験ゾーンだ。夢なんて大抵は場面が断片的でいて時間経過の概念もなく、整合性のないものがほとんどだった。
それがこの夢は時間系列はしっかりしているし、どこか現実的なものの見え方をしている。夢と断定したものの、本当に夢なのか疑わしくもなってくるレベルだ。
時間はさらに進む。
夕食も風呂も済ませ、適当な時間にベッドに入るだけになる。
凛音は特に思う事もなくテレビを見たり、音楽を聴いたり、SNSをしたりとゆったりとした時間を過ごしているが、オレは気が気ではなくなってきた。
このままこの状況が続くという事は、これが夢ではないという事に繋がるからだ。
もし夢でないのなら……?
実は死んでて、背後霊になって違う誰かに憑りついた、とか?
世界が一晩で変わってその影響、とか?
荒唐無稽な出来の悪いファンタジー的な発想しかできない自分を笑う余裕すらなくなってきた。
そうこうしている間に凛音は寝る事にしたようで、ベッドに入り部屋の照明を落とした。
凛音が寝たらオレはどうなるんだ?
一緒に寝ちゃうのか?
そんな焦りを含む気持ちを他所に、意識が少しづつ遠くなっていく。どうやら、凛音にリンクしてオレ自身も眠りの時を迎えるようだ。
薄れていく意識の中、次に目が覚める時は元に戻っている事を願いながら次第に眠りに落ちていった。
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強烈に覚えているが、あれが奇妙な夢を見るようになった発端の日だった。
目が覚めたら普通に次の日の朝で、夢であった事に心底胸を撫でおろしたものだ。
体も動かせない背後霊状態でしかも女になってるとか、冗談にしても笑えない。
あの始まりの日から毎日同じ夢を見続けている。夜寝ると夢の世界の朝で、夢の世界で夜寝ると目が覚めるという具合に。夢の中でも時間が経過していて、必ず前の日に見た夢の次の日の朝になっているという事も少し気味が悪い。
本当に寝ている間だけ違う世界に迷いんでしまっているのではないかと考える事もないではないが、現実感が無さ過ぎてすぐに切り捨ててしまっている。
しかし、最近は寝起きの弱催眠状態の影響なのか、一瞬自分がどっちなのかわからなくなる時がある。ただ寝惚けてるだけなのだろうが、その頻度も高くなってきている気がするのがやはり少しだけ気持ち悪い。
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履修登録も終わり、大学も本格的に新学期が始まった四月末。
ゴールデンウイークは何しようかなどと若干浮かれ気味ではあるものの、しかし特別な日でもなんでもない普通の平日。土日もバイトを入れていたオレにとって週末が嬉しいなんてことはないが、学校が長期休みに入る時だけは嬉しいものだ。
いつもの水曜日のように週一回の夕方の講義を受けたあと、友達と外で飯食って帰ってくればあとは寝るだけ。そんな時、ふと夢の事を考える。
あっちは次の日から一泊で親睦旅行だったな、と思い出す。
確かに五年前の春先の時期に、新入生同士の親睦を兼ねて一泊旅行が一年生全体で行われたのはよく覚えている。無作為に選ばれた六人の男女で班となり、オリエンテーリングから昼は各班に分かれて野外自炊だった気がする。自炊と言っても、材料の用意されたカレーを自前で起こした焚火で作るという程度の簡単なものだったが。
こういったイベントは友人を作る事が主目的ではあったのだろうが、男女混合の班ともなればカップルが安易に製造される機会にもなり、オレもその縁で同じ班だった子を彼女にした一人だったりする。
その彼女とは卒業してから別れてしまったが、今思えば懐かしくも良い思い出だ。
そんな事を考えている内に時刻は零時を過ぎ、ぼちぼちベッドに入って明かりを消すと目を閉じる。
また、あの夢の続きを見るんだろうな、と半ば確信めいた予測を立てながら、ゆっくりと夢の中に落ちていくようにまどろみから完全に眠りの世界へと旅立っていった。
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ピピピと形容できるような電子音が耳に響く。
目覚ましのアラーム音とは認識するが、オレはいつもの音と違う事に違和感を感じた。
その違和感は、ここ半月ほどは毎日のように感じる違和感であり、同時にそうでない違和感でもあった。
凛音、うるさいから早く止めてくれ。
最早慣れ切った凛音の起床待ち。しかしこの日は様子がおかしい。
寝起きの悪くない凛音は大抵アラームが鳴り始めて十秒もしないうちに気付いて止める。にもかかわらず、この日はいつになっても起きる気配がない。既に三十秒前後鳴り続けているだろうか。
五感を共有しているオレにもわかるが体調は特に悪くない筈だ。昨日の夢でも日付は変わっていたものの、そこまで遅い時間まで夜更かししていたわけでもなく起きられない理由にならないし、実際そこまで眠くはない。
違和感の正体はすぐにわかった。
常に感じていた凛音の感情を今日に限ってまったく感じない。意識があればどれだけ眠かろうか、ボーっとしてようが必ずあったもの、それが感じられない。
例えば朝。目覚ましのアラームが恨めしく感じたり、その日の予定を咄嗟に頭に浮かべたのか一喜一憂していた。
例えば授業中。興味の薄い科目で退屈していても、細かいところまで嫌いだったり敬遠してたりする理由が理解できていた。
色々な情報を整理した結果出てきたその閃きは突然だった。
これは夢じゃない。
あの奇妙な夢は見ないでそのまま朝になって目が覚めたんだ。
だとすれば色々と合点がいくというものだ。
さっさと起きてアラームも止めよう。うん、そうしよう。
瞼を開ける。もちろん自分の意志でだ。
上半身を起こす。いつも通りだ。
スマホを手に取ってアラームを止める。…ん?
ベッドから起き上がってカーテンを開ける。今日は良い天気みたいだ。
朝日の差し込んだ室内を見渡す。……んん?
伸びをする。朝のこれは気持ちがいい。
そして視線を斜め前方に向けると、驚嘆、納得、諦観、疑問の感情が同時に湧き上がってくる。
「朝起きた時から、なんとなくわかってはいたんだ…でも、そっちかよ」
思わず紡いだその言葉を発した声は聞き慣れない声であって、聞き慣れた声だった。
目を向けた先にあった姿見には、少し寝ぐせでセミロングの髪が跳ねた少女の姿が映っていた。
思い付きと勢いで書きました。
後悔はしてない。
連載ができるような書き方をしてますが、今の所予定はありません。