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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第33話 『一時の感情が身を滅ぼす』





「………で、クソ野郎な俺は何で四階(ここ)に来ちゃったのかねぇ」


 安い挑発にみっとも無く乗り、フレシアの引き止めを無視して食堂から飛び出したタツキ。その先を考えない行動を悔やみ、自室に閉じこもろうとしたのだが……。


「引きこもったりしたらそれこそ負けだっての。……ここに来る理由はないんだけどな」


 くだらないプライドが、タツキをここまで連れてきた。


 フレシアが最後に案内しようとしてくれていた、本棟四階だ。フロア一室はカフェスペースみたいに小洒落ている。丸机が等間隔に設置してあり、いくつか背もたれ付きの椅子を連れている。家具は黒と白で統一されており、イケメンの店員のみが働ける大人系カフェみたいだ。隅にはソファに似た椅子が、長机を挟んで向き合って並べられていた。ファミリー席だろうか。


 ―――あちこちからオシャレな喫茶店を想起させるが、世界観が少しズレている気がする。


「うぉ、何でここに小型キッチン!?」


 広い部屋の一部はカウンターになっており、後ろにはこじんまりとしたキッチンが見える。奥には大きな袋がごろごろ転がっており、お世辞にも整頓されているとは言えない。

 もちろん電気製品は見当たらなかった。代わりに魔法を使って料理をするのだろう。小さな調理場は、遠目からだとすっきりしているように見える。客側からは、コップや皿が洗い場に溜まっているのが見えない造りになっているのだ。



 ここは本当に勉強部屋なのだろうか。

 ただの部屋ではなく、店として開けるぐらいスペースが広い。壁にはずらりと棚が設置されており、たくさんの分厚い本が詰まっている。


「………さっぱり読めん」


 案の定、どの本も異文字で書かれており、今のタツキに読めるほど簡単な文ではなかった。横文字から縦文字まで様々だ。

 一寸のズレもなく綺麗に並べられた、本づくめの空間は壮観だった。本の背は色とりどりで見ていて楽しい。


「―――?」


 膨大な本の数々に目を通していると、何かが視界に引っかかった。本当に微かな違和感だ。だが、何かが気持ち悪い。当っていない。まるで揃った物に異物が混じり込んだような。

 ちらっと目を通しただけだったので、今度は一冊一冊じっくりと背表紙を観察し、違和感を探していく。題名も異文字で書かれているので、正直すべてがおかしく思えるのだが―――


「――――っ! なんでここに!?」


 驚きに身を貫かれるとともに、ドアが盛大な音を立てて開いた。びくりと体が反応した途端、手にかけていた一冊の本が地にすべり落ちる。次いで慌てた様子のフレシアが駆け込んできた。


「よかった、やっぱりここにいたんだね。……って、何してるの? こんな一大事に」


「――フレシア」


 その呼びかけに、自分を見つけてくれた嬉しさはこもっていない。

 ……正直最悪のタイミングだ。今はそれどころではないのに。しかし、せっかくフレシアから探しに来てくれたのに帰れと言えるほど鬼ではない。

 ……くそっ。焦りが舌打ちとなって出そうになる。


 仕方がないので、地面に落ちた本を隠すように、何でもない風を装ってフレシアのもとに向かった。


「よ、よう……」


「ようじゃない! 勝手にいなくなったりして……。私、心配したんだから!」


 威厳のない顔で怒るフレシア。その件についてはありがたいが、今のタツキには彼女の優しさも迷惑でしかない。早く会話を切り上げねば。


「んじゃ、俺の姿を見て無事を確認したわけだし――お開きってことで」


「何言ってるの。やっぱりどこか頭をぶつけちゃった?」


「平常運転だよ! ただ、今はちょっとやることがあって……余裕がねぇんだ」


「でも―――。とにかく早く移動しなきゃなの。タツキの用事はお話が終わってからでも……」


「俺にとっちゃ大切なことなんだ! 仲良しなお仲間に囲まれた君には分かんねぇだろうけどな!」


「………!」


 ――何やってんだ、俺。最悪だ。八つ当たりなんてかっこ悪すぎる。


 無意識に怒鳴っていた自分に、たっぷりとした後悔が苦味となって口に溜まる。同等な話し相手のいない異世界に一人投げ出された不安が、タツキの口を動かしてしまっていた。

 才能に恵まれ、悩みなんてなさそうな彼女に妬みが一切ないといえば嘘になる。要は眩しすぎるのだ。

 常に汚い感情が胸に押し留まり、プツプツと反抗心を刺激してくる。反射的に醜い自分の素顔を両手で隠した。



 彼女は神に愛されている。魔法に富んでいる。環境に恵まれている。


 ――だから、何だ? 彼女が少しの努力も無しにその地位を手に入れたわけじゃないことぐらい、タツキにだって分かっている。彼女を見ていれば嫌でも思い知らされるのだ。

 自分の才能をひけらかさず、謙虚で自己評価が低くて、いつも他人に心からの善意で接する――この世の幾人がそれを実行することができるだろうか。



 無論タツキには到底無理だ。すぐに目の前のことでいっぱいいっぱいになるのはまだいい方で、周りに気を配ることより自分の保身を大切にし、立てた計画がうまくいかなければ感情を露散する――己を中心に物事を考えている、典型的なタイプの一人でしかない。どこにでもいるうちの一人。フレシアと比べれば、存在価値は極端に薄くなるだろう。


