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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第8話 『取引』


 

 ふと、取引がまだ成立していないことを思い出す。


「あ、そだ。カルるんからの質問は? 本題本題」


「んー、まだいいかな。いずれ聞かなきゃならない時が来るから。その時は逃さないから覚悟しててよね。ーーーえっと、ナルセだっけ」


 来るかもしれない可能性の一つではなく、まるでその時が来ると断定した言い方だった。カルトがどんな未来(さき)を見ているのが不思議だったが、それより気にするべき点がある。


「あのう、カルトさん。【ナルセ】は名字なんですが……」


「うっそ」


「マジです」


 これはカルトではなく、タツキ自身に非がある。

 姓・名の順が逆になるのだから、この世界では名乗り方を考えないといけないと予想できたはずだ。更に家名やら何やらを付け足され、すごく長い名前になったNPCを、タツキは何かのRPGで見た覚えがあった。


「リクがタツキって呼ぶから、てっきり初心者に優しい仕様になってるんだと思ったんだけどな………」


「あァ? オレは呼びやすいからそう呼んでるだけだ」


「タツキ。本当だ、結構呼びやすいかも。タツキ、タツキ………。うん、いい名前ね」


 何度も名前を呼んでくるカルトに、タツキはすぐさまご満悦になる。出過ぎた感を否めない条件はすっかり呑まれ、心なしか壁の厚みが減った気がしなくもない。

 縮まった(気がする)距離感にタツキは思わずにやける。破顔したまま二人を見つめていたせいで、その距離が遠のいたことにタツキは気づいていなかった。

 

 呼び名改革が起きても、カルトの態度は不変を貫いていた。たかが呼び方とでも思っているのだろう。なので、タツキもにやにやしたり頭の後ろで手を組んだりするだけで気持ちを抑える。彼女の言葉裏を深く考えていない証拠でもあった。


「カルトってのも、すげぇいい名前だよな」


「そ、そう? ありがと、タツキ」


「………っ!! んかぁ……いいっ……!!」


「たかが呼び方だろ?そんな気持ちワリィ顔すんなよ」


 思わずニヤついてしまった頬を引っ張って、気持ちを切り替える。リクが本気で引いた目をしていた。


「言っとくけどな、呼称様を見くびってたら痛い目見るぜ。ダッシュでカルるんとの距離詰めてやるよ」


「ハッ、お前なんかに心を開くわけねぇだろ。なっ、カルト」


「んー、ルイのお菓子があれば開くかもしれないなぁ」


「オッケー、速攻行って貰ってくる!」


「てめ、抜けがけすんなあああ!!!」


 そんな雑談(?)が行われている場所は、ずっと先まで伸びた長い廊下だった。

 高級感溢れる部屋は既に退出済みであり、屋敷の構図を知らないタツキは、迷わないようカルトの後ろを歩行中である。


 タツキの隣では、闘争心に燃えたリクがぐるると唸っている。名前呼びの垣根を簡単に飛び越えたタツキを警戒しているらしい。

 カルトを抱き上げ、その場から逃走する力を有するリクには、それを実行しうる勇気がない。だから、言いたいことをカルトに告げることもできず、突然現れた変な男を睨むことしかできないのだ。

 カルトと並ぶほどの能力を持っているはずなのに、それが自信に繋がることがないのと同じだった。


「お、なんだ。嫉妬かリクちゃん」


「………うるせぇ」


 低くそう唸ってやると、怖気づいたのかソイツはあっさりとお調子者の仮面を外し、さして気にする様子もなく口を閉じた。しかし、あくびを噛み殺したり伸びをしたりと、こちらから見たらとぼけているようにしか思えない態度がまた癇に障る。

 タツキとリクは、根本的に食い違った存在なのだ。互いに互いをずれて認識し、それが間違いだと気づかない。今はまだボタンのかけ違い程度で済んでいるが、悪化すると大変なことになるだろう。


「………」


 少年が練る、殺意にすり替わってもおかしくないほどの激情を、タツキは単なる嫉妬だと解釈していた。それが少年の奥深くに眠る記憶と結びついた、思い出してはいけない感情だとも知らずに。未熟なリクにとって、その記憶は永く封印しておくべきものなのだ。


「リク……どうかした?」

 

 異変を感じ取ったのか、急に立ち止まったカルトが囁くように聞く。


「………ッ」


 ――――そんな軟弱野郎、相手にする価値なんてねェよ。小綺麗な言葉並べておいて、いざとなったら裏切る卑怯モンに決まってるさ。

 それとも。

 オレが言ったこと、忘れちまったのか……?


「なんでも、ねェ」


 頭に浮かんだ言葉は喉から出る寸前で詰まり、変わりに酷く冷たい答えが投げ出された。

 

「……そう」


 少女の目が儚げに揺れたのを、俯いた少年は気づかなかった。



✺✺✺✺



「なーなーカルるん様よう。これって行き先どこ設定なの?」  


 重苦しい雰囲気になりかけたのを察し、タツキがわざと明るい声でカルトに問いかけた。


 それに、ひたすら長いだけの廊下を歩くことをそろそろ苦行に感じていた頃だ。唯一の暇潰しは、窓から眺めることのできる景色だけ。それもカルトの歩くペースに合わせているので、横目で見ることしかできない。

 助けてもらった身分の癖に、と非難されるかもしれないが、結構な時間を費やしても見る品々が変わらないのだ。最初は新しい情報にウキウキしていたが、いい加減飽きてしまった。


