勇者ガンバレヨ! 暁に散る!?
勇者+戦隊モノみたいなファンタジー小説を目指してみました。日常パートは学園ラブコメみたいな展開です。ブレイブはへたれな主人公ですが、楽しんでいただけたら幸いです。前編と後編に別けてあります。
■プロローグ
この地球の全ての生物は、何かを守る為に、頑張って戦っている。家族を守る為、仲間を守る為、自分を守る為、それは人間も同じだ。
時には過酷な戦いを虐げられる事もあるだろう。仕事の為に戦う、理由は家族を養う為、自分の生活と夢の為に……
戦場で戦う、理由は国を守る為、家族と仲間を守る為。こうしてみんなが、頑張っている。
僕達が世界の為に、戦っていると聞いたら、嘘に聞こえるかな? でも、本当に世界を救う為に、戦っていると知ったのなら、僕達を応援して欲しい。僕達の名をこう呼んで……
勇者隊ガンバレヨ……それが僕達の名だ。
かつて剣と魔法が存在し、魔王がモンスターを操り、人々に恐怖を与えていた時代……それに立ち向かう勇者達がいた。勇者達は、モンスターを次々と葬り去り、魔王も討伐された。勇者達は自分達の力を恐れ、聖石に封じ込めた。
勇者と魔王の戦いが忘れ去られた時代……1人の妖精が予言する……魔王が復活すると……そして勇者も復活する。聖石に封じ込めた力を使い……
その聖石を使い、変身する者を勇者隊と呼んだ。
現代……その勇者と魔王の戦いが再び、始まろうとしていた。
夜の学校の屋上。風が強く吹き、僕達の制服や髪をなびかせる。
僕達4人の前に、異形なシルエットが、外灯の光で、ぼんやりと見える。
異形なシルエットから、奴らが変身したと判断した。
聖石を掲げ、僕達は勇者隊ガンバレヨに、なるべく変身した。
そして僕は変身する。服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、獅子をイメージした赤い機械鎧を構築し、背中にマントと、頭に小さなクラウンが構成される。
「勇者ガンバレヨ!」
少女も変身する、勇者隊ガンバレヨになるべく……服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、牡牛をイメージした黄土色の機械鎧を構築し、背中にマントと、頭にティアラが構成される。
「戦士ガンバレヨ!」
そして2人目の少女も、変身する。服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、射手をイメージした、緑の機械鎧を構築し、背中にマントと、頭にティアラが構成される。
「弓士ガンバレヨ!」
そして最後の1人の少女が、変身する。服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、羊をイメージした、白色のローブと機械鎧を構築し、背中にマントと、頭にティアラが構成される。
「魔法少女ガンバレヨ!」
【勇者隊ガンバレヨ!】
僕達は、勇者隊ガンバレヨに変身し、魔王理事長ルシファーと配下の部活魔に向かって風のごとく駆けた。
夜の学校の屋上には、人がいないぶん、本気で戦えるだろう。
変身した魔王理事長ルシファーと、出会ったのも、ここであった。
恐らくは、これが、最後の戦いに、なるかもしれない。
「ブレイブ、来るよ! 気をつけて!」
妖精のイブフェアリが、注意を促す。
僕達の前に、魔王ルシファーの配下である、部活魔が立ちはだかる。
1人は、球体のスライムに埋もれた少女。競泳水着や髪もスライム化しており、身体はゴムのような、弾力性を持っている。2人目は美術部メデューサ、緑の髪は無数の蛇になっており、下半身は蛇体、顔や身体に、ペイントが施され、芸術家というよりも部族を思わせる。3人目は裁縫部アラクネ、帽子、セーター、手袋までも、白い蜘蛛糸の編み物で、作られている。蜘蛛糸で、全身を包んだ編み物は、ところどころ解れており、エロティックに感じられる。4人目は教師魔リリス・リリン、羊のような角に眼鏡をかけ、蝙蝠のような翼に、尻尾が生えている。妖艶な容姿を武器に、こちらを勧誘した事もあったが、戦いに関しては、ほとんど傍観者を決めているのか、こちらを空高くから見下ろしている。
「戦士ガンバレヨ! 前方の敵をお願い!」
横に並んで走る戦士ガンバレヨに、僕は指示する。
戦士ガンバレヨこと、ネバー・ギブア。無愛想で口が悪いのが、たまに傷だが、こう見えて思いやりは強い。力持ちの彼女は、どんなピンチでも押し通した。
「分かった……前方の敵をやっつける」
戦士ガンバレヨが、コンクリート床を剣で引き剥がすと、両手で持ち上げた。
「今度こそ、お前をぎったんぎったんにしてやるよ! ビート版カッター!」
それに対し、水泳部クィーンスライムは、スライムをビート板の形にし、戦士ガンバレヨに向けて、飛ばしてくる。
「倒す!……やらせない! グランドバスター」
戦士ガンバレヨが岩を投げると、ビート板状のスライムが弾いて、水泳部クィーンスライムに直撃する。
「ぐっ!? 怪力女めが!」
さすがスライムといったところか。形状は少し変わったものの、彼女自身は、無傷のようだ。
「私の蛇を喰らいなよ! ヘアバンドスネーク!」
戦士ガンバレヨに向けて、髪の無数の蛇を伸ばしてくる、美術部メデューサー。
まずい、あの蛇の毒は人を石化させる。
「まずい……!?」
戦士ガンバレヨは、何とか避けるが、宙で翻した身体から、態勢を元に戻せない。
「弓士ガンバレヨ! 弓の援護をお願い!」
僕は後方にいる、弓士ガンバレヨに指示する。
弓士ガンバレヨこと、フレンズ・マインド。背が低く、ボーイシュな部分があるせいか、小さい男の子と言われてしまう。でも、そんな彼女でも、女の子らしい部分を、僕は知っている。優しく、可愛いものが大好きだ。面倒見が良い彼女は、彼ではなく、立派な乙女だ。そして彼女の自慢は知性。
「分かった、ブレイブ!」
戦士ガンバレヨに無数の蛇が迫る。射線上には、戦士ガンバレヨがいて、援護ができないように見えるが、彼女なら何とかしてくれる。
「前方には味方がいるが……だが、計算ならこの角度でいける! リモートアロー!」
構わず、弓士ガンバレヨが、風弓サジタリウスアローで、無数の風を帯びた矢を放つ。
「馬鹿かぇ! 味方ごと射つ気かぇ!」
無数の矢が、戦士ガンバレヨに、当たるかと思われた刹那、無数の緑光の矢が小さな竜巻を帯びて方向転換し、美術部メデューサが伸ばした蛇を、蹴散らしていく。
「あがっ!? 方向を計算して、修正したというのかぇ!?」
「私に任せな! 全ての敵の動きを止めてやるよ! バイオネット!」
宙に飛び上がったのは、裁縫部アラクネだった。口から糸を吐き出すと、あやとりのように糸を操り、一瞬にして投網を作り上げる。
「魔法少女ガンバレヨ! バリアを展開!」
「分かりました! ホーリーーウォール!」
蜘蛛糸の投網が、勇者隊を包もうとした刹那。マジックステッキから放たれる炎の壁が、蜘蛛糸を溶かしていく。
「相変わらず、人を助けるのが得意なようだ……魔法少女ガンバレヨ!」
「勇者ガンバレヨ!」
そして部活魔を統べる、魔王理事長ルシファー。彼は、より禍々しい容姿をしていた。頭には山羊のような角に、蝙蝠のような翼と、悪魔の尻尾がある。部活魔と同じく、元は人間で、かつては僕の親友であった。でも、今は違う! 倒すべき敵だ!
「魔王理事長ルシファー! 喰らえ僕の一撃を! レオブレード!」
僕の聖剣エクスレオンの刃に、炎の獅子が乗り移る。
獅子のエクスレオンをルシファーへと、思いきり叩きつけた刹那。
僕の必殺技がルシファーの闇の剣、カオスブリンガーによって、簡単に受け止められてしまう。
「貴様との縁もこれでおしまいだな! ダークイレイザー!」
カオスブリンガーが二股に別れ、黒霧の光球と衝撃波を生み出し、発射された。
黒光の衝撃波と共に、黒霧の光球が僕の方へと、神速で向かって来る。
僕は避ける事ができず、爆発する。強い衝撃と鈍い痛みが走る。
だが、僕の身体自体は無事だ。なぜなら……
「この程度でやられはしない!」
僕は黒光の衝撃波をこの剣、エクスレオンで防いでいたからだ。
「強くなったな! 勇者ガンバレヨ!」
そう……以前に戦った時より、僕は強くなった。それは今の戦いで、理解できた。
僕は、魔王理事長ルシファーとの出会いを振り返る。
■1話 勇者ガンバレヨ! 暁に散る!?
僕はブレイブ・ハート。アメリカのジパングタウンにある、エデンアップル学園の生徒、1年生……どこにでもいる高校生……とは言えない。
なぜなら僕は……
「なにやってるんだブレイブ! 何回転べば気がすむんだ!」
校庭で、体育教師の叱責が飛んでいた。遠くでも聞こえそうなほどに……
「ご、ごめんなさい!?」
マラソン中に、何度も転んでしまう。もちろんわざとやっている訳では、ないのだけれど。
走るとお腹が痛くなって、まともに走れないのだ。
挽回しようと、勢いつけようとすると、転んでしまうのだ。
運動が駄目だけなら、まだ良かったかもしれない……
体育の次に嫌なものは教室の授業だろう。
「ブレイブ。この問題を解いてみろ」
教師が黒板に書かれた数式を指差した。
「分かりません」
「こんな問題も解けないのか! 中学生で習っただろ!」
「馬鹿じゃねーの!?」
生徒達が笑う。
笑われるのも、仕方がない。僕の努力不足の、問題であるかもしれない。
美術の全教科を含めてオール3……僕は何の取り柄もなかった。
何か好きな事にうちこめれば、良かったのだけれど、今の僕にはそれがない。
夢があれば良かったのだ。そうすれば、何かに突き進む事が、できたのかもしれない。
もちろん子供の時の夢が、なかった訳ではなかったけれど……凄く幻想的で、叶えられるはずがない。宇宙飛行士、サッカー選手、漫画家など、努力すれば、1%の可能性があれば良かった。
僕の子供の時の夢は、戦隊もののヒーローだった。レッドあたりの、正義の味方に、なりたかったんだと思う。現実的に考えれば役者。
一応は戦隊ものの、役者を目指して勉強してはいるが、作り物のヒーローでは、味気ないだろうか……本物のヒーローには、なれないのだから。
廊下で、同じ剣道部員の生徒、3人が僕に話しかける。いつも思うのだが、髪を長くしたり、ピアスやジャラジャラのアクセサリー類を見ると、とてもではないが、スポーツをやる雰囲気を感じさせない。
「ブレイブ、今日もよろしく頼むな。俺、休むからさ」
「俺も彼女とデートだから頼むわ」
「ごめん、俺も腹痛いから帰るわ」
「はい……」
僕は引き止める事もできず、了承の返事しかできずに、剣道場に向かった。
誰が始めたかは分からないが、ニホンの武術である、剣道部がエデンアップル学園にある。部員の3年生が暴行事件を起こして、ほとんどが退部、廃部は免れたものの、しばらくの停部で大会に出れずに、2年生は辞めていき、剣道部は再開したものの、1年生はやる気を無くしてこの状態であった。
演劇部があれば、入っていたのだけれど、それがない。剣道部は、役者のスキルが役立つと思い、入ってこれだ。
この状態で僕は、頑張れるのだろうか?
僕は強くなりたい……そして誰かを、助けられる人間になりたい……
「私と一緒に勇者隊になってよ!」
「えっ?」
何処からか、女の子の声が聞こえた。
剣道場には、誰もいないはずなのに……声がした方には、ニホン製の妙な甲冑と、妙な文字の、掛け軸があるだけだ。
「ここだよ。ブレイブ・ハート」
再び、声のした方向を見ると、そこには小さな妖精がいた。
その透き通るよう虫のような羽、尖った耳に、花輪、メイド服のようなブラウス、花をイメージしたスカートは華やかで、童顔。まるでませた子供が、化粧で整えたような顔立ち。
「妖精……? いや、そんなはずは……」
僕は思わず、目をこすって、未確認生物を見る。
手の平に乗ってしまうような大きさで、その妖精が、羽を羽ばたかせ、光る燐紛を舞わせ、僕の顔まで近づいた。アニメや漫画、もしくは童話に出てくるような、妖精であった。
有り得ない。メルヘンやファンタジーの世界ならまだしも、ここは、現代のアメリカなのだ。
「聞こえた? ブレイブ。私はイブフェアリ・パック。神の代行使者であり、勇者隊の選定者よ」
「どうして僕の名前を? いや、問題はそこじゃない……勇者隊? 誰かの悪戯? プロジェクションマッピングか、何か?」
僕は未確認生物である、それを思いきり掴んだ。
ゴキッ!? と、骨が嫌な音を立てて、未確認妖精イブフェアリの首が、変な方向に曲がり、何かが下に落ちた。
まさかさっきので……首を落としてしまったのか!?
僕は思わず恐怖で、イブフェアリを床に落とす
ちゃんとした柔らかい人の、素肌の感触……それと、他人の指を鳴らしたかのような、感触……
「勇者に恵まれなかったら……おー人事……おー人事……」
人形サイズの携帯電話を耳に当て、何処かで聞いた言葉を呟くように言う。
どうやら落ちたのは、花輪のようだが、首は変な方向に曲がったままだ。
(何があったんだ!? イブフェアリ? イブフェアリ? イブフェアリリリッ!?)
