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勇者ではない俺の異世界傭兵記  作者: 七十八手也
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序章二 渦獣

「サカキバラ君?」

 唐突に後ろを振り向いた俺にザームさんが怪訝そうな声をかけてくる。

 しかし、俺は振り返らない。

 いや、森から目を離せなかった。



「・・・何か居る」

 振り返った理由を一言で言えば”なんとなく”。

 何か居ると言う”確証”をもった”なんとなく”であった。

 自分自身でもおかしいとは思っている。

 しかし、そうとしか思えない。


 誰かが動く音が俺の背後から聞こえ、俺の横を通り過ぎる。

 見れば、それはザームさんの近くに居た槍を持った人物。

 先ほどまで置いてあった槍を両手で構え、警戒をしたまま俺の視線の先へと近づいて行く。

 何か居ると言う俺の言葉を気に留めるくらいはしてくれたらしい。

 

 あと数歩で森へ入るというところで、ソレは森から飛び出してきた。

 その姿は狼に近かった。

 近かったが、確実に違う部分が二つあった。

 一つは目が蜘蛛のように沢山付いており、動物のような瞳孔がなく、昆虫のような目をしているということ。

 二つ目はその狼もどきには『前』と『後』が無かった。

 なぜならば、今此方を向いているほうを頭とするならば尻に当たるほうに、もう一つの頭が付いてたからだ。

 ここは異世界である。だからこそ俺の驚くような生物だって居ることだろう。

 だが目の前に居るコレは生物と呼んでいいのかすら怪しい。

 生物とは生きている存在のことである。

 生きているとは、食事をし、眠り、番と子を作り育ててゆくことである。

 この目の前のソレはそういった生きると言う行為を行うかどうかすら怪しいと、そう感じていた。


 現れたソレは3体いたが、どうにも個体差というものが存在していない。

 データで作られたものをコピーしたかのように、毛色どころか毛癖までもが同じなのである。

 それこそ、ゲームに存在しているモンスターのように・・・


渦獣かじゅうとは、まいったねこりゃ」

 どこか飄々とした様子で槍使いが告げる。

 そして、槍の構えを解き、視線を渦獣から逸らす。

 

 それを好機と見た渦獣は驚く速度で槍使いへと迫った。

 ある程度遠くから見ていたからこそその動きを捉えることができていたが、目の前でその動きをいきなりされていたらきっと見失っていたことだろう。

 だが、槍使いは俺とは違った。

 野生の動物と対峙した時にはその動物から目を背けてはいけない。

 睨み合いをしている限りはどちらも迂闊には動けない。

 しかし槍使いは視線を逸らした。ワザと逸らした。相手が飛び掛ってくるように誘ったのだ。


 下へと向けていた槍先が風を切る音と共に動いた。

 下から上へと振り上げる動きで一匹目の前方の頭を真っ二つに切り裂く。

 上に上がった槍先を突き出すようにして二匹目を串刺しにする。

 ソレを振り払うかのよう薙ぎ一匹目の背後の顔へ突き刺さったままの二匹目を叩きつけ、勢いそのままに三匹目へ叩きつけようとする。しかし、三匹目は飛び上がるように後ろへと距離をとり槍を回避した。

 刺さっていた二匹目はその勢いで槍から抜け地面に落ちる。

 二匹目は落ちた直後二、三度痙攣をした後、物言わぬ塊と化す。死んだのだろう。

 前頭を切られた一匹目は、叩きつけられたもののまだ健在らしく、唸り声を上げながら後ろ頭を槍使いへと向けて距離をとる。

 槍に付いた血を飛ばし、こんどは槍を構える槍使い。

「あらら、倒しきれなかったかい」

 声は相変わらず飄々としている割に、その視線は油断なく渦獣を捕らえているようだ。


「手を貸すか?」

 ザームさんとは違う声のした方を見れば、顔を隠した人物は腰の後ろから矢を取り出していた。

 構えこそはしないものの、いつでも引き絞り狙えるようにしている。

 どうやらこの謎多き人物は弓使いらしい。 

 声から判断すると、この弓使いは男のようだ。

 

