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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第37話 【ピエロ】

⚠グロ多めです







 目の前のカルトの顔が、粘土みたいにぐにゃぐにゃと歪む。


「はーぁ、これじゃ同情する気にもならないわぁ。あ、なんかごめんなさいね〜。 って言っても、その様子じゃ聞いてないんだろうけどぉ。ホント男は勝手よねぇ」


「………?」


 何とかカルトの(こぼす)意味を理解しようとするも、一向に耳に入ってこない。否、入らないようにしている。不安定な精神を守るため、厚い膜を心に貼り付け、進む事態から目をそらす。


 がたがたと震えるだけの弱者に軽蔑した目を向け、カルトはタツキから興味を外した。小さく首を曲げると、やがてその手が眠る少女の頬にたどり着いた。


「―――綺麗。白い肌、すらっとした手足、愛らしい顔。ああ、ああ、剥がしたい。剥ぎ取って飾って、たっぷり愛でてあげたいわぁ!」


 ……やめろ。その顔で、その声で、そんなこと言うな。口をパクパクさせて言葉を発しようとするが、掠れた息が出るだけだった。―――世界から、カルトの声以外の音が消えている。

 機能が停止した耳を放置し、情景を正しく映す目を代用して状況を掴むために足掻く。まるでそうすることが正しいとでもいうように。だから頭と行動が繋がっていないことにも気づけない。


 背景(バック)は黒く塗り潰されており、カフェの一角に似た風景は見事に消えていた。全てが闇に包まれている。

 ―――いつの間にか、部屋にはタツキとカルトに似た化物、そしてフレシアしかいなかった。つまり助けを望むだけ無駄ということだ。早々に望みが打ち砕かれ、視界までもが暗闇に落ちそうになる。


 血だまりに沈んだフレシアを腕に抱き、可憐に微笑むカルト。二人とも揃って愛らしい顔だちをしており、見る者の心を身勝手に掻き立てる。


 瞼を閉じてか細い息を吐く少女の金髪を、大人びたもう一人の少女が愛おしげに撫でている。その光景は酷く儚げで美しかった。


 例え、抱かれる少女の服が赤一色なのだとしても。

 例え、その色が血液を示しているのだとしても。

 例え、髪を撫でる少女の指にその色が付着していたとしても。

 例え、その少女の瞳が暴虐性に満ちているのだとしても。−−−−おかしな点はない。ないはずだ。あるわけがない。


 ――――馬鹿か!!

 ここまできてなお理解を拒む自分に失望する。

 『例え』なんて使っている場合ではない。一刻も早く状況を把握し、フレシアを助け出さなければならないのに。自分を傷つけないための殻に篭もり続けることが、どれほど悪手で愚かか分からなければならないのに……。


「そういえば、聞いたわよぉ。アナタ、セイちゃんのお兄様なんでしょお? どうなの、再会した心境は?」


「ああああああくそがああぁッ!!」


「んもぅ、質問に答えなさいよ。そんなに睨んだりしちゃ、可愛い顔が台無しよぉ。まぁ、弱い奴はアタシの趣味じゃないけどねぇ。アナタのせいでこの可憐な子は死ぬ。それが分かってくれているなら満足だわぁ」


「き、汚い手でフレシアに触るな! てめぇは一体何なんだよっ!?」


「酷い言い草じゃない。それに、レディに名前を聞く前には必ず自分が名乗ること。こんなの常識でしょお? ちなみにセイちゃんじゃないわよ」


 耳にまとわり付いて離れない、気持ち悪い喋り方。声はカルトの声そのものなのに、妙に(かん)に障さわる。いつもより平静を乱した返しになってしまうのだ。……まさかこれも罠か。騙され続けて疑心暗鬼になっていくのを感じる。


