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初めての住処

パリ・・・ポリポリ・・・


今日で、アリの巣から脱出して4日が経つ。


その間、僕はずっと空腹がくる度にこの死骸を食べ続けている。


何故か分からないが、この場所から半径数メートルの距離には虫も動物も近寄らないのだ。


故に、僕はこの4日、安全に過ごすことが出来ていた。


いや、安全、とは言えないかも知れない。


喉が渇けば水を飲みにいかなければならないし、水を飲むのだって、道中の虫や水の中にいる魚という脅威に怯えている。


僕自身の隠れる技術というか、気配を殺す技術が上がっているのか、4日目の今では相手の目が悪いんじゃないかと思う程に、気付かれなくなっていた。


それでも、見つかればその時点で僕の命は終わるかもしれないから、相も変わらず怯えながらの生活になるが。


あの死骸を食べて、力が上がったという感覚は、無い。


浮力は少し上がったが、果たしてあの死骸を食べたから、なのかは分からない。


葉に衝突すれば弾き返されるし、何も実感出来ていなかった。


定番のステータスの確認というものが無い以上、微々たる変化は実感できそうになかった。


そして、この比較的安全な生活は、今日。終わりを告げる。


死骸を食べ初めてから、4日。


僕の身体の何倍はあるその死骸を、この4日で既に食べ終わりそうな状態なのだ。


この身体の何処にその量が仕舞われるのか、と疑問に思う程、僕は良く食べる。


とは言え、僕のサイズにしては、だが。


と、そんな事を考えながらも食べ続けていると、最後の一口に。


名残惜しく思いつつも、それを口に含み・・・飲み込んだ。


空腹が収まり、これからどうしようか、と考えていると突然。


今まで何者も入ってこなかったこの半径数メートルのエリアに、虫が一匹。入り込んできた。


バッと飛び跳ねるように空へと浮き、その虫の様子を眺めながらも考える。


やっぱり、と。もしかしたらとは思っていた。


あの死骸が、この数メートルのエリアに誰も入らせないようにしていた、という憶測が、ほぼ確定という結論に至る。


ずっと、様子を見ていたのだ。何故入ってこないのか、不思議に思っていた。


食べきったら、どうなるのかを。


と、なると・・・もうこの場所は安全では無くなったという事で。


速く移動しなければ・・・この周辺には、結構虫が集まる。


水を飲みに良く際、目を付けていた場所へと向かう。


見つからないように祈りながら、ゆっくりと。


羽を生やした虫が、真横を通り過ぎる。


僕は動きを止め・・・いや、動く事が出来ず、固まっていた。


鼓動の感覚は無いけれど、人間だったなら。僕の鼓動は今、全力で走った時のように高鳴っていただろう。


羽を生やした虫は僕の真横を通り過ぎ、何処か遠くへと飛び去っていく。


バレて、無い・・・?


無いと、思いたい。が、気付いてない振りをして仲間を呼びに行ったのかも・・・と考え、その思考を止めた。


あのサイズの虫にそんな知能があるとは思えない。僕が元々人間だったが故に、相手を人間と仮定したかのようにそんな事を考えたが・・・


そもそも、あの一匹でも僕を容易に葬ることが出来るのだから、仲間を呼びに行く必要等無いのだ。


気を引き締め、緊張感に身体が震えそうになりながらも、再び目的地へと歩を進める。


ガサッ、という物音に、身体がビクッと跳ねる。


音の方向を見てみれば、真下の草むらから巨大な、リスのような動物が。


大きい。人間の目から見たサイズに変換したとしても、これは大きい。


いつか画像で見たことがある、ネズミのボス程の大きさ。


そう、まるでウサギのようなサイズのリスが、そこに居た。


大丈夫、大丈夫・・・落ち着いて、少しづつ高く浮いていく。


4m程まで浮き、これで大丈夫か、と思った瞬間。


何か、黒っぽい物体がこちらに向かってリスの口から吐き出された。


バレてる!?


身構え、慌てて逃げようとしたが、どうやらリスの狙った獲物は僕では無く僕よりも上にいる鳥のようだった。


鳥がリスの吐き出した・・・黒っぽいモノに貫かれ、落下する。


リスはそこに近寄り、素早く口にくわえ、手で引っ張りながらも何処かへと去っていった。


僕の知っているリスは、口からあんなものを吐き出した攻撃なんてしないし、ましてや上空にいる鳥を貫く程の威力なんて・・・


そもそも、リスって肉食なの・・・?


僕は地球に居た頃の常識がまるで役に立たないという事を、再び思い知らされたのだった。


そんな苦難?を乗り越え、僕は漸く目的地へと辿り着いた。


そこには、あるテントが。


そう。人間が、そこに居た。


昨日までは、無かったのに・・・という気持ちよりも、僕はこの世界に入り込んで、はじめて見る人間の姿に、少し感動していた。


人。人が、存在したんだ・・・もしかしたら、人間の存在しない世界かもしれない、と思っていた。


人が誕生するよりも前、虫や動物、何もかもが巨大な時期に、僕は入り込んでしまったのでは、と。


良かった。と安堵するのと同時に、その気持ちに疑問を抱く。


人が居た、良かった?


