異世界から、困惑を込めて
「ちぃぃぃっ! まだ追ってきてんの!? きてんだろーなーもーっ!」
オーケー。ちょぉぉっと落ち着こーか。
今、俺、南戸侑里は、俗に言う「異世界転移」、というやつを経験している真っ最中だ。
いや、ネットとか見ててさ、良いなぁとか思ってたらさ、光ったと思ったら何も起こんなくて幻覚かと思ってソン時ほっといて飲み物切れてたから買いに出たら浮遊感して見知らぬ世界ですよ。
インターバル準備期間だった、っていうね。
俺が憧れてたのは近未来よ。SFよ。少し不思議よ。ハイテクな時代よ。
後ろ、振り返ってみようか。
「貴様!姫様をどこに連れて行く! 魔撃部隊! 攻撃せよ!」
「「「火の精霊よ我らの願いを聞き届けよ……!」」」
めっちゃファンタジーだよ! 憧れてた世界たァ真逆! 俺別に剣と魔法の世界に憧れてたわけじゃないの! 銃と機械の何というかダークヒーローというか!
それより何より! 一番今危険呼び込んでるのは……!
「あら、なぜ爺や達はあんなに殺気立っているのでしょうか?」
「ほぼ間違いなくアンタの所為だと俺ァ思うけどねぇ!?」
この俺の隣を走るこの女、「メリッサ・ポロニア・なんちゃら(忘れたが延々と続く)・アーリア」だ。落ちてきた場所の近くでピクニックしていたようで、どうもどっかの家のお嬢様らしい。
私兵軍団まであるなんて、どんだけ金持ちなんだよこいつの家!?
「なんでついてくんだ!? あんたあの追ってくる集団に行けばこの全力逃走中な状況どうにかできると思うんだけれどそこんとこどーよ!?」
「あら、私はただあなたが放っておけないだけなのですが。あなた、どうやら別の大陸からの漂流者でしょう? その服装、見たことがありませんもの」
「いいから放っておいてくれ! このままだったら俺弁解する間もなく死ぬ!」
「それなら、尚更私の傍に居た方が良いんではなくて? 爺や達もほら、私があなたの傍にいるから攻め倦ねている様ですもの」
たしかにそうかもしれない。でも。
「あの男……姫様とあんなに顔を近づけて……!」
「「「悪・即・滅・殺! 狼・牙・断・絶!」」」
よく声が聞こえないがこれだけがわかる。
あれに近寄ったら死ぬ。なんの慈悲もなく死ぬ。負けて死ぬ。そう俺の勘がビンビンに告げてる。
「あの! 殺気立った! 集団が! こエェんだよ!」
「なら、これをお持ちくださいな」
ビーズアクセサリーみたいな輪っかの付いた十字架を手渡される。なんだっけ。あのショタ弓道部から教えてもらったことがあったっけな。ロザリオ、って言うんだったか?
「なんだ? こんなもん渡して」
「お守り兼、フリーパス、のようなものです。このロザリオの中心部分にある紋章の旗を掲げる場所でこれを使えば無償で宿泊できますわ」
「……なんでこんな施しなんぞを?」
「アプローチ、ですわ。こんなに好奇心が踊ることなど、ございませんでしたの」
「ふぅん。金持ちの考えることはよーわからん。じゃ、ありがたく使わせて貰うな」
「えぇ、それでは、また」
えらく、上手く行きすぎだ。何かあるな?なんというか、回避不可な厄介事がある。たぶんそれは蟻地獄の様に口を広げて獲物が引っ掛かるのを待っている。だけど今の俺の最重要項目は生き残ることだ。生き残って、そして出来るだけ早く元の世界に帰る。それが最大の目的だ。
何故かって? そんなの元の世界とこの世界の時間が完全にリンクしてるとも思えん。一ヶ月で帰ったのに向こうじゃ一年たってました、じゃ流石にきついからなぁ。
「それじゃあさよならだ。二度と会うこたない事、祈ってるぜ。賭けてもいい」
「では私はまた会うことに全額ベットです」
「おいおいお嬢様。賭博なんぞしてもいーのかよ」
「そのくらい、淑女の嗜み、という奴ですわ」
「カッ、お転婆嬢め。んじゃ、気をつけて戻りなよ。親牛どもに踏み潰されねぇように」
「ええ。では、また後ほど」
そう言ってメリなんちゃらは走る勢いを緩めて後ろの集団に取り込まれる。心の中で塩を巻いておく。厄介事なんかゴメンだ! バーッカ!
~~~~~
……こういう時、なんていうんだっけ。ハメられた! とか、やってくれたな糞アマ! とか?
