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夢中の旅路  作者: 中津ロイ(旧:回覧板)
第一章 無間の夢
3/3

二幕 迷いの夢

 腹が空いた。食事が足りない。

 もっと、もっと。


 もっともっともっともっともっと────モットォ!


 それは一瞬だった。


 まず初めに花弁が消えた。

 その次に葉が消えた。

 次に栂が消えた。


 臭いが、空気そのものごと消えた。

 大地が、根そのものごと消えた。

 青空が、色と太陽そのものごと消えた。


 目を閉じてすぐのことだ。

 人が現実から夢へ行く、短く果てしなく長い狭間の"ユメ"。


 そして"ユメ"は、夢から現実への狭間でもあった。



 ソレでいいの。




 ●  ●  ●  ●  ●




 強い日差しが瞼越しに目の奥を刺激する。そしてそれよりも強い刺激を全身に感じた。

 蓮がいた場所は実家から一駅離れた住宅街の中、アスファルトの上に塀にもたれ掛かるようにして眠っていたようだ。塀も地面の硬く、連の体をじんわりと痛めつけていた。

 体は冷たい。汗が揮発して体を冷やしているからだ。


 起きてしばらく体が岩になったように動かない。寝ていた場所が硬かったということもあるが、倒れこんで寝返りもうたず不自然な姿勢で眠っていたからでもあるだろう。

 ばきばきの体を無理矢理にでも動かして解していく。時間の感覚がない、携帯を取り出して確認すると学校の授業が始まっている時間だった。


「いっててて……俺、なんで……こんなところで……」


 翔の家を出て家に帰ろうとした後で夜の住宅街を歩いていたところで誰かに話しかけられた。そこまで蓮の覚えている記憶だ。その後、眠ってしまったようだ。


 夢を見ていたような気がする。内容はやはり思い出せないが。


「とりあえず、学校にいかなきゃな……」


 激しい運動をした後のような気怠い体を無理矢理にでも歩かせる。立ち止まると次はまたどこかで眠ってしまうかもしれない。そんな気がして蓮は歩く速度を逆に速くした。

 全身が痛い。でも痛みは眠気を忘れさせてくれる。


 歩くことに集中していたからか、周りの見えていなかった蓮の前に一人の女が立っていた。

 赤く長い髪を振り乱し、黒い目で真っすぐ蓮のことを見ている。服は制服、この辺りの公立校指定の制服、足首まである長いスカートで有名な制服だ。


「その制服……あんた夢ヶ丘高校の生徒だろ? 進学校の生徒様がなんでこんなとこにいんだよ? 不良か、テメェ」


「ちょっとした野暮用でな……そういうあんたも、こんな時間にいるってことは不良か?」


「見ての通り不良だよ。っで、俺様は答えてやったっていうのにテメェは答えねえのかよ」


「今日はたまたまだ。俺は不良じゃない」


 急いでいる蓮は答えるだけ答えて女の横を通り過ぎようとする。

 が、女が手を横に広げて蓮を止める。


「待ちな。テメェが不良かどうかなんてどうでもいいんだよ。丁度一人なんだ、ちょっと付き合えよ」


「嫌だ。俺は急いでるんだ」


「おい! 待てや、こら! ん……テメェ……」


 手で止めていた女が、目を細めて蓮の顔を覗き見る。蓮の方が背が高いため、そのような形となった。


「…………蓮? テメェまさか蓮か?」


 突然呼ばれた自分の名前に蓮は思わず足を止めて、女を見る。


「覚えてねえか? 小学生の……時に一緒だった久利須だ! 鮫島久利須! 忘れたのかよ、白状者ぉ!」


「クリス……ああ! あの地味っ子だったクリスか!?」


「そうあの地味っ子だった久利須だ! …………地味っ子とか言ってんじゃねえよ!」


 小学生の頃に蓮の家の隣に引っ越してきた家族、その家族の娘が鮫島久利須だった。関係でいえば昔馴染みだろうか、あるいは幼馴染。家が隣だったということもあり、よく朝の弱い蓮を起こすために家に上がり込んでいた。

