第7話 『トモダチ』
「あっ、ちょいまちカルるん! 俺を治してくれたって言ってたけど………まさかあの時、フレシアと一緒にいたのか?」
思いついたことを口に出した結果、部屋を出ようとするカルトを引き止める形となってしまった。しかし引っかかることがある。気を失う直前、フレシアと誰かが会話しているのを聞いた気がするのだ。
金縁のノブに手をかけたまま首をこちらに向けたカルトは、少し考える動作をしてから、
「カルるんって何……ですか」
「……ちょっと可愛いじゃねェか」
困ったように眉を下げたカルトが小首を傾げ、突っかかってくると思っていたリクはポソポソと呟き頬を染めている。
「距離を詰めたいならば、まずは相手を愛称で呼ぶべし! これマイ持論! カルるん、さっきから無理に敬語使おうとしてるだろ」
「ぶっとんだジロンだな」
「持論が何かも分かってねぇお子様に言われる筋合いは無いね」
第一、タツキの立場が《お客様》なのがおかしいのだ。所詮は拾われの身であって、丁重にもてなされる身分ではないはずなのに。
「だって、お客様はーーー」
「いいじゃねェか。コイツ自身がそう言ってんだしよォ」
両腕を頭の後ろに回しながら、リクが興味なさそうに言い捨てる。カルトは渋った様子を見せたが、数分の思案後、こっくりと頷いて了承を示した。何だかんだ彼女たちの間には信頼がある。
そういえば。最初からリクは、タツキに壁無く接してくれていた。客という認識はあったのだろうが、だからといって態度を変えることはしなかった。この少年が自分の道を疑い無く進んでいるのが分かる。
「んじゃ、俺に堅苦しくしないってことでいっちょ頼むぜ。敬語も無しで」
「………お客様が望むなら」
「おう。そうしてくれ」
にっと笑ってみせたが、お客様と呼ぶのもやめてくれとまでは言えない。一度にいくつも文句をつけるほど礼儀知らずではない。
タツキはとりあえず立場を対等にすることで満足し、積もった疑問を解消していくことにした。
「で、どうだったんだ? カルるんはあの場にいたのか?」
「……ん。いなかったよ」
改めての問いかけに、敬語が抜かれた返答。
それを不愉快に感じることは当然ない。むしろ微笑ましい。タツキはニマニマしそうな頬を堪え、詳細を求める。
「えっとね、昨日の夜ーーーフレちゃんが泣きながらわたしのところまで来たの。血だらけのキミを抱えて。このまま死んじゃうんじゃないかってぐらい血が出てたんだよ? フレちゃんの応急処置がなければホントに死んでたかも……」
「聞いて驚け! なんと、カルトの属性は最上位である《聖》なんだ! 中央でも重宝される超スゲェ治癒術師なんだぜ!」
「解説サンキュな、リク坊。おかげでカルるん……改めカル様のレア度が分かったぜ。わざわざ俺の傷治してくれてマジ感謝でございます」
「お役に立てて光栄です……なんてね。正直、ほとんどフレちゃんのおかげだよ。フレちゃんが急がなかったらキミ死んでたもん。ちゃんとお礼言ってあげてよね」
カルトが、【運ばなかったら】ではなく【急がなかったら】と表現したことで、フレシアが他人を見捨てるわけがないというある種の信頼が伺える。
タツキがフレシアに出会ったことは本当にラッキーだったということだ。人生の運全てを使い切った気がする。もしそうでも、タツキは絶対に後悔しない自信があるが。
「何回お礼言っても足んねぇな。だけど面と向かって言うのは恥ずかしい気もする俺。……やばい、属性ヘタレだったらどうしよう」
「何だお前、自分の属性も知らねェのかよ」
「………自分のも何も、正直属性が何なのかも曖昧なぐらいだし」
この世界についてよく知らないが、おそらく……いや100%、タツキは《非常識人》だ。属性を知らないと言ったときの二人の反応を見ればわかる。何事にも動じなさそうなカルトでさえ、半開きの目を全開にしていたぐらいだ。
もちろん、RPG好きのタツキはある程度知識がある。ただ、その知識がこの世界に通用するかどうかは分からない。
現に、記憶の食い違いは始まっていた。
《聖》という属性があるのは知っているが、そこまで特殊なものではなかった気がするのだ。治癒術師なんてなろうと思えば簡単になれたし、全てが素質に左右される職ではなかった。必要なのは尽きない慈愛ぐらいか。
「俺さ、出身がすげー辺境な村なんだよ。魔法とか使わなくても生きてこれたってわけ」
「農民育ちってこと? その割には肌が綺麗だし、手に豆もないし、体弱そうだけど」
「どうやってここまで辿り着いたんだよ、そんな田舎バカが」
どちらからも疑いの目で見られ、タツキは頭を掻きながら笑ってやり過ごすことにする。身の上を喋りすぎるとボロが出てしまう気がした。辺境な村生まれ設定に早くも疑念を持たれているのだ。
「それで、属性ってーーー」
「話は後で。歩きながらにしましょ」
「え?」
「朝食の時間だ。カルトはシンの料理が大好きだからな。遅れるとおっかねぇぜ」
いきなり話を終わらせ、さっさと部屋を出ていくカルト。その背中を呆然と見送るタツキの横を、リクが理由を説明しながら通り過ぎてゆく。
朝食ができたって何で分かるんだよ、シンって誰だ、そんなに料理はうまいのかーーー新たなクエスチョンマークを呑み込み、タツキも二人の後を追って駆け出した。
