アリス
少女は、キョロキョロと辺りを見回す。
栗色の髪と瞳。
白いブラウスに、水色のスカート。
短い袖に縫い付けられた刺繍には、「高」の一文字。
「ようこそ。時の狭間へ」
その空間の住人に声を掛けられ、反射的に振り返る。
少し長めのストレートヘアが動きに合わせて靡いた。
「ここは、精神と物質、光と闇、生と死、世界と世界の狭間。俺は『死神』と名乗っている」
死神は少女の思考に答える。
やや大きめの眼が死神を見つめている。
「私は、アリス。......だった気がする」
「じゃあ、アリス。この狭間に来られたという事は、君は『客』という事になるんだが。君の願いは、何だ?」
「願い?私の......?」
アリスは、この空間に来るまでの経緯を思い返す。
ブツブツと声が漏れているのにも気付いていないようだ。
「......それで、なんでか屋上に行ってて。
ダメ。これ以上は思い出せない」
両手を上げ、降参を宣言すると同時に、何かを思い付いた様子で「そうだ!」と声を上げた。
「私の記憶を思い出させてっ」
「それは、少し難しいな。時間が掛かるぞ」
「構わないわ。私、何故かは分からないけど、待つのは得意なの!」
それが願いなら、と死神は目を伏せる。
体の前で手を広げると、辺りはシンと静まり返った。
アリスも、その雰囲気に気圧されてしまい、何も言い出せない。
しばらくすると、死神の手元に一冊の白い本が現れる。
「なるほど......」
白い本を手に取り、一枚ずつ静かに捲る。
先程の呟きの後すぐ本を閉じ、いつからあったのか分からない扉を指差した。
「君の願いを叶えるには、君自身に思い出してもらう必要がある。この扉の先にあるのは、君が居た世界とは異なる世界だ。
......願いを叶えたいのなら、扉を開け」
アリスは悩むことなく扉に手を掛ける。
少し重たい扉を押すと、金具が擦れる音がした。
「いってらっしゃい、アリス。気を付けて」
「いってきま......気を付けて?」
声を掛けてくる死神の方を向きながら足を踏み出す。
充分に前を確認しないまま扉の中へ入ってしまう。
あれ?という声と共に、アリスは“下”へ落ちてしまった。