間章 少女達は歩き始めた。
勢い良く開けられた扉に、全身の毛が逆立つかと思う程びっくりとした自分が居た。
明かりを消して息を殺していたのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「レインお嬢様ご無事ですか?」
「っ!?・・・なんだ、ファーナだったの」
入ってきたメイドを見て、開けたのが見知った相手で遭ったことに安堵する。
自分でも驚くほどに緊張をしていたらしい。
当然といえば当然。現在、傭兵団に襲撃を受けているのだから。
あの男の屋敷はこの離れの窓から見ても赤い炎と黒い煙が見える。
月明かりよりも明るく照らす炎は、屋敷が容易く燃え落ちるであろうことを示していた。
離れは屋敷の端のほうからしか見つけることのできない森の中にあるために、現在は此処まで襲撃は来ていない。今は無いというだけで、そう遠からず襲撃を受けることになるだろう。
どうせあの男の妻か娘かの誰かが自分が助かるために喋るに決まっているのだ。
「屋敷の方はどうだった?」
「雇った傭兵団と一時は抵抗していたようですが、”暴虐の斧”参戦により壊滅。ガイラッド・シューナムは殺されたようです」
「やはりそうなったのね」
金にものをいわせ相手より十倍近い兵力を集めていたようだが、質で劣る連中ばかりであったのは、わかりきっていた。そもそも、あの男に味方しようなんて連中が有能とは思えない。
塵はいくら集まっても塵。強い風が吹けば一気に飛んでゆくものだ。
ましてやそれが、このリギア大陸を縄張とするSランク傭兵団”暴虐の斧”ともなればむしろ、賭けにすらならない。屋敷に居たあの男やその妻、娘達は何を考え勝った気でいたのだろうか。
そんな当たり前な事実よりも、私はあの男が死んだときかされても、涙のひとつも出ない自分に嫌気がした。やはり私には忌々しいあの男の血が流れているということか・・・
「お嬢様。早くここを離れた方が良いかと思いますが」
「そうだったわね」
ファーナの呼びかけで思考に沈みそうになったのを押しとどめられる。
言いながらファーナは道具袋に必要になりそうなものを詰め始めた。
そう。私は特に早めに動き出したほうが良い。なぜならば私は足に傷を持っているからだ。
日常生活には支障がないが、長距離を歩いたり、走ったりするとどうしても他人より遅れてしまう。
生まれつきではなく、あの男の娘の一人から受けた刃物傷。あの男の関係者はどこまでも私の足を引っ張ってくれる存在でしかない。
そんな足手まといの私を連れて二人とも無事に逃げるのは正直不可能だろう。
母の実家より付き従ってくれた乳母の娘であり、親友でもあるファーナには何とか無事に逃げて欲しい。
「ファーナ・・・貴女だけでも一人逃げれば生存率は上がるから―――」
「レイン。本気で言っているのなら怒るよ?」
私の言葉を遮る。
眉は吊り上がり耳鰓も大きく広がり、怒っているのがわかる。
普段のメイドとしての口調ではなく、私の親友のファーナとしての顔と言葉使い。
「亡くなったサラナ様にも母さんにもレインのことを任されてるの。レインがここで死ぬ気ならば引っ叩いて髪を掴んで引き摺ってでも連れて行くからね。生きる気があるのなら、一人より二人のほうが取れる行動が多くなるでしょう?」
それでも納得していないような私の表情を察したのだろう。ファーナは手早く持ち出せる荷物を纏めながら言う。
「私は、私の意志でレインの傍に居るの。これは私の選んだ人生よ。私は、二人で生きるのを最後まで諦めない」
流行り病に掛かりろくな治療もしてもらえず、長い闘病の果てに死んでいった母の最後の言葉は今でも覚えている。「生きることを諦めず、自分を大切にしてくれる人と幸せになりなさい」そう言い残した。
乳母であるレーナも母の後を追うように森にて渦獣に襲われて死んでいるのが発見された。
レーナは襲われてすぐに絶命したのではなく、渦獣に木の棒で攻撃をしていたようであった。
2人とも最後の最後まで生きるのを諦めてはいなかった。
ならば、その二人に育てられた私たちも同じように諦めることはできない。
「わかった、もう言わない。ファーナ、絶対に生き延びるよ」
「当然よレイン」
これからのことを考え、私たちは事前に用意してあった一般人に見える服装へと着替える。
頷きあい、荷物を背負うファーナ。
私も負担にならない程度の荷物は持つ。
そして私達は山を越えた先にある隣領の村を目指すため歩き始めた。