第36話 【騙されて騙されてまた騙されて】
「ごほっ、ごほっ! がっ、はぁ……!!」
部屋いっぱいに立ちこめる煙に咳き込み、遅れて視界が奪われたことに気づく。
――俺は今、攻撃を受けたのか。
異変が起き、やっとその思考に辿り着く。その割にはあるべき痛みがない。隣に蹲る少女を一瞥。かなりの衝撃音だったが、既に重度なフレシアもそれ以上の被害は受けていないようだ。未だ意識が戻る様子はないが。
意識が朦朧とし、景色が揺れる。ぐわんぐわんする感覚を、頭に手を当てることで何とか抑えた。
気分は最低。状況は最悪。
この衝撃が新たな刺客の来訪を伴うものだとしたら、今度こそ終わりだ。この場合人生的な意味で。
フレシアを守るどころではない。横たわる彼女を横目で見やり、謝罪と諦め、祈りを胸に人影を探した。
「へぇ、雷か〜。なかなかやるね。ま、ガキのお遊びにしてはだけど」
「…………セイキ」
朦々とした視界の中、見つけたのは一つの黒い人影。
――悪魔を背中に背負う人物、ナルセ・セイキだ。今の発言はコイツによるもの……だと思ったのだが、よく考えると腑に落ちない節があった。この奇襲相手について何も知らない口ぶりなのだ。煙と衝撃が雷によるものだとネタばらしをしてしまっているし、仲間ならば言わないような挑発文句をつらつらと並べている。これが演技なら敵ながらアッパレというか…正直デメリットのほうが多い気がする。
「早く出てきたら? 僕にはお兄ちゃんを楽にしてあげる役目があるし、待ってやる義理なんてないんだからさ。あ、ついでに隣の未発達美少女ちゃんも」
「……ぁ?」
黙って言葉の意味を探っていたが、最後の余分な一言で全部が吹っ飛んだ。計算の挑発だと分かっていたが、許せるかどうかは別だ。その人が誰か知らないが、今のタツキには十分な起爆剤になる。……結局、何もできないわけだけど。『力』や『才能』。それらに縁のない人生をおくるタツキには傍観者となる道しかない。
激情を眼に込めてその対象を睨んだ。あわよくば自分の中の隠れた才能とやらが目覚めますように。転生者にはチート能力がつきものなのに、なぜ俺にはそれがない。大事な人を守る力がないのは、虚しすぎる。
すると徐々に煙が消えてゆき、その姿が顕になっていった。
「お前、日焼けした?」
場にそぐわないセリフだったが、出てしまったものは仕方ない。セイキの姿が文字通り真っ黒だったのだから。純白ならぬ純黒。黒服と合わせて完全に影と同化している。
透き通るほど白かった肌さえ、茶色を通り越して焦げたように黒かった。見ると、体中からプスプスと音を立てて細い煙を伸ばしている。髪の毛も酷い天パみたいにくるくるだ。こんがりと焼けており………こおばしい匂いまでした。
「お兄ちゃんのバカ! 電気のせいに決まってるでしょ! こんなんなら受けないで避ければよかったかなぁ。なんかピリピリしてるし。せっかくの美肌がコゲコゲで、ちょー気分下がるんですけど」
「反抗期真っ盛りの妹を持った兄の気持ちが分かったわ……」
黒ずんだマントをはらい、本気で嫌そうに顔を歪ませるセイキを見て、何故か胸が痛んだ。
―――『家族』という枠にとらわれている証拠だ。本当はもっと敵対すべき相手なのに。フレシアに酷いことをした奴なのだから。……なのに、同じ顔をしたコイツを突き放せない。途切れ途切れの記憶と感情が理性の邪魔をする。
「雷直撃しておいて、ビリビリじゃなくピリピリって表現する奴はそうそういねぇぞ……」
