006 :温もりの不在
学校祭は、担任を持たないヒナコを取り残して目まぐるしく過ぎ去り、秋のシルバーウィークにそのまま突入した。
本来ならば5連休になるはずの前半2日間を取られ少し不満顔の教師陣と、青春を完全燃焼させるべくエネルギーに満ち溢れた生徒達とのコントラストは壮観であった。
身の置き所の無いヒナコは校内をぶらつき、体育館を覗き、いつもの場所で休憩をして土日を過した。
その2日間ともタツルは準備室に居た。
校内に充満する喧騒に眉を少ししかめながら。
ひっそりとした室内に溶け込むように参考書を読むタツルを見ていて、ふと既視感に襲われた。
今まで、生徒とはいえ男性と二人きりでこんなに長く一緒に居た経験の無いヒナコ。
しかし誰かとこんな風にひっそりとした時間を共有したことがある。
本を開きながら、その相手を懐かしさと悲しみと共に思い浮かべていた。
Moon。
兄のような弟のような黒猫。
額に三日月のような模様があるから母が付けた。
なんてセンスの無い名前、でもそれ以外の名前は思いつかない。
母の悲しみの日に拾われた猫。
ヒナコが生まれる前の話。
物心付く前から一緒に遊び、一緒に成長した。
子どもの頃から本を読むのが好きなヒナコに時には寄り添って、時にはお気に入りの籠で丸まって、同じ部屋で同じ時間を過した。
静寂を好み、年頃のヒナコが友人に勧められた音楽を聴いていたら、眉をひそめていた。
名前を呼ぶと顔を上げ、一声鳴いたり鳴かなかったり。
優しい時間、穏やかな日々、そして半年前の別れ――
そこまで思い出して思考を停めた。
ムーンを失った傷はまだ新しく、深い。
涙が滲みそうになって慌てて活字を追った。
明日からは3連休だ。
朝も、そしてお昼休みもタツルに会うことは無い。
根っからインドア派のヒナコの3連休は、居心地の良い筈の自室を何故か空虚に感じさせた。
ちょうど膝に乗る心地よい大きさと重さ、それが呼吸する温もりの分だけ物足りない。
半年経って、ようやくその存在の欠如に慣れてきていたはずなのに。