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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第24話 『屋敷探索開始!【2】』





 大浴場の存在を胸に刻み、敬礼ポーズをとる。


「メイン棟制覇の道のり、まずは三階を制圧しました! ……今更なんだけど、四階建てを三階から始めるってどうよ」


「ちゃ、ちゃんと四階だって案内するわ。最後に。――だめ?」


 言葉をつっかえさせ、慌てるフレシアを見る目が温かいものに変わる。形の良い眉を寄せ、頬を赤らめての上目遣い。誰がだめだと言えるものか。


「フレシアってばまじギルティ! 君が望むなら喜んで……」


 自分で言っておいて照れ臭くなり、頬を掻いて誤魔化す。なぜ四階を後回しにするのか気掛かりだったが、メインディッシュのつもりなのかもしれない。特別な何かがあるのだろう。



 そう考えているうちに、ようやく無限回廊から解放されて、絨毯を踏んで階段を降りた。本当に迷路みたいな廊下だ。そこらかしこに扉はあるのに、フレシアは見向きもしない。


「食事場と厨房、到着! もちろん、さっきまでいたところとは別だからね」


「へぇ、ここが本当のダイニングルームかぁ……。扉ばっかのあそことは大違いで、食専用って感じだな」


「あっちは談話室も兼ねてるの」


「なーる」


 さきほど食事をしていた場所は仮のダイニングだったのだろう。部屋数が多い分、全部屋が正確な役割を持っているとは限らない。その割には特別な呼ばれ方をされていたような――?


「そうだ。今からすっごく大事なこと言うから、ちゃんと聞いて」


「え、な、なに!? まさかいきなり!? そ、そんな……俺にも心の準備ってモンが………!」


 真剣な表情で指を立てるフレシアに息を呑む。美少女の顔が間近に迫る。ありえないとわかっていても、高まる期待は収まってくれない。


「つまみ食い、しちゃだめだからね」


「………」


 高ぶった感情が急速に冷えていくのを感じる。

 はじめっからそんな美味しい話はないと思ましたよ、本当にちゃんと思ってました、はい。……だがしかーし! 重要話を打ち明ける雰囲気だったのに、フレシアの言葉はそれに合わない。早くも『すぐにつまみ食いに走る不届き者』というレッテルが貼られてしまっているのか。


「あ、あのー、フレシア。さすがにそれは冗談だよね? 子供(ガキ)じゃないんだぜ?」


 もしフレシアが笑いを取りに行ったつもりなら、今からでも盛大に笑い飛ばす腹積もりだった。だが、そんなタツキの密かな決意に、フレシアは不思議そうな顔で応える。心底理解できないという顔だ。


「え、私、とっても真面目だよ。タツキ、つまみ食いしちゃう人でしょ?」


「いやさすがの俺でも、人様の家の冷蔵庫には手出さねぇからな!?」


「そ、そうよね。子供じゃないものね」


「イエス、アイアムノットチャイルド! まぁ十七ってのは、どっちって括りに入るわけでもない微妙な年なんだけどさ」


 頬を掻いて笑う。

 成人は20歳からだが、今のタツキの年齢は曖昧だ。子供にも大人にも当てはまらない――複雑な時期。


 幸せだった乳幼期、パンドラの箱を抱えた児童期。その中には思い出したくない過去だってある。

 考えるだけで頭の隅がキリキリと鳴り、脳が悲鳴を上げ、喉の奥が引き絞られる。


「年だけ見れば、十七は大人だよ?」


「え……」


 新たな情報の前に、呼吸が再開する。

 十七で大人。これも異世界あるあるの一つだ。虚をつかれて動揺するも、アニメ脳のおかげでこちらの常識を呑み込めた。相手が少し抜けてるフレシアでよかった。些細な感情変化を見抜けるとは思えないからだ。――こんなこと思うのは失礼かもれないけど。


「大人でフレ……リクみたいに語彙力欠けてる奴がいるとはな」


「それは……仕方ないと思うの。子供の頃から、ここが私達の家だから」


「――――ぁ」


 しまったあああああ!!!

 完全地雷踏んだぞコレぇえええ!!!

 馬鹿やろおおおお俺ええええ!!!

