1-1 魔王と姫と勇者?
殺気を伏せて、ちょっとつつ獲物に近づいていく。
相手はただのマルム、ですが、油断は禁物だって、師匠によく言われた。だから......
少しつつ、少しつつ......獲物に近づいて、そして......!
「燃えろ!」
「ッ!?」
俺の獲物が炎の矢に貫かれた。その矢を放ったのは......
「王女様、それは俺の獲物だぞ!」
「知るか!アンタがグズグズしてる間に、俺は何匹のマルムを焼いたと思ってんの!」
「お、俺だって!」
「ほう?何匹狩れたの?」
「さ、三匹、ですけど?」
「残念だったな、俺は十匹以上燃やしたぞ?」
そして、指を立ちながら、力を指先に集中して炎を作り出した。それが、この王女様の力、永劫なる煉獄=エターナルインフェルノ。
炎系統の力で最高位に入れるくらいの強力な力......その力を凌駕できるの炎の力は、昔の女勇者――カリスティーマ、その者のほかにそれより強い炎の力を持つものはいない。
「な!?生態圏が危ういと思わないの!?」
「だからって何だ?こんな魔物、何百匹死んでも誰も困らないからいいじゃねぇか。」
「魔物たちは困ってしまうだろ!?」
「は!とんだ偽善者だ!これ以上何も言うな!」
こ、こいつ......!カリスティーマ様が見たら、絶対怒るだと思わないか!?
カリスティーマ様は稀に見る魔物にも気を配ると言う大善者だった。結婚したら急に豹変したけど、それでも魔物に気を配ってた。
「そんなことしたら、この子達がかわいそうだろ?」って、幼少時代の俺によく言ってくれた。あのときのカリスティーマ様はまだ勇者じゃなく、ただの農民だった。
そういえば、なぜカリスティーマ様は急に魔王を討つって、言い出したのだろう......噂ではなんか、神の声を聞こえたという......そんなまさか、神族なんているわけないじゃないか。ただの幻想だよ、それ。
「あ、尤沙さん、そろそろ飯の時間なので、早くこっちに来てね。」
「......」
腑に落ちないが、坊主の言うことを聞くことにした。
ところで、なんで坊主まで俺のことを尤沙と呼び始めたのだろう。坊主と王女様は仲がいいのは知ってるが。なんで王女様の何もかもを受け入れるのよ、勝手に人の名前変えるのは反対じゃなかったっけ?
いや、べつにそう呼ぶなとまでは行かないが、出来れば俺のことを勇者で呼んで欲しい。
「わかった、すぐ行く。」
返事をしてから、体を洗いに行った。
久しぶりの狩だった。っていっても、昨日も、一昨日もしてたけど。それでも......死んだのは魔物だからよかったとは思わない。
生きるためには食べなければならない。だけど、なんでも魔物や動物を食べなければってことはないだろう。ベジタリアンたちみたいに毎日ベジタブルや米を食べてもいいのではないのだろうか。
そう教えたのもまた、カリスティーマ様だった。
そして、俺は実行した。だが、また屈した。肉の美味しさに。
「それにしても、毎日マルムって、昔の俺じゃあ考えられないな。」
「なんだ、王族はこんなうまいもの食べれないの?」
「あ?」
ちょっとした冗談のつもりだけど、王女様は本気にしたみたい。それとも冗談が過ぎたのか?
「うまいのか?こんなの。」
「え、うまくないの?もしかして、僕の調理が下手なんじゃ......」
「そうじゃねぇよ、質の問題だよ。」
「俺はうまいと思うよ?」
「そりゃあアンタみたいな田舎者だからそう思うだろうよ。」
「失礼な!......田舎者なんだけど!」
「失礼なのはアンタな。誰も田舎物は悪いだって言ってねぇし。」
「うっ!」
そ、そりゃあそうだけど......なぜだろう、なぜ田舎者を聞いたらすぐ反応するのだろう、俺。
「魔物の肉は良く食うけど、ここら辺の魔物の質って、あんまり良くねぇよな。」
「うん......魔物の肉はあんまり食べないから知らないや、ごめんね?」
「いいよいいよ、まったく......」
そして俺は、黙々とマルムの肉を食うだけだった。
この三日間、ずっとマルムの肉だからもう慣れたけど、やっぱり肉を食うのはちょっと抵抗がある......カリスティーマ様はこんな俺を許すのだろうか。
「さて、飯も食ったし、そろそろ寝るか。」
「うん、お休みなさーいね、プリスティンちゃん。」
「お前も早く寝なさい、ラス。でないと大きくなれないぞ?」
「う、うるさい!もう、プリスティンちゃんそのことばっかり......」
てとてとと、それでもプリスティンの後ろについていった。
さぁて、これからは俺の時間だ。
(教えてください、神様......)