 仲が良かったといえば聞こえはいいだろうが、地味で引っ込み思案だった久利須は中々友達を作ることができず、蓮に構ってほしかっただけであったのだ。そういう関係が小学校卒業式の後鮫島家がまた引っ越すまで続いた。

 まさか帰ってきていたとは。


「変わり過ぎてて全然分からなかった。中学デビューか?」


「違う! 中学デビューだ!」


 どうでもいいカミングアウトをされたところで蓮は目的を思い出した。


「そうか、また今度会おうぜ。じゃあ俺はもう行くから」


「おう、またな! …………ちょっと待てえええい!! どうせ今からだったら手遅れだろ、俺様に付き合えよ!」


「ほどほどにしとけよ? じゃあな」


 蓮は久利須の横を通り抜けて走って逃げる。待て待てと叫びながら追いかけてくる久利須を無視する。しばらく走ると声は聞こえなくなっていた。


 走ったからかちょっとした疲れで眠気が増す。電車に乗れば移動の間にどこに行ってしまうかわからないと思った蓮は歩いて自分の町へと向かう。すでに眠気は限界に近い、立ち止まればすぐにでも眠ってしまうほど。

 眠気を意識するほど眠気が増す。できるだけ考えないように歩く。一度家に帰り仮眠をとってから学校に行く。昼休みまでには学校に行けるはずだ。


 約一時間。ひたすら歩くことだけを意識して線路に沿うように歩き続けた蓮は、最寄りの駅に到着した。ここからさらに数分歩けば蓮の家がある。

 最後の踏ん張りで歩き続けてようやく自分の家にたどり着いた蓮が見たものは、家のチャイムを連打している久利須の姿だった。昔とはいえ隣同士の家に住んでいたのだから当然蓮の家も知っていたのだろう。

 いくらチャイムを押しても返事がないので連打しているのだろうが、そもそも家の中に人などいないのだから反応などあるはずがない。そのことを気付いているのかいないのか、おそらく気付いていないまま久利須はチャイムの連打をやめようとはしない。

 電車にでも乗ってきたのだろう、そうすれば歩いて帰った蓮よりも早くたどり着くことができる。


 眠気に支配されそうになっている頭で蓮は考える。

 家に入るためには久利須の横を通り玄関を開けて入らなくてはならない。だが久利須がそれを見逃すとは思えない。蓮を見つけて何かしら喚き散らすであろうことは容易に想像がついた。

 どうしたものかと考える時間も惜しんだ蓮は覚悟を決めて久利須へ、というより家の玄関へ近付いた。案の定久利須は般若の形相で蓮へ振り向いた。


「テメェ、俺様をいつまで待たせるんだよ! ていうか電車で帰れよなバカ野郎!」


「ごめん、今は久利須の相手をしてる余裕が……」


「アアン!? どういうことだテメェ! もっぺん言ってみっ────おい!」


 最後の方は怒っているのではなく本気で心配しているものだった。

 久利須の目の前で蓮は崩れ落ちながら眠りに落ちたのだから。




 ●  ●  ●  ●  ●




 誰かに呼ばれる声で蓮は目を覚ました。しかし寝ていた感覚というものを蓮は持っていなかった。

 睡眠するということは頭が脳内の記憶を整理しているそうだ。夢はそれが寝ている間に頭の中で流れる映像である。それは大なり小なり目覚めてからも残っている。朧気であっても内容を一つも覚えていなくても、夢を見ていたことは起きてすぐは覚えているものだ。

 だが蓮には夢の残滓がない。眠る直前と起きた直後がそのまま記憶で繋がってしまう。間を眠っていたと分かっていても眠っていたという感覚が湧きづらい。幸いなことは常識を知っている蓮は湧きづらくとも眠っていたことを理解できるということだ。