 《セイちゃん》とはセイキのことだろう。虫唾が走る呼び方だ。

 カルトの皮を被った悪魔は出会い頭から最悪だった。何より、こちらの味方じゃないのはその口ぶりからして確定なのだ。


「フレシアを放してさっさと本来の姿に戻りやがれ! このオカマ野郎!!」


「あらあら、急に元気になったわねぇ。アタシはこの姿、愛らしくて気に入ってたんだけど…」


「もう十分だよ、セルヴァー。お兄ちゃんのマヌケな顔をまた拝めたから」


 三人だけの空間に、どこからかセイキの声が聞こえてくる。くすくすと笑い声も引き連れて。


「んもう! そっちで呼ばないでって、何度言えば分かるのよぉ! 可愛くないから嫌なのに!」


「ご、ごめん……。ガネット、満足したからもう術を解いていいよ」


「さっすがセイちゃん! サイッコーに可愛いわぁ! そう、食べちゃいたいぐらいに!」


「はは、食べられるのは少し困るかな。まだ悲願を達成できてないから」


「………!」


 異常人同士の会話に唇を噛む。じんわりと口腔に血の味が滲んだ。二人との力の差がありすぎることを悟らずにはいられなかったのだ。


「―――――幻から目覚めよ」


「!?」


 先ほどまでの、相手の精神を逆撫でするような言葉遣いではなく、太く芯の通った声だった。そんなカルト………《ガネット》の言葉が、一直線にタツキの元へと飛んでくる。鋭い音がタツキの鼓膜を揺らし、内部まで浸透すると―――――世界が一変した。


「ッッ!!!」


 無意識に出た咆哮。

 それは事態の最悪さを物語っていて。拒むことを許さない顛末を突き付けていて。怒りとも悲しみとも似つかない感情を含んでいて。


 整頓された棚、無動の椅子や机、詰め込まれた本ーーー。

 暗闇に支配される前と全く同じ景色だった。


 ただ一つ違うこと。それは。カルトとリクが倒れているということ。倒れている。倒れている。倒れている。ーーーータオレテイル? 本当にそれだけか?




 潰れたリンゴのようにぐちゃぐちゃにされ、血の池に浮かんだ頭蓋骨。人体が絶対に曲がらないような方向に折られた手足。バキバキに砕かれた体中の骨。朱色に染め上げられた服。

 それらが無造作に部屋の中央に寄せられていた。もしかしたら《ソレ》は彼らじゃないのかもしれない。

 そんな縋ったような甘い予想は、視界に入った物に瞬時に打ち砕かれる。



 −−−−カルトとリクのトレードマークでもある、おそろいのヘアゴム。ハンドメイド品で世界に一つしかないと聞かされていた。それはつまり……そういうことなのだ。

 ゴムのことを話してくれた時の二人の笑顔が脳裏をかすめる。もう決して見ることの叶わない光景だ。……そんな時、血特有の匂いが鼻を貫いた。気分の悪さにぐしぐしと鼻を拭くが、涙は出てこない。現実逃避の旅を続けている証だった。


 治癒魔法を使えばまだ助かるかもしれない。

 ――否。ソレはすでに人であったときの形を失っていた。助かる望みが0から上がることはない。誰の目にも明らかで揺るがない現実だ。

 そして命を吹き返す魔法が存在しないことを、タツキはすでに知っている。


「あははははっ! なんかすごい現実から目をそらしたいみたいだけど、コレは魔術じゃないからね。さっきまでのが幻で、こっちが本物。鈍感なフリするのはやめてよ」


「うふふ、感動しすぎて言葉も出ないのかしらぁ? 分かるわ、芸術作品よね。後でもっともっと綺麗にして飾ってあげましょ。―――そこの可愛い子ちゃんと一緒に、ね」


 赤紫の長髪を垂らし、全身を黒ローブに包んだ細身の女。セイキより発達した胸部と、間から見える、肉の削ぎ落とされた太腿がその性別を裏付けていた。背丈は、いつの間にか隣に並んでいたセイキより頭一つ分高い。ヒゲの生えたおじさんを想像していたタツキは、良い意味で裏切られた形になる。

 顔のほとんどはフードで覆われ、その頭にはセイキと同じ猫耳が可愛らしく乗っていた。唯一見える口は真っ赤に塗られている。


 ガネット・セルヴァー。セイキが可愛く思えるほどの悪魔が、恍惚とした表情でフレシアを指差していた。


「……! フレシアああぁっ!」


 タツキの近くで倒れ付す彼女の元へ飛んでいき、すぐさま脈を確認。……息をしている。生きている!

