1話 舞い込んだ不運
ピンポーン。
玄関の呼び鈴が高く鳴り響く。
「はーい、今行きまーす」
素足で廊下の温度を感じながら、玄関へと足を運ぶ。今日はまた一段と寒いな。
「朝っぱらから荷物なんて、今日はついてない.....ま、運がないのはいつものことなんだけど」
綺麗に整えられていない三和土から慌てて靴をとったせいで、足元をフラフラとさせながら玄関のドアに手をついた。
よく言えばおっちょこちょい、悪く言えばただの間抜けではあるが、原因としては「足がはみ出てしまう母親の靴」と「ぶかぶかで余裕がかなりある父親の靴」を同時に履いてしまったからである。
崩れた体制でありながらも慣れた様子で鍵をひねりドアを開けると、郵便荷物を片手で抱える30代前半ぐらいの見た目の男が黙って立っていた。
男が求めていたサインを無言で書いて渡すと、男はすぐに踵を返しトラックへと戻っていった。
宛名は天宮 潤。
僕の名前だ。
受け取った箱にはほとんど重さを感じず、揺らしてみると何かが衝突する音が聞こえる。
「僕宛に届くなんて珍しいな、一体誰が?」
気になる送り主を確認してみると、驚くことにそこは空欄だった。
全く身に覚えがなかったので中身がより一層気になり、足早に自分の部屋へと戻った。
早速、パンドラの箱を開けるかのように、嫌に緊張感が張り詰める中、慎重に開けると予想もしていないモノが目に飛び込み、目を見張る。
それは昨日応募した例のぬいぐるみと、ノートが1冊。
「そんな、まさか本当に当たるなんて...」
実はこの僕、天宮 潤は大のネットサーフィン好きでいつものように昨夜もネットを巡回していたのだが、さすがにぶっ通し5時間もネットを彷徨っていると疲れもまわり、最後に穴場のネットオークションで何か掘り出し物がないか探している時のことだ。
その日は残念ながら、そこにも収穫といえるものは特に何も発見できなかった僕は楽しい楽しいネットタイムを終了しようとマウスを動かしたその刹那。
「これは!?」
右サイドに何やら気になる広告が目に入り思わずクリックをしてしまったことがこの荷物が届いた発端だった。
そこには応募した中から抽選で10名様に「幸運を呼ぶオウムのぬいぐるみ」をプレゼントという内容が書かれ、いつも「幸の薄い僕」は本当に幸運を呼ぶのかはともかく、軽い気持ちで応募してしまったのだ。
たいして長く生きているわけじゃないが、それでも自分はこれまでに人生を振り返り、普通では考えられない頻度で不幸に遭っていると個人的に自負している。
小さい事でいうと、例えば修学旅行でのほとんどが雨に降られて、おかげで思い出といえばトランプで大富豪をした事がすぐに脳裏に浮かぶ有様である。さらには大変希少な経験であるはずの強盗事件に出くわすイベントが驚かなくなるレベルで経験済みだったりと数多くの災難に見舞われたものだ。
大きい事でいうと、両親が交通事故で他界したことがあげられるだろう。しかし、これは両親が死んでしまったから不運であると言いたいわけではない。むしろ、どうして同じ車に乗り合わせているにも関わらず僕がけが生き残ってしまったのか。そこに不運がある。
どうせなら、一緒に死んでしまいたかった、当時の僕は本当にそう思っていた。小さいころの僕にとって、母親の存在が、そして父親の存在が消えるということが一体どれほど辛いことだったか、本当に胸が張り裂けそうな思いで、幼児期を過ごすことになったのだ。
「お母さんとお父さんは遠いところにいってしまったけど、いつか帰ってくるから....」
僕を引き取った祖母はそんな果たせもしない約束を幼い僕に言い聞かせ、繋ぎ止めてくれた。きっといつか忘れてしまうだろう、とそう思って一時の嘘をついてしまったらしいのだが、毎日毎日祖母の元に来て
「まだ帰ってこないの?」
そんな素朴な疑問をキョトンとした瞳で覗かれることに耐えらなくなった祖母は小学校高学年になってついに自白したという。
もちろん、当時はショックでしばらく話もしなかったことをよく覚えている。しかし、僕は感謝こそすれ祖母を恨むなどありえなかった。こうして今、平和に暮らしていられるのは皆、祖父と祖母のおかげだ。何不自由なく僕の生活をサポートしてくれている。いつか恩返しをするべきだろう、それほどに僕はすっかり彼らに甘えてしまっている。
僕の日常は平和そのものだ。
ただ1つ僕の今の日常にケチをつけるとするならば、この不幸の体質をどうにかしたい、ただそれだけである。さて、次はいつ不幸が訪れるのか。
そんなこともあって、不様かもしれないが神様を信じられなくなった僕は哀れにも触れられる神様に救いを求める始末なのであった。






