名付け
浮力が、増している。
浮いたときの速度も、上がっているみたいだった。
そして、地上に上陸し、自分の身体の色を認識した時。
僕は自分の身体が、変色していることに気付いた。
白色だった僕の身体には、金の色が混じっていた。
原因は・・・あの剣の魔力、としか考えられない。
最初の死骸を4日かけて食べたときも、浮力が上がっていた。
僕の本能は告げていた。食べ続けろ、と。
つまり、そういう事だろう。
僕は魔力を吸えば吸う程、血肉を食べれば食べるだけ。力が、上がっていく。
身体に変化は、今のところ変色したくらいだけれど・・・元々、寄生型の生物っぽいし・・・ね、僕。
自分が何なのかは、全く分かっていない。けれど、まぁ、最近ではどうでもよくなって来ていた。
見つからないように、森をゆっくり探索する。
すると、少し魔力を消費している感覚に気付いた。
今までは気付けなかったが、僕は何か力を使っている?
それとも、無駄に放出してしまっている・・・?
原因は今のところ分からないが、今考えるのは止めておこう。
いつ襲われるか、分からないのだから。
ヒュッ、と、何かが風を切る音がした。
僕は咄嗟にそちらを向く。と、鳥が僕のすぐ近くを通って、ワームを銜えて飛び去っていった。
ああ、僕じゃなくて、ワームか・・・
良かった、とホッとする。
暫くそうして飛んでいると、美味しそうな魔力を感じた。
僕はゆっくり、そちらの方へと近寄っていく。
何だろう・・・?
物陰に隠れながらそちらを覗くと、そこには・・・
少し古びた、けれど立派だと一目で分かり、手入れをしっかりとされている装備を身に付けた、二人の人間がいた。
そして、僕は。
目を奪われる事になる。その冒険者らしき男女の、女性に。
そう、僕は。
人生で初めて、一目惚れをした。
凛とした雰囲気。スタイルが良く、物語に定番の・・・僕が一番好きなポジションのキャラクター。
頼りになる、女騎士のような。
そんな、理想の人だった。
金の綺麗な髪、透き通った水色の瞳。白い肌、長い手足。
そして、白く輝く装飾のされた長剣。
綺麗だった。何もかもが、綺麗だった。
僕は考える事を忘れ、只呆然と、その女性の姿に魅入っていた。
が、そうしている間にも二人は歩を進めていく。
僕は慌てて、隠れながらもその後を追って行った。
・・・あれ?今の僕・・・散々僕を悩ましたストーカーと一緒の事をしてないか・・・?
いいいいいやいやいや。種族が違うし!
言葉を交わせない以上、出るタイミングというものを図らないといけない!
そう、これは仕方が無い。仕方が無い事なんだ。
人間の状態だったら、きっと、きっとこんな事は・・・しない・・・気が・・・しなくも、なくも・・・
こうして僕の、影からこっそりと女性を眺める日々が、始まった。
狼の群れが現れると、女性と一緒に冒険をしているらしき男性・・・凄いハンサムな人が、剣を抜き戦闘態勢に入る。
その威圧感たるや、隊長と呼ばれたあの男性を軽く上回る程だった。
一体、何者なんだろうか・・・
狼はとても敵わないと本能で悟ったのか、すぐさま逃げ去っていった。
凄い・・・ハンサムな男性は余裕の表情で、何事も無かったかのように剣を収める。
か、かっこいい・・・
その姿は、凄く様になっていて。男の僕ですら、ドキッとしてしまった。
何処までも付いて行きます、女神様、お師匠様。
僕は勝手に二人をランク付けし、その後をしっかり付いて行った。
そして、5日が経った日。
僕は、死にかけた。
その日は妙に天気が良く、涼しかった。
それ故か、二人は安全な場所にテントを張り、少し身軽な格好へと着替えている。
どうやら、今日は冒険を休みにするようだ。
魔力を使い、何処からとも無く椅子や本、食べ物や飲み物を取り出す二人。
恐らく、魔法だろう。
そういえば騎士達も、こんな事をしていた。
特に名前は無いのか、指でスッと空を切ればそこからいろいろと取り出す事が出来るらしい。
指は無いけど、指先に魔力を少し集めてるのは分かる。
だから、こんな感じかな・・・?
微量の魔力を空間に留め、それをスライドさせる。
ええと、手持ちは無いから・・・石ころでも入れてみよう。
それで、閉じて・・・もう一度して・・・
石は・・・っと、おお、飛び出てきた。
念じれば出てくるのかな?
僕も魔力の扱いがある程度上達してきていて、これくらいの事なら容易に真似出来るようになっていた。
と、二人の方へと視線を戻すと。
何やら、驚いた表情でこちらを見ていた。
・・・えっ
一番驚いたのは、きっと僕だろう。
何故、バレてしまった?
二人の空気に絆され、僕も警戒を解いてしまった?
