うその代償
紙袋にはスーパーで買った、20%引きのお弁当と半値の食パンが入っている。
コンビニの週刊誌を立ち読みして運勢の欄を覗くと、金運が良かったので久しぶりにボートレースに出かけた。
適度に儲かったところでやめればよかったものを、つい欲をかき勝負したレースがはずれて、毎度の如く赤字となり、夕食と明日の朝食を手当てした。
紙袋は100円ショップで買ったのものである。スーパーのレジ袋は5円とられるし、それ以上に、スーパーに行ってきたことがすれ違う人に分かるのがいやであった。
アパートの階段を上がると、とりつきの部屋から裕介が出てきた。
「やあ、明彦、ひさしぶりじゃん、これからめしに行くところなんだけどいっしょにどう?」
「いや、もう食べてきたから……」明彦は、紙袋を裕介から見えにくい方の手に持ち替えた。
「俺は何もやる気がしなくて今日は一日中とじこもっていたけど、めしぐらいと思ってね。明彦はどこへ行って来たんだよ」
「俺? 図書館に行ってその帰りに、えっと、中華の銀将に寄っただけ」
裕介とは学生時代からの知り合いで、彼がギャンブル嫌いなので軽くそう答えただけだ。
事実、明彦は昆虫や昔のコインなどの図鑑を眺めるのが好きでたまには図書館に行くことはあったのだが……。
中華の銀将に行ったといううそは、スーパーで弁当をちょくちょく買っていることは、もう30才になったのに何かみじめな気がして隠しておきたかったからだ。
弁当は半分干からびているが、レンジにかけると湯気が立って、けっこう美味しそうになる。
それからテレビをみながらコタツに当たっているとそのまま横になって眠ってしまった。
寒気がしてすぐに蒲団にもぐり込んだが、翌日起きると体がだるくて熱があった。
その日は会社を休むことにした。買い置きのかぜ薬を通常の倍飲んで一日寝ていれば大抵は大丈夫であった。
ところが夕方には38度以上に熱が上がって、インフルエンザであろうと思われた。
結局医者にはかからず、途中一回だけスーパーに行ってレトルトのおかゆとバナナを買い込んできたが、4日間ほとんど寝ていた。
寝床から立ち上がっても頭がフラッとすることがなくなった休んで四日目の晩のことである。
玄関のベルが鳴って出ると、刑事であった。
「報道でご存じだと思いますが、近くで発生した山田不動産の社長殺しの件でして……」
「えっ!そんなことが?新聞をとってなくて風邪で寝込んでいたもので……」
「宮崎明彦さんですね。それで風邪のほうはどうなんですか?」
「やっと、ほぼなおったところです」
「それはよかったですな。ところで、ちょっとお聞きしますが、4日前の日曜日の行動についてです」
明彦はアリバイのことだとわかったが、まさか自分をターゲットにしているとは思わなかった。
「えっと、午前中はここでテレビを見ていて、昼から図書館に行きました。そして銀将で食事して戻りました」と明彦は、裕介に言ったのと同じ事を告げていた。
「なるほど、それで殺された山田さんとは面識がおありで?」
「山田不動産はこのアパートを仲介してくれたところですが、社長さんは知りませんね」
「そうですか、実は山田社長が殺されたのが図書館のトイレでして……、図書館に居られたのは何時から何時ですかな?」
「えっ、そうなんですか?えっと、1時半から4時半くらいです」
「その間、トイレに行かれましたか?」
「一度行きました」とボート場でのことを思い出しながら答えた。
「近くのスーパーに寄ったということはありませんか?」「いいえ」
「そうですか?翌日スーパーの隣の自動販売機のゴミ箱から凶器とみられる血のついた包丁が見つかっておるんですわ」
明彦は少し動揺したように、「そ、そうなんですか」と答えた。
「あと、スーパーのレジにある監視カメラに、あなたとよく似た男性が写っていましてねぇ……。もう少し、署のほうで詳しく聞きたいのですが、よろしいかな」
結局、明彦は任意同行せざるを得なくなった。
図書館には貸出返却コーナーには監視カメラがあったが、トイレは正面玄関から入ったすぐのところにあって、監視カメラはなかった。
しかし、犯行があった時刻に、図書館の玄関から急いで走り去る人を見たという目撃者がいて、黒っぽい服を着た20~30代くらいの男性で、そのイメージが明彦によく似ていた。
明彦は、そのとき本当はボート場にいたことを何度も訴えたが、それを証明してくれる人がいなくて、刑事は取り合わなかった。
そして、スーパーに行ったのに行かなかったと、うそをついたことがよけいに怪しまれた。
動機は自分が株などへの投資の失敗から多くの借金を抱えて絶望的なのに対して、社長は高級車を乗りまわし優雅に生活している事へのねたみとむしゃくしゃした気持ちから、計画的且つゲーム的な感覚で犯行を計画したと結論づけた。
裁判が始まって、わかったことが二つあった。
「アパートの23号室の男が怪しい」と一本の電話が警察にあったということと、裕介は渡米して行方がわからなくなったことである。
<完>