番外編その2 「來・海・心・情」 朝比奈 來海 サイドストーリー 中編
今回も來海視点の番外編です。
中編は、第13話 「兄・妹・対・話」~第14話 「駅・前・出・発」と同じ時間です。
読むときはご注意ください。
何時からだったんだろう…お兄ちゃんに対して、この特別な思いを持ち出したのは…。
確か、私はまだ3歳の時…。お兄ちゃんは2つ上だから、5歳だね。
私の家の近くに、とても怖いブルドックがいたのを思い出す。
(今はあの子、歳をとってすごく大人しくなっているんだけどね)
あの子に近づくだけで、すごく唸り、大きな声で吠える。
それはとても大きく…すごく怖かった。
その日は、お兄ちゃんと家の前でボール遊びをしていた時だった。
お兄ちゃんの投げたボールが大きく反れて、私は取ることが出来なくて…。
不幸にも…あの子の近くにボールが飛んで行っちゃった。
私は慌てて、ボールを追いかける…ボールに気を取られて、
あの子に近づいたことに気付かず、唸り声でようやくそれを思い知らされた。
大きく「ワン!!」って声に、私は硬直してしまった。
声も出せず、涙を流し、その場で座り込み、体を震わせていた。そんな私は心の中で、
(お兄ちゃん助けて!お兄ちゃん助けて!!)っとずっと連呼していた。
そんな時、私の目の前に影ができる…。
そっと目を開け…その影の主を見上げる……お兄ちゃんだ。
お兄ちゃんが私をかばって、あの子の前に立ちはだかっている。
「ぐすんっ…お…にい…ちゃ…ん」
「だっだいじょ…ぶ!ぼくが…くるみを…たすける…から!!」
今にも泣きそうなお兄ちゃん…手や足もガクガクと震えている。
それなのに…私の前に立ち、あの子を睨んでいる。
あの子も負けていない…「ウゥゥ…」っと唸り、
「ワン!ワン!!ウゥゥーワン!!!」
と大きい声で吠えだした。
その声を聴いた途端、私とお兄ちゃんは抱き合って、同時に泣き出した。
「うわぁぁん~!!」
「ワンワンワン!!!」
今思えば、すごい光景だったと思う…あの子はずっと吠え続け、
私とお兄ちゃんは抱き合ってその場に座り込み、泣き続けていた。
あの子の飼い主さんと私たちのお母さんが来るまで、この光景は続いてた…。
その当時、私たちは小さくて弱い存在…泣く事しか出来ない…そんなちっぽけな存在だった。
でも、お兄ちゃんは負けずに立ち向かおうとした!結果…泣き崩れたとしても。
私にはすごく格好良かった…私にとっての「ヒーロー」または「王子様」に見えた。
すごく胸の中が熱くなって…ときめいた。その当時はそんな感情が何かは分からなかったけど。
それからの私は、「わたし、おにいちゃんのおよめさんになるの~」っと
両親にも、お兄ちゃんにも、友達にも…言い続けていた。今でもその気持ちは変わらない。
年齢を重ねるとともに周りから「兄妹は結婚できないんだよ」と説明された。
あまり人に言う事じゃないんだ…って、心の中にその思いを留めて、それから誰にも言わなくなった。
両親はそれを見て、すごく安心していたみたいだけど…私が諦めたわけじゃないのにね!
お兄ちゃんが中学に上がった頃ぐらいかな?私たちの会話が少しずつ少なくなっていった。
お兄ちゃんに友達ができたこと…私たち2人の体つきが変わってしまったこと…。
お兄ちゃんから避け始めていた…私も何となくだけど、気恥ずかしさもあったし。
それは仕方のない事なんだ!と少し諦めていたのかもしれない…。
何があっても家族なんだから!と甘えもあったのかもしれない…。
何も変わらない、変わるはずのない…そんな日常に不安や不満なんて少しも無かった。
だから、お兄ちゃんが「女の子」に変わったときは、最初は驚き、戸惑ったけれども、
何も変わっていない…お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままだった。
私は、何時もの様に「お兄ちゃん」と呼ぶ…姿や性別が変わろうとも、
大好きなお兄ちゃんには変わらないのだから。
そう思っていた…はずなのに。
お兄ちゃんが「女の子」になった次の日。
みんなで朝ごはんを食べている時から、お兄ちゃんの様子が少し変だった。
お母さんからあれこれ聞かれても、うわの空で黙々とご飯を食べていた。
どうしたんだろう?そう思っていたけど、何故か聞くことができなかった。
何となくなんだけど…お兄ちゃんからは聞かれたくない、そんな雰囲気だったから。
ご飯を食べ終わって食器を洗い、部屋に戻ろうとすると、お兄ちゃんが近づいて来て…
「あの…來海?今日は用事とか…ある??」
お兄ちゃんからそんなことを言ってくるのはすごく珍しい。
朝から何かあったのかな?ホントどうしたんだろうね!?