「ここ……俺の部屋?」


 蓮は体を起こし部屋を見渡す。いつも通りの寝起きだ。

 汗でぐっしょりと濡れた制服が肌に張り付いて気持ち悪い。


「やっと起きたかよ」


 聞こえてきたのは久利須の声。ベッドの横に座り蓮を睨んでいる。

 何故そこにいるのか、どうやって家の中に入ったのか、様々な疑問を持ったが、蓮が最初に言うことは決まっていた。


「ありがと」


「なっ! お、起きていきなりそんなこと言ってんじゃねえよ! 気持ち悪いだろうが!」


 顔を真っ赤にした久利須は脇に置いていたコンビニ袋を蓮へと投げる。蓮が中身を確認するとおにぎりやパンがぎっしりと詰まっていた。蓮が寝ている間に買ってきていたのだろう。

 蓮が素直に感謝の言葉を言うと、一層顔を赤くした久利須は部屋を出ていった。


「なんなんだ……」


 記憶の中では最後に出会ったのは家のインターホンを連打している久利須だ。その後記憶が途切れているので眠ってしまったのだろう。とすれば久利須がここまで運んでくれたのだろう。家の中にいるのはそれで納得ができる。


 ふぅと息を吐き、体を伸ばす。

 ベッドの上で寝ていた体は固まることなく楽に動かせることができる。蓮は寝起き独特の体をゆっくりと動かしてベッドから足を下した。しっかりと足で床の感触を確かめる。


 突然寝るということはよくあることだった。蓮は一度それで特発性過眠症と一応の診断を受けた。一応というのは当てはまる部分が多いからで、当てはまらない部分もあるからだ。

 最たる違いは毎日ではないという点だ。一週間毎くらいに、"学校が休み"の日に多く発生していた。不定期でも定期的でもない。


「学校の日に連続なんて珍しいな……」


 立ち上がり居間にでると、まだ久利須がいた。

 オープンキッチンの向こうで料理をしているようだ。

 久利須は蓮に気付くとまた顔を真っ赤に染めて蓮のことを睨む。


「もう動けんのかよ……」


「おう。よく覚えてないけどクリスがベッドまで運んでくれたんだろ? だからちゃんと言いたくてな。ありがとう」


「っ────! 別にッ! テメエのためじゃねぇよ! 俺様が! テメエの家に入りたかったんだよ! テメエを運んだのはついでだ、ついで! 感謝なんてしてんじゃねぇ!」


 顔中耳までこれ以上ないほど赤くした久利須の怒声が、蓮の頭にキーンと響く。

 同時に良い匂いが鼻孔を擽る。


「何か作ってるのか? 良い匂いがするけど」


「テメエが突然倒れっから、腹でも減ってんのかなって思ったんだよ! そんだけ元気があんならいらねぇ心配だったな!」


「お腹も減ったしもらうよ。ありがとな」


「か、勝手に食ってろよバカ! 俺様はもう帰るぞ! 世話になったな!!」


 急ぎ足で玄関に行く久利須は、向かう途中にも絶え間なく怒鳴り散らしていたが、ほとんど言葉になっておらず、蓮が聞き取れなかった。

 ただ一つだけ、蓮が思ったことがあるとすれば、


「世話になったなって、俺の方が世話になってんだけど……」


 バタンと玄関が閉まる音が聞こえて静かになった居間で呆然と立つ。

 嵐が過ぎ去った後のような静けさに、やっと自分の家に帰ってきたと実感する蓮は、キッチンに入り久利須が作っていたであろうものを見つける。

 お粥だ。蓮が食べやすいようにという久利須の配慮だろう。


 お椀に移したお粥を持って卓につく。

 匙で掬い口に運ぶ。


「ん! 美味いな、これ」


 いつの間に美味しい料理を学んだのか、蓮と別れたのが小学生の時なのでその後にでも練習していたのだろう。もしかしたら食べてほしい誰かがいたのかも、でなければ料理なんて頑張れるものではないはずだ。


 美味しいお粥を堪能しきり、ふと時間を見ると丁度日付が変わるくらいの時間だった。

 今度は正真正銘夜にくる眠気があった。


「あんだけ寝たはずなのに眠気はくるんだな……おいしいの食べたからかな? さっさと寝よう。明日はこんなことがならないといいけどな」


 食器をかたずけ部屋に戻る。制服から寝間着に着替えてベッドに倒れこんで枕に顔を埋める。


「明日は、ちゃんと……できるかな……?」


 微睡む。今日一日途中の浅い眠りが多かったからか、長く感じた一日の終わり。

 蓮は自分の睡魔に誘われて眠りについた。




 ●  ●  ●  ●  ●




 微睡みから復帰した蓮は意識がはっきりとあることを自覚した。


 ここはどこだ?