これから先、人と係わり合いを持つことなんて無いだろう。


話す事も出来なければ、僕は無力で・・・小さいのだ。


この辺りで僕のような存在を発見したことは無かったから、見つかった時に珍しいと思われる事はあるかもしれない。


けれど、それだけだ。


無関心に、邪魔だと殺されるかもしれない。


手で軽く払われただけでも、僕は危険な状態になる可能性だってある。


なのに、何が良かったのか。


そんな事を考えながらも、僕の本能は、遺伝子は。


人間に近寄れ、と、言ってくるのだ。


鳥を見たときも、リスを見たときも、近寄らなければ、という気持ちが湧いた。


もう生きるのに疲れて、死にたくなっているのかと自問自答し、そんな筈が無い、とその感情を無視した。


何だろう、この安堵感は。そして、まるで安全な住処を漸く見つけた、というような、それでいて獲物を発見したというような、この気持ちは。


気付けば僕は、フラフラとそのテントの中へと入り・・・


気付かれるな、と祈りながらも・・・中で寝ている騎士のような姿の人間の顔元まで、辿り着いていた。


周りには起きている騎士が居る。結構、近い。


けど、バレていないようだった。


そして、ムズムズと身体を動かしたいような気分になり・・・その感じに任せ、ギュッと身体を糸状へと変化させた。


僕はそれに驚きながらも、吸い込まれるように人間の耳の中へと入っていく。


そして、安堵感に包まれながら・・・三人称視点で、寝ている騎士を見ていた。




30分程、経った頃。


僕が入り込んだ、寝ている騎士が目を覚ました。


目覚め、動く前に、起きると僕は理解した。


不思議な感覚だった。この騎士の夢を覗く事も出来た。この騎士の、恐らく印象に残っている記憶を掘り返すことも、出来た。


そして、今この騎士の考えている事も、何となく理解出来ていた。


先ほどまで分からなかったこの世界の、この人達の話している言語が、理解できるようになっていた。


「くあ・・・ふぅ、進展は?」


そう、僕を宿した騎士が言う。


「まだ特に無いな。それよりどうした、今日はやけに目覚めがいいじゃないか。起きてすぐに仕事の事なんてよ。」


「言えてるな、いつもは5分くらいボーっとして、飯から始まるのにな」


テントの中にいた二人の騎士が、僕を宿した騎士・・・ロウルを、からかう。


「ん・・・いや、今日は何か妙に気持ちが良くてな。身体が軽いというか、脳が覚醒してるというか。上手く言い表せれねえんだが、絶好調って感じだ」


「へー、まぁ、たまにはそういう事もあるか。」


騎士は各々に納得し、もう気にした様子も無く、ロウルに昼食?を渡した。


「お、あんがとよ」


と、ロウルが礼を言えば、騎士達がまた少し、驚く。


「いつもは、おー、としか言わないお前が、礼だと!?」


「目で見て分かるくらいに、機嫌が良いな。本当にどうしたんだ」


騎士が驚く中、ロウルは笑って言った。


「妙に気分が良いんだよ。気にすんな!」


と。


果たして僕は、宿った人間の血肉を食い貪り、死をもたらすような寄生虫・・・いや、虫ではないと、思いたいが・・・なのか、それとも・・・


それは、僕にはまだ分かっていなかった。






ロウル達騎士は、上からの仕事でこの森に来たようだ。


目的はこの森の調査。未開拓のこの森が、どんなところなのか。どんな生物が存在しているのかを、調査するためにやってきたらしい。


テントの外にいた騎士達が、その調査を進めているようだった。


「集合!」


テントの外から聞こえた大きな声に、ロウル達は何の抵抗も無く外へと出ていく。


恐らく、隊長的な存在なのだろう。


大きな身体、無駄の無さそうな筋肉。その背には、大きな大剣を背負っていた。


「この辺りの調査が一通り終わった!これから次の地点へと進む!準備をしろ!」


一度その場に集まった騎士達は、その声に従いすぐさま行動する。


テキパキと動き、10分程で全ての準備を終えた騎士達は次の目的地へと歩き出した。


騎士達はあの恐ろしいアリ達をまるで脅威とせず、目を向けることも無く、踏み潰して歩を進める。


酸のようなものを吐くカエルも、一手間、魔法を使うまでも無く、簡単に殺している。


僕がこの森に住んでいた4日の間に見ることは無かった、狼の群れ。


瘴気、いわゆる毒素のようなものを漂わせている、凶暴な血肉に飢えた獣の群れが、騎士達と退治する。


これには流石の騎士たちも少し苦戦している。狼が咆哮をすれば、石つぶてが飛んで襲い掛かってくる。


恐らく、魔法なのだろう。


騎士達も魔法を使い防ぎ、そして反撃し、着実に狼の数を減らしていく。