 笑顔のまま硬直。罪悪感がずっしりと胸に溜まる。

 表面上はうまく取り繕っているが、内心は頭を抱えての大絶叫だった。なんとか笑みはキープしているが、冷や汗が滝のように流れ出して止まらない。爆発し暴発する感情を必死に押さえつけつつ、フレシアの顔色を伺った。



 ――案の定。言われたくないことを言われたのだろう。フレシアの悲しげに揺れる瞳に、深い後悔の波が押し寄せてくる。軽率な発言が彼女を傷つけてしまったのだ。


「――――ごめん、本当に。無神経な発言だった」


 すぐさま腰を折って頭を下げる。

 彼女の嫌なところに触れてしまったのだ。その罪は重い。唇を噛み締めながらも、フレシアなら許してくれるだろうと高をくくっている自分がいた。誠意を持って接すれば、相手も自分を大切に思ってくれるはずだ。


 この屋敷の住民は皆身寄りがいない者の集まりだ。もちろんフレシアとて例外ではない。つまり、タツキは触れてはいけないものに触れてしまった大馬鹿者。

 引かれていた一線。見えないことを言い訳に、考えのないまま飛び越え、彼女の聖域に土足で踏み込んだ。これ以上被害を広げないように、早々に撤収したことだけがせめてもの救いだ。


「え……。どうして謝るの? タツキは何も悪いことしてないじゃない」


 状況が飲み込めないで困惑した表情のフレシアは、タツキが謝ることを予期していなかったのだろう。手をパタパタして謝罪を拒んだ。……正直、見ていて辛い。彼女は強がっているわけではなく、本当に自身の傷跡に気づいていないのだ。他人の苦しみには敏感なくせに、自分の苦しみには鈍感なわけだ。



 大人に成熟するために必要なものがある。

 親から注がれる愛情。

 それを糧に蓄える知識。

 歳を取るたびに身の振り方を覚え、世間に溶け込むための社交力。


 ――彼女たちは絶対に欠かせないものが欠けている。きっとあるのは幼い頃の思い出だけ。嬉しいわけではないが、タツキと境遇が似ている。


「変なこと言っちまってすまねぇ。――でもこれだけは覚えておいて欲しい。俺は逃げないよ。絶対に君の側を離れたりしないから」


「………」


 受け取る人によってはストーカー発言にも愛の告白にも取ることができるセリフだった。もちろんタツキは軽いジョークのつもりでいったわけではない。フレシアのためなら本気で誓える。そう思った。


 ――だが、返ってきたのは悲痛な表情だった。決して照れたり嫌そうな顔をしたりするわけじゃない。はっきりとしない態度が気になった。

 何か言いたそうな、でも言えない何かをもどかしく口内で転がしているようにみえる。

 そんな完全脈無しの反応に苦笑いを浮かべ、なんでもないと繰り返した。歯の浮くようなセリフは、タツキには似合わない。注書きでイケメン限定と書かれているものに手を出してはいけないのだ。


「眉間に皺寄せてると可愛い顔が………あ、やっぱ可愛いわ」


「も、もうっ! そんな簡単に嘘言わないで!」


「嘘じゃねぇけど……」


 両手で顔を隠し、タツキの視線から逃れようとする。それでも、指の隙間からは照れながら唇を尖らせるフレシアがしっかりと見え、無意識に口の端を持ち上げる。制御しないとニマニマが止まらなくなりそうだ。

