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卒業【1】

 

「トモちんやったな! よっ! さっすが我等がキューピッド!」

「いんやぁ~! それほどでも~! ……あるけど! マジ、キューピッド働きすぎだよねェー! 過労死目の前なんですけど! ブラック稼業! キューピッドなのに!」


 新たに生まれたカップルが幸せそうにそれを『俺』に報告してきた『恒例行事』を、近くにいた友人達が囃し立てる。

 こいつらは楽しければそれでいい、のノリの人種だからなあ。悪意はないんだ。


 けれど、だからこそ誰も気付いてはいないのだろう。――そこにはいつだって、『俺の失恋』が下敷きにあることを。



 ここ、名門神梛学園高等部には二人の天使がいる。一人は、今まさに壁画から抜け出してきたかのような天使そのものの外見を持つ『小悪魔な天使様』。もうひとりは、的中率百パーを誇る恋のキューピッド、『トモちんキューピッド』こと俺、二条友紀(ニジョウトモキ)だ。


 ……いやほんと、トモちんキューピッドって間抜けな呼び方どうよ。そりゃ語呂がいいのはわかるけどさあ! もう少しマシな呼び方あったんじゃない!?


「はあ……」


 すっかり祝福モードのその場から離れて、人気のないトイレの手洗い場に手を付きくしゃりと前髪を掴んだ。視界に入るのは馬鹿みたいに明るい茶色。えーと、今回は染めるの何色のやつ使ったんだっけ。


(……疲れたなあ)


 どよんと、カラコンでも隠しきれない濁った目が鏡越しに俺を見つめる。

 疲れてる。そう、皆様ご期待のキューピッド様はいい加減休養が欲しいのだ。


 初めの恋は、保育舎の若くてかわいい先生だった。典型だ。

 幼い子供らしい暴走で勝手にプロポーズの言葉を用意していた俺が、さぁ、いざっ! と覚悟を決めたその日のうちに、先生は長年望み続けていた相手との結婚が決まったと幸せそうに寿退社していった。


 二度目の恋は小学生の頃。隣のクラスのゆっこちゃんだった。柔らかな髪をいつもおさげにしていて、毎日リボンが変わる姿がかわいくて、オシャレなんだなあ、と見つめていた。

 そんなゆっこちゃんの下駄箱に勇気を出してそっとラブレターを忍ばせようとしていた時、すぐ近くの校舎裏から、ゆっこちゃんと幼馴染みらしき男(盗み聞きした会話からの推測で)が長年の両片想いを両想いに変えている場面に出くわした。

 退散するしかなった。手紙はボロボロ泣きながら破り捨てた。


 三度目の恋は同じ飼育係になった椎葉さん。引っ込み思案で大人しくて、けれど小さく笑った顔があまりにもいじらしいものだから、くっと俺の胸はときめきに締め付けられていた。

 放課後、人気のない場所に告白の為呼び出そうと緊張の一声を挙げかけた瞬間。「椎葉! やっぱりおれ、諦めきれない! 椎葉が好きだ!」

 椎葉さんは、どことも知れないサッカークラブの上級生にかっ拐われていった。


 その後も、俺が誰かを好きになるたびその相手は幸せになる。――俺ではない誰かと一緒になって。もしくは、温め続けていた想いを実らせて。



 これが、俺がキューピッドと呼ばれる所以だ。何故か恋する相手、恋する相手、みな俺以外との恋愛を成就させて幸せいっぱいに消えていくのだ。

 偶然や誰かの手が裏から加えられている訳ではない。誰も何もしていない。

 俺自身少々惚れっぽい気質らしく、尚且つ『好きになった人が好きなタイプ』なので幅広く愛してしまう傾向にあるようなのだが、だからこそ誰も彼もが成功して幸せに、なんて、おかしいだろう。

