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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第5話 『マイネームイズ』



 ………そういえば、まだ名乗ってもいなかった。


「ごほん。ご紹介いたすは、常日頃代打担当、任される役は脇役オンリー、影薄な俺ナルセ・タツキ………あ、その、気軽にタツキって呼んでくれたら……」


 気恥ずかしさを誤魔化すため、言葉が洪水のように溢れ出す。下心から始まった発言は、自らの無能さを掘り下げまくっていたことに気づいた途端、言葉尻が急降下して終結した。タツキにとって取り消したい要素ばかりだが、フレシアにはその意図が半分程度しか伝わっておらず、今のところその心配は杞憂に終わっている。

 脳内は完全にパニック状態で、せっかくの自己紹介は自分の虚しさを浮き彫りにしただけだった。


 勢い任せに呼び捨てを求めたアホ過ぎる自分。

 出会って間もないうちに名前を覚えてもらうおうなんて図々しいにもほどがある。  

 名前呼びを取り消そうか取り消さまいか、本気で葛藤するタツキに不思議そうな視線を注ぐフレシア。その純粋な眼差しがタツキの言葉を濁らせていることに気づいていない。


「えと、タツキ……でいいのかな。よろしくね」


「ご馳走様ですッ!!!」


 首を傾げてはにかみ、更には自分の名を呼んでくれる女神に深い感動を覚え、全力でお辞儀する。


 今まで"好きな人"や"恋愛的なもの"にとことん疎かったタツキは、唐突に芽生えた気持ちのやり場に困っていた。


 この感情を恋と呼ぶには軽すぎる。

 恋に時間は関係ないなんて、よく言えたものだ。今のタツキは、フレシアの外見だけに惚れた現金な野郎と思われても仕方がない。


 タツキとしては"外見"ではなく"魂"に惹かれたんだと弁解したいところだが、自分自身感情に理解が追いついていないため、もどかしく想うことしかできない。

 タツキ自身容姿が悪いわけではなく、告白されたことは二度や三度は経験済みだったが、自ら積極的に切り込んだ覚えはない。あの頃の自分はそういった類に冷めていたという自覚がある。


「本当に、元気そうで良かった。ごめんね、私のせいで」


「ん? なんでフレシアのせいになるんだ?」


「だってタツキ、ウォーグウルフから私を守ろうとしてくれたでしょう?」


 脳裏に浮かぶのは、目をギラギラと輝かせた狼にふっ飛ばされる自分のお間抜け姿。あのタックルは強烈だった。

 狼の名前が【ウォーグウルフ】というのだろう。それを聞いて納得することがある。見覚えがあって当然だった。ゲーマーであるタツキは、そのモンスターが出てくるRPGゲームをやり込んでいるのだから。


 ウォーグウルフは、確かウルフの上位種だったはずだ。好戦的で血肉を好み、群れでプレイヤーを襲ってくる。ゲームをクリアしてから下位に変わって登場する、中々厄介な魔獣だった。剣士を職業とし、レベルをカンストしていたタツキの敵ではなかったが。

 この世界は、魔物が存在するお決まりのパターンなのか…………いや、今はそんなことを考えている場合ではない。フレシアの言葉の意味の方が大事だ。確かにタツキの行為は、フードを被った人間を守ろうとしてのものだったが。


「………もしかして、あのフードの子がフレシアだったのか?」


「そうよ。ペルお手製の頭巾を被ってたから気づかなかったのね」


「頭巾て……」


 異世界では聞き慣れない言い方に苦笑しながらも、タツキの頭は冷静だった。フードの子がフレシアなら、タツキが襲われそうになったところを救ったのもまた彼女ということになる。すなわち、彼女には狼を一掃できる力があったと。


「俺いらねぇじゃん! むしろ邪魔してるし!」


 顔から火がでそうなほど恥ずかしかった。

 意識が途切れる間際、俺は何を思っていた?人を助けて死ねるなんて最高だ〜とか考えてなかったか!?

 今になって思えば、すごく恥ずかしい。しかも、それは全部間違いだったわけで………。


「そ、そんなことないわ。でも、あんまり無理しちゃだめだよ」


「はい………」


 聞きたいことはたくさんあるが、今は自己嫌悪で手一杯だ。

 うなだれ、しゅんとしたタツキの頭に何かが置かれる。


「ふぁ!?」


「わぁ。タツキの髪、サラサラ……」


 目を驚愕に丸くし、置かれた手を見る。それが幻でないことを確認して、頬がニヤけた。……何だこの美味しいシチュエーションは。

 フレシアがほわんほわん笑いながら頭を撫でてくれている。その心地よさに目を細め、しばらくの間無言で受け入れていた。だが、事態の大きさを理解するにつれ、抑えきれない感情が暴発しそうになっていく。 

 指が梳くように髪に通される度、隣から凍えるほど冷たい眼差しがタツキを射抜いていた。


「あ、あのぉ………これはですね」


「フレシア様、何を……?」

 

 なさっているんですか、と本来なら続くべきところを、おそらく困惑が(まさ)ったのだろう。

 ベットに腰掛けたタツキの頭を延々と撫で続けるフレシア。そのありえない図に、握った拳を震わせる。


「……こうしたら、少し落ち着くかなって思って」


 当然のように言い放つフレシアには、行為に対する思い入れはない。それが安心するような残念なような気がした。

 ルイの苛立ちに気づかないのであろう。髪をいじる手の動きは止まらない。


「私の方が楽しくなってきちゃった」


「………立場を弁えてください。当主ペル・クローク様の威厳に関わります」


「ルイったら、大袈裟よ。こんなことでペルが怒るわけないわ」


 ペル………。フードを作った人と同名だ。

 まさか、屋敷の主だったとは。名前だけ聞くとペットと勘違いしそうだ。


「クローク様が寛大なことなど分かっております。ですが……」


「はいはい。分かりました」


 渋々といった様子で手が離れる。

 感触を名残惜しく思うが、隣に控えるルイの怒りを買うリスクと比べれば我慢できる。


「なぁ、クローク様とやらのご会談イベントは無いのか?」


「もうすぐ朝食だから、そこで会えると思うわよ」

 

 朝食という魅力的な単語を聞きつけ、腹の虫が鳴り出す。

 そういえば今は何時なのだろう。そもそもこの世界に《時計》という概念は存在するのだろうか………。


「それじゃ、私はもう行くね。ルイ、あとは任せたわよ」


 最後ににっこりと微笑み、女神は止める間もなく出ていってしまった。時間について質問したかったが、部屋に残るのはタツキと鬼メイドだけ………。


「……」


「どーぞどーぞ! 俺のことなら心配なさらず! このとーりピンピンしてますんで!」


 横目で訴え掛けてくる視線に、慌てて元気アピール。使用人という立場である手前、客であるタツキに強く言えなかったのだろう。早く帰りたいオーラは抑えきれていないが。

 半ば言わせられたような答えに、ルイは鼻を鳴らして応える。当然だと言わんばかりだ。


「そうですよね。では後ほど参りますので、失礼します」


「はーい! サヨウナラ!」


 願わくば、後ほど参られないことを。

 ある意味熱い視線をルイの背中に送っていると、その真意に気づいたわけではないだろうが、


「不敬を働くようなら、いつでも受けて立ちますので」


 その捨て台詞を聞くより早く、タツキは逃げるように布団に潜っていた。




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