失意の帰還
これが書きたかったところもあります。(あれこれあるので更新間に合うかなあ)
魔法都市。中央街区。
雑踏と常軌を逸したものの集まりだ。さっき食べたチキンスープは限りなく辛かった。ここには刺激しかない。
「ただいまー」
そっとドアが開く。
「誰かいるー?」
青い髪の小柄な女がドアから顔を覗かせる。
広い倉庫は見渡す限りガラクタだ。
天井は見上げるほどに高いのに、そこに届きそうな楕円形の真っ赤な風船みたいなものが圧倒的に目に付く。
レニアは溜息を吐く。
また師匠は頭おかしいものを作ってる。絶対。
《ご用件はこちらに。職員大募集中!!!!!!!!!!!! 臨時でも何でも! 月給は金貨10枚から相談!!!!!!!!!!》
切実そうなカードをぶら下げた伝声管が立っていた。
「ただいま。レニア、帰りました」
声に元気はなかったと思う。追い出されてここに来た。
そんなの吹っ飛ぶくらい元気な声が返って来る。
「うっひゃー! 待ってたよ待ってたよ待ってたよ待ってたよ!」
伝声管がビリビリ鳴るくらい怒鳴ってる。
師匠。変わってないですね。良くも悪くも。
「謹慎処分だったんじゃないのか? 10年は戻らないと思ってたよ! レニア! お祝いだ! 何食べたい? 何する? 飲み行く?」
やかましいわジジイ。ってほどの歳じゃないけど。
「……荷物下ろしてから。部屋、まだありますか?」
レニアは優等生のフリを続けた。
「当たり前だろう! 主任研究員! 君が居なくなってからどれだけの研究が廃止を余儀なくされたと思ってるんだ? 売り上げも最近は……何でもない」
「部屋、行きますね。研究室に戻ります。着替えたりとか、ね。話はそれからで」
はあ。私の名前が張られたままの部屋でへたりこんだ。
「要らないんだってさ。私なんか。私なんか。何の役にも立たない、じゃなくて出て行けってさ」
それは一理ある。
イートスさんにも酷いことをした。
レクシアさんにもお詫びのしようもない。
「レクシアさん、女王だもんね。もうすぐ」
凝集砂で作られた床は固く冷たい。
「どこで、」
間違ったかって考えそうになって打ち消した。
私は私。
成長だってしている。苦労だってした。変なのは……ずっとそうだ。
錬金術師に成ろうと思った時からずっとそうだ。
「おう! レニア! お帰りいいいい!」
師匠だ。ドアを勝手に開けたのも私が半裸なのもとりあえず置いておいた。
「待ってたよおおお」
抱き付くな変態。
「あれ? 冷たい? 前は抱き付かせてくれたじゃないか」
状況とか感動とか手伝えばね。
おかしい。レニアが抱き付かせてくれない。
このゲイル博士にだ。
何かあったのか?
「元気がないぞ! レニア」
「元気すぎます。博士」
「一日千秋の思いで待っていた。もうすぐ研究の成果が披露できるぞ」
髪型が爆発している変な男を見ている目だった。
「待て。寝起きなんだ」
「今さらどんな格好でも驚きません」
「ちょっと待てちょっと待て」
洗面台に走った。これは酷い。爆発もいいところだ。油で撫でつけた。まあまあだろう。
急いで戻る。
「整髪料も作ろうか」
「はあ」
何で乗り気じゃない? 前はそうじゃなかっただろう?
「疲れてるのか? じゃあ、祝宴は明日にして寝るか?」
「もう、私、自信がありません」
何だと!
自信だけがお前の取柄だろう? じゃなくそれが大事だろう?
あらゆる錬金術師に必要なのは溢れるほどの自信だろうが!
泣きそうな目だった。
「どうしたんだ。俺はいつでもレニアの才能には自信を持っているぞ」
「結果は結果です」
「何があった? すぐ元気なんか出る。やっぱり飲もう、な?」
きらきら光っていた目がどんよりしている。
汚れている。沈んでいる。
許さない。誰がこんなレニアにした。
「王宮へは出入り禁止……二度と、女王にもセフィにもイートスにもレクシアにも、会う事さえ禁止」
ごろん、とレニアが倒れた。涙が溢れている。
ぼろぼろだ。
勝手な奴らの好きにはさせない!