その返答に、携帯電話から大声で、謎の人物の声が聞こえる。中年ぐらいの男性が……あまりツッコミったくは、ないのだけれど、イブフェアリは倒れるようにして、そのまま携帯電話を切る。
「だ、大丈夫!?」
助け起こすと、イブフェアリは骨のゴキッと、音を立てて、自分の首を無理矢理に、元に戻した。
「大丈夫……人間、全て駆逐してやる! とは思わないから!」
本当に人間全て駆逐しそうな目で、放つそれは可愛い妖精から、想像できない凄みがある。
「ごめん! 話だけなら聞くから!」
これは現実なのか? やはり真実味がない。
小さな透き通った羽を、パタパタとさせ、飛んでいる。今でも存在しているのだ。妖精という生物が……
「それで、何から聞く? 勇者隊の事から? 魔王による世界支配の事から? それとも……わ・た・し」
ウインクしてみせる、イブフェアリに、また思いきり掴んでみたくなる。
しかし、ちらりと出た、魔王による世界支配の言葉……規模が大きな話に、なりそうで怖いのだけれど。
「その……君が言っていた勇者隊って言うのはなに?」
「勇者隊というのは勇者、戦士、魔法少女、魔法戦士で編成した部隊のこと。秘められた力を持ったものが許される、特務部隊なのです」
それは僕とは無縁の話のように思えた。
「無理だよ僕には……だって僕には力も無ければ、誰かを打ち負かす知恵なんてものは、持ってないんだから」
「大丈夫、貴方の転生前の魂は勇者だったから。この聖石があれば、勇者として覚醒することができるの」
イブフェアリが指で円を描くと、光を帯びた石が出現し、僕の目の前に浮き上がる。
「僕が勇者に……」
「受け取ってブレイブ。これは貴方ものよ」
浮いた聖石を手に取ると、その輝きが失われる。
「これが聖石……」
聖石をよく見ると、男性の人の姿をしたものが入っていた。
獅子をイメージした赤い機械鎧に、背中にマントと、頭に小さなクラウンを装着しており、それはまるで……勇者のようであった。
「この中に入っているのは?」
「それは貴方の転生前の魂の一部。勇者の力が封じ込められている。貴方がこの石を握り、ジョブチェンジと叫べば、勇者になる事ができるわ」
僕の転生前が勇者? もちろん僕にはそんな記憶はないし、未だに信じられないのだけれど。
「僕を勇者にして、何をさせようとしているの? ここはアメリカだよ。この平和な世界に、勇者は必要ないよ」
「この世界は平和なんかじゃない!」
「!?」
大きな声を上げるイブフェアリに、僕は思わず身体をビクリと身体を震わせる。
イブフェアリの声には、気迫があった。その声には、怒りが込めれていたようにも感じられた。
「本来、私は勇者隊を導く、神の使いじゃない……神の使いのヴァルキリーが何者かによって暗殺された。妖精である私が、勇者隊を導く事は、あってはならない事なの。悪魔の手下が、魔王を目覚めさせようとしている。魔王が目覚めれば、世界支配が始まる。私に力を貸してブレイブ!」
「そんなの……いきなり言われても訳が分からないよ……魔王ってなに? そんなの何処にいるの? 僕は、確かにヒーロー願望はある……今の世の中が、どうにかなるなんて信じられないから……今は帰って欲しい」
「今はこの町は平和に見えるかもしれない。けど、魔王が目覚めたら平和ではなくなるかもしれない」
「じゃあ、君が僕を騙していないっていう保証はあるの?」
「私は騙してなんか……」
「じゃあ、僕の目を見て言って」
「へっ?」
戸惑いを見せるイブフェアリ。例え、それが人外でも、僕は人の目を見て信じる。
「……君は、何を隠しているの?」
僕はイブフェアリの手が、震えるのを見逃さなかった。
「ふーんだ! 魔王が目覚めて、世界が崩壊しても、私は知らないんだから!」
信じてもらえなかったせいか、イブフェアリ頬を膨らませると、開いた戸を抜けて、何処か行ってしまう。
「やっぱり……夢や幻じゃないんだよね」
自分の頬をつねっても痛みで、現実だと理解できる。
そもそもこの妖精遭遇現象を、信じたくないのだけれど。この現象を誰かに話したら妄想癖がある人間に、思われてしまうだろうか。
それに……あの妖精が言った事。目を見て思った。真実は含まれているが、何かを隠している部分がある。もしくは話した内容のどれかに偽りがある。
スラムに住んでいた事があったから、いろいろと騙されて痛い目にあって、そういった読心術が自然に身についてしまったのだけれど。妖精には通じないだろうか。
「あっ……これどうしよう」
僕の手の中には聖石が握られていた。それは不思議と、人肌のように暖かった。
妖精とは、もう二度と会わないだろう。
と、思ったのだけれど。
次の日……それは起こった。
「私と一緒に勇者隊になってよ!!」
生徒が行き交う廊下で、イブフェアリとエンカウント。
その声は生徒に聞こえており、生徒に注目の的であったが、イブフェアリは気にもしていなかった。
「イブフェアリ……僕は断ったはずなんだけど……しかもこんな人前で……」
僕は頭を抱えた。通りすがる生徒が、視線をイブフェアリに合わせ、何事かとざわつく。
生徒達の声の「妖精?」「虫が喋ってる」「プロジェクトマッピング?」の声を聞く限りでは幻覚ではないらしく、見えているのは僕だけではないようだ。
「私はブレイブが勇者隊になると言うまで、勧誘をやめない!!」
その小さな身体から、どうやって大きな声が出せるのか、疑問に思うのだけれど。
彼女が言うように、本当に僕が勇者になるまで、いられたらたまらない。
「ブレイブ! こっちだ!」
「待ってブレイブ!? ぐはっ!?」
イブフェアリが女子に掴まれ、生徒がエサに群がる、狼のように集まっていく。この世界では、妖精は超希少種だ。当たり前だ……イブフェアリには悪いけど、逃げさせてもらう!
親友の声が聞こえ、迷わず廊下の角へと駆ける。
声に誘われ、たどり着いた場所は屋上だった。確かにここなら人目がつかない。
高いフェンスとコケが生えたコンクリート、給水塔があるだけで、何の変哲も無く、不良のたまり場になっている事もあり、人はあまり寄せ付けないのだ。
「助かったよサタン」
目の前にいるのは、サタン・ホープ。僕の唯一の親友である。
落ち込んだ時は、よく励ましてくれたりもした。僕にとっては本当に頼れる存在だ。
「大変だなお前も……しかし、あれは何だ?」
「僕にもよく分からない……何で僕が勇者なんだろう? 僕にはそんな力がないはずなのに」
「そうだな。お前が勇者なら、俺は魔王になるな」
「えっ?」
聞き違いだろうか? 魔王と聞こえたような気がしたのだけれど。
「お前と似たような事があってな……」
いつもと違い、何か思いつめた顔をするサタン。何かあったんだろうか?
その時、屋上のドアが開く音がした。
「おい、あそこでホモがいちゃついてるぜ」
「いつも熱いな」
振り向けば、2人の男性が入って来ていた。
1人は、トレッドヘアにサングラス、もう1人はリーゼントに色眼鏡で、どちらもガラが悪そうなイメージがある。
「おい! 今、何て言った!」
ドレッドヘアの男の声を聞いて、サタンが凄い勢いで迫っていく。
「はっ? お前の事じゃねえよ!」
「ここに俺達以外に誰がいるんだ?」
「なに? 本当にホモだから怒ってんの!」
けらけらと笑うリーゼントの男。僕は、クラスでいじめの対象になっていた。僕を庇っているせいか、サタンも最近ではいじめの対象になってきている。
ドレッドヘアをサタンが睨んだ刹那。睨んだ形相のまま、サタンが高速で駆ける。
「もう一度言ってみろ? 誰がホモなんだ?」
リーゼントの男を弾き、サタンが勢いよくドレッドヘアの胸倉を掴む。
「くそ離せ……こんな事してただですむ……」
サタンの手が殴る態勢に入る。
「やめろサタン! ここはスラムじゃないんだ!」
僕はサタンの腕を弾き、ドレッドヘアの男から突き放す。
「お前……」
「僕は大丈夫だから。何を言われても気にしないから」
「くそ……覚えてろよ!」
ドレッドヘアとリーゼントが、逃げるように屋上から出て行く。
「すまないブレイブ」
「どうしたのサタン? いつもなら気にしないのに……」
僕とサタンは、荒れたスラムの出身だ。常に犯罪が起こるような場所だったせいか、荒事に対して自然と適応していた。
けれど、今のサタンの対応は冷静ではないような気がした。いつもなら笑い飛ばし、スルーするのだけれど。
「ブレイブ、お前は俺が、正義の為に戦うと言ったら俺についてくるか?」
「それはもちろんだよ」
「そうか……よし、分かった。俺について来い」
駆けるサタンが、少し遠くに感じられる。まるで僕の手の届かない所に、行ってしまうような……
「何処へ行くの?」
「ホモとか言われたり、妖精に追われるのは嫌だろ? 学校をサボるぞ」
訳もなく、学校を休むのはあれだけど、確かに先ほどの件もあるし、妖精に追われている状態である1日ぐらいなら、大丈夫だろうか? それにサタンは確か……
「お母さんの所に行くんだね? 風邪をひいてたって言ってたから」
「お前には敵わないな」
苦笑いするサタン。やっぱり母思いな所は変わらないな。
「一緒に行くよ!」
サタンと僕は校門によじ登り、外の方へと飛び降りる。
「うん」
人がいない間に、僕とサタンはストリートの方へと向かった。
「あら? もう学校終わったの?」
歩道で、見知った顔の中年女性が、僕らに近づいていくる。買い物の途中なのか、手提げ袋を手に持っている。
「おばさん、もう風邪は大丈夫なんですか」
そう。この人がサタンの母親、マリアおばさんだ。
「風邪薬を飲んだらね。すっかりよくなったわ」
「おふくろ。あまり若くないんだから無理するなよ」
「なに言ってるのサタン。私は充分に若いわよ」
「頑張りすぎても死なれても困るんだがな」
「あら、あらサタンちゃん。心配してくれるの嬉しいわ」
「買い物なら俺がする。おふくろは病み上がりなんだから、家に帰って休んでろよ」
マリアおあばさんから、手提げ袋を取ろうとするサタンを避け、満面な笑みを見せる。
「本当に大丈夫よ。それにサタンちゃん、前に頼んだら肉のグラム数を間違えたでしょう」
「こ、今度は失敗しない……」
苦笑いするサタン。
「そうだ。ブレイブちゃんの為に、美味しいクッキーを焼いてあげる。それと時間があったら、夕食も食べていってね」
「ありがとうございます」
僕は笑顔で、マリアおばさんに会釈する。
「それじゃあ、楽しみに家で待っていてね」
そう言って笑顔で、マリアおばさんは僕らに手を振って、アーケードの方へと向かっていく。
「あのババア……病み上がりなのにはりきりやがって」
「元気そうで良かったね。マリアおばさん」
「ああ……」
「やっぱり不安?」
「いろいろとあってな……胸騒ぎしないと言えば、嘘になるな」
サタンは母思いではあるけれど、今日は特に心配しすぎなような気がする。
「大丈夫だよ」
「フフ……そうだな……これじゃあマザコンだな」
ステーション入口付近の方に、人だかりが見えた。
演説の声、選挙カーに立つ人物には僕は見覚えがあった。
『今の世の中には戦争はいらない! 銃や核兵器を捨て、平和な国づくりをすべきなのだ!』
「ペンソード・ハートか……確かお前の親父だろ? 頑張ってるじゃないか……お前が言うほど、悪い人じゃないんじゃないか?」
「僕には分からないんだ。父さんが、悪い方法でいろんな人や企業にお金を集めてる……噂話だけれど、良い噂は聞かないんだ。賄賂を渡して、当選しようとしているんじゃないかって」
ニュース、新聞、噂話。ペンソード・ハートの世論は、悪人のようだと叩かれた。軍事兵器開発に力を入れようとしているとか、人種差別をしている悪人だとか……身に覚えがある部分は僕にもあった。
「お前は親父を信用できないのか? ブレイブ、一度でも良い。親父を信用してみろ。世論や噂話に、耳を貸すな……お前の価値観で判断するんだ」
「……まともに家に帰ってこない人を、信用しろって言うほうが無理だよ」
「じゃあ、親父の目をまともに見れてない訳だな」
サタンは、僕が嘘を見抜く力があるというのは知っていた。
それは、ほとんど的中していたから、この力はサタンにも信用されていた。
「そうだけど……」
「なら、親父と一度でも話す事が大切なんじゃないか?」
「サタンはどっちの味方なのさ!」
いつもならアドバイスや慰めの言葉をくれるのだけれど、父さんに対しては、肩を持つとは思ってもみなかった。
「機嫌を悪くしたのなら、すまない。お前の親父としてではなく、ペンソードは政治家として尊敬している人物なんだ」
「サタンは父さんが、当選できると思ってるの?」
「無理だろうな……理想論しか言っていない。それに政治家というのは、汚い手を使わなければ生きていけない世界だ。本当にペンソード・ハートが言う理想を叶えたいなら、本当に汚い手を使うべきなんだ。分からないように周到にな」
サタンは、スラム街のリーダー的存在でもあった。ケンカも強く、優れた統率力とあらゆる策略を巡らし、ギャング達と戦ってきた。僕のような人間にとっては、カリスマ的な存在であった。
「父さんにはそんな人にはなって欲しくないのだけれど」
「俺は汚い手を使っても、親父は駄目だってか?」
サタンが笑顔で、僕の首にスリーパーホールドをかける。絞める力がわりと強い、シャレになってないかも。
「ごめん! ごめん! 父さんとはちゃんと話すから!」
「フフ……分かれば良い」
僕の謝りの言葉を聞くと、サタンは首から手を離し、解放する。
「けほっ……でも、父さんと話す機会あるかな。最近は忙しいし……サタン、靴紐が切れてる」
僕が下を見ると、サタンの靴紐が切れているのに気づく。
何台ものパトカーが通り過ぎる。
「ギャングの抗争ではなさそうだな」
そう言って、サタンが切れた靴紐を結ぶ。
「何か事件かな? この辺の近くみたいだけど」
「あの方向は……まさかな……」
女性達が何やら噂話をしているのに、僕とサタンは気づいた。
『ねぇ聞いた? 女性の方が刺されたんですって……』
『聞いた。買い物袋を盗られそうになって、ずっと離さなかったんでしょ? 大切な物でも入ってたの?』
『小麦粉とか、卵しか入ってなかったって……財布を入れたと思っていたのかしら? 買い物袋を離せば、助かったかもしれないのにね』
「サタン!?」
嫌な予感がした。まさかとは、思いたいけれど……
「ブレイブ……お前は帰れ!」
「でも! もしかしたら!?」
「お前は来るな! 今の俺は機嫌が悪い!」
サタンは、今まで見た事のない表情をしていた。怒りと青ざめたような表情。
「……分かったよ。サタン……気をつけて……」
「……ああ」
今の状態のサタンに、これ以上関わる事は、できなかった。今のサタンが、怖かったというのも、あっただろう。いつものサタンとは違う……そんな感じがした。
……………………………………………………………………………………………………………………………。
僕は後で後悔する事になる。サタンの変貌は、これがキッカケだったのだ。今、思えばサタンと争ってでも、嫌と言っても、付いて行くべきだったのかもしれない。
僕は部屋で眠る事もできず、夜にサタンに電話した。
サタンの口から、母は元気だった、という言葉を聞くまでは、眠る事はできなかった。
「サタン、ブレイブだけど……マリアおばさんは大丈夫だった?」
(……ブレイブ……おふくろは死んだ……)
今にも死にそうな声で、サタンは呟くように言う。
「……やっぱり強盗に刺されたんだね……犯人はどうしたの? スラムのみんなを集めて、犯人を探そう」
(犯人なら捕まった……警察に突きだすついでに、ボコボコにしてやった……)
「気を落とさないでサタン……僕にできる事があれば……」
(そうだな……お前なら話せる……夜の9時、屋上に来い……1―F教室の右端の窓を開けておく……いいな?)
