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もるもったぶ!  作者: 遊楽
実験条件
5/5



 ――『実験期間中は衣食住の保障もしましょう』


 もしかしてあの言葉はわたしの幻聴だったんだろうか。衣食住って衣服、食事、住居のことだよね? それの保障ってことは服が着れて、食べ物が食べれて、住む場所があるってことだよね? 食べ物が食べれるはずだよね!?(ここ重要)



 「…………」


 「どうした? 食べないのか? 別におまえが飢え死にを選ぼうとどうでもいいが、死なれては困るという話は昨日したはずだが。まだ理解できてなかったか」



 今日も今日とて鉄壁の前髪と、びらびらした黒コートを身に纏いわたしのいる部屋へやって来たもやしっ子。どうやらこの部屋は地下にあるらしく時間の感覚は分からない。けどクーグルさんの野生の勘が朝だと言っていたからたぶん朝。しかし、わたしたちを取り巻く空気は爽やかな朝に似合わずどんよりと淀んでいた。



 「…………え?」


 「なんだ? 魔法陣の中であれば、たとえあなたに害のある成分があったとしても問題なく処理される。見たことのないものだったとしてもおまえに害は及ばない」


 「………………え?」



 目の前にあるものが信じられずわたしは3回ゆっくりと瞬きを繰り返す。しかし、目の前の物体A――異臭を放つ青紫色の物体は消えない。


 なんか明らかに毒物っぽいんですけど。一口で比喩じゃなく天国に逝けちゃいそうな見た目と臭いなんですけど。召喚陣あるから平気、平気! なレベルじゃないんですけど。この魔法陣って地球になかった毒素をわたしの体に合わせて大丈夫なものに換えるんだよね? 地球にある毒物はそのままなんだよね? これ地球においても毒物扱いされそうなんですけど。大丈夫なの、ねぇ本当に大丈夫なの?


 混乱状態の抜けきらないわたしを心配してくれたのか、昨日の夜からずっと話し相手になってくれていたクーグルさんにそっと助けを求める。……光の速さで目を逸らされた。クーグルさんは不自然すぎるほどわたしの方に視線を向けず、ぱったぱったとしっぽを落ちつかなげに揺らしている。どっしりとした前足がしきりに鼻の辺りをこすっているところを見るとどうやらこの異臭はわたしだけに漂ってくるものじゃないらしい。



 「ええっと、1つ確認してもいいですか」


 「なんだ、まだあるのか? 俺はまだ眠いんだ。手短にするなら聞いてやってもいい」



 この男、鼻イカれてんじゃないのか。この臭いを嗅いで尚、寝ようっていうのか。魘されるぞ。


 しかし、手短にと言われれば手短にしようじゃないか。幸いたった一言で事は足りる。



 「これ、食べ物なんですか」



 至って真面目に尋ねたわたしの視界の隅でクーグルさんがよく言ったというように頷いた。そうだよね、たとえ異世界といえどわたしの疑問は間違ってないよね!?



 「失礼なやつだな。これが食べ物以外の何に見えると?」


 「ゴミ。もしくは毒物」



 即答したわたしにもやしっ子は「は?」と辛うじて見えている口元を歪めた。クーグルさんはその後ろでまた大きく頷いている。


 ゴミでもなく毒物でもないって言うなら、新種の有害物質ですかね。これ本当に食べられるもので作ったんだろうな。なんか緑色の煙でてきたぞ。シューシューいってんぞ。



 「これが」



 機嫌の悪そうなもやしっ子が指差す先には青紫色の物体。何度瞬きしてもそれしか見えない。だというのに。



 「おまえの朝食だ。この俺が作ったものが食べられないと?」


 「……ちょうしょく」



 ちょうしょくってなんだっけ。超ショックとかそういうんじゃないよな。


 わたしの記憶に間違いがなければ「ちょうしょく」は『朝食』であり、決して青紫色のスライムみたいな形をした緑の煙を立ち昇らせる物体ではないんだけど。ついでに牛乳と漂白剤と下水道のにおいを足して掛けたような臭いはしないはずなんだけど。



 「く、クーグルさん」


 「何も言うな。言いたいことは分かっている。そして無理に食べるな。魔法陣もお手上げレベルの毒物だ」



 まさかこれがこの世界の朝食のデフォルトなのか、と涙目で尋ねれば力強い返答が返って来た。内容はまったく安心できるものじゃないけど。



 「毒物ではない。ちゃんと食べられるもので作ったんだから食べられないわけがないだろう」


 「……それ料理ベタな人の常套句です」



 食べられるもので作ったはずなのに青紫色になるとはこれいかに。食べられるもので作っていてもね、調理のしかた次第で食べられないものにもなるんだよ。ていうか、食べられるものは緑色の煙を噴きだしたりしない。



 「パンとかないんですか」


 「ない」


 「じゃあ果物とか」


 「干からびたものでいいなら戸棚に入っているかもしれないな」



 ……ドライフルーツってことじゃないよな。



 「な、なにか手を加えずに食べられるものはないんですか。この際野菜そのままでもいいですから」


 「薬草でいいならあるが、生で食べるのはあまりおすすめしないな。苦いものが多い」


 「ク、クーグルさん」


 「残念ながらこの男の生活能力はこれが最高限度だ。おまえには申し訳ないが、この点においては歓迎するぞ。やっと人並みな生活が送れる」



 ひい!


 魔法陣云々関係なく、わたし1週間生き延びられる気がしません……! これが普通ってどういうことなの!? この男に家事を教え人はいなかったの!? ていうか、どうしてこんな状況で一人暮らしなんてしようと思ったんだ……!



 「被験体でも実験体でもなんでもいいですけど!」


 「それは前者も後者も同じものだろう」


 「黙れこの家事音痴! この際わたしの立場はどうでもいいから、せめて生存権は保証してください!」



 ――こうして前途多難(主に食事面で)な異世界実験体生活が始まった。ああ、わたしのハンバーグ……!



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