「え? だってその方が可愛いでしょ。あーあ、帰ったらお手入れしなきゃなんないや」
自分の頬をぺちぺちと叩き、横髪を人差し指に巻き付けてため息をつくセイキが、平凡な女子高生と重なって見えた。華奢な体に小さな背丈。肌の荒れ具合を気にする乙女具合。
「おんな………?」
ぼそりと、どうでもいい予想を口にする。
自身の呼び方を一定せず、身体のラインが隠れる服まで着て性別を隠し通すセイキ。胸のところにあるはずの膨らみがない分、今まで男路線を中心に考えていたが、その考えは変わりつつある。
声変わりしていない高い声に、女子特有の喋り口調。オネエや女装男子だったら別だが大方女に間違いないだろう。
そこまで考えて、腫れぼったい顔を思い切り叩いた。こいつの性別なんて今はどうだっていい。殺人鬼の人間らしい一面に、多少とはいえ心がぐらついてしまうとは。不覚。
「う、うるさいなぁ。口出しはNGだよ。僕が用があるのはそこのお二方なんだから。 ねぇ、君たち。雷の付属効果かなんだか知らないけど、早くこの鬱陶しい煙晴らしてくれない?」
「この視界の悪い中でよく戦力把握できるな……」
黙れと言われて黙るタツキではない。思ったことが直行で口から出て行く。
セイキが凶悪的な笑みを浮かべる先を、一つの希望に縋ってじっと見た。段々と視界が回復してくる。
「―――畜生、こうなったら仕方ねェ。なんでバレんだよォ。 あ、俺様はガキじゃねぇぞ!」
「うっさいリク。コイツに《目隠し》が通じないのがどれだけ痛手か分かってるの?」
「だ、だってあいつが」
「言い訳しないで」
「むぐ……」
「ったく、タイミングよすぎだぜっ……!!」
背の低い少年と、その少年を叱る少女。
見慣れた姿にいつもと変わらないやり取り。感極まって思わず涙ぐみそうになる。彼らの会話は、さっきまでの殺伐とした雰囲気を見事に打ち消してくれた。
「タツキ、もう大丈夫だからね」
「カ、カルト様ぁっ……! カッコよすぎる! 惚れた!」
「へへ、ヒーロー見参だぜ!……っておい、オレは? 雷ぶっこんだのオレなんだけど?」
危機的状況でも変わらないリクに、一気に全身の力が抜けた。目先にいるのは見慣れた二人の姿だった。胸中に温かい気持ちが広がっていくのが分かる。
カルトとリク。どこから入ってきたのか分からないが、セイキを挟んだあちら側に連れ添って立っていた。普段は頼りないリクが、今だけかっこ良く見えたのは黙っておこう。本人に伝えると絶対に調子に乗るからだ。
「っはぁ〜」
強張っていた顔が安堵に和らぐ。緊張により固まっていた筋肉も大分ほぐれた。
全身の痛みが今だけは感じない。命のやり取りの終わりと同時に、最悪な結末への杞憂を悟った。
―――戦力が二人も増えたのだ。しかもどちらもタツキより有能で有力。状況は良くなっても悪くなってはいない。
戦力外のタツキを除いても数で勝っているのだ。最悪四方から一斉に攻撃してしまえば、たとえセイキでも反応が鈍るだろう。反則だ、卑怯だと責められても構わない。なにせあちらは命を摘みに来ている暗殺者なのだ。それは自分が狩られる覚悟がなければできない仕事だと思っている。
描いている内容がかなり強気な作戦だということに、タツキは気がついていない。まだはっきりと全員の戦力を分析できたわけでもないのに、カルト達がセイキに負けることを微塵も考えていないのだ。あれほど痛めつけられ、大切な人を傷つけられたというのに……。
