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勇者ではない俺の異世界傭兵記  作者: 七十八手也
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序章三 加護

 俺の親は特に躾に五月蝿い人ではなかった。むしろ放任気味だったかもしれない。

 親の名誉の為にも言うが、育児放棄をしていたわけではない。

 共働きであった為、忙しかったのだろう。

 食事は作ってくれていたし、休みには一緒に外にでかけることもあった。


 そんな親によく言われていた言葉がある。

”困っている人が居たら手を差し伸べられる人になりなさい”

”善くして貰ったのであればそれ以上に善くしてあげなさい”

”考えて学ぶことを続けられる人になりなさい”


 三つ子の魂百までもなんて言葉がある。

 俺という存在の根底にあるものは、きっとそういう考えなのだろう。




 目を覚ますと見知った自分の家・・・ではなく、よく知らない場所であった。

 渦に飲み込まれたこととか、怪物に襲われその怪物を殺したこととか、夢であれば笑い話だったのだが、残念なことに現実であるらしい。


 灯りは無く薄暗い。

 目が闇に慣れ、ようやく辺りの様子が判る。

 ここはザームさんの馬車の中らしい。

 見たのは数秒程度だったが、間違いないだろう。

 毛布に大部分が隠れてしまっているが、周囲にはザームさん達らしい寝姿が確認できた。

 猫と兎の耳が身動ぎをする度に反応しているし、呼吸の為毛布も上下している。

 あの後、何かあって死んだということは無いらしく胸を撫で下ろす。

 視界内に見えるのはザームさんと奥さんに子供二人。

 槍使い、弓使いは何処だろうか?


「目が覚めました?」

 身を起こした俺にすかさず声が掛かる。目を覚ましたことに気づいていたのだろう。 

 声の主は弓使いであった。

 毛布を掛けていることから眠っていたのだろうが、俺達のように横にはならず座るような姿勢で弓を立てていた。

 そして、この薄暗く仮眠を取っている状態でも顔は隠したまま。

 やはり、何かしらの事情があるのだろう。


「二日眠り続けてましたが、体に違和感は無いですか?」

 言われ、座った姿勢のままで確かめてみる。

 指、手足、首、腰、気分も悪くない。どこか痛みも無い。

 むしろ疲れがすっかり取れている感じすらする。

「大丈夫みたいだ」

「よかった。魔力枯渇時はしばらく気分が悪くなったりフラフラすることもあるらしいので。何日かは気をつけたほうが良い」

「魔力枯渇?」

「サカキバラ殿が居た世界には《魔術》は無かったのか?」


 《魔術》という概念は存在しているが、御伽噺とか架空の話になっている。

 昔はそいういう魔術を研究している人とか居たはずだ。日本で言えば陰陽師とかそれに類するだろう。

 これは無いになるのだろうか。それともあるになるのだろうか?

「無いと言うか・・・廃れたというか・・・」

「そうか。サカキバラ殿の倒れる前の状況、外傷が特に無いことから子供が魔術を始めて使ったときに起こる魔力欠乏と言う症状だと思われる」


 説明はこうだ。

 魔術の才能がある者が生まれて始めて魔術を使おうとした場合、加減がわからず自身にある魔力を過剰放出してしまうことがあるらしい。

 その結果、生命維持に必要な魔力ギリギリまで放出してしまい。気を失うことが良くあるのだと言う。

 加減さえ覚えればそういうことは無くなる。

 それと魔力欠乏による後遺症などは報告されていないとのこと。

 ただし、これはあくまでこの世界の人たちの事であり、異世界人全てに該当するかは不明なので注意するようにと言われた。


 そして、それはこういった症状に限らない。日常的に行う食事にも当てはまると改めて気が付いた。

 同じ地球ですら日本人が外国の水を飲むと腹を下すことがあると言う。

 これは、日本の水は衛生状態がすごく良いため、外国の水のように衛生状態の良くない水を飲むと免疫力が低い日本人は腹を下すのだという。

 同じことがこの異世界でもありえるのかもしれない。気をつけよう。

 