内心でそう祈りをして、神様にお教えを頂いている。
次の瞬間、神様の声が脳内に響いた。
「進めよう。」
それだけじゃあわからないよ!
どの道を進めばいいのかがわからないから聞いてるのに、毎回毎回「進めよう。」って帰ってくる。このまま放置するか?このまま王女様と坊主のたびを見守るか?それとも、世界を破壊しかねない種である、この二つの存在をここで抹消するか?
どうすればいいのかは、俺にはわからないよ!
だからこうして祈りをして、声を聞かせていただいてるのではないですか、神様!
「......っ」
うん?
「私を、倒してみよう。」
目を開いたら、目の前に見知らない人が出てきた。剣を構えて、戦いを挑んできた。
「せめて理由を聞かせてください。」
「理由などない!」
カキーン!
素早く剣を引き抜いて、彼の斬撃を防いだ。
「戦いたい、ただそれだけだ!」
「でも......!」
キン!カーン!
この人、どこか懐かしい感じがする。
いや、懐かしいって言うか、この人は......!
「戦え!それが汝への試練である!」
「戦えません!理由もなく人を切るなど、ただの殺人鬼ではないか!」
カーン!キンキン!
彼の剣は素早い。それだけじゃなく、俺の要害をまっすぐ攻めてきてる。だから防ぎやすい。彼が俺を殺すことはないだろう。
だけど、俺はこの人を切り捨てたいと思えない。だからこっちから攻めることはしない。
「神様、これは何のためにあるの?この試練は何のためですか!」
「斬れ!自分を!」
「斬れ!俺を!」
この神様とこの人......俺は狂ってるのだろうか、なぜ自分を切らなければならないか!
確か昔の物語の多くの主人公は自分の中の迷いを断ち切ってから強くなったけど、今の俺にそれは必要なのか?
いいや、必要ない!俺は強くならなくてもいい!
「教えてください!神様!」
「斬れ!」
「斬れ!」
「斬れ!」
「斬れ!」
何回も響く斬れの指示、何回も響き渡る金属音。
(いったい、何なのよ!)
カン!カン!カン!カキーン!
先ずは左上、次に刺突、次は切り上げ。そして、最後は俺が彼がひるんでる間に剣を叩き落した。
「勝負あり、ですね。」
「いや......」
「なー!?」
俺の手を蹴って、剣を落とした。そして、落とした剣を拾って、彼は俺の首に押し付けてきた。
「やらなければやられる......そう教えたはずでは?」
「し、師匠!?」
彼が姿を変え、師匠へと変わった。
「残念ながら......」
そしてまた姿を変えて......今度は金髪のツインテールの美少女へと変えた。
「私の名前は......天取だ、そう覚えろ。」
「何者だ、お前は......」
剣を捨て、背を見せた彼女。
「簡単に言うと......」
頭だけ回って、横目で俺を見て彼女はそう言った。
「神、みたいな?」
そして風のように、彼女の姿が消えた。最後に見た彼女?の表情は、笑ってるように見えたが、どこかが寂しいようにも見えた。
「神......だと?」
はっ、ふざけたことを。神とか存在しないだろう、俺が祈りをささげてる相手も神じゃない、魔族だ。口では神様で言ってるけど、俺はそう信じてない。あの方は魔族に違いない。
だけど......
「ふん。」
彼女は神と自称した。それと名前は天取......か。
なんてふざけたことを。
神は存在しない。存在してるのならなぜこの世界は悲しみで満ちてるのだろうか。
神話でしか見たことのない神......それは慈愛の象徴。世界中に愛を広める存在。それが神ではないか?ならなぜ彼女はそうしない。
それに、神はそんな少女じゃないだろ、あれはどう見てもただの少女......いや、能力的には少女じゃないけど、だが見た目は......
見た目?彼女の見た目は自由自在なのに、どうやって彼女?いや、彼?......いっそ「あれ」で呼ぶか。
(教えてください、神様。)
あれは一体なんだったんだろうか。
そして、俺の脳内に直接声をかける、貴方様は誰ですか?
もし貴方様が本当の神様なら......
「さすがにありえないか、神なんて存在しない。」
今の俺のやるべきことは、進めること。それだけ知ってる。
ですが、進めるってのはこのまま彼女たちの旅に付き合うことでしょうか。それとも彼女たちをこの場で殺すことでしょうか。
その疑問を抱いて、俺は星空を見上げた。
「カリスティーマ様、貴方様は今頃どこで何をなさっているのですか。」
手を伸ばして星を掴もうとするが、ちっとも届かなかった。