先ほどの強そうな隊長格の騎士の人は、ほぼ無傷で狼数匹を相手に大剣を振り回していた。


大剣の重量に疑問を持つ程の素早い剣速で、圧倒している。


そして絶好調と公言しているロウルは、今まで嘗て無い程に冷静に、視野を広くし、対処することが出来ていた。







「ちっ!数が多いな!」


と、俺は狼の数に舌打ちした。


本来、この狼の群れの数といえば6匹やそこらが普通だ。


だが、今回のこの群れは30匹、いや、もっと居るかもしれない。


本来なら、結構危険な状態なのだが・・・


今日は何やら調子が良い。いつもより動きのキレもよく、冷静に対応できていると思う。


数が多く攻めの一手が中々うてないが、肝心なそのタイミングでは確実に致命傷を与える事が出来ていた。


これは案外、余裕かもな。


と、狼の攻撃の手が緩まった所で回りに目をやる。


すると、一人の騎士が3匹に狙われていた。


「チッ、先走ったか?」


おそらく焦って皆が戦ってるラインを踏み越え、無駄にヘイトを集めちまったんだろう。


俺は剣を一振り、目の前の二匹の狼を一閃し、その騎士の元へと素早く移動する。


「下がれ!前に出過ぎだ!死にたくないならしっかりと皆の動きに合わせろ!」


そう言って、一匹。我武者羅にこちらに向かってきた狼の手を、切り伏せる。


「す、すみません!!」


聞こえてきたのは、1年前に入ったばかりの新人騎士の声。


ロウルは、ああ、こいつか・・・と考えながらも、狼を退けてみせた。


それは入って1年目の、新人騎士だった。実戦経験はまだ全くといっていいほどに無いが、中々物覚えは悪くない奴だ。今回、死に掛けて学ぶことは多いだろう。


こうして、狼の群れは数匹にまで減らされ、騎士達から逃げていった。


「中々良い動きだったじゃないか」


狼との戦いで昂った気分を抑えていると、そう、声をかけられた。


「隊長」


大剣を持った、赤い髪の男。そう、俺達騎士団の隊長が、そこにいた。


「見事だったぞ。チラッと見た程度だったが、今のお前の動きだったら隊長格に上がれる日も近いかもしれんな!」


ハハハ!と豪快に笑って見せる隊長に、俺は苦笑して言い返す。


「今日はやけに身体が軽いんですよ、隊長格ってのはまだ、見えてきませんが」


「ハハ、謙遜するな!これからも精進するといい!」


バシバシ、と鎧越しに届く大きな振動を受けながらも、ロウルは若干、いや、かなり嬉しそうに苦笑していた。


今回のこの動き、目覚めの良さからの一連の状態は、僕が関係していた。


僕自身に力がある訳ではない。が、調子を整える等の調整を、恐らく宿主を簡単に死なせない為に、僕自身が行なっていた。


知識があったわけではない。が、どうすればいいのかが手に取るように分かる。


虫に寄生し、宿主に命令を出す虫が、存在する。


恐らく、その類のものではないか、と考えている。


いや、自分が実は虫とかそんな話は断固否定させてもらうけど。


そもそも、自分は口も無い、目も無い、鼻も無い、手も足も無い、白い靄なのだ。


なのに水を欲して水を飲めるし、食べ物だって食べれる。匂いだって嗅げるし、三人称で目も見える。


噛まれたりしたら激痛が走るし、走っている最中に何かがあったら転ぶ。


翼は無いのに、空にだって浮ける。


自分がどういった存在なのかは、全く不明のままだが・・・虫は、無いだろう。


・・・無いよね?


そんな事を考えながら、ボーっとロウルの行動を監視するように眺めていると、空腹感が襲ってきた。


空腹感を認識すると同時に、僕の身体は何かを無意識的に吸い込んでいた。


「お・・・っ!?」


ガクッ、と、ロウルが膝を突いた。


僕のこの行動が原因か!?と、慌ててナニカを吸うのを、やめる。


けれど。それには、舌で味わう食とは違った、極上の美味しさがあった。


何とかもっと吸いたいという衝動を抑え、ロウルの様子を見る。


「何だ?魔力が抜けた・・・?」


魔力。僕が吸い込んでいたのは、ロウルの魔力?


ロウルは立ち上がり、手足、身体を動かし体調を確認した。


「魔力が抜けた筈なんだが・・・さっきより身体が軽い?」


当惑としながらも、ロウルは余り深く考えない事にしたようだ。


確かに、考えても仕方が無いかもしれないけどさ・・・


魔力というものが抜ける感覚が、自分には分からない。なので何とも言えはしないのだが・・・


それでも、自分の中にあるものが抜けて気にしない、なんて、怖くないのかな。





僕は、大方この調子で5日間。ロウルの中で、森の調査を見ていた。


そして、突如として。僕はこの宿主を、失う事となる。

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