仲間に向ける圧倒的信頼。そう言ってしまえば聞こえはいいが、所詮は慢心と過信にすぎない。
そんな都合よく作り上げた神を崇め、拝み、幻じゃないことを再確認する。
自分を助けてくれた救済者には、どうしても行き過ぎた期待を抱いてしまう。命を助けてもらった相手ならなおさらだ。その人が『正しい』と信じて疑わなくなる。ヒーローに憧れる子供の心理となんら変わらないだろう。絶妙なタイミングで現れた二人にも責任があるのだが。
「へぇ、頭の悪そうな小僧と計算高そうな小娘か」
ちろり。艶めかしく自身の赤い舌で唇を湿らせ、セイキが一言。もちろんこの発言に対し、誰にでもすぐに噛みついていく狂犬リクが黙っておくはずがない。
「おいおいおい、ちょっと待ちやがれ! てめぇ言っていいことと悪いことが……――あぁ!? テメェその面ッ……あのへっぽこタツキか!? 裏切りやがったのかよ!?」
「馬鹿リクが! へっぽこタツキは俺……でもねぇな!? よし、紹介してやろう。―――その子は自称俺の妹を語る、タツキファンクラブの一員さ」
悲鳴を上げる手足とともに決めポーズ。しかし返ってきたのは冷ややかな視線だけだった。カルトに至っては真顔で唾まで飛ばしている。
「わわわ私は別に、おに、お兄ちゃんのふぁんなんかじゃあああっ……!」
そんな中、意外な反応を見せてくれたのはセイキだった。頬を赤らめ、白く細い腕をマントの外で上下に動かしている。いつの間にか痺れ効果が切れていたらしい。……まさか、効果切れを狙っていたわけじゃないだろうな。元々黒焦げになっただけで、効いていなかったのかもしれないが。
必死の弁解を試みる黒マント。
それほど女だと気づかれたことが恥ずかしいのだろうか。乙女心はよく分からん。
「わたしはこんな茶番を見るために来たわけじゃないんだけど」
「あ、そうだ、カルト! 今すぐこっちに来れないか!? フレシアが……!!」
「フレちゃんがどうしたの? まさかっ……!!」
「ふふん、運がなかったね。真ん中には僕。敵様がそう簡単に通すはずないでしょ?」
「フレちゃんんんん!」
タツキの声掛けに、一瞬で友の危機を悟ったらしい。2.0の視力で怒りに染まったカルトの顔を見た。
しかし、さすがのカルトも敵を前にしてすぐにはこちらに来れない。飛んで行きたい気持ちを必死に堪えているのが見て取れる。そもそも彼女は戦闘向きの能力では無かったはずだ。……くそっ。このまま中立状態を続けるわけにはいかない。隣で荒い息遣いを繰り返すフレシアが、あとどれだけもつかわからないのだ。段々と呼吸音が小さくなっていっている気がする。―――間に阻むセイキが憎い。
「お兄ちゃんのトモダチなら、容赦してあげてもいいよ?」
「別にダチじゃねーよ」
「リク……」
「そうだね。この屋敷に住むんだから、タツキはもう家族同然だもん」
「……まァ、そういうこった」
「リク……!」
その言葉がじんわりと胸に広がる。
《家族》という響きがここまで温かいものだと思わなかった。こみ上げてきそうな感情を必死で押さえ込み、タツキはニッと笑ってみせる。
「聞いたか、エセ家族! 昔がどうかは知らねーが、今の俺にはコイツらがいるんだ! お前はお呼びじゃねぇんだよ!」
「……………前言撤回。跡形もなく殺してやる」
殺意が一気に増幅し、遠くにいたタツキの体を震わせた。言ってはいけないことを言ってしまった感覚はあるが、取り消すつもりはない。カルトとリクの予想外な気持ちに、屋敷を出る決意が消えかけたぐらいだ。