 周囲を見た最初の疑問だった。

 記憶はあり、ベッドに横になって寝たはずだ。しかしどういう訳か、蓮が今立っている場所はベッドの上でも、ましてや自分の家の中でもなかった。────違う、蓮の部屋だ。広さも間取りも物の位置もすべてが同じなのだから。

 蓮が自分の部屋ではないと思った理由は、広さ間取りはともかくとして家具に絶対的な違いがあったからだ。


 ピンク。違いを一言で言い表すにはそれがぴったりだった。ピンクに染まっているという状況ではない。周りからピンク色以外失われている。

 寝ていたベッドも机も椅子も壁も床も、窓から見える隣の家も空も、────何もかもがピンクだ。


 蓮はおそるおそるといった慎重さで自分の体を見下ろす。

 体はまだ肌色をしていた。ただし、身に着けている服はもれなくピンク色に染まっていたが。


 異常だ。部屋や家をピンク一色で揃えることは不可能ではないが、空までも染まっているとなると異常という他ない。

 蓮はこのピンクの異常に一つだけ心当たりがあった。


 親友の翔が教えてくれた戯言。夢に誘われたのだ、夢魔という存在に。

 誰かの夢の中というのであれば、これは異常ではない。そういうピンク色の考えの持ち主はどこにだっているはずだ。

 しかし、蓮は時間的に眠たくなり自分の純粋な睡魔に誘われて眠ったはずだ。どこがどう間違えて他人の夢に迷い込んでしまったのか、蓮には思い当たるところが全くない。


「今度翔に夢に誘われているときがどんな感じか聞いとかないとな。というか誘われてる気がしないし、迷い込むなんてことあんのかな?」


 もちろん答えはないのだが、言ってみたくなるのだ。


 蓮はとりあえず体を動かしてみることにした。景色がピンクであること以外に変わっていることはない。

 そして分かったことは床が思いの外ふかふかで跳ねてみると高くジャンプできる。トランポリンが床全体に敷き詰められているような感じだ。かと思えば、人をダメにするビーズクッションのように深く足が沈みこむような床にもなる。

 部屋のドアも近づけば勝手に開く仕様になっている。開いた先に見える居間もピンク一色、可愛くあるべきと強制されているかのような空間だ。


 そして蓮が一番気になったことは人がいないということ。

 部屋に人がいないのは当然だ。居間に人がいないということも両親や妹がどこかへ行っているのだとすれば納得できる。しかし外へ出ても人がいないということはおかしい。時計もぐるぐると乱回転し空もピンクでは時間も分からないが、少し歩けば一人くらいは出会えるはずだ。

 それが全くない。人が拒絶されているかのような空間だ。


 外での探索を諦めた蓮は家に戻った。といっても為す術無しだ。

 夢から抜け出す方法まで翔に聞いておけばよかったと蓮は思ったが、どのみちこの夢での記憶は現実に帰った時にはないので考えても仕方のないことだ。


 とは言え、何もすることがない。できることがなにもない。


「八方塞がりだな。これが夢に閉じ込められたってことか……?」


 翔の話では、誘われて入った夢は入った人の夢ではなく誘った人の夢だ。


 "他人の夢からは目覚めることはできない"。


 これも翔が教えてくれたことだ。

 蓮が覚めれたことに対して翔が驚いていたが、蓮にとって夢は起きてこその夢だ。それ故に今回もまた覚めることができるものだと思っている。


「夢で寝たら起きれないっていうし、起きる時までなにしてようかな」


 しばらく悩んだ蓮は部屋に戻り、部屋の中を調べることにした。こんな機会でもない限り自分の部屋の中を調べるなんてことはないと思ったからだ。自分の部屋のものは自分で持ってきているはずなので調べても意味がないものだからだ。

