019 :森がぁる?
当初は「レッスン開始」と銘打って午前中を詳しくしようかと思っていましたが、作者の勉強不足により、偏った又は間違った知識を披露しては……と思い直し、レッスン内容を省いてお届けすることに致しました。
「お代を頂く以上は、きっちりと仕事をさせて頂きます」
などど、ヒナコにとっては至極不穏な宣言をしたタツルは、「足は大丈夫?」と気を配りつつも午前中みっちりとレッスンを行った。
「お昼にしようか」
「はいぃ」
頃合い的には真っ当な提案に、一も二もなくヒナコが飛び付くほどに。
「じゃあ、これに着替えて」
服を手渡され、疑問を挟む余地もなくレッスンの部屋に置き去りにされた。
「えぇ~?また着替えるのぉ~?」
タイトなレッスン服姿で取り残されたヒナコは、途方に暮れる。
しかし、ヘタレていてもらちが明かないので、体の線が丸わかりよりはまし、と気持ちを切り替え渡された服を広げた。
色合いはオフホワイトとアースカラーでまとめられた、裾にレースをあしらった洗いざらしのような手触りの柔らかい綿のキャミソールワンピースと、柄とニュアンスの違う布を何枚もアシンメトリーに重ねたふわりとしたスカート、繊細なレース編みのショールの様なボレロ。身に着けるごとに今までの自分とかけ離れていくような錯覚を覚える。
着終わった姿を確認する間もなく、見計らったかのようなタイミングで戻ってきたタツルもまた、装いを変えていた。
何かのモチーフが描かれた黒いTシャツにカーキのカーゴパンツ、髪型もいつもと違い緩くカールして毛先を遊ばせている。
「うん、可愛い。それも似合うね」
雰囲気のがらりと変わったタツルをしげしげと見ていたヒナコを、逆に見返して満足げに頷いた。
今度はカーッと頬を紅潮させて言葉を失っているヒナコをいなして座らせ、背後に回る。
「可愛い……可愛い……?」
言われた言葉をヒナコが反芻している間に、手際良く彼女の髪をアップにし大きなお団子をてっぺんに作り上げて、布製の花のモチーフをあしらった。
突然自分の頭上に出現したポンポンの様なお団子に感心している隙に、ヒナコの唇にはリップグロスが塗られる。
「仕上げはこれ」
唇の違和感に気を取られそうになっているヒナコの関心を手元に向けさせた。
差し出されたのは太めのフレームでつるに透かし彫りの入った個性的な眼鏡。
「伊達だから、かけて」
顔の前にかざされて思わず目を閉じている間に装着させられたヒナコは、恐る恐る目を開けて、切り取られた視界に違和感を抱いて目を瞬かせた。
「見辛い?慣れるまで少しかかるかも知れないけど、我慢してね」
申し訳なさそうに苦笑するタツルも、印象的な眼鏡をかけている。
「さ、行こう?」
差し出された手に惹かれて手を重ねたヒナコは、くいっと引き寄せられて、そのまま玄関に向かった。
「これを履いて」
用意されたのは歩きやすそうな革のサンダル。
言われるままに履いて、右手に立っている少女と目が合い、ヒナコは固まる。
首を傾げると、少女も向かい合わせに傾げてきた。
(なにこれ……可愛いんですけど)
背後でタツルは絶句する。
「コレハ、ダレデスカ?」
少女を指さしながら振り返ったヒナコは、何故か片言になっていた。
「本人すら欺く、完璧な変装でしょう?」
してやったりと笑うその顔に、うまく飲み込めないドングリ眼が問い返す。
「ヘンソー?」
「そ。誰かに見られたら、色々と面倒だからね。あとは俺の趣味」
「こんどはしゅみぃ?」
「ま、ま。いいから。お腹空いた。早く行こう?」
憮然とするヒナコをエレベーターに引っ張り込んだ。