「いんや、平気。それよりも安全を優先してほしいね」

「わかった。ザーム殿、サカキバラ殿は念のため馬車の中へ」

 焚き火近くから動けないで居た俺とザームさんはその言葉で、金縛りが解けたように動く。

 慌てて走ったりせずに。しかし、できる限り急いで。

 渦獣も俺たちの動きに反応したが、武器を持った二人に制限され、特に何もできないでいた。

 そして、弓使いの横を通り過ぎる瞬間。またあの感覚が走った。


「後ろだ。まだ何か居る!」

 俺の叫ぶ声と、弓使いの背後にあった木が薙ぎ倒されたのはほぼ同時であったと思う。

 現れたのは熊のような怪物であった。

 熊の顔には大小さまざまな目が沢山付いており、手にあたる部分に大きな口が二対。腰から下が触手でできていた。

 顔が熊でなかったら何の生物であるのかたとえようが無いほどの異形。

 その怪物の登場と同時に、二匹の渦獣たちも槍使いへと襲い掛かる。

 だが、こんどは槍を警戒しているらしく、噛み付くことよりも、槍を避けることを優先しているようで、なかなか攻撃が決まっていない。

 二匹で連携し隙を補っているのもあるのだろう。


 咆哮と共に怪物の手のような口から生えた牙が、弓使いへと襲い掛かかる。

 後ろへと飛び、距離を開けながら、構えた弓使いは矢をその怪物へと向ける。

「《疾風の矢》」

 戦う音や唸り声の中で、弓使いのその声だけはやけにはっきりと聞こえた。

 決して大声ではなかったはずのその声が、妙に耳に残ったのである。

 放たれた矢は緑に輝く力を纏い、さきほどの言葉の通り螺旋状に回転しながら怪物へと飛んでいく。

 動物的直感であったのだろうか。危険と判断したらしい怪物は回避行動をとるが、完全には避けきれず右手に命中。

 命中の瞬間、その矢は右手に突き刺さらず、そのまま右手の口を貫通し、抉りながら肘を抜け肩を突き抜けて森へと飛んでゆく。

 この世界の武器がどのくらいの強さなのか知らないが、物理攻撃であれほどの威力を出すのは難しいはずだ。

 ならば纏っていた緑の力がその威力を出しているのだろう。

 ファンタジーに付きものの魔法というやつだろうか?