 試しに今まで見てきた物の例を挙げてあげよう。

 金持ちにありがちな高級そうな壺から始まり、価値のわからない絵画、滑らかな木で作られた横棚、その上に置かれる花瓶、廊下に続いて張られた窓硝子。終わり。特筆すべきは………扉の多さぐらいか。右側には常に扉があり、数えるのが億劫になるぐらい無限に存在している。一部屋ずつ順番に開け放してやりたい衝動も、数分経てば落ち着いてしまった。


 はい、例に挙げられるもの終了。細かい造りや装飾はキリがないので省いたけれど、大体さっき述べたもので構成されている。


「んー。さっきの会話でわかると思うけど」


「んー……」


 正直ずっと黙りこくるのはキツイ。もちろん雰囲気的な意味で。だから思い出すのに手間取っているフリをし、たっぷりと思案時間をとった。

 先ほど知り合ったばかりの人とのウォーキングタイム。否応なく人見知りスキルが発動してしまう空間だ。重い。空気が。痛い。視線が。


「俺の予想は食堂だな」


「正解。この程度のことが分からない愚人じゃなくて安心したよ」


「ハッハッハ! 見直した?」


「うん。すごいすごいー」


「聞いたかリク! さっそく褒められちゃったぜ!」


 右腕を掲げながら空笑いを少年に自慢するも、予想したリアクションは返ってこなかった。

 さっきまでの元気はどこへやら。

 わんぱく少年・リクは、何やら考え事をしているようで、口を開こうとしない。たまに思い出したように顔をしかめるぐらいだ。過去の自分を責めるような痛々しい表情を、タツキは何度も見た気がする。


「………」


 リクに話題を振ったことで、半強制的に無言モードへとシフトする。

 ――――経験したことないだろうか。

 時間の密度によって、体感時間の長短が違うことを。

 たとえば……。仕事中より休憩時間のほうが短く感じたり、遊んいる時より授業中のほうが長く感じたり。

 科学的な根拠の有無は知らないが、この法則をひっくり返せば幸せも増えるんじゃないだろうか。嫌なことはすぐに過ぎ、楽しい時間はゆっくりと流れる。幸せと不幸の割合は逆転し、自然にみんなの笑顔が増える。

 

「………はぁ」

 

 要するに、変な理論を並べ、変な結論を出せるぐらいには暇なのだ。心を覗ける魔法があるなら、速攻逃げて一人で閉じこもるほど人には見せられない一幕だった。

 それなのに、カルトは一向に辿り着く気配を見せない。無駄に広い造りに愚痴りたくなる気持ちを堪え、辛抱強く足を動かし続ける。

 リクで遊ぶには相手の心情が伴わないし、涼しい顔で歩くカルトにかける言葉も見当たらない。


「…………」


 誰も何も発さないこの空間。無言のテクテクタイム。

 一人の時は気にならないのに、多人数だと気になってしまうのが人の(さが)というものだ。

 かまってちゃんに気まずい空気は毒である。誰か毒を癒やす空気でも送ってくれと願う。


 階段を登ったと思えば突き当りを曲がり、扉についたと思ったら方向転換して歩く歩く。そのせいで感覚が狂い、ここが何階でどこにいるのか全く分からない。

 気にしているのはタツキだけかもしれないので、このまま口火を切らなければ、永遠に和やかな会話など実現しないだろう。黙り続けていた中でとても発しずらいが、沈黙の永続と天秤にかけ、結局声を上げることにした。


「そ、そーいやさ。フレシアにケガとか無かったよな?」


 我ながらナイスな質問。心の内でタツキが気にしていたことでもあった。あの綺麗な肌には、かすり傷一つ付けてはいけないのだ。たとえ一瞬で傷を治せる魔法が存在するとしても。


「フレちゃんは大丈夫。外面的な傷は一切無し」


「ならいいんだ」


 その言葉に心底安心する。フレシアは無傷。苦しみを経験してはいない。その事実さえあればよかった。


「そういえば、フレシアが誰かと話してた気がすんだよなぁ……」


「――――」


 意識せずに素の顔に戻り、抜け落ちた記憶を探っていたタツキを、アメジストに似たカルトの瞳が真っ直ぐに見つめていた。じっと……タツキの中にある《何か》を推し量っているように見え、思わずたじろぐ。


「そ、そんなに見つめられると照れるんですけど! 男心ときめきすぎて困っちゃう!」


 突然の熱視線に再び笑顔を貼り付け、大袈裟に飛び退いてみせた。その道化を見るなり、カルトの目から熱がすっと冷め、タツキは引き攣りそうになる口元を必死に堪える。さっきまで悶々と悩んでいた事も忘れるぐらいに。

 

「………」


 興味を失ったのか、無言でカルトは歩行を開始する。


「何、何なの? 俺の心乱して楽しいの? やっぱりSなの?」


「そろそろ着くから。ね?」


 カルトの横顔に、また読み取れない感情が浮かんだ。それが微笑だと気づく前に、タツキは彼女の言葉に歓喜した。


「やっとか! 待ちわびたぜ!」


 これが俗に言う《時間が早く感じる現象》だろうか。会話を始めてすぐに終点に着くとは。それにしては、開始から終了までやけに短かった気がするが。


 まさか、俺が話し出すのを待っていた―――?


 新たな可能性がポッと浮かび、すぐに消えた。

 カルトが一際巨大な扉の前に立ち、装飾されたドアノブに手をかけた時には、疑問は期待に塗り潰されていた。


 


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