それは、有るだろう。確かに、僕は今見つかってはいけないという気持ちを忘れていた。
そこで、気配が生まれてしまった?
いや、それとも・・・
「おい、こいつ・・・今、魔法を」
「あ、ああ。しかもこちらの様子を見て、私達の真似をしたようだった」
魔力を、感知されたのか。
僕に出来る事が、これほどまでに強い相手に出来ないわけが無いのかもしれない。
真相は分からないが、見つかってしまったからには逃げなければ。
僕がバッと飛び去ろうとしたところで、その様子に気付いたのか女神様が、僕の身体を一足先に鷲掴んだ。
ぐえっ・・・
「おい、苦しんでないか」
「えっ?あ。ああ!すまん!逃げられると思って、つい!」
綺麗な声でそんな事を言いながら、少し力を緩めてくれる割とドジな女神様。
苦しいけど、女神様の手に触れてると考えると別の意味で顔が赤くなりそうだった。
赤くなる顔は、無いけれど。
兎に角、話を聞いてくれそうな相手だ。何とかコミュニケーションをとりたい。
これは一生に一度あるかどうかの、チャンスだった。
「それにしても、コレは一体なんなんだ?このサイズで魔力を宿してる、ましてや魔法を使えるなんて・・・妖精、精霊の類か?」
何とか意思を伝えたい。うーんと・・・
僕は魔力を操作し、黄金の文字を形成する。
「おい、これ・・・!」
「文字だと!?」
二人が驚いている様子を視界に収めながらも、拙い字を何とか書き終える。
記憶には入り込んだが、こんな文字を書くのは初めてだった。
少し、いや結構歪なのは、ご愛嬌という事で。
「ワタシ テキ キョヒ?」
「自分は敵じゃない、って言いたいのか?」
「チノウ ショザイ」
「・・・」
「ワタシ ナカマ モトム・・・」
流石に一人に寄生して手に入る程度の知識では、これが限界だった。
何とか書き終え、緊張しながらも反応に期待する。
「・・・つっても、なぁ。」
お師匠様は言葉を濁し、少し思案した表情になる。
いやな予感が・・・
「俺達はお前が何なのかを知らない。裏切られたらたまったものじゃない」
うっ、それを言われると・・・寄生型の生物だし・・・
「良いではないか。見るからにこれは悪い存在じゃないだろう」
と、そこで女神様のフォローが入った。
ああ、あなたが神か
「お前なぁ・・・」
はぁ、またか・・・といった表情で、お師匠様は女神様を見た。
「可愛いもんが幾ら好きっつっても、毎度毎度痛い目にあって良くそう信じたいと思えるな・・・」
「こ、今度こそは大丈夫だ!私の目に狂いは無い!」
「それを聞くのは何度目だ・・・」
「むむっ・・・」
女神様は痛いところを付かれた、といった表情で顔を顰める。
そして、チラ、チラとこちらを見ては、手に少し力が・・・
「おい、絞まってる、また絞まってるぞ」
「はっ!?」
緩んだ手の力にくったりしていると、身体にフニュッとした感覚が。
お胸様に・・・女神様の、お胸様に・・・
「もしも!もしも何かがあれば、責任を持って私が対処する!だから、だからお願いだ、兄上ぇ・・・」
最後に情けない声をあげながらも、女神様はお師匠様に懇願してくれた。
こんな得体の知れない僕のために、こんなに必死になってくれるなんて・・・
この世界での生で、これほどまでに感動した事は無い。
「はぁ・・・仕方無い。取り敢えず3日だ。3日の間、様子を見る。それで良いな」
「あっああ!!有難う!!流石は兄上だっ!!」
喜びを身体で体現するかのように、僕の身体をやさしく握って振り回す女神様。
クルクルと周っては、ボクの事を見つめて頬を緩ませる。
そこには、今朝まで見ていた僕の知らない女神様が、居た。
凛とした、あんなにクールな人に。
こんな一面が。
ボクはギャップにやられていた。
ああ・・・死ねる・・・もう、死んでも良いかも知れない・・・
「お前の名前はクレアだ!宜しく頼むぞ!!」
そして、女神様がボクに名前を付けてくれた時。
ボクは余りの幸せに、意識を飛ばした。
そこは、真っ暗な世界だった。
明るい光に向かっていけば、幸せそうな人、悲しそうな人、絶望の表情を浮かべた人・・・
そんな多くの人々が、巨大な閻魔様に審判を下されて・・・
恐らく重罪を犯したものが、今。
巨大な槌に、グチャ。と踏み潰された。
ハッ!?
み、見てはいけないものを見てしまった気が・・・
ゾワゾワと寒気を感じながら、ボクの意識はこの世界に戻ってきた。
・・・・・・ところで僕の名前、良く考えたら男に付ける名前じゃないような?
いや、この身体の性別は知らないけどさ・・・