4話 異世界の書き方
一通りルールに目を通し、僕はこう推察した。まずは自分で異世界の設定を書く。次のステップで物語を書き進める。最後にお楽しみの「異世界」へGOというのが流れになるのではないだろうか、と。
要するに異世界で書いたことをなぞりながら体験出来る、と解釈できるわけである。面白い。実に面白いノートだ。
例えば、ハーレムでチートな物語をしっかりと書けば、それはそのまま自分に返ってくるということじゃないか。
頬をニヤニヤさせながら、妄想を膨らませている自分に、はっ!?と肝心な事に気付くのに、そう長くはなかった。
「でも、待てよ....」
もし戦闘シーンなんか入れたら、物凄く痛い思いをするんじゃないだろうか。こんなぬるま湯な世界に住んでる僕が万が一にでも腕が折れたり、足を失ったりしたら、目も当てられない結果になるのは火を見るより明らかだ。やはり、このノート。書き方次第でリスクはあるということか。
「こうなると、なかなか難しいな....」
もしこのノートが本物だったらと考えると、気楽にストーリーなど書く気になれなかった。
頭の中でこれからするであろう未来をあれこれ思い描くは良いものの、それとは対照的にペンを持った利き手はまるで時が止まったかのように静止していた。
「やっぱり、無理だ。こんなの」
一人きりの部屋で大きくため息をついた。
よくよく考えてみれば、小説など今までに書いた試しもないし、とても一人で物語を完成させるなんて最初から不可能だったんだ。僕は消費者だぞ。ゲームやアニメ、漫画といった娯楽物を楽しむ方であって、作る側とは到底縁がない人間、それが天宮 潤だ。これまでに創造者になったことはない、もっと言えば、なろうと思ったことすらない。別に後悔はない。後悔はないが、自分が招いたこの怠慢のせいでノートを使えないのはやはり悔しくはある。
全く豚に真珠。猫に小判とはこのことだ。
ルールを見てから、自分が異世界にいけることが頭の中で先行して、その前の自分で執筆するということが見えていない。本当に間抜けすぎて、呆れ果てる。
この件はもう文才にたけた友人にでも託すのが妥当ではないか。だが、藪から棒に「このノートのことなんだけど...」と話されても困るし、どんな話にするかぐらいは考えるべきだ。
もちろん、友人にノートを強奪されるかもしれないし、友人が小説を執筆することを拒否することも十分に考えられる。それでも、設定ぐらいは今の自分にも決めることはできるし、断られたらその時はその時だろう。自分で物語を書くという非現実的な行動をとるより最も尤もらしい解答だと思う。
ペンを握りなおして、左手の親指と人差し指で顎をを掴む。
「設定ぐらいはな...」
「う〜ん...」
唸るだけで、何もノートに記述されない空白の時間がしばらく続いた。
「くそう、一体何を書いたら良いのか、迷うな....。よし、項目を書こう。そしたら、埋めていけば良いだけだ」
ノートの設定欄に「物語の目的」「人物」「場所」「時代」「敵」と見出しをつけた。
「ふむ....」
漠然と項目は書いたものの、やはり具体的に何か軸を決定しないと筆は進まない。そこに行き着いた時、ふと5分前のぬいぐるみとのやりとりが思い出された。
「綿くれ、綿くれ、こんにちは。まずはおめでと、こんばんわ。キミィはこれから小説家ー。我が名はペルーシュ、おはようさん」
そして。
「綿くれ、綿くれ、こんにちは。異世界万歳、こんばんわ。お題は姫君救助の一択で。しっかり寝なよ、おやすみさん」
姫君救助....王道中の超王道だ。でも、初心者の僕にとって設定を一番書きやすいジャンルであることに間違い無いだろう。この際、テンプレなど気にしている余裕はない。今回、最も重要なのはこのノートが本物なのか、それを友人と協力して検証することだ。内容がスカスカなど、今はどうでも良いし友人にあとはなんとかしてもらえることを祈ればいい。
物語の根幹を決めたら、あとはすらすら書くことができた。
「物語の目的」、これは姫君救助だ。
「人物」、これは目的を達成するための仲間と言い換えられる。主人公以外には3人くらいいれば十分だろう。もちろん、美少女である。けったいで強い爺さんや人外は当然お断りだ。
「場所」、とりあえず姫君がいるわけだし、お城を舞台に、乗り込む設定としておくのが良いだろうか。
「時代」、ここは近未来とかにしておけば魔法とか使えるだろうか、などとアニメ、漫画に毒された脳が勝手にやりやすい独自の判断でセオリーを書く。
「あとは敵か....。救出する以上何か姫を守っているボス的な何かを置かないと話が成立しないな。ありがちだけど、魔王ってことにしておこうか」
ノートに魔王と書き記した瞬間に、娯楽脳は思い出す。これまでに勇者を痛めつけて突破を困難にしてきた強大な敵の力を。そう、今回そうなっては非常にまずい。このノートを体験するのが友人であれ僕であれ、敵が強いことには都合が悪い。
そして、そっと魔王の前に「弱い」と付け加えた。どんな風に弱いのか、どの部分が弱いのか、魔王への具体的なトッピングは今ならいくらでも出来る。だが、「弱い」という概念を背負った魔王だ。これ以上いじめるのはかわいそうである。なにせこれはあくまでメモ書きなのだ。いくらでも改変出来るし、これぐらいで十分だろう。
なんとなく、在り来たりな設定には成ってしまったものの、こんなものかと座った態勢で伸びをした。
「はぁ〜〜〜、疲れた、疲れた」
明日、この設定を元に友人に何か肉付けしてもらえれば大丈夫だろう、などと呑気に考え、あくびをしながらベッドに倒れる。
時刻は19時。ゴールデンタイム突入の時間だ。お茶の間では番組がめまぐるしく変わる時間帯ではあるのだが、僕は全く飛びつかない。なぜならこの時間帯にみたいアニメは皆無だからである。
お風呂や夕食をさっさと済ませ、早くもケータイのアラームをセットすると、あっという間に眠りに落ちた。深夜アニメの時間帯も忘れて。
そして、完全に熟睡に入ったところで、机の上のノートは淡い光を放っていた。