 ――ところが聞いて驚け。今のところ、俺の諸刃の剣キューピッド率は、――百パーセントだ。


 幼児であった頃から“コレ”なのだ。恋愛なんてとうの昔に諦め、馬鹿らしくなった。だというのに俺の惚れっぽい気質は治らず、もう面倒で仕方がないのに、心は望んではいないのに、俺の馬鹿な恋愛脳は次から次へと相手を見つけ、“相手の”恋を実らせていく。呆れるなと言う方が無理な話である。

 そうして見事にグレた二条友紀は、開き直り何人でも直感的に好きになった相手を口説く立派なチャラ男へと成長した。哀れ涙無くしては語れない話だ。


 以上の事実は、同じくエスカレーター組の生徒ならば誰もが知っている常識。だから俺には『友人』が多い。俺の馴れ馴れしい態度から同じように接してくる頭の軽いバカと、このキューピッド力の恩恵を受けた者、またはこれから肖りたいと思っている者。そして純粋不純はあれど慕ってくれる人たちなど。例えただ利用したいだけだとしても、俺はその選択を軽蔑したりはしない。

 ――俺だって、端から信頼し合える『親友』をこの連中の中から作りたい等とは思っていないのだから。


 幸い、俺は生徒会会計なんて似合わない大層な役に就いている。

 ほら、生徒会といえば普通、真面目でリーダーシップのある生徒が集まって成り立つものだろ? こんな、幼児預かりから小中高大と続いてエスカレーター、その上中高は男女敷地が分かれ男子校女子校さらには寮暮らしになる地獄のような閉鎖的空間でも、そのくらいの『外』の常識はある。あるからこそ、どれ程この学校が異常かも理解しているし、それで壊れず成り立っているなら郷に入っては郷に従えで俺はのらりくらりと過ごしている訳なんだけど。

 ああ、ちょっと話が逸れたな。その外とは違ううちの異常一つ目が生徒会役員選出法だ。普通、生徒会選挙といえばやる気ある生徒が立候補してそこに推薦人を立て、演説やら挨拶運動やらで自身をアピール、後、選挙時に全校生徒の投票で決まる、てのが世間一般でよく知られているものだと思う。まあここに教師の介入だとか成績の縛りだとか、個々の差はあるとしても。


 ところがうちは、周りなんて皆ガキの頃から顔を合わせてきた顔馴染み幼馴染み腐れ縁ばかりだ。今さら誠実アピールだのしても性格はとっくにバレている。

 だから選挙運動というものが存在しない。演説もない。そもそも立候補制じゃない。本人の意志を無視した完全なる人気投票制なのだ。

 文化祭後に教師によって誰が生徒会長に向いているかのアンケートが配られ、三人名前を挙げて(勿論自分の名前はなしだ)投票が多かった順に上から会長副会長と据えられていくのだ。会計書記は位的に同等なので、教師が会長副会長決定(のち)、次に人気の高かった生徒のどちらがどちらに向いているかを検討して選んでいる。大抵会長副会長には二学年、会計書記には次期会長副会長としての勉強も兼ねて一年生が宛がわれる。任期は文化祭終わりの十一月からの一年だ。

 勿論拒否権はある。発表される前に当選者には個人的に教師からその役職を請け負えるかの応否を尋ねられるし、そこで拒否すれば次に人気の高かった生徒へと話は移るからこの辺のプレッシャーは案外軽いものだ。全て他の生徒には知られず内密に動くので、誰かの拒否で流れてきた役職でもその事実を本人が知ることはないし、拒否した生徒が洩らさない限り、人気がその人の次だった生徒のプライドも守られる。だからこそ拒否する側は絶対の箝口令を敷かれるのだが。

 そして無事『会長』『副会長』『会計』『書記』を請け負う生徒が決まれば、そこで初めて外部へのメンバー発表となる。――な? 特殊だろ。

 でもさ、人気投票なんてそう滅多にメンバー変わらない訳。だからまあ、大体誰がどこに当たるかくらい予想は出来るし、メンバー変動もそうないんだよ。

 つまり何が言いたいかっていうとさ、――人間不信気味の俺でも、生徒会の仲間達はそれなりに信頼してるってこと。……まあ、予想外のイレギュラーはあったけどね。


「……会計? 何をしているのです?」


 ――ああほら、なんでこんな時に会っちゃうかなイレギュラー様。


 利用者など滅多にいないカビ臭いトイレに、『トイレ』なんて場所がまるで似合わない清廉な人が入ってくる。

 中等部では一度も生徒会メンバーとして名が上がらなかった花京院織色副会長だ。

 大抵、中等部で生徒会を担った人間が高等部でも同じ役職に就くというのが通例だ。そこに、中等部で生徒会役員を体験していない人間が高等部で唐突に役員入り、というのは、存外ここの退屈を持て余した生徒達の格好の話題(エサ)になる。