 もう一つ。話を聞くにつれて、弓使いの話し方に少し違和感を覚えた。

 起きた当初は少し丁寧だったのだが、徐々にぶっきらぼうと言うか素っ気無い感じになってゆく。

 弓使いの素はどちらかと言えば丁寧なほう。そう”感じた”。

 俺のことを警戒しているとも少し違うようである。

 距離感を測っているような。

 親しくなりすぎないようにしている風にも感じる。



 そんな説明が終わった頃、モゾモゾと近くの毛布が動く。

 見れば、寝苦しそうに声を漏らした子供達が動いていた。

「五月蝿くしすぎたようだ」

 少し声を落としながら弓使いが言う。

 今が何時かはわからないが、寝ている人の前で話す時間ではない。

 そもそも安眠妨害である。

 とはいえ、二日眠っていたこともあり、まったく眠りたい気持ちにはならない。

「もし目が冴えている様なら、外で火の番をしながらライフェ殿が見張りをしている。ライフェ殿の眠気覚ましも兼ねて話して来てはどうか?」

「ライフェ・・・もしかして、あの槍使いのことか?」

 そういえば見当たらない。外で見張りをしていたのか。

「そうだが?・・・」

 弓使いはそこまで言い。何かに気づいたような表情をする。

「そういえば名前すら名乗っていなかったな。ライフェ殿は自分でしてもらうとして、俺はテゥガ・ミズィ・ハーカニ・クラムクラムクラム・ノフェウムェシニィタウという」

 いい難いっ!?

 最初のほうはともかく最後とか日本人には発音しにくいだろ。

 そういえば、母国語に存在しない音はその国の人は発音しにくいと聞いたことがある。

 まぁ、言い慣れていないし、聞き慣れていないのだから、当然と言えば当然なのであるが。

「えっと、テゥガ・ミズィ・ハーカニ・クラムクラムクラム・ノフェフメシニタウさん?」

「ノフェウムェシニィタウだ。言い辛いだろうし、テゥガと呼んでくれれば良い」

「う、すまない。俺もダイキと呼んでくれ」

「了解した」

 これ以上ここで話すのも良くないだろう。

 たぶん見張りも交代性だろうし、テゥガも見張りの前か後のはずだ。これ以上貴重な睡眠時間を削ってはいけない。

 そう思い、なるべく音を立てないように立ち上がる。

 かけられていた毛布をたたみ、邪魔にならないように隅のほうへと寄せておく。

 気温はそこまで寒くは無い。火の近くに居れば十分だろう。

 立ち上がり外へと向かう。

「おやすみ。テゥガ」

「ああ、おやすみダイキ殿」

 その言葉を最後にテゥガは目を瞑る。

 相変わらず座った姿勢のままだが、あんな怪物と遭遇した後なのだ。警戒するのも仕方ない。




 馬車から降りれば、空気の澄んだ夜空に満天の星。

 夜故にはっきりとは判らないが、この場所はどうやら大きな道から少し森へと入った場所にあるらしい。馬車が3台は並べて走れそうな道幅であることから街道なのかもしれない。

