一難去って、また一難
グチュ、グチュ・・・ギィッ、ギィッ
妙な音と、甲高い鳴き声で目を覚ます。
・・・ここは?
確か、僕はワームに飲まれて・・・助かった?
視界が悪く、身体が圧迫されている感覚の中、僕は思考を続けた。
僕を圧迫している何かを押してみても、弾力に跳ね返される。
少しの間押し続けていると、一番脆い、柔らかい部分を発見した。
ぐっ、ぐっ、と、何度も押し、身体を圧迫していた何かが破けるようにして、開いた。
そして、目の前に広がった光景は。
アリのような、僕の身体よりも大きな軍勢が。
僕を今まで圧迫していたモノ、ワームを貪っていた。
ひっ・・・と、喉から声を上げる・・・感覚に、陥った。
喉があれば、バレていた。口の無い身体で、助かった。
大量の冷や汗を流しているのではないか、という程に心臓の鼓動が高まる。
気分が悪くなり、眩暈がしてきた。
だめだ、だめだ。落ち着かないと・・・!
何故、何故こんなに絶望的な状況が、続くのだろう。
弱い自分は、食べられるしかないのか。
今はまだ、何とかバレていない。このアリたちは何匹かは胴体を齧っているものの、ほとんどは頭や尻尾のほうを重点的に食べている。
そして音から察するに、僕の上、ワームの上にも、アリが乗っかって、ワームを食べている。
自分の運の無さに泣きたくなりながらも、ゆっくり、バレないように、自分の身体がこの破れたワームの身体から抜け出せるくらいまで、ワームの身体を破っていく。
そして。バレているのか、バレていないのかは分からないが、通れるかな、と思った瞬間。僕は一気に動き出した。
冷静さが消え、焦り、恐怖等の感情に思考が埋め尽くされていくのが分かる。
速く、一刻も早く、ここから逃げ出したい。
振り返るな、振り返るな、道中のアリに意識を向けるな、と、一心不乱に駆け抜けた。
横から、アリが僕の身体を齧った。
人間部分でいう、腕が千切られたかのような、激痛。
その余りの痛さに倒れこみそうになるも、何とか踏ん張り、駆け抜け続ける。
脳裏に浮かぶ、一筋の不安。
アリの巣。アリの巣とは、迷路のようになっている。
行き止まりが幾つも存在し、最悪・・・女王蟻の居る部屋へと入ってしまえば、それはもう地獄。アリの大群が、存在しているのだ。
この状況で、行き止まり、もしくは・・・女王蟻の部屋に突入してしまったら・・・
それはもう、完全に、どうしようもなく、死の運命しか待っていないだろう。
目があれば泣きたい。口があれば喚きたい。手足があれば、暴れまわりたい。
今まで感じたことも無いような、このぐちゃぐちゃな感情を孕んだまま、僕はただ、生きるために・・・駆け抜けた。
フラフラと、何かが、飛んでいた。
いや、浮かんでいる。
落下したと思えば、再び浮き上がり・・・
それはまるで、弱りきっている蝶、虫のような、動きだった。
白い靄のような存在、丸かったその身体は、最早ボロボロで、動きを止めてしまえば、生きているのかさえ分からなくなる程。
そう、僕は。死の一歩手前で、何とか、アリの巣から逃げることが出来たのだ。
幸い、行き止まりにいく事もなく、女王蟻の部屋に突入することもなく、一直線に巣を抜けることが出来た。
まっすぐ進んできた訳ではなかった。
進もうとすれば、猛烈ないやな予感が身体を駆け巡り、強引に身体を右方向へと進めたり。
本能に身を任せて、無心で、我武者羅に、進んできた。
そうして、脱出することが出来たのだった。
植え付けられた、死の恐怖。
虫とは、こんな過酷な世界で生きていたのか。
朦朧とする頭で、そんな事を考え・・・地面に落下していき、着地する。
ああ、逃げ場が、もう・・・無い。
空へと浮かぶ力さえ、失ってしまった。
アリが、蜘蛛が、ワームが・・・その他諸々、見たことも無いような生物まで、この森を闊歩している。
どこに隠れれば、見つからない。
どこに逃げれば、安全なのか。
何が襲ってきたとしても、ソレに勝つ力は・・・僕が万全の状態であったとしても、無い。
人間だった頃なら、目を向けたとしても、すぐに興味を失ってきた。
小さな、小さな存在。気づかぬ内に踏んでしまい、意図も容易くその生命を奪ってしまう程に、小さな存在。
そんな存在が今・・・こんなにも、大きくなっている。
そして、今だからこそ、分かる。
虫たちは・・・そこら中に、存在しているのだ。
草に擬態しているカマキリのような虫。
それを上から狙うトゲをもった蜂のような虫。
数匹のアリと奮闘しているワーム。
大きな虫を運んでいるアリの軍勢。
糸を張って獲物を待ち構えている、蜘蛛。
それだけでは、無い。
ここには、それよりも更に巨大な生物が居る。
鳥や、魚、そして僕を簡単に殺せる虫たちを、遊び心で踏み潰せる程の存在、動物が、存在している。
死の運命しか待っていないような、この森で。
僕はどうすれば、生き残れるのだろう。
自分の力量すら分からない。把握するために何かに挑む勇気等、有りはしない。
一目見ただけで、戦意が喪失するのだから。
相手の力も、分からない。弱い虫であっても、群れをなせば、自分の身体よりも遥かに大きな獲物を、狩るのだから。
単独で動くような虫に、勝てる筈が無い。
単独で動くような虫が、弱い訳が無い。
なのに、弱い僕は、独りこの世界に。この森に、存在している。
フラフラと動きながら思考を続け、何とか。
放ったらかされた死骸の前へと、たどりついた。
力を付けるために、食えと。本能が、僕に言う。
食べれば、力が手に入るのか。
それは、分からない。
けれど・・・この身体の本能・・・いや、遺伝子が、そう言っているのだ。
兎に角、生き残りたいのであれば。強くなりたいのであれば。あらゆるモノを、食い続けろ、と。