 絶望にまみれた世界に一つの希望を見出し、その奇跡に思わず一滴の雫をこぼした。今まで乾ききっていた涙が再び潤う。―――守る。守る守る守る。この子だけは守りぬいてみせる。


 敵が二人に重傷者と非戦力要員。かなり絶望的な況だが、フレシアが生きているというだけで活力が湧いた。隣合って骨になっていた二人の存在はすでに頭にない。それほどタツキの脳回路は狂っていた。


「あらぁ、最期まで足掻いてくれるのねぇ。案外根性あるじゃない。気に入っちゃったわぁ」


「………諦めて。お兄ちゃん」


「お前らの思い通りに………させてたまるか」


 自身の怪我の重さも忘れ、震える足腰に活を入れてフレシアをおぶる。おんぶなんて普段のヘタレタツキには出来ないことだ。彼女の足に手をかける。


 そしてのしかかってくるであろう体重に身構えると………驚くほど軽かった。背中に熱を感じているのに、だ。天使だからなんて理由、通るはずがない。いくら彼女が子供で痩せ体型だからといって、これほどの軽さになれるだろうか。中が空洞にでもなっていなければありえないはずだ。だが、そのおかげで起立できたと言っても過言ではないのもまた事実。


 不運なことに、目指す扉は敵二人の背後にある。いもなら無理ゲーだと諦めるところだが、今背負っているのはタツキの命だけではない。タツキのものよりずっとずっと重い命を預かっているのだ。


「俺は諦めねぇ……絶対に」


 彼女が背中にいる。それだけで安心できた。息をつけた。足を希望へと進ませることができた。絶望的な状況でも前を向けた。


 ―――諦めてたまるか。理不尽な展開に弱音なんて吐いてやるつもりはない。膝をつくつもりもない。


「ふぅーん。それ、後で撤回しないでよ」


「あらあら、怒ったセイちゃんも素敵だわぁ」


 前方には連れ添って立つ悪魔が二人。

 勝ち目がないことなど分かりきっている。

 たとえ扉に辿り着いたとしても、瀕死のフレシアを救えるかは分からない。もとより扉の先を拝める確率など1%もない。それこそ何か奇跡でも起こらない限り―――


「………?」


 奇跡を信じて歩を進めていると、違和感を感じた。

 しかし、敵が消えたわけでも、新たな助太刀が来たわけでもない。ただ、何故だろう。背中がいきなり軽くなった。同時に何かがぐちゃり、と落ちる音がする。振り返ろうとするが、本能が拒む。


「あらぁ、失礼ねぇ。アタシ達から目をそらしたら首チョンパするわよぉ」


 何とか首を曲げて背後を確認しようとするが、ガネットに先手を打たれる。舌打ちをしてフレシアを抱え直した。手にはフレシアの太腿の感触。…少し言い方は悪いが。

 しかし、重量の変度が普通じゃない。背負っていた重さの半分は軽くなっている。何か落とした…?


「哀れなお兄ちゃんに質問。私がなんでその金髪……んー、女の子?を、生かしてたと思う? 殺すタイミングはたくさんあったのにさ」


「……はぁ?」


 セイキの戯れ言より、ぴこぴこと揺れる猫耳に意識がうつる。血走った目で動くものを追いかけた。


「特別に三分時間を進呈してあげるから、その間に考えてみてよ」


「うふふ。つまり三分で狂った頭を冷やせってことでしょ? ね、セイちゃん。そうなんでしょお? その方が絶望が大きくなるものねぇ?」


「ぴんぽんぴんぼーん! お兄ちゃんの気持ちはわかるけど、理解を拒まれるこっちの立場にもなってほしいわけ」


 三分。カップラーメン。クッキング。……いやいや。

 ふわふわする思考の中、遅れてこれが最後のチャンスだということに気づいた。三分の猶予があるのなら、その間一切の手出しをしないということ…ともとれる。


 いつの間にかセイキの出した質問も、感じた違和感も頭の隅に追いやられていた。正常からズレたタツキの脳は、今を生き延びることしか考えていない。もし人から異常だと言われても認めないが。