 さきほどの傷ましい顔つきから一変、フレシアの表情は歳相応のものに戻っていた。道化を演じる役者としては願ったり叶ったり。これからも続けようと心に誓う。


「あ、あー、なんか小腹空いたな。調理場とかない? 俺料理は好きな方なんだよね」


「やっぱりつまみ食いするんでしょ?」


 誤魔化しを兼ねて話題転換。しかし結局大元に戻っただけだった。


「しねぇって! ……いや、一緒なのか? 自分で作ってもつまみ食いに入るのか!?」


「それより、タツキって料理出来るの?」


「ふふん、フレシアにも食わせてやるよ。まずは胃袋から掴んでやる」


「あ、そこの扉を抜ければ厨房ね。シンのお気に入りの場所でもあるんだけど……私はあんまり……」


 男女逆転の決め台詞は軽く受け流され、厨房へと案内される。


「ほほーう。さてはフレシア、料理苦手だな?」


 ごにょごにょと言葉尻が下がっていくフレシアに、好機と見てにやりと笑う。そして予想通り、その大きな瞳が驚きで更に見開かれた。


「ど、どうしてわかったの!?」


 予想以上の食いつき。

 フレシアの態度を見れば一目瞭然なのだが……こう目を輝かせてくれると、いじり係冥利に尽きるというものだ。あえて種明かしはしないでおく。


 純粋無垢な彼女を見ていると、小汚い自分がどうしようもなく惨めな存在に思える。まぁ実際そうなんだけれど。


「んじゃま、ちょいと失礼いたしまして」


「あ、まっ――」


 軽い動作でフレシアの指差した扉に向かい、ドアノブを捻る。フレシアが何か言っているように聞こえたが、よく聞き取れなかった。 

 そのまま前に重心をかけて開き、調理道具がどんなものかと視線を張り巡らせ―――


「タツ兄様」


「あぇ!?」


 無様にひっくり返った。それはもう見事な転び方だった。思わぬ方向からの呼びかけに驚き、仰け反り、足を滑らせて綺麗に転倒。


 フレシアが慌てて駆け寄ってきてくれるが、片手を上げてそれを拒否する。醜態を晒しまくったあげくに手を借りるなんてできるわけない。まず男の子精神が許さない。


 ぶつけた頭を擦り、痛むあちこちを無視して立ち上がった。骨の軋む音を聞き、どれだけ老朽化してるんだと呆れる。

 心臓が騒音ぐらいにうるさい。体中の節々が痛み、苦痛を訴える。それも時間の経過とともに徐々に和らいでいった。一際ひどかった頭の痛みがとれたころにはすっかり元通りだ。

 何事もなかったかのように咳を一つし、体操座りのまま隅で丸くなっているシンに目を向けた。


「―――で、君はなんでそんなとこで丸まってるんだよ!? 座敷わらしか!」


 さらりと自分の失態をなかったことにし、部屋に入った時から始める。

 見ると、厨房は結構広く、隅々まで掃除が行き届いていた。人差し指で試してみてもホコリ一つ付かない。洗面台付近の水は拭き取られており、トレーやおたま、泡立て器などが綺麗にかけられている。うさぎマークが書かれている物は彼の私物なのだろう。


「転んだことは無しにして話を進めるんですね、分かりました」


「うん、それ言ったら意味ねぇけどな?」


「ぼくが昼食の支度をしていたら、フレシア様たちが入って来たので……。ここ、安心するんです」


「言外に俺たちが来て不安になったって言ってるよな」


「それは……まぁ」


「否定しないのかよ。つか昼飯って。さっき朝飯食ったばっかじゃねぇか。……分かった、正直に答えてくれ。つまみ食い目当てだろ?」


 立て続けに言葉を並べ、最後に少年に笑いかける。

 すると、さらにシンの縮こまり度が更に増し、心なしか心の壁が厚くなった気がした。


 ――人とのスキンシップは難しい。それは警戒されてる状態だと尚の事。体験してみて改めて痛感した。


「し、心外です! ぼくはタツ兄様みたいな食いしん坊じゃありませんです。ただ、料理を最高に美味しく作るには、今から仕込みをしなきゃ間にあわないので……」


「シンはそんなことしないわ。ただ、ここがホントに大好きで、この時間帯ならいつも居るの。……教えてあげるの、遅れちゃってごめんね」


 料理人魂を見せるシンに、申し訳なさを顔中に浮かべるフレシア。悪いことをしたのはこちら側なのに、何もかも自分に非があると思い込む彼女の性格が虚しい。そんなにへりくだる必要はないのに。


「なんか悪いことしたな。よっしゃ! 君たちには今度、タツキ特製カレーライスを作ってやろう!」


「遠慮させていただきます。そんな珍妙な料理だって、ぼくが作ったほうが美味しいに決まってますから」


「ごめんねタツキ……。私もあんまり気乗りしないかも。シンが作るなら別だけど」


 腕まくりをし、いい男アピールをしたつもりが、周囲の反応の冷たさにただのイタイ男に変わる。フレシアにまで拒否されてしまった。せっかく手料理を振る舞って好感度ゲットを狙っていたのに。