「そいつらをぶっ飛ばしてやる。それでいいか」
「やめて。博士。悪いのは私だから」
怒りが頂点に達する。自分のせいだと?
そう思い込ませた奴は誰だ。
「いいか! 錬金術師のたった一つの掟を思い出せ!」
「……自分を、信じろ」
「そうだ。魔法使いじゃない。俺たちが世界を作るんだ」
「今は、今はそう思えません」レニアが顔を覆う。身体を抱くように丸まった。
陽気だったレニアの顔が焦燥していた。憂いしかない。
何もかも消えてしまったように瞼が震えている。
横顔は絶望に満ちていた。
気のせいかこっちのほうが妖艶だ。いや間違えるな俺。
「うるせえです博士」
ドアがきい、と開いた。
メティアだ。まだ幼いが才能はずば抜けている。天才と言ってもいい。
錬金術師に必須の金儲けの才はこれっぱかりもないが。
「あ、お邪魔しました。ずっこぼっこ続けてください」
「違う! これはそういうのじゃない」
あと言葉遣いな。
「弟子に手を出す師匠がどこに居る!」
指差すなよ。
「なんかしたか?」
エロ製品を試したことはないはずだ。
「事あるごとに一緒に風呂に入ろうとする。着替えを手伝おうとする。新しい製品と言って透明のスーツ着せる、あやしい薬平気で使う、もう十個くらい言ってやりましょうか?」
「た、ただでさえ人員が少ない! 実験に協力くらいはいいだろう!」
「風呂は? 着替えは? 変態クソジジイ」
ジジイじゃねえよ!
まだ全然若いよ!
「寝ます。独立したらここ爆破する夢見て寝ます」
「メティア!」
「まだ……若い子拾って気持ち悪い事してるんですか?」
レニアが半眼で睨む。
「常習犯みたいに言うな。行き場が無かったから、ここで暮らせるように……」
「私の時も言ってましたね。最低」
「お前は大学卒だったろうが!」
「まあ、ね」
すう、と大きな息を吸うとレニアは眠っていた。
安心したか?
それならいい。
分厚い布を運んでくると、ゲイルはレニアの眠りを妨げないように下に敷いた。
これでも手先は器用だ。
「魔法使いどもが偉そうにしたんだろう。レニア」
誰が金を稼いでると思ってるんだ?
どうやって繁栄してると思ってるんだ?
静かに部屋を出ると、ゲイルはドアを音もなく閉めた。
基本的に。金を稼ぐのが錬金術師の役目であり他の事はどうでもいい。
金貨一枚でもいいからどんなものでも金に変える。
液体燃料だって元は廃棄物だったんだ。今じゃ金と交換できる。
研究員も寝静まったようだった。
こんな時間、こんな状況でこそアイデアが浮かぶ。
「明日はガラクタ売るか……」
研究費は払底している。
どれも本当の意味でゴミでもないしガラクタでもない。
知り合いは宮殿にも負けない液体燃料工場を作った。
芽が出そうならば会議所は幾らでも貸し付ける。
「飛行船」。
空飛ぶ船。
もうすぐ完成だ。軍事にでも遊覧にでも使えばいい。
コンテストも間近だ。
恥を晒すわけにはいかない。
金。金。金。
二千枚あれば。美女だって何だって手に入る。
レニア達には言えないが。
変態。
なのかなぁ。
いや普通だろこんなの。
「アイデアだよアイデア」
悲壮感さえ漂わせながらゲイルは思い付きをメモする。
「女王を驚かせてやる! 都市全体を俺の思い付きで一杯にしてやる!」
吠えた。
誰が街を支えてると思ってるんだ?
俺たちだ。
「レニアをあんなに苦しめやがって」
人体錬金術。一つの最高到達点だ。
まあ、性格に難があるのは認める。
レニアは元々そうだった。
炎みたいに着想しては良かれと思って無茶をする。