「―――お兄ちゃんの家族は、私一人で十分なのに」
襲撃者のくせに凶器を持たないセイキが、空いた両腕を構える。この世界での戦闘態勢らしい。
それがハッタリではないことぐらい、タツキにはもう分かっている。もしかしたら誰かがどうにかしてくれるかも、なんて甘えは残っていない。体中にできた傷跡がそれを保証していた。待っていてもジリ貧になるだけだ。
「カル」
「ん」
セイキの脅しをスルーし、二人で目配せしあう。何の確認かは分からないが、敵のいらつきを高めたのは確かだった。
「無視なんて、いい度胸してるなぁ。俄然やる気が―――」
「「今っ!」」
再びスルーし、二人は敵の油断をついて全速力で走り始めた。綺麗に揃った合図の後、双方違う方向に。
この部屋は食堂の二倍ほど広い。それは4階丸ごと勉強部屋にしているからだ。もちろん一切の別部屋は無く、タツキから見ればただのスペースの無駄遣いでしかなかった。――だが、今回はそのムダが幸いした。部屋は左右にも広く、端と端でかなりの距離がある。その端っこを別々に走ることでターゲットを分散したのだ。名付けて、セイキに的を絞らせない作戦。もし右のリクを追えばカルトがフレシアの元に、左ならすべてが逆で。治癒術者のカルトが辿り着かないと意味ないのだが。
「す、すげぇ……」
速さに目に見えた差がある。カルトも恐ろしく俊足だが、リクの方は次元が違う。足が地面につく瞬間を、瞬きを止めても確視できない。リクを囮にするための作戦だろうか。
よく見ると、小柄な少年は体に雷を纏っていた。黄色く光るオーラに髪の毛が逆立っていて面白い。そういえばあの衝撃波も彼が起こしたものだったはず………それなりの実力の持ち主なのだ。転じて、カルトは天性の脚力でリクとの差を守っている。両足の踏みかえが速すぎて見えない。………化物か。
一瞬でセイキの横を通った二人だが、抜かれた当人は未だその場に止まったままだった。
「これなら……!」
―――と、期待させて落とすのがお約束。そう分かっていても期待せずにはいられなかった。見事な走行をみせる二人に、何もできない自分が歯がゆくなる。申し訳なさに縮まっていると、数メートル先に倒れる彼女が視界に入った。痛む四肢を引き摺り、体を這いずらせて芋虫並みのスピードで進む。フレシアの所に一足早く到着すると、血がつくのもお構いなしに彼女を腕中に抱きかかえた。そして祈りとともに目を閉じる。
願わくば……………。
✺✺✺✺✺✾✾✾✾✾✾
「タツキ」
「んへぇ?」
「ぷっ。何その変な声」
「いや、つい……」
顔を上げると、そこには確かにカルトがいた。
目を閉じて数秒も経っていない。うまくいきすぎて恐ろしく、何かあるんじゃないかと疑ってしまう。目を瞑ったあと再び上をむくと、とろんとした赤い目と視線がかち合った。ゴォンゴォンと、脳が揺さぶられる。
「?」
特に違和感はないはずだ。しかし何かが妙に引っ掛かり、タツキに首をかしげさせる。頭がひどく痛む。こんなところで迷っている場合じゃないのは分かっている。
だが―――。いつまでも迷うタツキを叱るように、腕に抱かれるフレシアが苦しげに呻いた。眉を寄せ、痛みに耐える彼女に視線を落とす。熱があるのか、透明な玉を幾つもその白肌に浮かべている。歯噛みしながら脂汗を袖で拭うと、もう一度カルトの顔を見た。
「何? 早くフレちゃんをこっちに……」
「あ?」
汗一つかいていない顔。……カイテイナイ?
垂れた赤い瞳。……アカイ?
