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もるもったぶ!  作者: 遊楽
実験条件
4/5



説明回。





 クーグルさんの説明を簡単にまとめると。


 その1。ここは地球ではない、ユチェリスタと呼ばれる世界であるということ。


 さっきもやしっ子が言っていた209なんちゃらは、この世界がある座標の番号なんだそうだ。クーグルさんが極限まで噛み砕いて説明してくれたことをさらにわたしが考えに考えて、ようやくどうやら世界の住所のようなものなのだと分かった。いやあ、数学とか物理とか大嫌いなのよ。もう異世界だとそんなの関係ない気もするけど。


 その2。わたしは魔法使いであるレイティス・アルバルト、つまり電波なもやしっ子に召喚されたのだということ。


 魔法使いというのはその名の通り魔法を使う人のことらしい。さすが異世界、ファンタジーだな! と感激したのだけれど、魔法使いと呼ばれる人種は絶滅危惧種なのだそうで、世界広しと言えども純粋な意味での魔法使いはこのもやしっ子ただ一人。もやしっ子のくせに希少価値は高い、と。生意気な。


 その3。クーグルさんはまことに不本意ながら(本人がやけに強調していた)もやしっ子、もといレイティスの使い魔であるということ。


 使い魔とは魔法使いに使役される魔物のことらしい。絶対服従というほど支配力は強くないけど、少なくとも主を傷つけることはできないよう制約が課せられているんだとか。その制約さえなければとっくにこの男を殺している、と牙をむくクーグルさんは怖カッコよかったです。


 で、魔物とは魔界にすむ生き物のこと。魔物には獣型が多いけど、力が強ければどんなカタチにもなることは可能なんだとか。クーグルさんは力の強いディアボールグという種の魔物らしい。なろうと思えば人型にもなれるみたいなんだけど、面倒だからならないそうだ。クーグルさんの人型とか絶対美形だわー、と想像上のイケメンに犬耳とふさふさしっぽを付けたら激しく萌えた。もう少し仲良くなったら、人型になってくれるよう頼んでみようそうしよう。


 その4。この魔法陣らしきものは正真正銘本物の魔法陣で、わたしを召喚するために作ったものらしい。


 どうやらこの魔法陣、わたしを守る結界のような役割を果たしているようで、地球になくてこの世界にあるわたしにとっての有害物質を中和してくれる役割を果たしているらしい。この世界では<異世界>のモノであるわたしに害のある物質がないとも限らないからそのための安全策だとクーグルさんは言っていた。つまり、ここから出たら死ぬと言うのは比喩でもなんでもなく、よっぽど運が良くない限り異なる世界に肉体が対応しきれずに死んでしまうってことらしい。いやだ、なにそれ怖い。顔を青くさせたわたしを、一週間もすれば魔法陣の効果が体に馴染んで魔法陣なしでも支障なく生活できるようになる、と相変わらずのイケメンボイスでクーグルさんが慰めてくれた。


 ちなみに「大丈夫だから」と慰めるクーグルさんとは対照的に、わたしの召喚主サマであるもやしっ子は部屋のあちこちに置かれた蝋燭の状態確認に忙しそうにしていてこちらを見向きもしなかった。ちくしょう、少しは悪びれろ。


 そして一番大事なその五。召喚術はとても高度な魔法であるため、召喚できたことさえ奇跡と呼べる所業で、元の世界への帰還は不可能であるということ。



 「……って、おおい!」



 いろいろ疑問はあるけど、とりあえずちょっと待て「その五」! 帰れないってどういうことだ! 今時の小説はちゃんと帰還方法も確保されてんぞ! 召喚対象に対する保証しっかり!



 「……だから言ったのだ。無生物にしておけ、と。せめて自我のない生き物にしておけばよかったものを。我々と同じ人型を召喚などと、性質の悪い誘拐と変わらん」



 絶望を全力で表現するわたしを見たクーグルさんが心底軽蔑した視線をもやしっ子に送ってるけど、ほんとにその通りだと思う。


 一歩間違えば死んじゃうし、しかも二度と帰れないとか。洗濯物途中なのに。目玉焼き乗っけたハンバーグ食べたかったのに。明日は洗剤の特売だから絶対買いに行きたかったのに……! あ、そういえばシャンプーも安くなってた! わたし丸まで付けて机の上に置いといたんだけど、お母さん買いに行ってくれるかな。


 と、今日の朝お母さんの溜息をもろともせずに赤ペン片手に見た広告の内容を思い出している途中でハッと我に返った。そして絶望した。


 帰れないことへのショックより明日の特売ってどういうことなの。17歳にしてどれだけ主婦根性根付いちゃってんのわたし。いや、特売は大事だけども。いやいやでも、自分のことながらもっと他にないのかわたし。


 1人なんだかずれたショックを受けるわたしをよそに、蝋燭の点検が終わったらしいもやしっ子は鉄壁の前髪を崩すことなく肩を竦めた。



 「何度も言わせるな、クーグル。今回の実験対象は、同じ人型であり我々と同程度の知能を有している生きモノ。無生物も、自我のない獣も実験対象にはなりえない。ユチェリスタでモノを調達すれば連盟に勘付かれる危険性があるから、わざわざ召喚術に手を出したんだ。でなければ、わざわざ大量の魔力を消費してまで禁術を使ったりしない」


 「……相も変わらず気持ちの悪い」



 クーグルさんが吐き捨てるように唸るのにわたしも大きく頷いて賛同する。


 そうそう、もやしっ子、思考がやっぱりマッドなサイエンティストっぽい…………あれ?



