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015 :のまれてる?

端麗な微笑みを向けられ顔が紅潮していくのがわかったが、動揺を隠すように精いっぱいの強がりを口にする。


「う、自惚れやさん」

「俺の?思い上がり?」


グラス越しに見詰められ、おもわず目を逸らす。


「子どもの癖に、生意気よ」


思わずグラスをあおった。

誰からも明らかな負け惜しみ。

5~6歳は下なはずなのにタツルの方が駆け引きに長けていた。


空いたグラスに静かに足されていく琥珀色の液体。


シルバーブルーに輝くテーブルの上に頬杖ついて、きめ細やかに立ち上る微発泡を眺めていたら、本当に世間のしがらみなどどうでもよくなる、幻想的な眺め。


理性をかき集めようとしても、霧散してゆく。


「どうしてぇ?どうして加藤君はそんなに慣れているの?」


少々ろれつが回らなくなってきていた。


「どうしてって……そんな子どもみたいに」


苦笑しながらヒナコを見れば、そこにはご機嫌なメトロノームが出来上がっていた。


「え?もしかしてヒナコさん、お酒飲めないの……?」

「う~ん?ほとんど飲んらことな~い。って、これやっぱりお(しゃけ)なの~?」


どんどん間延びしてきた。

普段もおっとりとした話し方だが、ここまで力が抜けると甘ったるく耳をくすぐる。


「大学の時は?」

「ビールわぁ、苦くて嫌~い。カクテルも変な味するし。先輩も飲まなくって良いって言って、代わりに飲んでくれたの~」

「……先輩?」


ピクリとタツルが反応したが、酔ったヒナコはお構いなしだ。


「うん。優しいのぉ…」


むにゃむにゃとテーブルに突っ伏しそうになったので、慌てて支えた。


「眠~いの~」


むずがるように体を自分で揺する。


「はいはい。帰りますよ」

「ん~」


緩慢な仕草で頷き首に腕を絡めてきたのでそのまま横抱きにすると、さらに腕に力を入れて頬を寄せてきた。

おねむで体温の上がっているヒナコからシードルの匂いと一緒に甘い香りも立ち上る。

が、腕に力を入れていることに疲れたのか、不意にクタッと力が抜け全身を預けてきた。

眠りそうで寝ていない顔を眺めながらエレベーターに乗り込む。

抱き直すために揺すり上げると、ふとヒナコの意識が戻る。


「ん~?お父ぉさん?今日ねーヒナコねーお姫様になったんだよ」


寝ぼけて、ふにゃっとした無防備な笑顔を浮かべたヒナコの頬に雫が落ちた。


目元も頬も拭う必要のない、一滴の涙。


「どうしてこの人は……直球のド・ストライクでくるかなぁ……」


口調こそは困った風ではあるが、その表情は愛しくてたまらないと言わんばかりの頬笑み。

“愛しい”を“かなしい”と読んだ人は、きっとこんな想いを抱いたのだろうと妙に納得するタツルであった。


再びヒナコを抱き直し、彼女の頬に落ちた涙の痕にそっと唇を押しあてたところで、目的階に着く。


「待たせたね」


車の扉を開いて出迎えた園生を軽く労い、ヒナコを抱えたまま車に乗り込む。


「いえ。佐々木様のお荷物はトランクに収めました」

「ありがとう。ヒナコの自宅まで」

「畏まりました」


そっと渡された毛布で横抱きに膝に乗せたヒナコの体を包む。

もぞもぞと胸に顔を埋めてきた。

愛おしそうに額に唇を落としているタツルをバックミラー越しに見て、思わず園生が聞いてくる。


「何かされたんですか?」


主従ではあり得ない疑いの言葉だが、タツルはそのこと自体には全く気にも留めない。


「人聞き悪いこと言うな。シードルで乾杯しただけ」


ヒナコの頬にまとわりついた髪を梳き上げる。


「ちょっと緊張を解そうとしたら、解し過ぎてしまった」

「左様で」


端的な返答も気にかけることなく続ける。


「思えば俺の周りって飲める人ばかりだから。ルリさんなんて水代わりに飲むよね」

「そうですね」


感情なんてないとしか思えない義務的な受け答え。

そんな園生に興味を向ける。


「園生は?飲んでいるの見たことないけど」

「お役目中は酒気帯びしないようにしているので」

「それって24時間てこと?」


園生の堅物な言葉尻を面白そうに取り上げる。


「そうなります」


あっさりと意外な事実を告げられる。


「え?園生も飲んだことないの?」

「飲酒経験はあります。が、酔ったことはありません」

「さすがと言うか何と言うか……」

「恐れ入ります」


呆れ言葉にも律義に返す園生に微笑みかけた。


「今度一緒に飲もうか」

「成人された暁には一献お付き合いいたします」

「融通が利かないなぁ」

「昔堅気なもので」

「そして一途?」

「……愚直なだけです」


タツルの意味深な発言に一瞬の間を開け、この男にしては珍しく感情を微かに覗わせた。


「俺も園生のように30年も想い続けられるのかな」


窓の外を流れる街の明かりに目を移し、無意識にヒナコの髪を梳る。


「お見受けする限り、とても大切になさっておいでです」

「今は……ね。園生みたいに物心付く前から想い続けているわけじゃないから」


ヒナコの寝顔に向けて暗い笑みを落とした。


「自分は特異な例だと認識しております」


慰めるでもなく、淡々とした口調。


「自覚、あったんだ」


可笑しそうに目を細める。


「客観的に捉えることも仕事ですから」


あくまで事務的な返答を、つまらなさそうに切り捨てた。


「ご立派で」


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