「思ったんだけどさ。さっきの話の流れ的に、俺が倒れたあとフレシアがウルフを殲滅してくれたんだよな。俺の捨て身のタックル意味なくね?」
声をかけると同時に出た自虐に溜息が出る。自分の無力さなど、タツキ自身が一番よく分かっているはずなのに。
「大事なのはそこじゃないでしょ。わからないの?」
「へ?」
「カルトの言う通りだぜ。死ぬかもしんねぇぐらい弱いお前が、他人を助けようとした。………馬鹿なだけだろうけどよォ」
その言葉にカルトが頷く。思わぬ方向からの賛辞に頬が緩んだ。相変わらず素直じゃない言い方だったが、それが彼の性格なのだともう分かっている。
「――ま、こっちは素直にありがとうと言っておきますか。ったく、普段から純真系男子でいれば少しは可愛げがあるのに」
「そ、そんな褒めたってなんも出ねェぞ!」
断じて褒めたわけではない。が、否定するのも面倒なので適当に流しておいた。
吠えるリクを軽くあしらいながら、こいつも女装でもすれば可愛んだろうなぁと考える。
ズボンをスカートに履き替えて、髪をセットし、化粧……いやそれだけで、十分美少女に生まれ変わると思う。これは本気と書いてガチと読むぐらいに本気ガチだ。顔は憎らしいほど整っているし、幼い顔つきは男女の境を曖昧化させる。
そんな美少女育成計画によだれを垂らす寸前のタツキを、青眼に軽蔑を滾らせた彼女が見ていた。
「一つ聞いてもいいかな、お客様」
「あぁいいぜ。ただし条件付きだ」
そこで間をおき、意味ありげにニヤリと笑う。
条件を付けたのは反射的だった。タツキの完全な気まぐれである。
「分かった。わたしにできる事なら何でも言って。あ、痛いのは却下だからね」
「何でも―――!? おっと、あぶねぇあぶねぇ。俺の強固たる意志が崩れるとこだった。カルるん超小悪魔」
カルトの無防備な発言。
それは、複雑な男心を揺さぶる魔性の言葉だった。
―――何でも。つまり何を条件にしても相手は拒めない超グッドな条件。
美少女相手に頼み放題とは……。想像だけでご飯三杯余裕でいけるな。
まずは"お兄ちゃん"と呼ばせようか。ポーズも重要だ。照れて顔を真っ赤にしながら、恥ずかしげに言って貰おう。普段表情に出さないカルトのレア顔は、最上級の萌え要素になるはずだ。その後は自分に忠実な雌になるよう念入りに練り込み、機が熟した頃にまちに待った搾取を行うのだ。
こんな美少女が奴隷のように尽くしてくれたら、どれだけの快感をーーー
「おいド変態! 今のお前の顔、最ッ高に気持ち悪いぞ!」
行き過ぎた想像が途端に萎む。意識が形になったものを糸でひかれたような感覚とともに、現実リアルに戻された。いや、異世界なんだけど。
それにしても、カルトはどんな条件を引き換えにしても惜しくない質問があるのだろうか。対人スキルが乏しいタツキには推測できない。
「いかんいかん。あまりのキュートさに浮気しちまうとこだったぜ」
《キュート》という単語に、二人が揃って首を傾げる。その様子を見て、なるほどここには存在しない単語らしいと検討付ける。区別がつかないうちは言語に気をつけねば、と再び緊張の糸を張る。
「それで……条件はどうするの?」
どこか投げやりな態度のカルト。不機嫌にさせてしまったか、と後悔の念が浮かぶが、時すでに遅し。時間を遡れるわけもあるまい、と咳払いをして仕切り直した。
そして面倒くさそうな少女に相対し、失礼を承知で指を向け、決めポーズ。
「―――俺を名前で呼んでくれ!!」
お客様。
そう呼ばれることに慣れていないタツキには重いだけの地位だ。今はまだいいかと思っていたが、これがまた呼ばれるたびに胸が痛むのだ。
わざわざ無関係を強調するような言葉を使われるのは心にくる。他人と知人の一線。呼称はその線を決めるものだといってもいい。
お兄ちゃんルートでも良かったが、心の距離が遠くなりそうだったのでやめておいた。
「「え?」」
そんなタツキの奇条件に、少年少女は口を開けたまま固まった。今日だけで何度カルトの表情を変えてやっただろう。それもほとんどが驚きによるものだ。
誤差ゼロのシンクロ率。……仲良すぎだろ。二人の一致した反応におもわず吹き出してしまいそうになる。
「お、おいタツキ。まさかそれが条件なのか?」
「そうだ。妬むなよ」
「……」
「いっとくけど拒否権はねぇぞ」
「……ごめん。もう一回言ってくれる?」
「おおおぃ! 聞いてなかったのかよ! 俺の緊張返しやがれ!」
「そ、そうじゃないけど……。わたしの聞き間違えかもしれないし」
「よーし、今度はちゃんと聞いとけよ。俺の望みはただ一つ。カルるんに名前で呼んでもらうことだ! ………本当は恥ずかしくて死にそうなんですカルト様ぁあああ!」
そう言うなり、片手で火照る顔を押さえ、空いた手で空を掻いた。
名前で呼ぶのは友情の証。
愛称で呼ぶのは親愛の証。まだそれに見合った関係になっていないとしても、いつかは………。そういった望みが呼称にあらわれるのだ。
ここの住民とはできる限り積極的に距離を詰めていきたい。
現世界では出来なかったことが、他人で構成されたこの世界なら出来る気がした。
とりあえず、まずは友達から始めよう。