 「えっと。わたしが召喚された、というのはとりあえず信じるとしまして。……実験対象ってなんのお話でしょう?」



 ……ものすごく嫌な予感がする。悪感もする。寒気もする。命の危機も感じる。


 今までにないくらいの嫌な予感にわたしは引きつりすぎてもはや笑みともいえないなにかを浮かべる。いやいや、そんなまさかネ? 実験対象イコールわたしのことだなんて、いくらなんでもそんな、



 「もちろんおまえのことだ、モルモット」


 「いえ、森本です!」



 おい、モルモット呼びが定着してんぞ! たしかな意志を持って実験体扱いしてんじゃねぇぞ! わたし人間!


 きっちり訂正したのに図太いもやしっ子はどこ吹く風。鉄壁の前髪の奥から冷たい視線を送ってくる。



 「おまえは俺が被験体として召喚した。なにか問題があるか?」



 問題しかないもやしっ子の言葉に気絶しそうなほど顔を青くさせたわたしを、クーグルさんがこれ以上ないほどの憐れみを乗せた視線で見つめてくる。うう、慰めて慰めて。 



 「あの男も多少気持ちの悪い思考の持ち主ではあるが、人を殺すようなことはないから安心しろ。な?」



 あまり広いとは言えない魔法陣の中で蹲るわたしにクーグルさんが心底困ったような声を出す。


 でもだって、こんなマッドサイエンティストじみた男の実験体にされるなんて、そんなの、



 「内臓取り出して舐めてみたり、脳みそ取り出して切り刻んでみたり、果てにはキメラにされちゃったりするんだ……!」


 「気持ち悪いな!?」



 クーグルさんがぎょっとした顔、いや俯いているから分かんないうえに見た目狼のクーグルさんにぎょっとした顔ができるのかは分からないけど、とにかく声の感じがものすごくひいていた。



 「せめて麻酔はしてほしい! 痛いのは嫌! できれば意識もなくしてほしい!」


 「そこか!? そこまでされて望むのはそれだけなのか!? 痛みがなければいいのか!?」


 「わたし安楽死を望んでいるんです!」


 「内臓と脳みそを取り出されていても、まだ安楽死という扱いなんだな……」



 ちょっとコントじみてきたわたしとクーグルさんの会話を断ち切ったのは全ての元凶のマッドサイエンティスト、じゃないや、もやしっ子だった。



 「別に内臓を舐める趣味はないし、おまえの皺が少なそうな脳みそにも興味はない」


 「遠まわしにバカって言われてる!」



 ひどいっと顔を覆って泣き真似をしてみせたわたしをもやしっ子のバカ野郎は鼻で笑いやがった。なんだ、その完全に見下したような笑みは! 「ふんっ」って言っただろ! せせら笑っただろ!



 「はっきりとバカと言っているのがわからないとは。やはり知能は足りていなかったようだな。キメラを作ることもやぶさかではないが、わざわざ成功率の低い召喚術に大量の魔力を使って召喚したものを他のモノと一緒にするつもりはない。やるならこの世界の生き物で法に触れない程度にやるからおまえが心配することじゃない。第一おまえのような知能の低いモノを使ってキメラを作っては出来もたかがしれている」



 だ、誰か! わたしにナイフを! 勇者の剣的なものを! この悪辣大魔王を殺すから! コイツを殺しても誰も怒らないよ! きっと神さまも許してくれる! コイツ何回わたしをバカ呼ばわりすれば気が済むんだ!



 「キメラを作ること自体法に反することだ、このイカレ魔法使い」



 じたばたと魔法陣の中で怒りに悶えるわたしからそっと目を離してクーグルさんが吐き捨てる。……いやクーグルさん、そんなそうっと距離置かなくてもいいのよ? 別にわたし不審人物じゃないからね? むしろあなたの主たるもやしっ子の方が不審人物、というか真性の変態さんだから。そっちの変態さんのが危ないから。



 「俺は国の法になど縛られない」



 そして、きっぱりと何を言っているのこの男は。


 突然の異世界召喚に、実験体扱いに、無法者宣言に、とわたしのちっぽけな脳みそは混乱を極めている。混乱しすぎて涙も出てこない。



 「まあ、クーグルの言う通り、殺すようなことはしない。今はまだ」


 「……まだって言ったよ、この人」



 いつか殺しますって言ってるようなもんなんだけど。おいおい、この世界の政府はなにをやっているんだよ。こんな超危険人物野放しにしておいたら、あちこちで死体の山が出来上がるぞ。



 「それほど難しいことは言わない。ただ少し俺の好奇心を満たしてくれるだけでいい。実験が終わればどこへなりと行けばいい。実験期間中は衣食住の保障もしよう」



 悪い話じゃないだろうといわんばかりのもやしっ子のセリフにわたしは白目になりかける。



 「……好奇心」



 その好奇心のベクトルがおかしいから、こんなに恐怖しているんだよと思った召喚1日目。わたしは、早くも次の日に泣き喚いてでも実験対象から外してもらうべきだったのだと後悔することになる。ていうか、あの言葉に嘘があったと知った。


 ――衣食住の保障。たしかにあのもやしっ子はそう言ったはずなのに。



 「…………」



 これは一体どういうことだ。




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