「二人ともやっぱり怒ってるよね!? ごめんなさい! でも俺はただのダメ男じゃないから! カレー作れるし!」


「そのかれえって、美味しいの? どこの料理? 初めて聞いたわ」


「そっか、ここはカレーとかないんだ。主婦のお手軽料理なのに、もったいねぇ……。いやだがけれど。俺の腕前を舐めてもらっちゃあ困るぜ。なにせ俺は、カレーのルーを割ることには定評があるルー割達人だからな! 異世界でカレー飯作るなんて朝飯前よ! ちなみにシチューとハヤシもいける!!」


 自慢にもならないことを自慢気に語る。ルーを割ることなんて本当は誰にでもできるのだが、存在自体に聞き覚えのないシンは首を傾げる他ない。

 最初はおどおどして頼りない印象だったが、今ではすっかり料理長のイメージが付いてしまった。会話も思いの外普通に出来ている。……少し煩われている気もするが。


「……誰だって食材を割ることぐらいできますよ」


「食材、ね。ま、今度機会があれば食わせてやるからさ。楽しみにしてろよ」


 そう言ってから後悔する。自分はルー割職人。ルーの作り方なんて知らない。そもそもカレーの作り方にルーを作るなんて工程はない。始めから用意されているから簡単なのだ。無責任なことを言ってしまったと額に手を当てる。 


「……ファーゴス・アスペース」


「んぁ?」


 俯いたまま、シンが何か呟いた。空気がブワリと変わっていく感じがする。

 ――――寒い。


「料理を馬鹿にするなっ!」 


 あっという間に部屋中を薄氷が包みこんだ。

 白い息が口から吐き出され、油断するとツルリと滑りそうになる。幼い少年が魔法を使ったことは明白だった。


「ぼくは誰の料理も食べるつもりはないんだ!」


「………」


 思いの丈を叫びきってから後悔したのだろう。

 シンの顔から血の気が引いていく。その青褪めた顔にひどく胸が締め付けられた。


「シン……」


「すみません。今はちょっと―――出て行ってもらえませんか」


 また、誰かを傷つけてしまった。

 何が少年を激昂させるきっかけになったのかは分からないが、それだけは確かだ。唇を噛んで下を向く少年に、後悔の念が増していく。後悔ばかりで何も進んでいない証拠だ。『自分を認めさせる』ために後悔しているようなものなのだ。


「―――あぁ。悪かったな」


 気の利いた言葉も出ず、後悔を引きずったまま彼の領域を後にした。


 




「その、タツキ――」


「あ、扉門(ひもん)()! 扉門の間だ! ペルさんがそう呼んでたっけ。あーあ、すっかり忘れてたぜ」


 フレシアの呼びかけが聞こえなかった風を装い、まるで今思い出したかのごとく次を演じる。

 ペラペラと喋りだすタツキを、何か言いたげそうにチラチラ見てきたが、わざと気づかないふりを続行。カス程度の良心が痛んだ。


「……ん。あそこ、扉がたくさんあるでしょ? だからそう呼んでるのよ。詳しいことは知らないけど―――クロのことだから、何か怪しいことをやってるのかも」


 無理に話を掘り下げようとせず、捻り出した話題に応じてくれるフレシア。その気遣いに心で何千回もお礼を言う。自分は何も考えずに相手の聖域に踏み込むくせに、自分の領域には誰も入れようとしない臆病者。汚いのは承知の上だ。

 フレシアは屋敷の内事情にあまり詳しくないのだろう。それでも持っている知識を伝えようと奮起してくれているのが分かる。


「――ペル・クローク」


 やはり間違いではなかった。目の前にある愛らしい顔は、クロークの名を聞くと必ず翳りを含む。


「確かにクロさんは見た目も立ち位置も超怪しいよ。速攻通報される変質者レベルに。……でも俺は、人の良すぎるフレシアが誰かを怪しむことに引っかかんだよね。知ったような口聞いて悪い。身に覚えがないなら笑い飛ばしてくれて構わないぜ。だからあえて聞く。――なんか、あるんじゃねーの?」


 黙り続けるフレシアに言葉を飛ばす。先ほど踏み込みすぎたことを思い出した。二度と同じ失敗はしたくない。傷つけたくない。


 クロークを疑う点ならある。そもそも最初から納得できなかったのだ。ひねくれ者のタツキだからこその考えかもしれないが。


 子どもたちを救済する為の屋敷?