 ――まあ、本人を見ればそんなちゃちな疑問なんてすぐ納得に変わっただろうけどね。

 後から人気が出てきた訳ではなく、中学時代は役員入りを拒否したパターンだろう。花京院副会長は。

 ここまで綺麗で、ここまで有能で、そして優しい先輩を俺は知らない。どうして中等部で生徒会入りを拒否し、高等部では引き受けたのかはわからないけれど、真面目な彼のことだ。中学生の段階では自分は力不足だと思ったのかもしれない。


「どこか具合でも? ああ、コンタクトがずれましたか?」


 そっと頬に触れるどこか女性的な白い指先にドクリと心臓が跳ねた。

 本当にこの人は。ここがどういう学校で自分がどういう対象として見られているか、自覚が足りなすぎる。そんな無防備だとすぐに足を掬われて、そんでもってそのまま馬乗りにまでなられるぞ。危なっかしい。……まあ、最強セコムの会長がいるから問題ないのかもしれないけど。


 思わず吐きかけたため息を慌てて飲み込んだ。


 ――ああ、大事なうちの『最大の異常』について話し忘れてたな。

 中等部からは男子校で、当然高等部生の今だって男子校で、それなのに男同士でカップルだなんだって、可笑しな話だよな? それもそうだ。なんたってここ、神梛学園は――ほぼバイかギリギリのノーマル、たまに根っからのゲイというとんでもない童貞拗らせ集団の集まりなのだから。

 考えてもみろ。小学生の頃は男女の意識なんてほぼないし、中坊の一番『そういったこと』に興味が出だす時に周りが男しかいなかったら。……ソッチに走っちゃっても俺は責められない。ていうか走っちゃったし。

 まあ大抵、大学部に上がると女という存在がいることによりノーマル寄りのバイ、に落ち着くようだが。

 女子校の方もしかり。と言っても、男ほど直球的性欲はないから大体ノーマル、でもソッチの気もあるかも。くらいで落ち着いていると何かで小耳に挟んだような気がする。

 まあとにかく、この学園ではほいほい男の顔に手を伸ばして無防備に心配する綺麗な男とか、あっさり悪い狼に食べられちゃうんですよ、性的に。花京院先輩。


 ああ、それにしてもやっぱり綺麗だ。

 人気投票には下衆な話、容姿も大きく関わっている。なので必然と生徒会役員には美形が集まってくることが多いのだが、その中でも焔蓮哉会長と花京院副会長は桁外れだった。

 焔会長は真面目・誠実・堅物をまんま人間にしたならばこうなるのではないかと神がわざわざ考え作ったかのような人で、華々しい容姿からも決して曲がらない姿勢からも、揺るぎない自信とそれに頷ける実力を持った完璧超人様だ。

 侵されることのない黒髪と漆黒の瞳は、同じ男であっても見ているだけでゾクリとくるものがある。――おそらく、それが彼の隠しきれない色気なのだろう。切れ長な瞳やシャープな鼻に対して少し厚めの唇も大変エロティックで、駄目押しに最後に口元にほくろでもあればとんでもないフェロモン男が生まれたに違いない。

 対して花京院副会長は、一見で言うなら『和風』だ。けれども、ただひとつ和にはない青の瞳が全ての意識を持っていって、触れてはいけない神聖な何かのような、神的な神秘さすらも匂わせる美しさを持つ人なのだ。