「……何を話すの?」
僕が言う前に、電話は切られてしまった。
話とは何だろうか?
僕から悩みを打ち明ける事は、よくあったけれど、サタンからは話を聞くパターンは、稀だ。
【行っては、駄目よブレイブ!】
気のせいか、悪霊の声が聞こえる。妖精という名の悪霊の声が……
「…………」
窓を見ると、外には……イブフェアリがいた。
僕は悪霊から逃れる為、カーテンを閉めた。
イブフェアリは、困難に立ち向かって心が折れたかのような、顔をしていたが……僕には関係ない。
【ブレイブ! ブレイブ! ブレイブ!】
声と共に窓を叩く音が聞こえる。
「…………」
イブフェアリと、目が合う。
やはり……声に気迫があっても、心が折れているような……
試しに笑ってみる。
「…………」
「…………」
イブフェアリも笑顔になる。
しかし、僕の判定は……拒否。
【……開けて……ください~】
イブフェアリの泣きそうな、声が聞こえる。さすがに、かわいそうだろうか……
「ごめん……イブフェアリ、入ってき……」
「イブフェアリキック!」
ガラスを壊して入ってきた。
この妖精……本当に正義の味方をやろうと、しているのだろうか?
「なんて事をしてくれるんだよイブフェアリ! 父さんに怒られる!」
「さぁ、私の話を聞くのブレイブ!」
迫るイブフェアリに僕は思わず怯む。
「な、なに!?」
「ブレイブ、魔王が復活しようとしている! この国がいえ、世界が滅びてしまう」
イブフェアリの目は本気だった。嘘は言ってない……けれど……
「魔王が復活!? 何を言ってるの!? 世界が滅ぶって!?」
「勇者隊になれる聖石以外に、魔石というものがあるの。魔石は魔王とその配下だった者の力が、封じられている。かつて魔王だった転生者が、手に入れれば、記憶を取り戻して復活してしまう!」
「魔石が見つけたっていうの? 誰が魔王に……」
「ブレイブの通う、エデン・アップル学園に、魔石の気配があったの。恐らく、誰かが学園の者に魔王やその配下がいるのを知って、持ち込んだかもしれない」
「学園の誰かが魔王……?」
「ブレイブ、助けてよ! 世界を救えるのは、貴方だけなんだよ!」
「僕には、そんな力なんてないよ……友達の母親すら守ってやれないんだ!」
「聖石を持って、ジョブチェンジと叫べば……強大な力が得られるの! そんな強盗一ひねりだよ!」
「じゃあ、その力で、人を生き返らせる事はできるの?」
「ブレイブは、そんな力を得たいの……? そんなの無理だよ……」
「もう僕に、関わらないで欲しい……今、大切な友達が悲しんでいる……今は世界なんかより、友達を助けたい……例え、世界が滅んでも」
僕はコートを羽織ると、イブフェアリを振り切るように外に飛び出た。
夜の校門周辺には誰もいなかった。
中に警備員がいたら、どうしようか? 見つかったら、サタンの指定場所に辿り着けない。慎重に行く必要があるだろう。
僕は思いきりジャンプし、校門をよじ登る。
気配や明りは、無いようだけれど。逆にそれが不気味でもある。
サタンの言われた通り、目立たなさそうな、中庭に入り、1―F教室の窓に手をかける……窓は開いた。
「ドキドキだよ……こんな夜の学校を指定するなんて……」
警備員がいないようだけれど……逆にそれはそれで怖くはある……得体の知れない存在……幽霊とか……妖精がいるのだから、そんなものがいてもおかしくはない。
気のせいだろうか? 屋上のドアに近づくほどに、物凄い威圧感のようなものを感じた。
それはサタンが放つ殺気なのか、物静かな学校が放つ雰囲気なのか……? 妖精は見えても、霊感は無い方だと思っていたのだけれど。
僕は屋上のドアにゆっくりと手をかけた……
「よく来たなブレイブ」
声のした方向を見上げると、給水塔の上に座る、サタンの姿があった。
屋上の小さな照明では、分からないが、心なしか、サタンの雰囲気とは、違う何かを感じる。これは……殺気、恐怖、絶望、それを足したような、どす黒い何かだ。
「サタン、大丈夫なの?」
サタンの顔は、暗くて分からないが、よくない感じがする。
「何がだ? 今日は実に気分が良い! 大いなる力を手に入れる事ができたのだからな!」
「どうしちゃったのサタン!? マリアおばさんが死んだのに、気分が良いだなんて!?」
「ふふ……おふくろか……この力をもっと早く手に入れていれば、良かったんだ! そうすればおふくろも、死なずにすんだ! この力で争いの無い世界を創る! 喜べブレイブ! お前の父、ペンソード・ハートが描いた理想の政治も、実現できる! この力で犯罪や、戦争すら消滅させてやる!」
サタンが、給水塔から飛び降り、軽々と着地する。
下手をすれば、足の骨を折ってしまう。そんな高さからなのに、躊躇いもないなんて。
「そ、そんな事ができるっていうの!? まさか勇者の力!?」
「いや、違うんだブレイブ。俺は聖石とは違う魔石の力を、手に入れた。つまり俺は魔王だ!」
サタンは懐から黒い石を取り出すと、それを掲げるようにする。魔石と思しき石は、夜よりも黒い闇を生み出し、照明の光を殺していく。
「駄目だサタン! それは世界を滅ぼす力だ!」
「お前はどう聞いたか知らんが、勇者と魔王の力は対なる力だ。なぜなら勇者隊と魔王は、配下の関係だった……それが平和を訴えるプリンセスに心を惹かれ、魔王と戦うのを選んだのが勇者隊だ! 見よ! この力を! トランスチェンジ!」
魔石が赤い光を放った刹那、闇の衝撃波を生み、僕の身体を紙くずのように飛ばした。
「我が名は魔王理事長ルシファー! 世界を統べる者……世界を平和に導く者だ」
黒いもやと共に現れたのは、変わり果てたサタンの姿だった。頭には山羊のような角に、蝙蝠のような翼と、悪魔の尻尾がある。
「ぐっ……!? 魔王理事長ルシファー……?」
魔王理事長ルシファーが指を鳴らすと、闇を帯びて黒い肌の眼鏡女性が、姿を現す。
「教師魔リリス、助け起こしてやれ」
「坊やにも選ぶ権利があるのよ。聖石を使うのか、それとも魔石を使うのか……」
魔王理事長ルシファーの命令通りに、教師魔リリスが優しく僕を助け起こす。
だが、その女性も、普通ではない事に気付いた。なぜなら、その頭には角があり、人とは違う、長く尖った耳がある。
「あ、貴方はいったい……?」
「私は教師魔リリス・リリン。全ての者に理を導く宣教師。ブレイブ……魔石を手に取り、私の教育を受けるの。そうすれば、より良い未来に導く事ができる」
教師魔リリスは、僕の身体を撫で回しながら、魔石を手の平に置く。
「さぁ、ブレイブ! 俺と共に来い! この腐った世界を、変えられるのは俺達だけだ!」
「俺達って? 僕達3人で……?」
その質問を待っていたかのように、黒い闇を帯びて、3人の影が魔王理事長ルシファーの背後に現れる。
どうやらこの娘達も、魔石で変身した者達のようだ。
「こいつらがお前の配下となる。右から、水泳部クィーンスライム」
「よろしくな! だが、お前をリーダーとは思わない! コキ使ってやるから、覚悟しろ!」
「クィーンスライム、俺の親友だ。優しくしろよ」
水泳部クィーンスライムは、球体のスライムに埋もれた少女。競泳水着や髪もスライム化しており、身体はゴムのような感触を持っていそうだ。
「隣が美術部メデューサ」
「あんたがリーダーかぇ? 頼りなさそうだねぇ」
美術部メデューサーは、女性のように見える。緑の髪は無数の蛇で、意思があるかのように動いている。下半身は蛇体、顔や身体にペイントが施され、芸術家というよりも部族を思わせる
「その隣が裁縫部アラクネ」
「この鼻垂れ小僧がリーダー? お前には人の見る目がないようね」
「裁縫部アラクネ、見た目に騙されるな。ブレイブはスラムの連中と渡り合ってきた猛者だぞ」
裁縫部アラクネは、帽子、セーター、手袋までも、白い蜘蛛糸の編み物で、作られている。蜘蛛糸で全身を包んだ編み物は、ところどころ解れており、エロティックに感じられる。
「僕がリーダーなの?」
「あーあ、お前が四天王の長だ、剣道部長レオとなって率いるんだ。できるな?」
「本当に……世界を平和にする事ができるの?」
僕に世界を平和にする力なんてない。けれどサタンいや、魔王理事長ルシファーならこの世界を、平和にする事ができるかもしれない。
「できる……お前の力があればな」
「そう……坊やならできるわ。世界を平和にする事が……魔王理事長ルシファーと共に新たな世界を創造しましょう」
「僕に……できるかな?」
教師魔リリスが僕の身体を、背後から羽交い絞めにする。
甘い香水の匂いが、僕の身体に、纏わりついていくようだった。僕の心は妙に落ち着き、魔王理事長ルシファーに従っても、大丈夫ではないかと思うようになっていく。
「できるわ。貴方は魔石に選ばれた者だもの……騙されたと思ってやってみなさい、魔石を掲げて、こう叫べばいいの……トランスチェンジと……」
教師魔リリスの耳元で、ささやくような声に、逆らう事はできなかった。
僕は魔石を掲げていた。
「……トランスチェンジ!」
力がみなぎる……僕が僕でなくなっていく……これが……魔石の力。
「…………」
「気分はどうだ? 剣道部長レオ」
「なかなか良いよ、魔王理事長ルシファー。何でもできそうな気がする」
なぜだろう? この姿になっていると、妙な高揚感がある。
「頼もしいな剣道部長レオ。それじゃあ、さっそくホワイトハウス襲撃といこうか」
「ホワイトハウスを襲撃? それで世界が良くなるの?」
「理想の為だ。ペンソードの意思を叶えるには、荒療治も必要だ……分かるな剣道部長レオ!」
そう……甘くはないんだね。理想の為なら、それなりの犠牲も、覚悟しなければいけないのだろう。
「……分かったよ魔王理事長ルシファー……僕は魔王理事長ルシファーに従うよ……けど、人殺しはできない……それは守れるんだろ?」
「ああ、それは約束できる。この戦いに敵も味方も死亡はない」
「……分かった。行くよ、美術部メデューサ、水泳部クィーンスライム、裁縫部アラクネ」
僕の背後に四天王ついて行く。どうやら僕は本当に、四天王の長となったようだ。
魔王理事長ルシファーの作戦で、ホワイトハウス襲撃は選挙演説中を狙う事となった。
人が集まっている分、警備は多くの人間の対応に追われる事となる。もう一つの意図としては人に強大な力を見せる事で、民衆を従わせる事ができるということだ。
なにしろ、僕達の力は人知を超えたものだ。恐怖心を煽る事も、神のように崇められるような見せ方もできる。なによりもテレビやステージのような場所で、見世物のように見せるよりも、荒々しい戦闘で見せた方が効果的なのだ。
つまりは本物の戦闘の方がトリックだ、CG合成だのと言われる心配もないという訳だ。
緑の公園に囲まれ、白い宮殿を思わせる建物、そこはホワイトハウス……僕達の国の代表の居城、今は……落とすべき砦。
「まるでエアーガンだな……弾がプラスチックのようだ」
門の前に居た兵士達が、魔王理事長ルシファーに、マシンガンを放っても、ビクともしなかった。サタンを覆う、黒い霧のようなものが、全てを弾いていた。
「ば、化け物め!?」
「剣道部長レオ、やれ!」
「分かった魔王理事長ルシファー」
僕は魔剣獅子丸で、兵士達を連続で切り裂く。わずかな血のりが散り、兵士達が倒れる。頑丈な防護服であろうとも、関係ない、鉄以上の強度でも、切り裂いてしまう。
もちろん命はとらない。加減はしてある、しばらくは動けないだろう。
戦闘は、転生前の剣道部長レオの記憶があって、身体が覚えているようだった。
「噂では情けない奴と聞いてたが、度胸もそれなりにある。戦闘もなかなかやるじゃないか」
ぬめぬめした、スライムの手が僕の頭を撫でる。
なんだろう……クラスでは、けなされてばかり、いたせいだろうか。水泳部クィーンスライムの言葉は、本心で言ってるようで、暖かみがあった。
「死ね! 化物!」
その刹那、倒れていたはずの兵士が顔を上げ、マシンガンの引き金を引いた。
「あんた達は、全く何をやっているんだよ……慣れ合いは、戦闘が終わってからやって欲しいものだね」
裁縫部アラクネは口から糸を吐き出すと、あやとりのようにして、全ての銃弾を弾いていた。
「ば、馬鹿な!?」
裁縫部アラクネが素早い動きで、兵士の首に手刀を放ち、気絶させる。
「ありがとう助かったよ、裁縫部アラクネ」
「こういうのがリーダーだと、後先が不安でしょうがないよ。でも、あんたのような、ありがとうが笑顔で言えるリーダーっていうのは、なかなかいないもんだけどさ」
裁縫部アラクネ、この人の言葉は毒舌だけれど、優しい眼差しを感じた。
「何やっているんだぇ!」
駆け寄ってきたのは、美術部メデューサだった。
美術部メデューサは僕を引っ張り、門を蹴破り、中庭の法へと駆けていく。
「な、なに!? 何処へ行くの?」
「ちゃんとリーダーの仕事をしないとねぇ。魔王理事長ルシファー様が先に行って兵士達を倒しているんだからねぇ」
「ごめん……本当は僕が仕切らないといけなかったのに……」
僕と美術部メデューサは、兵士を倒しながら、ホワイトハウスへと向かった。
「ブレイブ……なのか?」
聞き覚えのある声に、僕はビクリと身体を震わす。
間違いなく……父の声……ペンソード・ハートの声。
「どうしたんだぇ」
その声に、僕は足を止める。
「僕の父さんの声が聞こえた……」
「何を言ってるんだぇ? 変身して全く別人のように、なってるはずさ。普通の人に、区別なんてできっこないはずさ」
駆けてきたのはやはり父、ペンソードだった。
「やっぱりブレイブか……こんな所で何をやっているんだ?」
父さんが、が僕の肩を強く掴んだ。
「ぼ、僕はブレイブなんかじゃない!? 魔王理事長ルシファーの忠実なる配下にして、四天王を統べる剣道部長レオだ! お前のような人間なんか知らない!」
僕は父さんから、逃げるように、駆けていた。
「ブレイブ!?」
「いいのかぇ? お父さんじゃないのかぇ?」
「あれは悪人だ……僕には……関係ない!」
その刹那、ホワイトハウス周辺で爆発が起こった。どうやら周辺で、強力な魔法を使ったようだ。魔王理事長ルシファーがそこまで、追いつめられる状況になっているという事なのか?