 足が沈み込んだり跳ねたりと不安定だが、誤って眠ってしまうことがないのでむしろ嬉しいことだった。


 とりあえずおそらく通学用の鞄──全てがピンク一色であるため判別できない──から本のようなものを片っ端方から広げてみる。全てのページがピンク一色で染まっていた。もはや何のためにある本なのか分からない。さらに鞄の中にあるものを探る。といっても本のようなもの以外では箱のようなものがあるだけだ、おそらく箱のようなものが筆箱だ。

 蓮はそこでピンク以外の色を見つけた。


「あれ? 鉛筆なんてあったんだな、最近はシャーペンばかり使ってたから忘れてた」


 加えることは多くても省くことはなかなかしないのが筆箱というものだ。新しい筆箱を買ったとしても確認することなく、古いものから新しいものへ中身を移動させることもよくある。蓮はめんどくさがって中身をそのまま移動させるので、昔のものが混ざっていても不思議ではない。


「シャーペン使い始めたのが中学の時か、小学校では禁止されてたからなー……誰かが鉛筆型のシャーペン持ってきてるときは感動したぜ」


 と、古い記憶を思い出している蓮。

 そも、なぜ蓮が鉛筆であることに気が付いたかといえば、色だった。鉛筆独特の明るい緑色がピンクの世界では浮かび上がる異彩を放っていた。

 少し懐かしむように鉛筆を眺めた後、また探ってみるが色が付いているのはこれだけだった。


 どういった理由で色が付いているのかは不明だが、とにかく色がついているものがあるということは大きな収穫だ。これが夢から覚めるための鍵になるかもしれないと、蓮は緑の鉛筆をもう一度観察する。

 特に変わったことのない普通の鉛筆だ。鉛筆削りのような機械を使わずにカッターで削りだされた芯、逆の端は一つずつ間を空けて少しだけ削られている。一つずつに小さく文字が書いてある。


「く、す、り────薬? 何をしたかったんだ一体……」


 過去の自分に疑問を抱きながらも、夢から覚める手掛かりになりそうにないことが分かった蓮は、鉛筆を置く。やはり机の上に広げても鉛筆だけはぽっかりと浮かびあがるような緑だった。

 夢から覚めるための収穫が何もなかったので一度溜息をついたところで、蓮は気付いた。


 人がいる。蓮の部屋の中、蓮の真後ろ。"まるでいきなり現れたかのように"立っていた。


 見知らぬ女だった。白い肌を見せているとか、黒い目をしているとか、色があることに全くといっていいほど蓮には気にならなかった。

 蓮の夢ではないため蓮の知っている人物が出てくるということは稀なのだが、蓮にとってはそれが問題だ。

 蓮はこの"見知らぬ"女を"どこかで会ったことがある"と思えたのだ。



 ココはダメ。



 それが女の声だと蓮が気付くのに時間を要した。なぜなら女は口も動かさずに話していたからだ。

 夢の世界に直接響くような声を、どうして女からのものだと判断したかといえば、声が響いた瞬間女が両腕を交差させたからだ。響き通りダメだとでも言うように。


「どうすればいいかわからないんだが」


 そう蓮が言うと、女は机に置かれた鉛筆を手に取った。

 何をするのだろうと思い興味津々で覗き込もうとするが、それはできなかった。


 女が手に持った鉛筆で蓮の心臓を突き刺したからだ。


 鉛筆にそんな強度があるのかどうかは些細な問題だ。なぜなら夢の中だ。不思議なことが起きてもおかしなことはない。

 蓮は痛みを感じない胸の鉛筆とそれを持つ女を交互に見比べる。痛みがないことに違和感を覚えながら、その違和感すら薄れていくような感覚を味わう。


 そういえばと蓮は思い出した。

 夢というものは殺されれば覚める、というものがあったはずだ。

 しかしまさか夢の中で死ぬことになるとは。


 蓮は薄れていく夢の中で倒れた自分の体がふかふかのクッションに埋没していく姿を"見つめていた"。

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