しかぁし、今の俺にはそんな余裕なんぞ残されてはいなぁい。なんかふざけた喋り方になっちまうほど。
「まさか……後継者に相応しき男子が異世界人とは……世とは実に奇妙なものよ……」
なんかでっかい城ん中でなんかでっかいおじいさんが目の前でなんかでっかい威圧感を放って俺を見下ろしてる。さて俺は何回なんかでっかいと言ったでしょうか?
そんなことはともより、あのロザリオは罠だった。あれを宿屋で見せた瞬間に俺は兵士に囲まれた。気付けばよかった。普通に疑っとくべきだった。え? 俺の人生ここで行き止まり?
「ふふふ、お父様、その後継者様が怯えてらしてよ?」
どなたのせいで!? あーもう意味不明。思考停止。なんか頼まれたら二つ返事で引き受けよう。断ったら死ねる。
「ではお主……名を、なんと言う……?」
「ナンド・ユーリ。ナンドが性でユーリが名前。不敬とか言って殺さんでくれよ? 俺は礼儀を知らないんでね」
不貞腐れ。自暴自棄。今の俺をあらわすのに相応しい言葉はそれらだろう。
「では……ユーリ。お主を男子と見込んで頼みがある」
「はいはいなんなりとー? 今の俺に拒否権はないし……」
ぶっきらぼうにおじいさんの言葉に返す俺。弓が引き絞られてるのはきっと気のせい。……気のせいだよね?
「娘は、嗜虐が大好きだ」
「いきなりどんなカミングアウト!? ていうかわかるよ! それ! 今この状況が虐めだもん!」
「わしはもう、老い先短い……娘の歪んだ愛はもう受け止められん……」
おじいさんのその言葉に俺の背筋に寒気が走る。嫌でも背筋は伸びる。嫌な予感、虫の知らせ。そういえば俺のことを後継者とか言っていたような……?
「というわけで、わしはもう隠居し、お主に娘を嫁がせ、全権を与えたいと思う。そのための召喚魔法。お主以外に適任がいるならばまとめて呼び出されるはずだが、お主は一人のみ。この世界にも、全異世界をまとめてもお主一人じゃ。大丈夫、娘は眉目秀麗、決してお主を受け入れ、裏切らんじゃろう。……まあ、嗜虐趣味は仕方ないと諦めれば楽じゃ」
「諦めって言ったよねぇ!? ていうかどんな条件!?」
「国を纏められる頭脳を持ち、簡単には死なぬ生命力。知識は後から詰め込めば良いしな」
「良くない! 絶対良くない!」
「お主しか、いないんじゃ……! ユーリ!」
「何いい話方向で丸め込もうてしてんの!? 俺厄介事嫌なんだよ!」
「大丈夫、激流に身を任せ、同化する……後継者たるお主なら、厄介なこともないじゃろう……」
「厄介事はあんたの娘……!」
そこまで言ったところで頬を何かに打たれた。鋭く、じんわりとした痛み。ぴしゃん、という音。……鞭?
「あなた、言いましたわよね? 今の自分には拒否権はないと」
「え? いやそういうことじゃ」
「黙りなさい!」
「いやそれひどくぶぁっはぁ!?」
まだ叩かれていなかった方の頬を叩かれる。俺神教なんだけどなぁ。
「今このアーリア国はパシュトゥーン国、タジク国と争っているのです」
「いやあんたピクニックするほど余裕あったよごふぇ!?」
腹にメリなんちゃらのボディーブローが突き刺さる。うわおアクティブ。
「今は拮抗状態、いつ戦争が起きるかわからぬ状況です。そんな中あなたはこの国の王家後継者として召喚され、帰れぬ身」
「え、サラっと大事なこと言われた。え? 帰れないんだ、俺」
パニックが一周して逆に冷静。でも思考回路は支離滅裂。
「このサンスクリット大陸を制覇するため、あなたがこの先生き抜くためには王の座にあなたが就くしかないのです!」
「いや俺はほかの選択肢を選ぐへぁ」
ハートブレイクショット。この女、いいもの持ってやがるぜ……!
「就 く し か な い の で す !」
「……わかりました、就きます、就きますってば。だから暴力やめて」
「それなら、いいんですよ」
このアマ、ちょっと綺麗だからって調子に乗りやがって……! とか考えていたら回し蹴りを食らった。はい、ごめんなさい、調子乗ってたのは俺でした。
「では行きましょう、ユーリ・ナンド・アーリア一世! アーリアの名をサンスクリットに轟かせるのです!」
「あーもうわかったよやってやればいいんだろーっ!?」
これは後に反撃の名手、狼牙王ユーリ一世と、敵の軍勢を蹂躙する参謀、女王メリッサの伝説の始まりであった。続くわけがない。