 街道を走っていて、夜営のために少し森側へと入った。そんな場所のようだ。

 見回れば、馬車で死角はできるものの、森、街道どちらも監視できるような場所に焚き火があった。

 馬車から離れすぎておらず、しかし、近すぎて死角を増やさない。そんな距離。


「起きてたみたいだねえ」

 別段、音を殺していたわけでもないが、特に警戒する様子も驚いた様子もなく槍使いが話しかけてきた。気配とかで既に気づかれていたのだろう。

「ああ。迷惑をかけた」

「むしろ感謝だよ。ゴブリン倒してくれなかったら依頼人を見殺しにするところだったしねえ」

 焚き火を中心に対面になるように座る。


 ゴブリンってのは俺が首を切り落としたあの怪物のことだろう。

 あれがRPGで有名なゴブリンか。

 たしかに、ゲームとかでデフォルトされていなければあんな感じだろう。

 ゲームとかでは序盤に登場する雑魚モンスターの代表格とも言える存在だが、そもそも殺されればもう生き返ることなどできない現実において十二分に脅威である。

 百聞は一見にしかず。なんて諺があったがまさにそれだ。


「改めて自己紹介だが、榊原大輝という。この世界風にいうならダイキ・サカキバラになるのかな?ダイキと呼んでくれ」

「ああ、フソウ連合国みたいにファミリーネームが先に来る世界なんだねぇ。俺はライフェ・スン。よろしくねえ。こっちもライフェでかまわないよ」

 手を差し出され、握手を交わした。


「ライフェもテゥガみたく名前が長いのかと思っていた」

 この世界の人間はテゥガみたく名前が長いのが普通なのかと思っていたが、別にそんなことは無いらしい。

「テゥガはエルフ族みたいだからねえ」

「エルフなのか・・・」

「クラムクラムクラムって名はエルフ独特の名前だね。ダイキの世界では違ったようだねえ」

 そう言いながらライフェは火に木の枝を抛る。

「地球にはそもそもエルフが居ないし」

「その割にはエルフを知っているような反応だったけれど?」

「伝承とか伝説に居たみたいな感じかな」

「なるほど」

 正確に言えば、空想の産物として作り出されただが。

 いや、もしかしたら、俺のようにこの世界のような場所から地球へと来てしまったエルフが居たのかもしれない。


 それにしてもテゥガはエルフなのか。

 姿を頑なに隠しているから、てっきり見た目が問題ある種族かと思っていた。

 或は日に当たるのがだめだとか?

 いや、夜もしているのなら違うか。

 とりあえず、詮索はあまりしないようにしておこう。

 誰にだって秘密にしたいことはあるはずだ。


「ところで、ダイキは魔術を使って、剣でゴブリンを倒したと聞いたのだけれど?」

「魔術ってのがあの雷が出たやつならばそうなるな」

「剣に魔術の加護とはレアな加護もらえてよかったねえ」

「加護?」

 ライフェが言うには、この世界ニル・アダでは、生れ落ちた瞬間に神様より加護が与えられるのだという。

 神は総勢60柱居り、どの加護をもらえるのかは一部の種族を除いては、法則性は無いと言う。

 同じ両親から生まれた双子でも加護をもらえる神が違うこともあるし、兄弟全員が同じ神の加護をもらえることもあるのだという。中には世界で数人しか確認されていない希少な加護持ちも居るのだとか。

 何が得意で何が不得意なのかはその加護で解るとの事。

 要するに、自分の才能が生まれたときに判るのだという。漂着者の場合はこの世界に呼ばれたときに加護を習得する。ただ、異世界人故か加護が変な形で発動することもあるらしい。

 加護の内容は神殿で調べることができ、ニル・アダでは子供が生まれるとまず神殿で加護を調べるのが一般的であるとのこと。


「ちなみに、俺達とこうして話ができているのもその加護のおかげだねえ」

 言われてみれば確かに。

 気が付いたときから普通に日本語で話しかけられたので、普通に応対してしまっていたが、異世界言語が日本語な訳が無い。加護のおかげで日本語として理解できていると言うことか。

 おそらく特殊な固有名詞、地球に存在しない概念とかは翻訳不可としてそのまま聞こえているのだろう。

「ただ、言葉は解っても、文字は理解できないらしいから気をつけたほうがいいねえ」

 なるほど。あくまで理解できるのは言葉だけということになるのか。

 最低でも読み書きくらいは覚えないと、この世界で生きてゆくのは難しそうだ。

 

「ダイキの加護は《剣術》と《魔術》だから、3柱にまでは絞れこめそうだねえ」

「漂着者だから加護が変わっている可能性とかは?」

 漂着者はこの世界とは違うルールで生きてきたせいなのか、色々と違うようである。

 それが加護にも現れる可能性は十分考えられる。

「絶対とは言い切れないけれども、無いと思うねえ。加護はあくまで神々より与えられるものだから、与えられた上で変質している可能性はあるけれども、今までそういった漂着者は確認されていないねえ」

