014 :親しさの目安
店内はトーンを落としたライティングで高級感と落ち着きに溢れ、エレガントな中にも力強さを感じさせる雰囲気を醸しだしていた。
プライバシーを確保する為にバンブーリーフ模様の穴あきのパネルスクリーンで囲われたテーブルには、スポットライトが射していて薄闇の中シルバーに浮かび上がり、幽玄さを強調するかのよう。
タツルを見かけたギャルソンの対応は躊躇なく、速やかに窓際の円卓に通された。
丸いテーブルに添うように設えられたソファーに座ると、眼下にはテールランプの長い列と街灯の連なり、街明かりが広がっている。
「素敵なお店ね。このビルはどの階も素敵!」
瞳を輝かせ、声を弾ませる。
「ルリさんはセンスが良いからね」
微かに誇らしげな笑顔を眩しそうに見ていたヒナコが、おずおずと話しかけてきた。
「ところで……あの、加藤君」
「何?」
少し身を乗り出し、テーブルの上で組んだ手に顎を乗せ、顔を向けてくる。
そのタイミングでソムリエが食前酒を注ぎに来た。
フルートグラスをゆっくりと満たしていく淡い琥珀色の液体。
一礼して給仕者が去ってから、タツルはグラスをわずかに持ち上げた。
「乾杯しよう?」
「か、加藤君!未成年がお酒なんて……!」
場をわきまえて、小声でたしなめる。
「問題ないよ。これはアップルジュース(を発酵させたもの)、アルコールは(ほとんど)入っていないから」
伏せ字だらけで、のらりくらりと言い逃れる。
「本当?」
「信じて、飲んでみて?」
拭いきれない疑いを晴らすため真っ直ぐに見詰め返しながら、グラスを軽く合わせ微笑を浮かべている口元に運ぶ。
それを見て恐る恐るヒナコもグラスを傾ける。
唇を湿らせる程度に舐め、顔を輝かせた。
「美味しい!」
「でしょう?」
「すごい!普通のりんごジュースより甘い!でも砂糖の甘さじゃなくって……」
「はいはい。にわかソムリエさん、前菜ですよ」
静かに運ばれてきたオードブルプレートを取り分ける。
一口つけて悦に入る。
「う~ん、これも美味しい!」
「お気に召した様で。ここの料理は全て美容にも良いからね」
料理をアピールしながら繊細な盛り付けを極力崩さないようにサーブしていく手に、しばし見惚れていた。
「で?さっき言いかけたことは?」
急に話しかけられ、とっさに何の話か見当も付かなかったが、思い出してみれば自分のしようとしていた話題がとてもこの場にそぐわないはしたないことに思え、グラスの中身と一緒に飲み込む。
「……後にします」
「そ?」
「えぇ」
「ならいいけど」
ちょっと不思議そうな顔をしながら、自らが取り分けた料理を片付けに取り掛かったナイフとフォークを操る手もまた、優雅だった。
「加藤君の仕草……とても綺麗」
「ふふ。ルリさんに厳しく躾けられました」
普段のパンに齧り付いている姿からは想像もできない物腰で、口に運ぶ。
エレガントなこの雰囲気の中でとても様になっていた。
「……加藤君って、お母様のことを名前で呼ぶのね」
聞きたいことは山のようにあるけれども、今ふと気にかかったことが口をつく。
「それ以外で声を掛けると怒られるんだよ」
苦笑を浮かべて肩をすくめた。
何故かタツルの返答を聞いてヒナコが俯く。
「私のことも……」
「ん?」
聞き逃しそうな小声に、耳を寄せてきた。
「私のことも、いつの間にか名前で呼んでる」
ポツリとつぶやく。
「ファーストネームで呼ばれるの、嫌?」
美しい目で少し悲しげにのぞき込まれると、たじろぎそうになりながらも目を横に泳がせて言葉を探す。
「嫌、とかそういう問題ではなくて、私は教師で貴方は……」
「この雰囲気であまり無粋な世俗の話をしないの」
言いかけてやんわりと遮られたが、毅然と言い放った。
「でも、看過できない事実だわ」
「もっと柔軟性を持たないと、高校生とは打ち解けられないよ?」
グラスを傾けながらそううそぶかれ、劣等感を刺激される。
「貴方とは……?」
疑問に思っていたことが自然とこぼれ出ていた。
「俺?俺は今のヒナコさんで十分面白いと思っているよ」
核心には触れずに軽く流す言葉。
いつも通りに煙に巻かれて論点がずらされていくのを感じながらも、気になる部分に捉まってしまう。
「面白いって…又そうやってからかってばかり」
「からかっているわけではないんだけど。反応を楽しんではいる」
「それを馬鹿にしているって言うんです」
「被害妄想は良くないなぁ」
クッと笑ってから、感情をうかがわせない笑顔を湛えた美貌が向けられた。
「それが許される位には気安い関係になっている、と思っていたんだけど?」
お酒は20歳になってから!
未成年の飲酒を推奨しているわけではありません。
あくまで物語上の表現とご理解下さい。