「何をしてるんだぇ! 魔王理事長ルシファー様がピンチなんだっていう時に!」
「そんな……血の匂いがする……」
「血だってぇ? 血なら多少は流れてもおかしくないけどねぇ」
トランスチェンジした事によって、僕の五感は妙に敏感に、なっていた。特に血の匂いには、注意を払っていた。前世の剣道部長レオが、気にしていた事なのだろう。どれだけの血の匂いで、人が死ぬかを、判断できるのだ。
「……血が流れすぎている……この匂いは父さん!?」
「何処へ行くんだぇ! 魔王理事長ルシファー様を見捨てる気かぇ!?」
美術部メデューサの制止の声も聞かず、僕は無我夢中で、父さんの血の匂いがするホワイトハウスへと、駆けていた。
匂いの元には……流れ出る血の池……ホワイトハウスの屋根の一部が崩れたのだろうか、瓦礫の下には……父さんがいた、
「父さん!?」
僕は父さんに駆け寄り、瓦礫をどかす。瓦礫は今の僕にとっては簡単だったが、痛そうにうめく父さんの顔を、見るのが辛かった。何よりもこの事故は、僕達のせいなのだ。
「うぐっ……ブレイブ……来てくれたのか……」
「ごめん……父さん……僕は……」
「誰にでも間違いはある……それを見つめ直せるなら……お前はもっと強くなれる……」
血塗れの父さん……僕はこれ以上、注視はできなった。
「僕……救急車を呼んでくるよ!」
涙目で駆けようとする僕に、血塗れの手が掴む。
「……ブレイブ……強くなれ……」
僕の肩を持つ父さんの血塗れの手が、力なくうなだれた。
「父さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?」
死んだのか? 僕のせいで……? どうしてこんな事に……
ぽろぽろと涙が止まらない……どうしようもできないのか? 僕は……僕は! 僕は! 僕は!
「剣道部長レオ! 魔王理事長ルシファー様の所へ行くんだ!」
「……もう止めよう……こんな戦い……無意味だ!」
(ブレイブ助けてよ! 世界を救えるのは貴方だけなんだよ!)
僕の脳裏に、イブフェアリの声が蘇る。
(聖石を持ってジョブチェンジと叫べば……強大な力が得られるの! そんな強盗一ひねりだよ!)
「何を言ってるんだぇ! 魔王理事長ルシファー様を見捨てる気かぇ!?」
「……戦いを止めないなら……僕は……勇者になる!」
「はぁ? いい度胸だぇ! 魔王理事長ルシファー様を裏切る気かぇ! ヘアバンドスネーク」
美術部メデューサの緑の髪の蛇が伸び、僕を襲ってくる、
「……ジョブチェンジ!」
僕は聖石を掲げ、ジョブチェンジと叫んだ刹那。僕の身体が光に包まれた。
そして僕は変身する。服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、獅子をイメージした赤い機械鎧を構築し、背中にマントと、頭に小さなクラウンが構成される。
「……勇者隊ガンバレヨ!」
無数の蛇を避けると、木に蛇が食らいつく。恐ろしい事に蛇に食らいつかれた樹皮は石化していき、石化させていた。
僕は空間から、剣であるエクスレオンを抜き、連続斬りを放ち、向かって来る無数の蛇を一瞬にして斬り裂いた。
勇者ガンバレヨとなった、僕の身体は、トランスチェンジと同様に、転生前の勇者だった記憶が、戦いを覚えていた。
「がぁっ……なんてことをするんだぇ!? あたしの可愛い蛇が!?」
「僕は……この戦いを止める! レオブレード!」
僕の聖剣エクスレオンの刃に、炎の獅子が乗り移る。
その刃を思いきり、美術部メデューサの腕輪に向け、叩きつける。
だが、美術部メデューサが、腕をわずかにずらしたせいか、腕の魔石のブレスレットにヒビが入った程度にしか、ならなかった。
それでも効果はあった。魔石から黒い霧が抜け出ていき、美術部メデューサは膝をつく。
「勇者隊ガンバレヨ……ここまで強いなんてねぇ……」
美術部メデューサが後ろに飛び退き、門を飛び越え、そのまま姿を消す。
近くに気配が、まだある。被害を出さない為にも、逃がす訳には……
「魔石で変身した気配があったんだけど……今度は勇者が変身した気配が……どうなってるの? 新手の妖精さんの仕業かな?」
「君が妖精でしょ?」
「勇者ガンバレヨ!? どうして? あんなに拒んでいたのに……」
イブフェアリが、驚きの表情を見せる。
僕が勇者ガンバレヨになる事は、予想外だっただろう……そして僕が、剣道部長レオになった事も……
「イブフェアリ……父さんを助けてあげて……」
血塗れの父さん……こんな事はあってはならないんだ! これ以上……犠牲を出さない為にも……僕は魔王理事長ルシファーを止めなければならない!
「ブレイブのお父さんなの!? 何でこんな血塗れに!? どうするの? どうするの? 衛生兵! 衛生兵! 衛生兵! いや、911?」
戸惑うイブフェアリ。父さんを見て、激しく動揺している。
この妖精に、治癒能力や魔法があるなら、もしかしたら助かる可能性は、あるかもしれない……この慌てようからは、無理かもしれないけれど。
既に妖精用マイクロ携帯電話で、電話をかけようとしている。
「頼んだよイブフェアリ……!」
僕はホワイトハウス内部へと駆け抜け、内部は炎上、階段の一部は崩落していたが、壁を蹴り上げ、魔王理事長ルシファーがいると思われる上の階へと上っていく。
感じた通りに、ルシファーは屋上にいた。風で翻るアメリカ国旗は燃え、屋根の一部が炎上を始めている。
「剣道部長レオか……? 大げさに派手な魔法を使って、悪かったな……戦車や装甲車が、くると使わざるを得ないからな」
僕に気付いてはいるが……魔王理事長ルシファーは僕に、背中を向けたままだった。
変身したのに、気づいていないのか?
気付かないなら……このまま魔石を狙って……
「まさか……お前が勇者ガンバレヨになるとはな!」
魔王理事長ルシファーは振り向くと、鬼のような形相で睨んだ、
やはり、勇者ガンバレヨになっていた事に、気づいていた。
「やっぱり、こんな事は、やるべきじゃないんだ!」
「見そこなったぞ剣道部長レオ! いや……勇者ガンバレヨ! お前は国を変えたいとは思わないのか! 腐った世界を変えるチャンスなんだぞ!」
「あらあら、ブレイブちゃん……勇者ガンバレヨに、なってしまったの? これはお仕置きが必要ね」
コウモリのような、翼が生えた教師魔リリスが、降りてくる。
この教師魔リリスという女性……魔石で変身したものとは、思えない。いや、それよりも……
「お前はこの力で、世界を救いたいと思わないのか?」
「世界を救うのに、何でこんなに多くの人の血が、流れるんだ! これが世界を救う方法だとしたら、こんなの間違ってる! お前のせいで……!」
「お前のせいで? まるで……お前の父親が死んだみたいな、言い方だな。フン、お前の父親は、落選したと聞いたぞ。家に帰って慰めてやればいい」
魔王理事長ルシファーは知らないのだ。僕の父、ペンソードがどうなったかを……
「魔王理事長ルシファー! お前には、分からないんだ! 僕達が戦って、怪我をした兵士の事を、考えた事はあるのか? 世界の平和を願いたいのなら、人を傷つけない方法を、考えるべきだったんだ!」
「そんなものは、ただの理想論にすぎん! 犠牲なしでは実現できないものもある!」
「犠牲で成り立つ世界平和なんていらない! 戦いを止めないと言うのなら……僕はお前の魔石を壊して世界を救う!」
魔王理事長ルシファーの拳が強く握られ、腕が小刻みに揺れる。
「お前は俺が悪だというのか? いいだろう! お前の甘い考えの正義で、俺を倒してみろ!」
「ゆくぞ魔王理事長ルシファー!」
僕は、聖剣エクスレオンを振りかぶる、態勢に対し、自然体のままっだった。僕を舐めているのか?
「フン! つまらん攻撃だな! いでよカオスブリンガー!」
魔王理事長ルシファーが、僕の剣撃を避けながら、宙に魔法陣を描き、そこから禍々しい、大剣を取り出した。
「速い!?」
「いくら一緒にスラムで戦ってきたとはいえ……お前は俺よりもケンカは強くないだろう?」
黒い霧を帯びた大剣、カオスブリンガーが、僕のエクスレオンを弾く。
「くっ!?」
凄い力で、僕のエクスレオンが押され、僕の腕が震える。
何て力なんだ!? ここまで力の差があるなんて……
「しょせん、お前がなる勇者など、この程度ということか……」
僕はルシファーの、カオスブリンガーを弾き返し、後ろに飛び退く。
「この技で決める! レオブレード!」
聖剣エクスレオンに、炎の獅子を乗り移らせ、魔王理事長ルシファーに向かって叩きつける。
「勇者の力がその程度か……笑わせるな!」
僕の炎の獅子の剣が、ルシファーのカオスブリンガーによって、簡単に受け止められてしまう。
「お前に見せてやろう……真の魔王の力をな! ダークイレイザー!」
カオスブリンガーが、二股に別れ、黒霧の光球を生み出したかと、思った刹那。衝撃波を生み出し、発射された。
僕の身体に、黒霧の光球が直撃し、爆発する。僕の身体が、紙クズのように宙に舞った。
強い衝撃と激しい痛みに、僕の意識が真っ白になる。
ここで気を失ったら駄目だ!
僕は何とか、意識を保ち、屋根に落ち、転がり、壁に打ちつけられたものの、何とか耐えた。
「ぐうっ!? これが魔王の力……」
「全力のダークイレイザーで、焼け残ったか……スラムの時から相変わらず、頑丈なだけが取り柄のようだな」
立ち上がろうとするが、僕の足は震え、すぐに膝を付いてしまった。
「……駄目だ……力が入らない……こんな所で負けたくないのに……」
涙が止まらない……僕は父の無念すら晴らす事ができないのだ。
「泣き虫が……そんなに命が欲しいか? なら、お前にチャンスをやろう……もう一度、剣道部長レオになるなら、お前を仲間として認めてやる……それができないのなら……」
僕は懐から魔石を取り出し、掲げる。
相変わらず僕は最低だな……父はおろか、傷つけた兵士の罪滅ぼしが永遠にできないのだから。
「魔王理事長ルシファー、これは僕の涙なんかじゃない……これは傷つけられたみんなの涙だ! そして僕は二度と剣道部長レオにはならない!」
僕は立ち上がると、魔石を放り投げ、エクスレオンで振り下ろし、真っ二つにした。
真っ二つになった魔石が、黒い霧と共に消えていく。
「まさかその身体で立ち上がるとはな……どうやら俺はお前を舐めていたようだ……お前の事だ、俺がどんな攻撃をしても立ち上がるのだろうな……死ぬ覚悟はできているという事か? 勇者ガンバレヨ」
「死ぬ覚悟はあるさ……君には屈しない!」
「分かった……教師魔リリス! 勇者ガンバレヨを本当に殺しても大丈夫なんだろうな!」
魔王理事長ルシファーが、教師魔リリスを睨んだ、表情で見る。その意図が、僕にはよく分からなかった。
「大丈夫よ魔王理事長ルシファー、坊やが勇者ガンバレヨになったのなら殺しても問題ないわ」
魔王理事長ルシファーは、教師魔リリスの返答に、苦虫を噛み潰した表情になる。
「これで俺は初めて人を殺す訳だな……」
「な、なにを言って……」
その刹那だった。ルシファーは神速で駆け、僕の胸にカオスブリンガーを突き刺した。
鮮血が舞い、僕の胸に激痛が走る。突き刺さったカオスブリンガーから血がポタポタと流れ、小さな池を作っていく。
よろめきながら僕は倒れた。血が止まらない。流れ出る血と一緒に僕の身体の暖かみが消えていくようだった。激痛で意識が保てない。
僕を見下ろすルシファーが……ぼやけて見える……
そうか……僕は……死ぬのか……
……そして……僕の……意識……は……消……え……て……い……っ……た……
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■2話 指令! 戦士ガンバレヨを水泳部の魔の手から救え!