 トラウマを解消してあげるために建てた施設?

 結界を張るために邸宅に居続ける?

 身寄りのない子供を探して保護した?

   

 ――完全なる慈善活動じゃないか。

 クロークにとって得がない。むしろ自由を拘束されるという大きなデメリットがある。

 裕福な彼だ、金や土地の点までなら頷ける。資金援助。それだけで済む。

 ただ、自身をこの場に拘束することまで惜しまずにいるのはどうだろう。タツキには引っ掛かってならない。人里離れた屋敷に居続けないといけないのに、何故クロークはそこまでして《トラウマ持ち》を助けようとする?


 やるべき事があるのか、児童救済は表面だけなのか、はたまた本当にただの慈善心にすぎないのか。

 今は深く詮索するつもりはないが、警戒を解くつもりもない。

 ―――フレシアも、同じことを思っているのではないのだろうか。


「私、クロには感謝してるの。ありがとうじゃ足りないぐらいに。……でも、やっぱり会話するときは目と目を合わせて――ちゃんとお互いの顔を見て、話すべきだと思うから」


「あぁ…」


 なるほど、と心で合点。肩すかしとは別の感情が湧き上がってくる。……小汚い自分とは違うことへの安堵だ。自分の身の安全しか考えていないタツキとは全く違う。彼女は本当にフレシアだ。文章がおかしいが、心からそう思った。



 タツキとフレシアの引っ掛かりポイントは完全に別モノだ。それも根っこから。

 フレシアはクロークの行いを微塵も疑っておらず、心から感謝している。他の住民もそうなのだろうか。居場所を提供してくれる存在は大きい。もし悪事に手を染めていたとしても、多少のことなら目をつぶるだろう。なにせクロークの機嫌次第で住む場所を失うのだ。生きるために必要なものが消えてしまう。



 第三者目線になってみてようやく気づくものがある。全然わからなかった不可解な出来事を、通りすがりの人に言い当てられたような……。


 それにしても、と、タツキはフレシアの翠瞳を覗きこむ。こうしていると些細な悩みが吹っ飛ぶのだ。

 ――なんて綺麗な色だろう。何にも例えられない澄んだ色だ。


「将来悪い詐欺集団に騙される未来が見えるね。……ま、俺が守るけど」


「詐欺って、動物を帽子から出したり、箱に入って体を貫通させたりする人たちのこと?」


「それはマジシャン! 全然違うから! 知識の偏りも見えるんですけど! 詐欺師自体をそもそも知らないとか、超不安になってきた!」


 付け足しの俺が守るよ宣言を華麗にスルーされた腹いせに、ジト目でフレシアを見た。うん、やっぱり可愛いな。許す。


「冗談よ。――それに、タツキが守ってくれるんでしょ?」


「―――!」


 フレシアの顔がいきなりアップになる。そして何事かと身構えてから衝撃的な一言を食らった。

 顔がみるみるうちに上気していくのが分かる。耳にまで熱を感じたところで、ぺろりと舌を出した少女を見た。何が冗談なのか、どこまでが嘘なのかイマイチ分からなかったが、聞き返そうとは思わない。


「こっ、小悪魔要素までっ!! 俺を萌え殺す気か! 死ぬぞ!」


「えっ、タツキ死んじゃうの? じゃあやめるね」


「あ、いや。これはあれだよ、冗談の冗談だよ。なんちゃって、あははは……」


 乾いた笑い声だったが、フレシアにはなんとか分かってもらえたようだ。収まらない顔の火照りに、脳が鈍る。いっそこのまま欲望に身を任せ、抱き寄せたい衝動に駆られ、手を伸ばし――


「――じゃあ、次に行きましょうか」


 フレシアの穢のない笑顔に現実に引き戻されたのだった。






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