 時々俺は、この二人は本当に人間なのかと疑いたくなる。仕事の能力的な意味も込めて。ちょっとした皮肉だ。


「あーもー、こんな人気のないとこなんか来ちゃだめじゃーん。はなちゃあん。悪い狼に個室に連れ込まれて悪戯されちゃうよお? たとえば、オ、レ、と、か」


 わざとらしく手と腰を引き寄せながら耳元で囁いた。

 あ、はなちゃんってのは花京院先輩のあだ名ね。心の中ではちゃんと花京院先輩、て呼んでるけど、表向きのバカチャラ男のキャラを考えるとこのくらいの生意気馴れ馴れしさが丁度いいのだ。


「……相変わらずどうしようもない人ですね。貴方は。そんなしょうもない嘘を言うのはやめなさい」

「うそじゃないよォー。……え、マジはなちゃん天然で言ってる? 自分が襲われる側の見た目なんだって本気でわかってないの?」

「そっちの話ではありません。……不本意ながら自分が『喰われる側』である自覚くらい、ありますよ。そうではなくて、」


 性的なことなんて何一つ知りません。穢らわしいです触らないでください。なんて真顔で言い放ちそうな潔癖な青年の口から『喰われる』だなんて俗っぽい例えが出たことにゾクリと興奮した。

 ……これも、会長の所為、て考えると一気に鬱になるが。


「私が言いたいのは、――『貴方は』私にそんなことしないでしょう? だから徒な嘘はやめなさいと言ってるんです」

「……っあのさぁ、はなちゃんもう忘れちゃった? オレははなちゃんが、」

「忘れてなんていませんよ。だからこそです。どうせほら、――とっくに蓮哉に連絡取ってるくせに」


 スルッとポケットに半分突っ込んでいたケータイを絡め取られた。副会長に声を掛けられた時点でラインを開き、会長のトークに簡単に居場所だけを打ち込んで送っていたことに気付かれていたらしい。


「最初からそんなつもりもないくせにこうやって自らで脅すんだから、……本当に困った優しい子ですね。貴方は」


 子供にするようにくしゃりと頭を撫でられて、喉がヒクリと妙な音を立てた。

 あー……あーあーあーほらもうこういう、こういうことをこの人は平気でするから、だから無防備なんだって言って、……っあーチクショー……ッ!


「……ねえ、はなちゃん。やっぱ今からでもいいからオレにしな、」

「人の恋人をこれ以上勝手に口説かないでもらおうか」


 音もなくトイレの扉が開き、件の完璧な会長様が、――花京院先輩の現恋人、焔蓮哉様が現れた。


「織色。何だってお前はこんな所に」

「会計の足がふらついていたのでつい後を」

「後輩想いもいいがせめて俺には一言入れろ」

「どうせどこに行っても貴方は、何だかんだで見付けてくれるじゃないですか」


『恋人』達の会話が始まり、小さく唇を噛んだ。

 その光景は、まさに彼等が『運命』の恋人同士であることを示すようにしっくりとくるもので。


「はいはい、痴話喧嘩は他所でやってくださーい? 犬も食わないんですよォ。わんわん」

「ああ、悪かったな会計。保護ご苦労だった」

「む。保護とはなんですか。子供扱いですか!」

「これは連れていく。体調悪いならお前も無理せず保健室へ行け。いいな」

「はーいよーぉ」


 副会長の手を自然に取って、トイレを出る『恋人』達の後ろ姿を見送る。


「ハッ、まさか犬扱いですか!? わんわんですか!?」

「頼むから外でそういう可愛いことを言うのはやめてくれ」

「今の発言のどこがかわいいと!? 会長! 早急な説明を要求します!」


 最後まで結局ノロケていただけの彼等の姿がなくなってから、俺はずるずるとその場に座り込んだ。


 二条友紀のキューピッド効果は本物だ。――あんなとんでもないビッグカップルすらも引き合わせてしまうのだから。



「……嫌いだ。こんな呪い」


 ちっぽけで自身のことすらも儘ならない俺は、小さく呟いたその言葉が、誰にも拾われなかったことだけを祈るしかできなかった。



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