鳥の鳴き声が聞こえる。
それにいろんな花の匂いがする。
差し込む光が眩しい。
ここは天国なのだろうか?
それと、妙な呪文のような声が聞こえる。
「ぴのこ、あちょん、ぷりけ、ほくと、あたた、ひでぶ」
イブフェアリが僕の顔を、羽虫のようにくるくると回っていた。
「あれ? イブフェアリ? それ、何の呪文?」
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない……ブレイブがあんまり起きないから、復活の呪文を唱えていたところ」
「何それ? ゲームじゃないんだから……そういえば、僕は死んだと思ったのだけれど……胸に傷もない……元の姿になってる」
僕は柩に寝かされていたようだ。無数の花が散りばめられていた。本当に死んだみたいに……
見上げれば高い天井、ステンドグラスの窓に、十字架が見える。ここは教会らしい。
「勇者隊は半永久的な命なの。変身している限り、治癒してくれる。死んでしまうような傷だと、半日以上はかかってしまうんだけどね」
「僕は勇者ガンバレヨになっている限り、死ぬ事はないって事か……ここにイブフェアリが運んでくれたの?」
「まさか! 奴ら、魔王理事長ルシファーと、教師魔リリスの嫌がらせに決まってるよ! 本当に埋葬されたらシャレにならないし! 激おこぷんぷん丸だよ!」
「そうか……サタンいや、魔王理事長ルシファーはやっぱり……ホワイトハウスを占拠したんだね? それに父さんは……」
僕が死んでから、ホワイトハウスがどうなったかが、気になる。ルシファーが政権を握れば、この国はどうなってしまうのだろうか?
「どうだろう? ブレイブのお父さんを助けるのに精一杯だったから……」
「そうだ!? 父さんは!? まさか僕のせいで死んだんじゃ!?」
あの血の量だ……死んでもおかしくはない。
僕は慌てたように、イブフェアリを掴み、身体を揺らす。
「無事……無事だからね……離して……」
「本当に……?」
僕が放すと、イブフェアリはため息をつく。
目を見る限りでは、イブフェアリは嘘を言っていないように思えたが、あの怪我では集中治療室か、手術をしなければいけない状態ではなかったのか?
「本当だよ……私が身を粉にして助けたからね」
「身を粉にしたって……その言い方って、何かおかしくない?」
「だって私が秘技 イブフェアリパウダーを使ったんだもん……出血を止めるのと、傷を治すのに精一杯だったよ」
泣きそうなイブフェアリ。荒いサンドペーパーが、握られていた。
よく見れば、イブフェアリの透明な羽が、ボロ雑巾のように穴だらけになっている。
「そこまでしたの!? 落ちる鱗粉だけじゃ、治癒できなかったの!?」
「そんな少量の粉で治癒できるかー! 妖精なめんな!」
魔王や妖精がいるのに、妙なところが現実的なんだ……
「父さんを助けるために、イブフェアリがそこまでしてくれたなんて……本当にありがとう……お礼の言葉も見つからないよ……」
「お礼なんて良いよブレイブ。私の羽なんて、1日で治るんだから、それよりもブレイブ、お父さんにお見舞いにいってあげて。いくら私でも完全に、傷までは治せなかったの」
「分かったよ。イブフェアリ、父さんの所へ連れていってくれる」
「うん!」
イブフェアリは満面な笑顔を見せ、小さな手で僕の腕を引いた。
その手は暖かく、さらさらとした感触だった。
イブフェアリの話によれば、父さんは市民病院に運ばれたという事だった。すぐさま、僕は市民病院へと向かった。
病室に入ると、すぐ近くの白いベッドに居た、父さんが僕に気づき、身体を起こして笑顔を見せた。
点滴に頭の包帯……心なしか、身体が小さく見える。父さんがこんなにもやつれたように見えるのは、病院の衣服のせいなのだろうか?
顔もこんなにも、しわだらけだっただろうか? どうして僕はこんなにも、父さんを見ていなかったのだろう……
「妖精か……私は夢でも見ているのか? いや、魔王がいる世の中……いてもおかしくはないのか」
イブフェアリが父さんの前で静止すると、スカートを広げて挨拶する。
「ブレイブのお父さん、お初にお目にかかります。神の代行者、妖精のイブフェアリ・パックです」
「あれは、どうやら夢ではなかったようだ。君が泣きながら、必死で羽を削り、私を助けようとした事は覚えている……」
イブフェアリに対し、父さんは驚きもせず、笑顔を見せる。
「ごめんなさい。私はブレイブのお父さんと息子さん、ブレイブを巻き込みました。私がブレイブを勇者に、誘わなければこんな事にならなかったのかもしれません」
「ブレイブが勇者か……お前は幼い時の夢を叶える事ができたんだな……」
父さんはそう言うと、満面の笑顔を見せる。
「違うよ! 僕は戦隊のレッドに憧れてたんだ! 勇者は……」
「私は覚えているぞブレイブ……日本のRPGゲームばかりやって、剣ばかり振っていたお前をな……保育園に通うお前の夢は勇者だったんだ」
そうだっただろうか? でも、おぼろげではあるが、サタンと勇者ごっこをした記憶はある。草原でサタンと一緒に玩具の剣で、打ち合っていたっけ?
「僕は覚えてないよ……」
「こっちに来てくれブレイブ……お前の顔をよく見たい」
僕がベッドに寄ると、父さんが僕の頭を優しく撫でる。
それがたまらなく辛かった。僕と魔王理事長ルシファーのせいで怪我をさせたのに、父さんは何も言わないのだ。責められても当然なのに……
「父さん……僕は……」
「お前は魔王より、勇者を選んだんだ……誇れる事だ。たくましくなったなブレイブ」
「違うんだ父さん! 僕は世界を良くしたいと思って……いろんな人を傷つけた! 父さんさえも……許されて良い事じゃないんだ!」
「間違えに気づき、行動できたのだ……お前を咎める者はいないだろう……もし、罪の意識があるなら、お前が頑張ってみんなを助け、魔王理事長ルシファーいや、サタンを止めるんだ」
父さんは知っていたのか? 魔王理事長ルシファーがサタンだという事を……
「分かったよ父さん……サタンを止める! 僕はみんなを助けるよ!」
「そうか……たくましくなったなブレイブ……安心した……少し眠らせてもらう……」
そう言って父さんは、ベッドに倒れ、ゆっくりと目を閉じた。
「父さん!?」
「大丈夫、薬で寝ただけだよ」
父さんの顔を見ると、確かに寝息を立てていた。
「ブレイブ! 本当なのか!? ペンソードが怪我したというのは!?」
入ってきたのは、サタンだった。
「今更なんだよ……勝手に魔王になって、みんなや父さんを傷つけて……そして僕にも手をかけた! お前は何なんだよ!」
「なぜペンソードが、怪我をした事を言わなかった!? 事故の想定はできない!」
「戦った兵士が怪我をしたのも……僕を殺したのも、事故だって言うのか!」
僕は拳を握り締め、サタンに思いきり、頬に左フックを食らわす。
「くっ!? 賛同したのはお前だ! 一緒に引き金をひいたのも、お前だ! お前にも責任が無いとは言えないんだよ!」
サタンが立ち上がり、僕にアッパーを食らわす。
僕は倒れ、ラックをひっくり返し、置かれていた注射器や尿瓶が割れる。
「2人ともやめて!? ここは病院だよ!」
イブフェアリが、僕とサタンの間に入る。
サタンと僕の喧嘩に何事かと、患者や見舞いに来た人たちが、こちらのベッドを覗き込んでくる。
「何を考えているイブフェアリ! お前がブレイブをたぶらかさなければ……!」
「どこの悪魔の手先よ! ど、どうして私の名前を!?」
イブフェアリの様子が、何かおかしい……サタンはいったい何を……
「やめろ! イブフェアリに手を出すな!」
イブフェアリに、手を伸ばそうとするサタンの腕を、僕は手刀で弾き、僕は前に立つ。
「貴様!」
サタンが僕の胸倉を掴み、持ち上げる。
僕を持ち上げたまま、サタンは拳を作った。
その時、サタンの頬から涙が流れるのを、僕は見逃さなかった。
「……サタン……君はどうして泣いているの?」
サタンの頬から零れ落ちるそれが、何に対する涙なのか、僕には分からなかった。そもそもサタンが、泣くという事は僕の経験では無かった事なのだ。
「うるさい!」
サタンは僕を投げ倒すと、逃げるように駆けだしていた。
その涙の訳を……僕はいくら考えても分からなかった。
「サタン……僕は君が何を考えているのか、全く分からないよ」
自宅に帰ると、既に時刻は夕方だった。
悲しい事に魔王理事長ルシファーとの戦いと、今日で土、日を潰してしまった。明日から学校、サタンとどう接すればいいのだろうか? いや、国を支配する事が目的のサタンが、学校に来るはずないか……
「ブレイブ、どうするの? 魔王理事長ルシファーの支配が始まれば世界は……」
「イブフェアリ……僕は勇者ガンバレヨになるよ。サタンいや、魔王理事長ルシファーを止める為に!」
「でも、大丈夫なの? 魔王理事長ルシファーとは友達なんでしょ?」
「友達の僕が、止めてあげなきゃ誰が止めるんだよ? 友達として当然の行為だよ」
「ブレイブ!?」
イブフェアリは僕の頬に抱きつき、満面の笑顔を見せる。
「じゃあ、まずは情報を集めないとね……ホワイトハウス襲撃事件がどう報道されているのか調べないと……」
僕はリモコンでテレビをつける。アメリカの軍事は、しっかりしている。そう簡単に、支配されるはずがない。
僕は祈るように、テレビのリモコンスイッチを押した。
【我々はあらゆる各地の、軍事基地を破壊した。今よりアメリカ全土は、魔王理事長ルシファーが支配する! 今からこの国はバベル帝国となる!】
記者会見の放送で映ったのは、魔王理事長ルシファー、教師魔リリス、水泳部クィーンスライム、裁縫部アラクネだった。
アメリカは、魔王理事長ルシファーのものとなっていたのだ。
「……そんな!?」
「いくらなんでも早すぎだよ!? アメリカの全ての軍事基地が壊されるなんて!?」
【今から……バベル帝国の政策を発表する。心して聞け!】
「何をする気だ魔王理事長ルシファー!」
僕はテレビだという事も忘れ、魔王理事長ルシファーに対して叫ぶように言っていた。
【まずは銃の廃止だ。アメリカ全土の銃を違法とする。そして2つ目、核兵器の廃止だ! 3つ目、戦争行為を禁止とし、自衛は考慮に入れよう。4つ目、公害の抑制だ。排ガス規制を行う、守れない企業は罰則を設ける。5つ目、犯罪の撲滅だ! 施設、家1軒につき、監視カメラを1つの設置義務を設ける。監視カメラの費用は援助する! 以上だ! その他の細かい法律については政府公式ホームページ、駅などの施設の掲示板に掲載する】
「あれ? 思ったよりもまともな法律だ……」
というよりも、これは僕の父さん、ペンソードの理想の政治ではなかっただろうか?
サタンいや、魔王理事長ルシファーがやろうとしていた事は正しかったのか?
「どこの帝国主義なの! いくら政治が良くても、こんなの横暴だよ!」
そうだ……! 無理矢理に国を奪って、従わせる政治など、民主主義じゃない!
僕はリモコンでテレビを消す。
「イブフェアリ、僕が次にする事を教えて!」
「まずは仲間を集めようブレイブ! 戦士ガンバレヨに、弓士ガンバレヨ、魔法少女ガンバレヨ、魔法戦士ガンバレヨ、この4人さえいれば、百人力だよ!」
「分かったよ! 仲間を探そうイブフェアリ!」
「ところでどうして僕のクラスに来たの? あれから……イブフェアリがすぐ寝ちゃって仲間集めできなかったじゃない!」
僕はなぜか、イブフェアリと登校し、僕のクラスの教室に来ていた。イブフェアリはただ、学校に行くの一点張りだった。
クラス中が何かの面白いTV番組や、熱中しているゲームの課題を話し合っている中、飛び回るイブフェアリに視線が集まる。
正直を言えば、イブフェアリの身が不安だ。前回の事もある……捕まり、みんなの玩具になされるのがオチだ。
「どうしてブレイブの学校に来たかと言うと~♪ この学校に、勇者隊ガンバレヨがいるからなの!」
「本当に!?」
この学校に、僕と同じ変身できる勇者隊ガンバレヨがいるんだ……
「だいたいの目星は……ついてる
かもしれない……」
「その間と、その顔は本当に分かるの!? 凄く不安を感じるんだけど!?」
「不安なら、二手に別れる? 待っていても良いよ」
なぜ首を傾げるのだろうか?
どうしよう……イブフェアリに任せるべきだろうか?