 つまり、《魔術》の加護を得た上で、チートとか呼ばれそうな加護に変質することはあれども、その神が持っていない加護を与えられることは無いと言うことか。


 ライフェは火の中に棒を突っ込みなにやら動かし始める。

 棒一本で器用に焚き火の中から取り出したのは、少し焦げ目の入った丸い何かであった。

 それを俺の方へと転がす。

「二日眠りっぱなしならお腹好いてるだろ?」

 言いながら、それをもう一個火の中から取り出すと、自分のほうへと出し食べ始める。

「パンの実って言うんだけどね、こうやって焼いて食べるものなんだよ」

 ライフェの夜食だったのだろう。

 ありがたく頂きたいが、この実は異世界人の体に合うものなのだろうか?

 とりあえず俺も、パンの実を触ってみる。

 熱くはあったが、触れないほどではなかったため意を決し二つに裂いてみた。

 中身は白というか肌色に近く、焼いているため黒くなっている辺りから少し焦げたような臭いと名前の通りパンを焼いた時のような臭いがする。

 食べても平気そうだと、そう”感じた”ため、軽く齧ってみる。

 食感は少し硬めに焼いたフランスパンのような感じだろうか。

 外側は噛み千切るのが難しいくらい硬く、中はパサパサとしたパン特有の食感がする。

 正直な話をすれば、美味とは言い難い。

 だが、二日何も口にしていなかった身としては、ありがたい食事である。

 ライフェから、コップを手渡される。乳白色の液体が湯気を立てていた。

 見れば、ライフェの近くにはやかんの様な物があった。

 俺が来るより前に火にかけ、冷ましていたのだろう。

 液体から香る臭いは、牛乳に近いだろうか。

 口にしてみると、程よい温さであった。味は牛乳に似た何かであり、何かの動物の乳であると思われる。

「加護の話の続きだけれど、”双頭の山犬”や”トゥースグリズリー”が現れるよりも前にダイキは気づいていたようだったけど、あってるかい?」

「気づいていたというか、なんとなくそう感じていただけなんだけど」

「感じたねえ・・・もしかしたらダイキは《直感》の加護もちかもしれないねえ」

「直感?」

「さっき言った《剣術》《魔術》加護がある3柱のうち、賢神シシーナトは《直感》と言う加護も持っていて、《直感》持ちは他人に比べ妙に勘が働くらしくてねえ。危険な気配とか罠とかに敏感に反応することがあるらしいねえ」

 俺は持っていないから、聞いた話だけれどねえ。と付け加えられる。


 直感・・・直感か。

 思い当たる節はいくつかある。

 ニル・アダへ来てから、勘が妙に働いたり、こうであると”感じる”ことが度々あった。

 地球に居た頃には無かった感覚である。

 加護がこの世界に呼ばれてから与えられるものだとすれば、確かにそういう加護を受けているのかもしれない。

「ライフェは加護について詳しいんだな」

「そんなことは無いねえ。ただ単に《魔術》持ちの加護が少ないのと、賢神シシーナトについては詳しいってだけだねえ」

「ライフェも賢神シシーナトの加護持ちなのか?」

「いや、俺は槍神ヴィルナトだねえ。シシーナトとヴィルナトは兄弟神でねえ。神話の中でも一緒にいることが多くてねえ」

 なるほど。

 自分の神を知ることは、自分の才能なんかについてより詳しく知りことができると言うこと。

 ヴィルナトに詳しいので、一緒にシシーナトの事も詳しくなったという訳か。



「もう少しで夜明けだねえ」

 ライフェの視線を辿れば、遠くに見える山の輪郭が白くなりだしていた。

 日の出の時間が近いのだろう。

「ダイキは休まなくて平気かい?」

「ああ、眠気は無い」

「そうかい。ならさ、今度はダイキの世界の話を聞かせてほしいねえ」

「聞いても面白いものでは無いと思うけどな・・・」

「ダイキにとっては当たり前でも、俺にとっては新鮮なこともあるはずだしねえ」

 なるほど。

 常識が違うのだからそういうことにもなるのか。

 では、どこから話していこうか。

 

 そんな風に、皆が起きはじめるまで俺はライフェに地球の話をしたのだった。

 

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