005 :昼食を一緒に
授業を終えたヒナコが、今週末に控えた学校祭へまっしぐらの雰囲気に包まれた校内を通って、校舎の2階の端にあるひっそりと静まり返った国語準備室に戻る。
学校祭の準備はかなり進んでおり、あるクラスでは前面黒板が大看板に占領されて使えない為、廊下側の壁に設置してある黒板を使おうとクラス全員の座席を90度廊下側に回転して授業をさせられた。
自分の高校生時代はここまで力を入れていただろうかと思うほどの熱の入れ様に、進学校との差なのだろうとちょっと卑屈な考えが頭を掠め、一人で苦笑する。
気分を変えてお昼にするべく、母がいつも持たせてくれる2段弁当箱を取り出したところで準備室のドアが開いた。
「失礼します」
「え?加藤君?」
彼はいつも想像もしないタイミングで現れる。
「――お昼、ここで取っていいですか?」
ぶっきら棒にボソリとつぶやいた。
「え?えぇ?べ、別に良い……のかな?」
目を白黒させながら、疑問形で許可を与えてしまう。
「助かった。いつも教室では食べてないし、外も暑いし。どこもかしこも学祭の準備で人が居て浮かれまくりで、落ち着いて食べられる場所が無くて困ってたんだよね」
明るい表情に豹変したタツルは一気にまくし立て、廊下側に座っていたヒナコの後ろをすり抜けて、隣の佐藤先生の席に座った。
では普段はどこで過しているのか、と聞こうとしてなんとなく口をつぐむ。
ここに誰かが居ることを無意識に歓迎したくなったのだ。
この準備室はヒナコが着任してから彼女専用の控え室のようになっていた。
国語教師はヒナコを入れて6人居るが、隣の数学準備室は賑やかなのにも関わらず、一月近く経ってもここで他の教師に会ったことがほとんど無い。
職員室で会ってもどこかよそよそしい気まずい雰囲気が流れるので、資料の本たちで茶色くくすむ校内から取り残されたようなこの部屋を自発的に利用するようになったが、疎外感は拭えず寂しい思いをしていた。
この学校は不思議なことが他にも色々ある――タツルに関してもそうだ。
たまに行く職員室で他の教師に他愛のない会話に織り交ぜてそれとなく聞こうとしても、タツルの名が出ただけで皆一様に口を閉ざし避け始める。
まるでヒナコには話せない何かを職員室全体で共有しているかのように。
「食べないの?」
サンドイッチをかじりながら、考え込んでいるヒナコのお弁当に視線を向けてきた。
「え?いえ。食べるわ」
物思いから立ち戻り、お弁当を包んでいるハンカチを解く。
「もうすぐ学校祭ね」
細身の割に旺盛な食欲で、サンドイッチとおにぎりと焼きそばパンとハンバーガーを野菜ジュースで飲み込むのを横目で見ながら話しかける。
「そうですね」
全く興味のなさそうな返答が返ってきた。
「加藤君のクラスは何をするの?」
「さぁ?」
「……参加しないの?」
「全然。つーか、誰も誘わないよ?」
全く感情をうかがわせない薄ら笑いを向けられる。
「え?何故?」
理由が分からずきょとんとした表情を浮かべると、面白そうに見返してきた。
「本当にセンセって、面白いね」
「……?どこが?」
「俺に普通に聞いてくるところ、とか」
「普通……?」
彼の言う『普通』とは何なのか見当も付かずヒナコは首をかしげる。
「そんな所」
くっ、と笑ってデザートの「丸ごとバ○ナ」にかぶりついた。
「どんな所……?」
お弁当をつつきながら釈然としないものを感じポツリとつぶやいたが、その言葉は参考書を読み始めたタツルの脇を通って、少々かび臭い宙に吸い込まれていった。
一人の食事を凄く味気なく感じる作者です。