「……やっぱり一緒に探そう。いろいろと不安だし……」
「そう……心配ないのに。じゃあ、いこっか……イブフェアリセンサー!」
イブフェアリの、髪の毛の1本が逆立ち、アンテナのようになる。
確か日本のようかいアニメで、そんなアンテナを見たような気がしたのだけれど……気のせいと思いたい……
「え~と、そのアンテナで分かるんだ……」
「アンテナ? 何を言ってるのブレイブ?」
ツッコミを入れたいところなのだけれど、もう無視することにする。
「……そっか」
「見えた! そこ!」
妙にシリアスな顔をして、イブフェアリは高速で飛んで行く。
「ちょっと待ってよイブフェアリ! 1人じゃ危険だよ!」
イブフェアリは、そのまま1人の女子生徒の胸に向かっていく。
「たかが小さな胸一つ! イブフェアリさんで押し返してやる!」
イブフェアリが、少女に体当たりしようとするが、素手によって、簡単に掴まれてしまう。
「なにこの失礼な喋る羽虫は……?」
やはり捕まった……女子生徒の手の中で、骨が嫌な音を立てて、イブフェアリは、ぐったりとなる。
この場合、自業自得なような気がするのだけれど。
「あなた……挑戦者? 運動が得意そうに見えないけど」
「挑戦者? いや、僕は……」
この娘は、ネバー・ギブア。クラスでは有名な女子生徒だ。
ギブアは、メイドを思わせるようなフリル付きの黒と白の衣服、長い黒髪が特徴だった。エデンアップル学園では服装や髪形に関しては、特に指定はなく、自由である。
なぜ有名かと言えば、特異な成績が目立っている。体育以外はオール3。だが、体育に関しては学年トップクラスの実力を持つ。持久走、短距離走、幅跳び、体操、トップ一位。あらゆる球技がエースクラスである。
部活の助っ人を頼む者も多いが……あらゆる体育会系の選手をけなしており、嫌っている者も多い。その為、鼻を明かそうとする挑戦者なども後を絶たないのだ。
「何で勝負する? バスケ? 短距離走? 幅跳び? ダンス?」
「…………」
勇者隊を説明するはずの、イブフェアリが目を回している。
イブフェアリの行動から、この娘が勇者隊ガンバレヨなのだろう? ここは僕が説明するしかないのだろう。
「え~とその……君はネバー・ギブアだよね? 勇者隊になってもらいたくて……」
「これは……?」
ギブアが、イブフェアリが抱えていた青い宝石に気付く。
どうやらあれが、ギブアの聖石らしい。
「それは君の……」
イブフェアリから聖石を取ると、ギブアは目を輝かせる。
聖石の中には、剣を持った戦士の少女の姿があった。
「……綺麗……くれるの?」
「君が勇者隊ガンバレヨになりたいと思うのなら……」
「がんばれよ? この宝石の名前?」
どう説明すればいいだろうか……
「えと、その石の力で僕と一緒に魔王理事長ルシファーを……」
「……難しい話は無し……買い物に付き合って……お礼もしたい」
まさか!? プレゼントと思われたのだろうか!?
「こ、これは違うんだ!? えと、その……この石には力があって……」
「知ってる。パワーストーンでしょ?」
……パワーストーンと判断された。
もうちょっと聖石について、詳しく説明した方がいいのだろうか。
「よく聞いて……上手く説明できないけど、この石は全く違う自分になれる変身能力があって……戦う力が得られるんだ!」
「良い効力ね。良い方向に自分が変われるように頑張るわ」
理解されない!? これは僕の説明が悪いのか!?
「えと、どう説明すれば……」
「でも……この人形はいらない……粉っぽいし」
ギブアにイブフェアリを投げ捨てられ、落ちそうになるのを慌てて、僕はキャッチする。
「……はられひれほれ……」
「じゃあ……放課後16時にジパングタウンの、バーガークィーンの看板前に集合ね」
「えっ?……うん」
そう言って、ギブアは立ち去ってしまう。
どうやらギブアと、付き合うしかなさそうだ。
その時に、勇者隊ガンバレヨの話をするしかないだろう。
「デートに誘われるなんて、やるじゃないブレイブ」
いつの間にか、復活したイブフェアリが僕の周囲をぐるぐると回る。
「相手の勘違いだし……デートなんて気が進まないよ」
「良い雰囲気になったら、ガンバレヨの事を話せば良いよ」
「話したら……全てぶち壊しのような気がするんだけど……」
本当に気が進まない。
勇者隊ガンバレヨの事を話したら、僕の事を嫌いになったりしないだろうか?
ジパングタウン……多くの日本人が住む街である。看板の文字から、使う言葉までもが日本語。ビルの商店はアニメグッズから、あらゆる電化製品から、PCパーツが揃っており、アキハバラの電気街を彷彿とさせ、住宅地も日本家屋を思わせる建物が多い。ちなみに僕も含め、エデンアップル学園に通う生徒はジパングタウンから通う者が多い。
ジバングシティに着いたのは、10分前だった。
「……待った?」
「大丈夫、来たばっかりだから」
この時間帯だと、何処が良いだろう。
女の子が行きたい場所ってよく分からない……
「お勧めのブディックを友達に教えて貰ったんだけど、似合うかどうか教えてくれる?」
「僕の主観で選んで良いの?」
「もちろん……」
僕は、ギブアに手を引かれていた。おとなしそうに見えて結構、アクティブなんだな。
辿り着いた場所はお洒落な店で、スーパーぐらいの規模がありそうだった。
高そうなブディックだけど、大丈夫なのかな。
ギブアが楽しそうに服を選んでいる。
クラスは一緒だったけれど、ギブアはこんな顔もするんだ。
「この服が私のお気に入り……どう?」
ギブアが黒いフリルのドレスを、僕に見せてくれる。
「うん! なかなかベストチョイスな服だね」
「本当に!? この服、ちょっと気になってたの」
「今日は付き合ってくれてありがとう」
そう言って僕に、ギブアは満面な笑顔を見せてくれた。
「こちらこそ……ギブアの可愛い姿を見れて良かったよ」
「なに?……口説いているの?」
なぜか頬を染めるギブア。
何かまずい事を、言ってしまっただろうか?
「……本当に綺麗だと思ったから言ったんだけど」
「それが……口説いているって、言うんじゃないの?」
恥ずかしそうにうつむくギブア。
どうして恥ずかしがるんだろう。
「本音の言葉だったんだけど」
「じゃあ……明日も放課後にここで……」
「えっ? うん、良いけど」
ギブア足早に行ってしまう。
「そういえば……勇者隊ガンバレヨの事を話してなかった!?」
僕とした事が……
部屋には自然な流れで、家に住み着いてしまったイブフェアリがいる。
僕の母親は早くに死んで……父は病院だ。小さいし、特には問題ないけれど……何だか変な妹ができたみたいだ。
僕はギブアとの出来事を、イブフェアリに話した。
「という訳なんだイブフェアリ……ギブアに勇者隊ガンバレヨの説明ができなかったよ」
その事を聞いて、なぜかイブフェアリは顔をニヤニヤさせる。
「ブレイブも立派な男だったという事だね。交流も深めるのも勇者隊ガンバレヨの勤め、仲良くなってから、説明するのも有りかもね」
「でも……時間がかかってたら、この国だけじゃなくて、魔王理事長ルシファーに世界を征服されちゃうよ」
「でもねブレイブ、いくら聖石が使える人間と言ってもね……無理に戦わせる訳だから、それなりに仲良くなった方が良いよ。断られたら元も子もないからね」
シリアスな事を言っておいて、イブフェアリの顔が、にやけてるのはなぜだろうか。
「分かったよ……仲良くなってから勇者隊ガンバレヨの事を説明して、戦ってもらうって事だね」
「そういう訳だからお願いねブレイブ」
まだ、顔がにやけている。
「イブフェアリが説明した方が、早いような気がするのだけれど」
「私は、もう1人のガンバレヨを見つけてくるから、ブレイブはギブアをお願いね」
「そういう事なら……しかたないね」
やっぱりイブフェアリの顔が、にやけている。
「一緒にご飯……食べようブレイブ」
午前の授業が終わり、ギブアがお弁当を持って僕の前に来る。
こんな事は初めてだ……一緒に食事しようなんていう生徒は、1人もいなかった。
気のせいか……周囲のざわめき声が大きくなって、ひそひそとみんなで話すような感じになってきた。
「その……僕で良いのかな? いつもと一緒に、食べてる人じゃなくて、大丈夫?」
戸惑う僕に、ギブアは笑顔を見せる。
「私はブレイブと一緒に、食べたいんだよ」
「分かったよ、待って準備するから」
僕はカバンから、スーパーで買ったサンドイッチを、取り出そうとする腕をギブアの手が止める。
「お弁当を多く作ってきたの……だから持っていかなくて大丈夫」
ギブアは僕に、巨大なバスケットを見せる。
2人分というより、3人分は有りそうなボリュームだ。
「もしかして、ギブアの手作り?」
嫌な気配が……クラスメイトの男性陣から、殺意の眼差しを感じる。
「そうだよ……屋上で食べようブレイブ」
僕はギブアに手を引かれ、屋上へと向かう。
僕はギブアと一緒に、屋上のベンチに座る。
ギブアは嬉しそうにバスケットを開ける。中にはラップに包まれたハンバーガーと、サンドイッチ、コール―スローなどが入っていた。
ギブアが取り出したハンバーガーは、かなりのビッグサイズだった。恐らくはギブアの顔ぐらいは、あるのではないだろうか……
「…………結構なサイズだね」
「そう? ブレイブも食べて……」
凄い豪快な食べ方だ。ビックサイズのハンバーガーが、みるみる小さくなっていく。
「うん、いだたきます」
ビッグサイズのサンドイッチを食べてみる。
美味しい……巨大なだけに味が複雑になると思ったのだけれど、そんな事はない。薄いハムカツにテリヤキソースがかけられ、新鮮な千切りのキャベツに潰した、ゆで卵の味が口いっぱいに広がっていく。
「どう? ハムカツサンドイッチ……」
「これ、本当に美味しいよ!」
それに野菜もちゃんと、ふんだんに使われ、栄養もちゃんと考えられている。
「いっぱいあるから、どんどん食べてね」
敷き詰められたサンドウイッチと、ハンバーガーの下の底蓋を開けると、さらにビックサイズのサンドウイッチと、ハンバーガーが出てくる。
「……うん、お腹空いてたから、いっぱい食べれそうだよ」
僕は小食ではないのだけれど、さすがに量的に……せめてビックサイズでなければ、苦ではないのだけれど……
「逢引きとは、良い身分になったなギブア!」
見上げれば、給水塔から見下ろす人影。
白い帽子に、青いラインが入った、白服を着た少女が立っている。
「なに、あんた? サインなら放課後にしてくれる」
「誰がライバルに、サインをねだるか!」
叫んでいた少女が、給水塔から飛び降りるかと思えば、手と足を使ってゆっくりと降りてくる。
「ギブアの知り合い?」
う~ん、何処かで会ったような気がするのだけれど……声といい、雰囲気が誰かに似ている。
「忘れたとは言わせないぞ、ネバー・ギブア! 私がクロールに対し、お前は背負泳ぎで打ち負かした! この屈辱は忘れん!」
指をさす少女に我、関せずといった表情で、新たなサンドイッチに手を伸ばす。
「水泳部のエース……アクマ……悪魔ちゃんだっけ?」
「悪魔じゃない! どこのDQNネームだ! ア・ク・アだ! アクア・ジェリー!」
サンドイッチをリスのように、頬張るギブアは、全く聞いてないようだが……この態度なら恨みを買うのもよく分かる。
「んむっ……じゃあ……はむっ……今度はこれで良ひっ?」
ギブアが口をモグモグさせながら、ギブアが猫のような手をつくる。
「い……犬かき……お、お前がそれで良いのなら……! 私はクロールだ!」
相当、悔しいのだろう……アクアは握った拳を震わせる。
「放課後はブレイブとのデートだから、今からね。勝負は25メートル……異論は認めない」
僕を見た後、ギブアが服を脱ぎ捨てる。
「ちょっとギブア!?」
真っ裸になるかと思われた、ギブアだったが、その下には競泳水着が装着された。
「準備は万端ということか……だが、私も準備はできている!」
アクアも対抗するように服を脱ぎ捨て、競泳水着となる。
「せめてプールサイドか、更衣室で着替えてよ!」
そして……勝負の舞台は学校のプールに移された。
「ふふ……勝ったな……犬かきで負けるほど、水泳は甘くはない!」
配置につくアクアとギブア。
「それ……世間で言う死亡フラグ……神は言っている……私が勝つべきだと……犬かきとハサミは使いよう……」
妙なダンスを踊るギブアに対し、アクアは水泳部のエースらしく、綺麗なフォームで構えている。
僕の手の合図でギブアとアクアが、同時にプールに飛び込んだ。
アクアのクロールに対し……犬かき……当然に勝つのは明らかのように思えた。
勝ったのは……ギブアだった。
「さっきのは……バタフライではなかったのか? なんだあのスピードは!?」
「足の形も……手の形も犬かき、それはブレイブも確認しているはず……」
僕は無言でうなずく。
ギブアのは確かに……犬かきだった。けれど、信じられない事にモーターボートのような速さで、アクアのクロールを簡単に追い抜いていた。水しぶきもあまり上がっていないように思えた。
「そんな……馬鹿な……」
目を回して倒れるアクア。
無理もない……ギブアは帰宅部なのだ……それに対し、犬かきに負けるなど、相当な屈辱だろう。
「ブレイブ、食事を邪魔した罰で悪戯書きしちゃおうか?」
「せめて、保健室に連れていってあげようよ」
こうして……アクアとギブアとの、スポーツ勝負は、簡単に幕を閉じた。
ギブアになぜか体操着の姿で、荷物を置いて昇降口に来るように言われたのだけれど。何をするつもりなんだろう?
商店街で待つ約束だったのに、急なスケジュールの変更って……何かあったのかな?