違和感の正体がぴったりと答えに繋がった途端、カルトの顔が不気味に歪んだ。
「てめぇっ!!」
偽物のカルトから瞬時に飛び退く。
全身の汗が急速に引いていくのを感じる。めまぐるしく変わる状況とともに汗も………そう、汗だ。あれだけ全力で走っておいて汗をかかないなんてありえない。それに、澄んだ青い目のカルトがセイキと同じ色の瞳をしているなんて、もっとありえない。
「何やってるの!? 早くフレちゃんを助けないと!」
そう言うと、首を傾げ、唇の端を異常なまでに吊り上げて微笑み、こちらに歩いてくる。ふと、幼い頃にテレビで見た女を思い出した。それは恐怖映像を流しまくる番組で、やらせから事実まで様々だった。中には面白いものもあり、少し大人になった気分にさせてくれるその番組がタツキは好きだった。
そんな中、脳裏にこびりついたのが女の笑みだ。昔の自分はその歪な笑みが心底トラウマになり、しばらく一人でトイレに行けなかった過去がある。
その女の笑顔とカルトの微笑みが同じなのだ。体が怖さを覚えてしまっている。止まない頭痛と戦いながら、偽カルトと距離を置く。
今のカルトは、緊迫した言葉と真逆の狂気に満ちている。……否、コイツはカルトではない。
「セイキ! いつの間に……!」
確信を持ってその名を告げる。
ここは異世界。魔法の一種である変身術でも使ったのだろう。妙に痛む頭を抑えながら警戒を顕にした。
後退しながら、全身を突き刺す薄気味悪さからフレシアを遠ざけた。片方の腕でしっかりと守り、もう片方を敵に向けてバリケードを作る。
「? 何を言って……」
「とぼけんじゃねぇ! 俺は騙されねぇぞ! フレシアをてめぇなんかに渡してたまるかッ!!」
「違う、ホントにわたしは………!」
困惑を顔に刻む化物に怒りが湧き上がる。
……何を今更。騙されるとでも思ったら大間違いだ。目の前に立つコイツはカルトの皮を被ったセイキ。つまり敵。敵敵敵敵敵敵敵敵敵。
「タツキ!!!」
「!?」
大声で自分の名前が呼ばれ、現実に引き戻される。頭痛が消えて脳がクリアになっていた。
今のは……カルトの声?
いや、カルトを真似たセイキの声か。危ない危ない、騙されるところだった―――
「わたしはカルト! カルト・ランフォード!」
「………俺は騙されねぇ」
「早くわたしを認めてその幻術を解いて!」
「へ?」
間の抜けた声に次いで、左頬に鋭い痛みを感じた。その間一切の音はない。ただ熱をもつ頬だけが残っていた。……たた、かれた?
強烈なビンタの来訪を事後に気づき、腫れ上がる頬を抑えて犯人を睨んだ。必死にとった距離は瞬き一つの間に詰められ、すぐ近くに安堵の表情を浮かべたカルトがいた。
「おま、カルト、いきなり何すんだっ!!」
「……ん。よかった。戻ったみたいだね」
「―――!」
胸をなでおろすカルトを見て、今までの経緯と自分のしでかした失態に気づいた。
にっこりと優しく微笑むカルトの瞳は澄んだように青い。それはタツキの疑惑の無罪を表していた。なぜ今までカルトが敵だと思い込んでいたのか不思議でならない。
「あ、俺……ごめ………」
何が自分は騙されない、だ。まんまと敵の策略にハマっていたくせに。自信満々にカルトを傷つける言葉を発していた自分に腹が立つ。時を遡って一発殴り飛ばしてやりたい。
「いいの。アレはあの子の創り出した幻想。だから、責任は先に忠告してなかったわたしにある。タツキが気にする必要はないわ」
「カル先輩まじイケメン……」
きっぱりと言い放つイケメンカルト様に合掌。
落ち度は100%こちらにあるのに、タツキをフォローしようとしてくれている。彼女の気遣いに安心しきり、息絶え絶えのフレシアを疑いなく渡した。生まれた信頼に、カルトがにっこりと微笑んで応える。
とにかく治癒術師が来てくれたのだ。早く。早く彼女を――
「バカなお兄ちゃん」
「え」
遠くから蔑むような声がした。
他月は滑稽にも、完璧に悪魔の手のひらの上で踊らされていたのだった。




