009 :ゴミは持ち主へ
「え?」
思いも寄らない方向に話が飛び、戸惑うヒナコを追い立てるように、続ける。
「ちょっとは見返してやりたい!とか思うでしょう?」
「うーん……ちょっとは……思う、けど……」
歯切れの悪いヒナコに最後まで言わさず、たたみかけた。
「でしょう?ものは試しで、やってみない?よ~し、そうしよう!まぁ、細かいことは俺に任せて!さ、そうと決まれば善は急げ!センセは早退するって連絡して裏門で待っていて」
「え?えぇ~?!ちょっと待って。まだ、やるとは……」
驚き口ごもる手を引き上げ立ち上がらせる。
「あ、俺のお昼も持って行ってくれると助かる♪」
パッと手を放し、机の上に置いてあったビニールの買い物袋を押し付けた。
発言するタイミングを逃したヒナコは思わずそれを受け取り、目を白黒させる。
「あの、あの……」
必死に引き止める言葉を探したが、この場面での効果的な言葉が見つからない。
「じゃ、裏門でね」
「あの~加藤君~?」
情けない声を上げているヒナコを有無も言わさず残し、悪意を収めた白い紙袋を掴んで準備室の戸を閉める。
歩くと同時に後ろポケットから銀色に光る携帯を取り出し、話し始めた。
「あ、園生?今から裏門につけて。よろしく」
手短に切り上げたかと思うと、忙しなく通話の相手を切り替え、再び耳に当てる。
「ルリさん?お久しぶりです。はい。済みません。うん。これから行きます。俺じゃなくって。ま、会えば分かります。うん。全身をお願い。よろしく」
昼休みに浮つく校内を颯爽と歩きながら、軽い口調とは裏腹に目つきがどんどん冷淡に細められていく。
廊下で雑談をしていた生徒達が一様に口をつぐんで道を開け、通り過ぎたタツルの様子を後ろからそっと覗うほどに殺気立っていた。
開いている後ろの入り口から室内へ入ると、笑い声で満ちていたクラスが一瞬にして水を打ったように静まり返り、細波のような囁きが沸き起こる。
怜悧な視線の先は窓際、机を4つ寄せ合いお菓子を広げて談笑していた女子のグループ。
彼女たちも状況が飲み込めず、かつてない圧倒的な存在感を示すタツルを見詰めている。
当たり前に寛いだ光景の無神経さにタツルの胸が少しムカついたが、構わずにそこを目指した。
冷然とした美貌にただならぬ雰囲気を纏わせ移動するタツルを、太陽を追う向日葵の様に級友達が顔で追いかける。
間近に立たれた当の本人達は、冴え冴えと美く整った顔を近くで見る喜びと尋常ではない状況に対する不安が入り混じった表情を浮かべ、見上げるだけだった。
開け放たれた窓から、少し埃っぽい温い風に乗って校庭の歓声が流れ込む。
「これ、返す」
一言告げて紙袋の中身を彼女たちの輪の中心にさらけ出した。
その動きを緩慢な動作で追っていた顔が、自分達の生み出した汚物を認めて一斉に凍りつく。
「あと、これ以上付きまとったら、訴えるから」
一枚残らず袋から叩き出し静かに告げ、きびすを返した。
「憧れていただけなのに……」
少女の誰かが、床にまで広げられたルーズリーフの成れの果てに釘付けになりながら、呟く。
その言葉に弾かれたように振り返り、勢い良く足で机を壁に蹴り付けた。
壁を突き破るのではないかという大きな音が静まり返った教室に響き渡り、周辺が小さな悲鳴を上げ教室中が竦み上がる。
「だから何?都合良く被害者面してんじゃねーよ。反吐が出る。次は無い。二度と俺の視界に入るな」
低く一気に吐き捨てて、すすり泣き始めた彼女たちに背を向けた。
「ひでぇ」
教壇の上で立ち尽くしていた男子のグループの一人が思わず洩らす。
彼を横目で見て、タツルが凄みを込めて薄く笑った。
「どっちが?」
顔ごと目を逸らしバツが悪そうに隣を小突く。
突かれた方は、巻き込むなと言わんばかりに身を捩り俯いた。
嗚咽と鼻をすする音だけが響き始めた室内を悠然と横切り、律儀にも屑入れに紙袋をたたんで棄て、廊下に出る。
その足で裏門へ向かった。