「ブレイブ……一緒にランニングしよう」
やっぱりギブアは、運動が好きなんだ。
こうした日常の運動が、勝利の秘訣なのかもしれない。
「いいよ」
運動は苦手だけれど、ギブアが喜ぶなら、たまには良いかもしれない。
僕はギブアと一緒に走った。
けれど、僕の体力は5分も持たなかった。
ギブアが僕に、ペースを合わせてくれた事が、せめてもの救いだった。
「ブレイブもたまには……運動した方が良い」
それに対して僕は……
「たまにはランニングも良いかもね」
「たまには良いでしょ? 運動すると……嫌な事も忘れてすっきりする」
本当は辛いけれど、ギブアとこうして走れるのは楽しい。ギブアとペースに合わせてくれたおかげで、頑張れた。
ペースを守る事に集中したおかげか、ゴールの校門に到着したのは、早く感じられた。
「今日はありがとう……一緒に走ってくれて」
ギブアは汗をふき、僕に笑顔を見せる。
「でも、僕のせいでだいぶペースが、遅くなったじゃないかな……」
「そんなことない……ブレイブと一緒に走れたから、気持ち良く走れたよ」
「ありがとう……そう言ってくれるとギブアと一緒に走ったかいがあるよ」
「……本心なんだけどな」
頬を染め、そう言ってギブアは身体をもじもじとさせる。
「えっ?」
聞こえなかったというより、それがどういう意図の言葉なのか、僕には理解できなかった。
「……なんでもない……明日も私と付き合ってくれる」
「うん、いつでも大丈夫だよ」
「急な変更でごめんね……今度はちゃんとジパングタウンで待ち合わせしよう……」
「大丈夫、明日はジパングタウンで集合だね」
「じゃあ……明日ね」
ギブアが笑顔で手を振り、帰っていく。
これで……僕の目的は……あっ!?
しまった……また、ギブアに勇者隊ガンバレヨの事を話すのを忘れてしまった……
また、明日か……
ギブアと付き合うのは、楽しいのだけれど、世界の命運がかかっていると考えると、こうやって遊んでいる事に抵抗があるのだけれど……
明日こそは……
ギブアのお勧めのレストランがあるという事で、一緒に来てみたのだけれど。
普通のレストランというより、TVで紹介されているような有名なお店のような気がした。広々とした店内に、並ぶ白のクロスがかけられたテーブルと、椅子は清潔に保たれていて、モダンな雰囲気がある。ファミレスやファーストフードとは全く、違う造りなのだ。
「今日は私の奢りで良い……いっぱい食べて」
ギブアはガツガツと食べ始める。
既にギブアは多量に注文し、4人分のテーブルのはずが、料理で埋め尽くされている状態であった。
「ギブアにはいろいろよくしてくれたし、奢ってもらう訳にはいかないよ……」
「どうする~♪ ブレイブ?」
ギブアが注文した詳細の紙を、僕に見せる。
1……10……100ドル以上いってる!?
僕のこづかいが全額無くなる……
「遠慮しなくて良い……親のカードだから……いくら食べても大丈夫」
ギブアは、黒色のクレジットカードを見せる。
それはそれで、罪悪感はあるのだけれど。ギブアは金持ちのお嬢様か、何かなのだろうか? そういえばネバー・ギブアって……パワー・ギブア……確かK1の格闘選手ではなかったか!?
偶然かな……
「いっぱい……食べてね」
「それじゃあ……いただきます」
「……どうぞ」
ギブアは、なぜか食べる僕をずっと見つめている。
話の課題をふってほしいのだろうか?
「そう言えば、ギブアがスポーツをやるきっかけは何だったの? 普通に部活動をやれば良いのに」
その言葉に、ギブアは真剣な面持ちになる。
「親の期待かな……? 軟弱者だと父親に鍛えられた……運動でお前は一番になれと言われた……」
やっぱりギブアは……
「やっぱりギブアは、K1選手のパワー・ギブアの娘なんだね」
「……いろんなスポーツができるのも、パパに鍛えられたから……でも、部活動は多くある……1つに絞るのは嫌……私は1つのスポーツじゃなくて、いろんなスポーツを楽しみたかった」
それでギブアは、いろんなスポーツが得意になったのか……
「ギブアは本当にスポーツが好きなんだね……その中で、大好きが見つけられると良いね」
「ブレイブは、何かスポーツをやるの?」
「僕は剣道をやってるよ……剣道部なんだけど、今はほとんど、誰もいないに等しいんだけどね」
さすがのギブアでも、ニホンの剣術なら……
「私が剣道をブレイブに……叩きこんであげようか?」
対応済み!? まさか剣道武術もできるなんて……
「ギブアの指導は厳しそうだね……遠慮しておくよ……」
「じゃあ、サッカーは好き? 父さんにチケットを貰ったんだけれど……」
ギブアが2枚のチケットを見せる。予約が取りにくいS席のチケットだ。
しかも人気のキャメロットVSアルビオン戦だ。
「これ、凄いよ!? キャメロットは、小学時代から応援してたよ!」
「じゃあ……決まりね……また、明日の放課後にね」
「そ、その前にギブアに頼みたい事があって……!?」
「支払いなら大丈夫……私が払っておく……」
「そ、そうじゃなくて!?」
ギブアが足早に、レジの方へと行くと、カードで支払いを済ませてしまう。
まずい!? このままではまた……いや、まだチャンスはある。
カードの支払いには場合によっては時間が……
「…………」
支払いはカードを通しただけで、終わってしまい、ギブアはすぐに自動ドアを抜けてしまう。
また……説明できなった……
明日がある……
ギブアと一緒に、スタジアムに来ていた。
盛り上がる歓声の中だ。今日こそ、勇者隊ガンバレヨの話が、できれば良いのだけれど。
キャメロット3―3アルビオン
白熱した試合、両者は互角の戦いを見せた。
「あの選手が上手い……ブレイブはどう思う?」
ギブアが双眼鏡を渡し、選手を指さす。
「あの選手は有名だよね! キング・アーサー! 18でエクスカリバーにスカウトされ、キャメロットに移籍……エース選手としてめきめき上達している!」
「さすがブレイブ……キャメロットのファン!?」
試合は、点の取り合いだった。どっちが勝っても、おかしくなかった。
結果的には、5―5で同点の試合結果となった。
「今日は楽しかったよギブア」
僕は正直な感想を述べた。
実際にサッカー観戦は、久しぶりだったけど、試合結果は5―5。本当に息をつまるような、白熱した試合内容だった。
「喜んでくれて良かった……つまらないと言われたらどうしようかと思った」
「久しぶりだったけど……本当に楽しかったんだ」
「良かった……じゃあ、今度はやる方にしようか」
「やる方?」
「今度は体育館に……集合ね」
「うん、分かった……放課後だね」
「そう……放課後にね……ってことでじゃあ」
ゲートを抜けると、ギブアは手を振って帰っていく。
明日もか……ギブア、積極的に誘ってくるな。
って、あれ……まただ!? 聖石の事を説明できなかった!?
体育館には、バスケットゴールが置かれ、ラインのシールもしっかりと貼られている。剣道部と違い、バスケ部は、インターハイに出場しているから、バスケットコートはしっかり整備されているのだ。
僕とギブアは体育館内にいた。1対1のバスケで勝負する事になったのだ。もちろんバスケは、体育でしかやった事ないし、得意ではない。けれど、球技で誰かと勝負する事は新鮮な感じがした。
「私が勝ったら、ブレイブの奢りね」
ギブアは、フェイントをしながら、バスケットボールをついていく。
「じゃあ、頑張らないとね!」
「おお、自信満々だねブレイブ……その意気込みは良し……それは私に勝てるということ?」
「いや、僕にはギブアに勝つ事はできないよ」
「ふふ……ブレイブは可能性の獣……無限大の可能性が秘められている……まさにラプラスの箱」
「え~と、意味が分からないけど……僕にも勝てる可能性があるという事かな?」
「はい! ブレイブ! キャッチ!」
「えっ!?」
いきなりのギブアのパスに戸惑い、僕は動揺した。彼女にはそれだけで充分だった。
一瞬でボールをとられてしまった。
「ほら、チャンスはあった……可能性はつくるもの」
ギブアはとりにくる僕を軽々と避け、ゴールにシュートする。
「よし、分かった! 諦めなければ勝てるって事だね!」
リバウンドしたかと思えば、また、ギブアにボールをパスされた。
「えっ!? あれっ!?」
一瞬の戸惑い、またしてもギブアにボールをとられてしまった。
「獣だ……獣になるんだブレイブ!」
ドリブルで僕を避け、ギブアは綺麗なフォームでシュート。
「ええっ!? そんな!?」
「私の……勝っ……」
ゴールから外れ、ボールはバウンドして僕の方へときた。
「あれ……?」
「運を味方につけたねブレイブ……しかし、そこからは届くまい」
「じゃあ、ここからシュートして入ったら僕の勝ちで良い……なんてね」
ゴールから距離はあったけれど、僕はシュートしてみた。
「ふふ……良いだろう……ブレイブに入るかな?」
ボールは弧を描き、ゴールに入った。
「あっ!?……入った!?」
「そう……運なんかじゃない……それが可能性だよブレイブ」
「諦めなければ、可能性はあるんだねギブア」
「私はブレイブの可能性を信じてる……だから……頑張れよ」
「ありがとうギブア……僕、頑張るよ!」
「明日も……来てくれる?」
もじもじと、ギブアが頬を染める。
「明日も大丈夫だよ」
「約束だよ……ブレイブ……」
「僕……ギブアに伝えたい事があるんだ」
「駄目! 今。ここでは……!」
頬が赤い……もしかして風邪? 調子が悪いなら、早く帰らせてあげたいのだけれど。
「え~とだね……どう説明したらいいんだろう……」
「明日……ちゃんと話を聞きたいの……お願い!」
「分かったよ。明日には本当の事を話すよ……その時は話をよく聞いて欲しいんだ!」
ギブアの反応がよく分からないけれど……本当の事を話したら怒ったりしないだろうか? 何を馬鹿な事を言ってるんだと、笑われるのだろうか? 正直を言えば、それが怖い……
「明日は……遊園地、行こう……そしたら話を聞くから」
「遊園地?……いいけど」
「じゃあ……待ち合わせ場所はジパングステーションで」
ギブアは、逃げるように帰っていく……何かを恐れるように……
風邪なら、遊園地に行きたいとは思わないよね……
ジパングステーション改札の前では、ギブアが待っていた。いつもと違い、おめかしをしているように感じられた。赤いルージュをさし、化粧をし、前にブディックで選んだ黒いフリルのドレスを着て、今日のギブアは一段と美しく見えた。
「待った?」
「いや、来たばかりだよ」
「じゃあ、行こっか」
やっぱりだ。今日も頬を染めている……昨日と一緒で様子がおかしい……風邪をひいているのだろうか?
「大丈夫? 顔が赤いし……風邪をひいているんじゃないかな」
「……大丈夫……ブレイブと一緒なら……治るから……」
少し様子がおかしいけど……遊園地は止めた方が良いだろうか?
でも、本人は行きたがっているし……どうしよう……
「分かったよ……でも、無理はしないでね」
「大丈夫……覚悟はしてるから……」
「えっ? うん……」
本当に大丈夫なのだろうか?
