【呪われた教師】
むかしむかし、あるところに教師が住んでいました。
黒い服を好む、赤髪の好青年です。
空気はきれいで、おいしい食べ物がたくさん育ちます。
みんな仲よしで、とても素敵な国です。教師は幸せでした。
ある日、悪い魔法使いがあらわれて、教師に魔法をかけました。
「お前に呪いをかけた。もとに戻りたいなら、俺の言うことを聞け」
拒否すると、急に苦しくなりました。
魔法使いは、もう一度おなじことを言います。
教師は、泣きながら命令にしたがいました。
来る日も、来る日も、雑用をこなします。
逃げたくて、たまりませんでした。
でも、教師は知っていました。
魔法使いに抵抗した人たちが、どうなったのかを——。
「お前を倒して、みんなを助けるんだ!」
ゆうかんな兵士は、それきり動けなくなりました。
「みんなが、元気になりますように」
優しい吟遊詩人は、なんにも話せなくなりました。
「神さま、どうか私たちをお救いください」
祈り続ける神父は、神さまのところへ行きました。
教師は、知っていたのです。
やがて空気は汚れ、食べ物はろくに育たなくなりました。
みんな、ケンカばかりしています。
ある、月夜のことです。ついに、教師は逃げ出しました。
呪いで苦しくなっても、走り続けます。
何日もかけて、堅固な城壁を有する国にたどり着きました。
悪い魔法使いに抗い続けている強国です。
そして、一流の魔法使いが、とても少ない国でもありました。
みんな戦って死んでゆくのです。上手に教える人が、足りません。
教師は、魔法学校の先生でした。必死に自分を売り込みます。
門番に蹴られました。教師は、諦めませんでした。
なんど怒られても、門の前から動きません。
座り込んでから三日後、門番は教師をお城へ連行しました。
「彼は、私の古い友人だ。魔法学校で雇ってくれないだろうか」
教師は泣いて喜びました。
教師は、呪いを解く方法を探しながら、教壇に立ちます。
教え子たちは、強く優しい魔法使いとして有名になりました。
教え子の一人が成長し、教鞭をとり始めた矢先に、教師は倒れました。
呪いは、すでに全身をむしばんでいたのです。
髪はすっかり白くなり、身体は枯れ木のようにやせ細りました。
まだ五十代半ばだというのに、一人では食事もままなりません。
どんな薬草も、どんな魔法も効果はありませんでした。
門番を定年退職した友人は、教師を励まそうと病院に入り浸ります。
おいしい果物に、きれいな花、そして新しい魔法の研究成果。
友人は、いろいろなお土産を持って行きます。
今日は教師の誕生日ということで、ささやかですがケーキを用意しました。驚かせるために、ピエロの変装もして気合いは充分です。
見慣れたドアを開け、クラッカーを鳴らして祝福します。
しかし、教師はいませんでした。部屋は、とてもきれいです。
友人はいやな予感がして、担当医にたずねました。
医師は、なにも知りませんでした。
二人は病院を駆け回り、教師を探します。
しかし誰に聞いても、どこを探しても、教師は見つかりませんでした。
しばらく経った、ある日のこと。
悪い魔法使いが倒されたという速報が、世界を駆けめぐりました。
上空を飛行していた無人撮影機が、決定的瞬間をとらえていたのです。
もう、怯えて暮らすことはありません。
各国はお祝いムードに包まれました。
しかし誰が倒したのか、知る人はいませんでした。
映像は一部が不鮮明です。解析には、とても苦労しました。
そこに映っていたのは、黒いローブをまとう赤髪の人物でした。
それは髪の長さこそ違いますが、あの教師に似ていたといいます。
あれから一世紀を経た今でも、その教師に似た人を見かけるそうです。もし、あなたが会えたら、本人か聞いてみるのもいいでしょう。
きっと答えてくれますよ。
彼は、なんでも知っていますから。
2015/11/19加筆修正