聞かれたくない事みたいだろうから…ここは知らない振りをしとこ。
うーん、部活は休みだし…特に約束とかも無かったから、
「ううん、今日は部活もないし、特に何もないよ」
そう答えると、あれこれお兄ちゃんは考え込んでいたけど、
「じゃあね?今から駅のほうに出かけてみない?」
「お兄ちゃんと2人で?」
「うん、友達から聞いた話なんだけどね?
駅の近くにおいしいケーキ屋さんがあるみたいなんだ。
そのお店に行ってみたいな~って…僕がおごるから、その…行かない?」
思い掛けない事を突然に言われて、びっくりしたけど…
お兄ちゃんと一緒にお出掛けできるなんて、願ってもないチャンスだ。
ケーキをおごってもらえるし、断る理由がない!
「え!?お兄ちゃんがおごってくれるの?嬉しい!行くー絶対に行くー!!」
そう返事すると、すごくお兄ちゃん嬉しそうだ、もちろん私も嬉しいよ♪
せっかく駅のほうへ行くんだし、友達が言ってた雑貨屋さんも寄ってみたい。
お兄ちゃんにそうお願いしてみたら、お兄ちゃんも行きたい!って事になり、
急遽、お兄ちゃんと駅前へ出かける事になった。
これってお兄ちゃんとデートだよね!?今日は良い記念日になるよ~♪
そう思い浸っていたら…
「OKだよ!じゃあ今から準備して、リビングに集合しようっか?」
「うん!早く行こうよーお兄ちゃん♪」
せっかくのデートなんだから、服装を合わせたかった。
だから私はお兄ちゃんの手を取り、お兄ちゃんの部屋へと向かう。
「え!?自分の部屋に戻るのに?一緒って??」
「お兄ちゃんの服装は、私がコーディネートしてあげる~♪さぁ行くよー!」
「えええ!?良いよー1人で着替えれるし!」
「良いから!良いから!早く行くよ、お兄ちゃん♪」
お兄ちゃんは顔を真っ赤にして、かなり焦っている…すごく可愛いよ!
何だかんだイヤイヤしながらも、手を離さないところは、
お兄ちゃんの優しいところかな?……うふふ、でも…私は逃がさないよ~♪
お兄ちゃんと着替えを済ませ、家を出る。
お兄ちゃんとの衣装合わせは、すごく楽しかった~♪
何を着せても可愛いから…私の持っている服と合わすのに時間がかかってしまったよ。
その間、ずっとワクワクとドキドキが止まらなかった。
「んと、來海は何か楽しそうだね?」
「うん!久しぶりにお兄ちゃんとデートだからね~楽しまなきゃ!!」
「へ!?でーと??」
お兄ちゃんはすごく驚いていたけど…妹とお出掛けは、れっきとした「デート」だよ!?
いつ以来だろう…お兄ちゃんと2人きりのお出掛けって。
小学校低学年以来かも?その時はまだお互いに小さかったから、
近所の駄菓子屋さんに行くので精一杯だったけど……。
「良いの!良いの!お兄ちゃんは、そんな細かいことは気にしない~♪
さぁー早くいこ?」
ホントに細かい事にすぐ気になるところは、昔から少しも変わらないよね?
そこもお兄ちゃんの良い所なんだけどね!
少し嬉しくなって、私はお兄ちゃんの手を引いて、定期バスの停留所に向かう。
「ちょっちょっと、來海!そんなに急がなくても、バスが来る時間にはまだ間に合うから…」
赤い顔になりながら焦るお兄ちゃん…うん、可愛いよ♪
私は余計に嬉しくなり、そのまま手を繋いで走り出す。
何時ものおばさま達の井戸端会議で会話される内容も別に気にしない~。
お兄ちゃんはすごく気にしてたから…私は余計に見せつけたくなった。
みんなに「今日はお兄ちゃんとデートなんだぞ~♪」って。
「お兄ちゃん、今からすごく楽しみだよね!」
「うっうん…」
私のテンションはMAXだった!お兄ちゃんの顔は真っ赤MAXだった!!
定期バスが来るまでの間、この調子は続いたのでした…。
うんうん!お兄ちゃん、すごく可愛いよ~♪