不安に思いながらも、僕とギブアは遊園地に行った。
乗ったのは、メリーゴーランドだった。
次にジェットコースター、観覧車に乗った。
「楽しいね……ブレイブ」
ギブアは、頬を染めたまま、笑顔で言った。
「うん、楽しいね!」
「ありがとうブレイブ……貴方がいて……本当にスポーツが好きになれた……」
本当に楽しいのだろう。ギブアは満面な笑顔で返した。
カフェテリアのテーブル席に座るギブア。言えるタイミングは今しかないだろう。
「ギブア、今……重要な話をして良い?」
「……良いよ……私はどんな言葉でも受け止めるから……」
言いにくい……でも、ここで言わなければずっと引きずる事になる。
「ギブアに渡した石はパワーストーンなんかじゃない……聖石なんだ……僕はギブアに勇者隊ガンバレヨになって欲しくて渡したんだ」
ギブアの表情が固まる……茫然とした表情で……
「なに……それ? 何が言いたいの? ゆうしゃたいがんばれよ? 言ってる意味が分からない……」
僕はギブアに、自分の聖石を見せた。
「ギブアに渡したのは、僕の持ってるものと同じ聖石なんだ……その力で勇者隊ガンバレヨに変身して、魔王理事長ルシファーと戦って欲しい!」
「魔王理事長ルシファー? ふざけないで! あのとち狂った、独裁者と戦えっていうの!?」
ギブアが持っていた聖石を投げる。
「君しかいないんだギブア……僕と一緒に世界の平和を取り戻して欲しい……」
ギブアの頬から涙が零れる。
「ふざけないで! そんな事をしたいが為に、この石を渡し……正義ごっこしたいが為に、そんな発言をしたの!」
ギブアが平手打ちをする。
「違う! これには本当に変身する力があるんだ! 信じられないなら今、見せるよ!」
頬を叩かれたせいか、僕の耳にキィィンっとした耳鳴りがする。
「ふざけてるの! 私が格闘技選手の娘だから? 魔王理事長ルシファーに勝てると思ってるの!? それとも運動能力! そんな正義ごっこ! やるなら1人でやって!」
ギブアは涙を流しながら、逃げるように去っていく。
「……本当なんだよギブア……」
僕は涙するしかなかった……
あれからギブアと連絡もできず……月曜日になってしまった。
そしてギブアと目を合わせるだけの、友人になってしまった……
しかし……ギブアと関わってしまう事件が起こった……
「ギブア! 今日こそお前をぎったんぎったんにしてやる!」
アクアが教室に入って来たかと思うと、ギブアに向けて指をさす。
「……なに悪魔ちゃん……私、気分が悪いんだけど……」
「悪魔じゃない! アクアだ! 何度言わせる!」
「……勝負なら受けない!……1人で泳いでいて……」
「……なら、これならどうだ!」
アクアが、僕に近づいた刹那だった。
僕の頬に、アクアがキスをする。アクアのとった行動に僕は何が起こったか、判断できなかった。
「な、な……ブレイブに何をする!?」
「どうだ! お前の恋人を奪ってやったんだ! これで勝負する気に、なっただろう?」
「こ、恋人なんかじゃない!?」
「じゃあ、何なんだ!? いつも一緒にいちゃいちゃしているのを、水泳部員が見ているぞ! ショッピング、一緒に弁当、サッカー観戦、バスケ、遊園地! これで恋人じゃなかったら何なんだ!」
アクアは、動揺するギブアに指をさして言う。
「……お前はストーカーか!……なぜ知っている!?……いや、お前はそれだけで、恋人と判断するのか!?」
「じゃあ、お前はブレイブという奴と……ど、どういう関係なんだ?」
「友達だ! なんでもない!」
「いいだろう……お前がその気なら……こうしてやる!」
アクアが僕を抱き寄せる。
「……さっきから何をやっている!」
「お前がその気なら、恋人を賭けて戦えと言っているのだ!」
「……意味が分からないぞ!……お前にブレイブの身を、どうするかなんていう権利はない!」
アクアが僕に耳打ちをする。
(……ブレイブ、私の話にのれ……ギブアの本当の恋人になりたかったらな……)
「ええ……いや、本当に……恋人じゃないし……」
「こいつは! 私を恋人にすると言っているぞ!」
「なっ!? 私よりそいつの方が良いというのかブレイブ……」
なぜかギブアが戸惑いを見せる。
ギブアはあれ以来、僕を嫌いになってしまったのではないかと、思ったのだけれど。
「僕は別に……どっちでも……」
【どっちか選べ!】
ギブアと、アクアの声が、見事にはもる。
「分かった……勝負しろ!」
ギブアが、僕とアクアの顔を見比べた後、答えた。
「では、放課後に勝負といこうじゃないか……17時にプールサイドに集合だ! 分かったな?」
「分かった!」
「ふふふっ……楽しみに待っているぞ……」
アクアは、笑い声を上げ、帰っていく。
「ギブア……本当に良いの?」
「乗りかかった船……タイタニックだろうと、泥船だろうと……失うものは何もない」
「タイタニック?」
アクアの勝負に乗り、僕とギブアは、プールサイドに行く事になった。
「よく来たなギブア……リベンジマッチだ! 今日こそ決着つけてやる!」
既に競泳水着を着た、アクアは準備万端だった。
「何度来ても同じこと……叩き潰す!」
「それでこそ我が好敵手! 勝負だ!」
「私には時間がない……かかってこい!」
ギブアは既に準備を整え、飛び込み台に構えていた。
「い、いいだろう……お前が言うなら早急に終わらせてやる……前回と同じで25m走だ!」
アクアが飛び込み台で構えると、準備に入る。
前回と同じで、合図役だった。僕が手を振り下ろすと、ギブアとアクアが、同時に飛び込み台でスタートした。
ギブアとアクアの泳ぎは、モーターボートのように速かった……
2人の泳ぎの差は、無いように思えた。
けれど……
「貴様は……化物か!? どんな鍛え方をすればそうなる!?」
「勝てないのは仕方ない……才能の違い……生まれ持った能力……血統……それぐらい……努力でカバーできるお前は、凄いと言っていい……」
ギブアが両膝をつく、アクアを見下ろすように言う。
「分かった……素直に負けを認めよう……お前の力を見込んでお前を水泳部に誘いたい……入部はしてはくれないか?」
「……弱小水泳部に興味はない……私より泳ぎが上手い奴に会いに行く……」
ギブアは両手を組み、髪を風になびかせ、何処か遠くを見る。それはどこかのファイターを想像させる。
「わ、私を……どこまで愚弄すれば気がすむ! いいだろう! お前がその気なら、私はお前を無理にでも、水泳部に引き込んでやる!」
懐から取り出したのは黒い石……それは魔石だった。
「まさかそれは!? お前は……!?」
アクアが魔石を掲げる。魔石が赤い光を放った刹那、闇の衝撃波を生み、僕とギブアの身体を紙くずのように飛ばした。
「剣道部長レオいや……勇者ガンバレヨ! 久しぶりだな」
闇の霧が晴れると同時に現れたのは、球体のスライムに埋もれた少女。競泳水着や髪もスライム化しており、身体はゴムのような、弾力性があるのか、スーパーボールのように弾んでいる。
「水泳部クィーンスライム!?」
「こいつは……テレビでやっていたテロリストの一味!? 魔王とか何とか……どうしてアクアがどうして?……どうなってるの!?」
動揺するアクアに粘着く音と共に、クィーンスライムが近づいていくる。
「喜べ! お前を我が水泳部の仲間に、入れてやろうと言うのだ!」
クィーンスライムが指を鳴らすと、球体の形状をした少女達が現れる。
「こんな……気持ち悪い化物になれと言うのか!?」
「くそっ!? やらせない! ジョブチェンジ! 勇者ガンバレ……」
水泳部クィーンスライムから粘液が飛び、僕の身体を貼り付けにする。
僕の手から、掲げようとした聖石が落ちる。
「そこでゆっくりと、見ていてもらおう勇者ガンバレヨ……いや、今は無能なブレイブと言っておこうか?」
「ギブアには手を出すな! 彼女は関係ない!」
僕が力を入れても、壁がスライムの粘液が糸を引いて、元の状態へと戻す。
もう僕には何もする事ができないのだ。
「こいつは関係者だ……だが、残念ながらお前は私のような形状にならないだろう、我がアクエリアスの魔石と違い……タウルスの転生者だからな」
動揺したギブアは後退りし、思わず尻餅をつく。
「何を言っている……!?」
「くっ……駄目だとれない!?」
何度もがいてもスライムが粘ついて、元の貼り付け状態に戻される。
「勇者ガンバレヨ……いや、そこにいるブレイブから聞いただろう? 聖石の話を……聖石と魔石は対になる……お前は魔王の裏切り者……陸上部タウルスでもあり、戦士ガンバレヨでもあるのだ!」
「……まさか……本当にそんな力が……あるなんて……」
「ブレイブを助けたれば……我が配下になれ! 力とこの世界の平和を、約束しようではないか!」
クィーンスライムが、粘着く音を立てて、歩み寄り、ギブアに魔石を渡す。
「そいつの力を借りちゃ駄目だ! そいつは……世界を滅茶苦茶にしようとしている……従ったら多くの人を傷つける事になる!」
やっぱり貼り付けにされた身体は、動かない……落ちた聖石には手が届かないのだ。
駄目だ……聖石が無ければ僕は只の人なのだ……
水泳部スライム達が、僕に粘着く音を立てて、僕に近づく。
「私はどちらでも良いのだ……ブレイブがどうなろうと、お前がどうなろうともな……選ばなければブレイブも、お前にも制裁を加えるだけだ」
クィーンスライムが粘液を飛ばし、ギブアを床に貼り付けにする。
「……何をするつもり!?……」
お前たちに制裁を加えてやろうと言うのだ……どちらにもなれないかなら、それで良い。水泳部に入れギブア……それで許してやる」
「嫌だ! 私は……水泳部に入りたくなんかない……私は自分のやりたい事をやる! いろんなスポーツを楽しみたいんだ!」
「ブレイブよ! そこで見ているがいい! ギブアがやられるさまをな!」
床に貼り付けにされた戦士ガンバレヨに、水泳部スライム達が囲む。
「何をする気なの!?」
「スライムはプール底のぬめりのように、ぬるぬるしてとれないからな。シャワーを浴びせながら、デッキブラシでゴシゴシと、こすって落としてやろうと言うのだ……くくくっ、一生とれんかもしれんがな」
クィーンスライムと水泳部スライム達が、ホースと、転がっていたデッキブラシを拾い上げる。
それは完全な拷問だ……そんな事をされれば、ギブアは身悶えするしかない。
「や、やめるの!?」
ギブアの身体が、ごしごしとデッキブラシでこすられそうになった刹那。
空から降る一筋の光と共に聖石が飛び、ギブアの手の平に落ちる。
「ギブア! ジョブチェンジって、叫んで変身して! 貴方が望めば戦士になれる! 貴方の叶えたいという夢は努力になる! 貴方は何を守りたい? 世界、それとも……」
「私は守りたいものは努力……楽しい全てものはやり遂げたい! 私は努力して頑張りたいんだ! ジョブチェンジ! 戦士ガンバレヨ!」
「妖精めが余計な事を!?」
ギブアの身体が光に包まれ、その姿が変わっていく。
服を光の粒子に分解し、裸にした後、胴体、腕、足と、牡牛をイメージした黄土色の機械鎧を構築し、背中にマントと、頭にティアラが構成される。
「全ての努力を守る為……全ての夢を守る為! 私は戦う! 努力の力の名のもとに、戦士ガンバレヨここに見参!」
光が晴れると同時に現れたのは、ギブアとは違う姿だった。それは鎧を着た少女、これが新しい勇者隊、戦士ガンバレヨの姿なんだ。
「ブレイブ! 聖石だよ!」
イブフェアリは落ちていた聖石を拾い上げると、ブレイブに投げ渡す。
「待てブレイブ! 魔王理事長ルシファー様に、殺された事を忘れたか! 私はお前を躊躇いもなく殺す事ができる! それでも変身するか? 今ならまだ間に合う……魔王理事長ルシファー様との絆を、元に戻す事もできる」
水泳部クィーンスライムの言った言葉に、死の恐怖が過る。胸を貫く痛み……僕を躊躇いなく殺した、魔王理事長ルシファー……恐怖と嫌な思いが、僕の胸をいっぱいにする。けれど僕は……
「戦ってブレイブ! ここで逃げたら全てを失ってしまう……貴方が守りたいものは、なに? 世界、それとも……」
そうか……僕が守りたいものは……
「ありがとうイブフェアリ! 僕は戦う事を恐れない! 例え友達に殺されるような事があっても……全ての勇気を守る為に僕は戦う! ジョブチェンジ! 勇者ガンバレヨ!」
「あの馬鹿なブレイブが……ここまで成長しているとはな!」
光に包まれ、僕の身体が変わっていく。
「僕は恐れない! 全ての勇気を守る為に! 勇気の力の名のもとにここに見参! 勇者ガンバレヨ!」
光が晴れると同時に、僕の身体と服が変わり、勇者ガンバレヨの姿になる。
「ふん……返り討ちにしてくれる! やれ! 水泳部スライム!」
クィーンスライムの指示で、水泳部スライム達が襲いかかる。
勇者ガンバレヨと、戦士ガンバレヨは、水泳部スライムが飛ばしてくる粘液を軽々と避け、斬り裂いていく。
「きゃっ!?」
「うきゃっ!?」
「あうっ!?」
共に戦ってきた事から、水泳部クィーンスライムの特性は、分かっていた。水泳部スライムも同様に斬っても、やはり元に戻るのだ。
「無駄だ! 私と同じで、そいつらも不死身だからな!」
「やっぱり駄目か……イブフェアリ、こいつらを元に戻す方法はない?」
「親玉である、水泳部クィーンスライムの持っている魔石を、砕くしかないよ……親玉を叩けば配下の水泳部スライムは、消えるはずだよ」
イブフェアリが、僕と戦士ガンバレヨの耳元で呟く。
「……分かった……本体を叩き……魔石を砕く!」
「どうした? もう終わりか? それでは私からいくぞ!」
「いでよ地斧タウルスアックス! 勇者ガンバレヨ! 私を導いて!」
戦士ガンバレヨが指で魔法陣を描くと、巨大な斧が現れる。
僕はどう指示するかは、決まっている!
「うん! 戦士ガンバレヨ! グランドバスター!」
「……分かった! グランドバスター!」
地斧タウルスアックスを振り下ろし、床を壊すと、向かって来る水泳部スライム達に投げつける。
「きゃっ!?」
「うきゃっ!?」
「あうっ!?」
水泳部スライム達が、岩の下敷きになる。
「無駄だ! 私と同じで、そいつらも不死身だからな!」
水泳部スライム達が、岩の隙間から這い出してくる。
「戦士ガンバレヨ! 本体の方を叩いて!」
「それで配下を排除したつもりか!?」
「くらえ! クェイクスラッシュ!」
戦士ガンバレヨが、渾身の力を込めて、振動する地斧タウルスアックスを振り下ろすと、競泳水着が粉砕する。
「馬鹿な!?」
僕はクィーンスライムの身体の真ん中に、魔石が埋まっている事に気づく。
「そこか! レオブレード!」
僕の聖剣エクスレオンの刃に、炎の獅子が乗り移る。
獅子のエクスレオンを、クィーンスライムへと叩きつける。
「ぐああああっ!?」
炎の獅子が、クィーンスライムの身体を斬り裂く。
スライムの身体が裂かれ、獅子の刃が魔石に当たり、わずかなヒビが入る。
「やった!?」
「どうやら踏み込みが足りなかったようだな……勇者ガンバレヨ!」
「そんな!?」
余裕な笑みだったクィーンスライムだったが、その表情は崩れ、よろめいて倒れる。
「くっ……わずかなヒビでも、支障は出るようだな」
「まだやるつもりか! 水泳部クィーンスライム!」
「悪いが……ここで引かせてもらおう……」
「アクア……私はいつも勝負を挑んでくるお前を信用していた……なのに!」
涙を流す戦士ガンバレヨに、水泳部クィーンスライムは、目を逸らすようにする、
「なによ信用していたんだ? 私は一度もお前を味方と思った事はない! お前は敵だ! 私の憎むべき敵だ! そしては私お前の敵! 水泳部クィーンスライムだ!」
「……私は友達だと思っていたぞ……!」
「……お前は……私を友達だと思っていたというのか……!? 知らん! お前など!」
クィーンスライムが闇の霧を帯びて、消える。
消える瞬間、きらめく涙が床を濡らしたような気がした。
「……私はお前と戦えた事が嬉しかったんだ……」
戦士ガンバレヨは涙を流しながら言った。
僕は、戦士ガンバレヨが、水泳部クィーンスライムいや、アクアを愛していた事を知った。
続く……
勇者隊ガンバレヨを読んでくださり、ありがとうございます。嘉村健です。
いろんなところで小説を書いているので、もしかしたら自分の作品を読んだ事があるという方いましたら、どうもです。新規で読んでくださった方、はじめましてです。
元はアドベンチャーゲームの企画シナリオだったのですが、時を得て何とか小説という形にできました。子供の時、戦隊モノは嫌いじゃなかったのですが、どちらかというと、勇者になりたかった方です(笑)
前編と後編とわけてありますが、後編の方もお付き合いいただけたら幸いです。