「今のうちに馬車へ」

 怪物に弓を構えたまま、弓使いは声をかけてくる。

 その言葉で俺はやっと自分の足が止まっていたと言うことに気づく。

 馬車のほうを向けば、ザームさんが荷台へとあがって行く所であった。

 間抜けな俺とは違い、言われたことをきちんとこなしている。

 戦いの場に居ても、戦争も無い平和な日本で育ってきた俺にはやれることなど無い。

 むしろ足手まといになるだけ。邪魔をしないことこそ一番の方法である。




 俺も慌てて馬車へと向かおうとしたその時、馬車の傍の茂みから小柄な人影が現れ馬車へと乗ろうとしていた。

 そういえばザームさんには子供が居たはずだ。その子供のどちらかが茂みにでも隠れていたのだろう。

 そんな予想は馬車へと上るその姿をはっきりと捉えた瞬間に破壊される。

 緑じみた肌。赤く凶暴に輝く瞳。人に近い、子供ほどの大きさ。

 しかしその存在が友好的でないのはすぐにわかった。

 その存在はどこかで奪ってきたのか、サイズの合っていない赤い血の付いた鎧とゲームにでも登場しそうな質素で飾り気の無い剣を一振り握っていた。

 そして剣とは逆の手に切り落とされた人の腕を持ち、移動しながらまるでお菓子か何かのように食べていた。人を獲物とするような存在なのだ。

 その存在は馬車へと上ってゆく。次の獲物を狩るために。


 背後を振り返ったザームさんの表情が、少し緊張した笑顔から驚愕と恐怖へ歪む。

 俺が乗り込んできたと勘違いしたのかもしれない。

 「ここに居れば安全だ」「彼らに任せておけばいい」

 そんなことを言いたかったのだろう。



 ザームさんはいい人物だと思う。

 俺に対し警戒はしているが、見ず知らずで身元のはっきりしない異世界人に対して、至極当然の反応と言えるだろう。

 そんな人物を、むしろ手放しに信用してくる人物のほうがおかしいと思う。

 この集団の中でザームさんはリーダー的な存在であるはずだ。

 だからこその責任感もあったのかもしれないが、リーダーであるのであれば、そんな謎の人物を放置するという選択肢もできた。

 しかしそれをしなかったのはザームさんの性格が大きい。

 武器を持った二人を除いた女性一名と子供二人は、明らかに警戒そして恐怖がその目にあった。

 俺を見つけた後、連れてゆくのを反対したのかもしれない。

 でも、俺はここに居る。

 最終決断を下したのはザームさんであるだろう。

 警戒して、それでも俺に善くしようとしてくれる。

 昨今の日本では同じアパートの人物ですら、顔を知らなかったり挨拶さえないことなど当たり前だと言うのに。

 だからこそそんな善い人を死なせたくない。死なせるには惜しいとそう思う。



 だが、どうすればいい?

 今居る場所から走っても、あの剣が振る下ろされるよりかは遅い。

 違う。

 あの緑の怪物まで一直線に飛んでゆく攻撃。

 火よりも水よりも土よりも風よりも速く。

 右腕に力を集中し、狙いを定め力の限り放てばよい。

 そう。俺は解っているはずだ。


 その場で右腕を伸ばし、人差し指と中指で指差すように緑の怪物へと狙いを定める。

 意識を集中し指先に力を集める。

 イメージするのは音と光と共に真直ぐに、だけれども素早く飛んでゆく電撃。

「これでも食らえ!!」

 次の瞬間。

 俺の指先より発生した電撃が緑の怪物を貫いたのだった。

 電撃を受けた怪物はザームさんの脇を吹き飛び、馬車の奥へと吹き飛ばされる。

「おや、魔法とは」

「風の中位魔術だと」

 槍使い、弓使いからそんな声が上がる。


 不味い。まだあの怪物は死んでいない。

 このままではザームさんたちは殺される。

 見えもしないのにそう”理解”した俺は 馬車へと駆け寄る。

 飛び乗るように馬車へと入る。棒立ちで驚愕しているザームさんの脇を通り過ぎる。

 緑の怪物は既に起き上がっていた。

 赤い瞳には明らかな敵意と怒り。

 鋭い牙の見える口からは唸り声。

 

 どうすればいいか。

 そんなこと、この馬車の中を見た時点で”理解”している。

 だから吹き飛ばした際に転がった剣を手に取る。


 剣を使い最も効率的に『殺す』方法は突き刺すことである。

 胴体へ突き刺し、内臓を傷つけることができれば、そう遠くないうちに相手を死に至らしめることができる。

 心臓は肋骨に守られているため狙うならば腹部辺りの臓器になる。

 ただし、コレは現状使えない手だ。

 この緑の怪物の体の構造は解らない。自己治癒力が高いかもしれない。

 即死させることが難しく、反撃されるか死の間際まで暴れられるかもしれない。

 そしてなによりこの緑の怪物は鎧を着込んでいる。

 剣では突き刺せない。

 ならばどうするか。


 緑の怪物は電撃で攻撃をした俺に狙いを定めたらしい。

 その爪で切り裂こうと飛び掛ってくる。

 その怪物とすれ違うように、俺はその怪物の頭と胴体を分断した。

 首は骨があり、かなり斬り難い筈なのだが、切り裂けると”理解”していた。

 呆気無く怪物の首が落ちた。


 全員の無事を確認しようと、背を向けていたザームさん達の方へと振り向く。

 いや。しようとして、俺は倒れた。

「あ・・・れ・・?」

「サカキバラ君!?」

 世界がグルグルと回っている。

 ザームさんの声に大丈夫だと起き上がろうとするが、腕が動かない。

 激しい運動をして疲労で立てないような、そんな感覚。

 手足に力が入らず。瞼がとても重い。

 慌てて近寄ってきたザームさんに抱き起こされる。

「どこか怪我をしたのか」

 慌ててあちこちを調べられる。

 つい先ほどまで自分の命の危機だったというのに、他人の心配をしている。

 死なせずによかったと。そう思える人だ。

 首を何とか動かし辺りを見れば、恐怖して縮こまっている子供二人とそれを守るように抱いている女性も見える。

 馬車の出入り口には槍使いと弓使いの姿もある。

 俺が倒れているのを見て、驚いたように近づいてくる。

 どうやら全員無事に済んだようだ。

 

 よかった。

 そう思い、俺は誘惑がどんどん強くなっている眠りの中へと落ちてゆく。

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