 ―――フレシアを守る。

 ただそれだけだ。その為なら己の命なんてくれてやる。


「あと二分半ね。ちょっとアンタ、急に黙らないでよぉ。ちゃんと考えてるのかしらぁ?」  


「あぁ、考えているだろうね。……どうやってそのお姫様を助けようかって」


 見透かしたような目をするセイキに、覚悟を決めて睨み返す。……走らないと。満身創痍のこの体だが、最後まで走りきってみせる。絶対に。呼吸を整え、フレシアを落とさないようにすることに集中。


「さぁそろそろ二分―――」


「あああぁあ!!!」


 ガネットのセリフを断ち切るように雄叫びをあげ、全力で走り出す。背中に愛しき(むくろ)を背負って。


「あらぁ、時間より早いけど仕方ないわねぇ」


「ガネット、やめて」


「え? ……まぁいいわ」


 不格好に地を蹴るタツキに狙いを定めるガネット。獲物を狙う手。それを隣のセイキに止められる。



 ―――勝機!!!

 そのまま運に身を任せて中央を突っ切り、敵を抜き去って扉まで走った。無言の視線を浴びているのがわかる。 しかし関係ない。三分なんてあっという間に過ぎる。歩を進ませる度に扉は近づき―――


「………さてさて、今度はどんなマヌケ顔を見せてくれるのかなぁ?」


 ――――閉ざされた扉を前に崩れ落ちた。

 あかない。あかないあかないあかない。死んだ。死ぬ。死んでしまう。死ぬ。守れない。他にどこに出口があるかなんて知るはずがない。たった一つの希望が。希望だったのに。ごめん。フレシア。守れない。守りたい。フレシア。死なせたくない。死にたくない。なんであかない。守りたい。


「あと残り一分。いやぁ、残念だったねお兄ちゃん。希望から絶望に突き落とされた気分はどお? あっはは、前座になるくらいは凄くマヌケな顔だね! 鏡があったらみせてやりたいぐらいだよ」


 ……死ぬ。フレシア。死ぬ。守れない。死ぬ。痛い。痛い痛い。死ぬ。しんだら? 死ぬ。じいちゃん。死ぬ。俺のせいで。死ぬ。また。死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


「趣味が悪いわねぇ。最初は情に流されたか疑ったけど、やっぱりセイちゃんには団長の才能がビンビンあるわぁ。……元から鍵を閉めてたなんて、最高じゃない」


「僕がこいつに情けを? ……ハッ、あるわけ無いね。結局大事な人も守れずじまいでさ」


 頭を扉にぶつける。何度も何度も。

 自分が救いようのない馬鹿なのは分かってる。

 ぶつける。血が流れる。

 自分に守る力がないことは分かってる。

 何度も打ち付ける。頭が割れそうだ。


「ん、ちょうど三分たったわねぇ〜。答えは出たかしらぁ? ……ま、聞くだけ無駄でしょうけど」


 うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。黙れ。どうでもいい。


「んじゃ、私ナルセ・セイキが答えを発表をしまぁーす!」


 そうだ。俺にはフレシアがいるじゃないか。太陽のような笑顔を見せてくれた、あの女の子が。

 プライドも力も才能もないけど、フレシアがいる。それだけで十分だ。死に際まで一緒にいよう。フレシアがいれば、大丈夫。


「正解は〜……」


 背中から唯一の希望を下ろし、その可愛らしい顔を――――


「お兄ちゃんの、いっちばーん絶望に満ちた顔を拝むためでした!」


 ――――彼女はすでにその上半身を失っていた。







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