「ごめん……」


 自己嫌悪に陥ることで忘れていた、フレシアの存在が頭をもたげ、謝罪とともに顔を上げる。


 ――その時見た彼女の表情は今でも忘れられない。瞬時に強い後悔が身を焦がすが、時すでに遅し。

 フレシアは青ざめた顔で震え、萎縮していた。怯えた目でタツキから後ずさっていく。まるで危険動物から距離を置くようだ。


 その怖がる様子を見て、肩の力がふっと抜ける。――もう何だっていいや。自分のやることは全て空回りするし、挙句フレシアにまで……。


「おい庸才。口のきき方に気をつけろ。ニンゲン風情がシアを傷物にした報いを受けさせてやろう。……と、そんな辛気臭い顔してどうしたの? 普段の悪ヅラより数倍可笑しいよ」


「……」


 フレシアの髪の毛から、ぴょこりとマルが登場。その表情は決して穏やかなものではない。抑え切れない怒気が漏れている。が、不思議と怖くなかった。最後の一言がマルの遠回しな心配から来ていたからだろうか。怒りを惑わせるほど、俺は酷い面なのか。


「……傷物って何か変態チックだね」


 ようやく絞り出せた言葉は、また《逃げる》ことを選択した。


「僕が罰を処してあげようか?」


「おう、どんな罰だって受け入れるよ。辛気臭い俺にぴったりなヤツを頼む」


 唾を飲み、一礼。

 その返答がよほど意外だったのか、マルが狐につままれたような顔で押し黙った。やはり根は優しいのだ。

 本当はタツキの覚悟の問題ではなく、全てに意味を感じられなくなったという自分本位な考えなのだが……。

 マルの下ではフレシアが増々顔の歪みを酷くし、今にも泣きそうな顔をしていた。さすがに罪悪感を覚える。


「よし、なら遠慮無く串刺の刑にでも」


「やめてマル。約束、したでしょ?」


「むぅ……そうだったね」


「約束?」


 魔法を発動させようとするマルを、すかさずフレシアが制止する。その雰囲気はいつもの和やかなものとは違い、影にどっぷりと浸かったような不気味なものだった。

 こちらを見る目は優しげな眼差しとは程遠い。悲痛な表情は消え去ったが、変わりに別の感情が芽生えたようだ。


「……タツキは何で、ぜんぶ諦めたような表情(かお)しているのよ」


 ――《怒り》だ。

 それも他人に対して捧げる慈愛の憤怒だった。フレシアは決して自分のために怒ることはない。なのに、人の事になると真っ先に首を突っ込んでお節介を焼くのだ。見返りは求めず、全く関係のない人にでも自分にできることをしてやる。タツキもその一例だ。本当に、つくづく損な性格だと思う。 


「いや、ね。なんかもうどうでもよくなっちゃってさ」


 形の良い眉を寄せ、フレシアが急接近してくる。迫りくる女子という脅威に、軽くおどけながら避けた。……もったいなかったか。


 思惑を掴ませないタツキを横目に、避けられた本人は立ちつくす。

 フレシアから離れ、浮遊するマルは瞑目していた。すべてを友に一任しているのだ。全く、その絶対的信頼は一体どこから来るのか。種族も立場もまるっきり違うというのに……。


「タツキが悩んでるのは分かるの。でもちゃんと言葉にしてくれないとわからないわ」  


「―――別に。何でもねぇって」


 フレシアの訴えにyesかnoかも答えずに突き返す。最も相手を傷つける残酷な対応だ。本気で感情をぶつけてくる彼女から目をそらし続ける。

 目を小さく動かし、タツキの変貌のトリガーになった(ブツ)の位置の変化が無いことを確認。そして安堵と疲れが入り混じった息の塊をはいた。


「お願いだから、今は一人にしてくれないか」


「だめなの」


「何がだめなんだよ? 俺の用には緊急性が……」


 どれだけ塩対応しても退こうとしない彼女にイライラする。あの本が、前の世界と繋いでくれるかもしれないのに。


「それは私も同じなの! 早くここから逃げなきゃ―――」


「にげる?」


 思ってもみなかったセリフを聞き、嫌な予感が体中を這い回る。何かのフラグがたった音がした。

 ……多分よくないものだ。それも最大級に。やってくる悪寒に気づかないふりをして、フレシアに詳しい事情を聞こうと手を伸ばし―――


「っ……!?」


 ――体の芯ごと揺らす大地震がタツキを襲った。







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