013 :鳳凰の子は鳳凰?
「ふ~ん」
鼻から抜ける声に水を差され、ここがどこであったかを思い知らされる。
慌てて離れようとするヒナコを逃がさず抱き締め、平静を装って一瞥を向けた。
「ルリさん、まだ居たんだ」
「あ~ら、ご挨拶ねぇ。母親の前でラブシーンを展開しておいて、それしか言うことないの?」
腰に手を当てハスに構えたルリが、たっぷりと含みをこめて笑う。
「母親?!」
タツルが何かを言う前に、ヒナコはそこに反応した。
腕を振り解き、ルリの方を向いてよろめく。
慌ててタツルが背後から肩を掴み支えた。
「お母様?」
小首を傾げて問いかける。
微妙に笑顔を穏やかなものに変化させ、肩をすくめるように手を前に組み直したルリが頷く。
「えぇ。母親です」
「え?でも、まだお若い……」
「タツルは、私が19の時の子です」
「……確か……加藤君にはお兄様が――?」
「それはタツルの異母兄です」
「!!立ち入ったことを聞いてしまいました」
「いぃえ、大丈夫。これ位の問いかけは茶飯事、ちっとも隠し立てしておりません。私にとって若くしてタツルを産んだ事は恥ずべきことではなく、むしろ誇らしいのですから。この美しく完璧な私の作品をあげつらう人など居やしませんわ」
揺ぎ無い言葉に圧倒されたヒナコは言葉を失うが、微かに違和感を覚えた。
と、背後で苦笑がもれる。
「そんな堂々と……こそばゆいんですけど」
「あら、ごめんなさいね。いつも思っていることをはっきり口にしただけですわ」
先程までの神々しさを感じさせないあっけらかんとした態度に、ヒナコまで笑い出してしまった。と、同時に先ほどの違和感は霧散する。
「うふふ。ようやく笑ってくれた。私も貴女が余りに可愛らしいから、ついからかい過ぎてしまったわ。許してね」
思いもよらない述懐と謝罪を受け、再びヒナコから笑顔が消え困惑気味にタツルを見上げた。
物柔らかに頷かれ安心したのか、戸惑った顔のまま視線をルリに戻す。
「あぁ、そんな顔をしてはダメ。タツルが言うようにせっかく美しくなったのだから、楽しまなくては」
「そうそう『笑う門には福来る』だよ。いっぱい笑って美味しいもの食べて、楽しまなくちゃ」
タツルの言葉が被さった。
「美味しい物と言えば、このビルの上に美容食のレストランが入っているの」
「さすが、如才ない実業家さま」
ルリの提案に間髪置かず茶々を入れる。
「失礼ね。私が自信を持ってお薦めできるお店だからですわ」
心底、心外そうにタツルを見やった。
「ま、ね。確かに賞賛に値しますよ。ミシ○ランに載せてもらう?」
「世迷言を。あんなタイヤの宣伝ブックに踊らされた人々に何がわかりますか」
「辛辣だなぁ」
「さておき、ヒナコさんがきょとんとなさっていますわ。お時間的にも頃合いですし、後は若い人たちだけで…ごゆるりとおくつろぎ下さい」
と言い残し、吹き抜けから階下に向かう螺旋に向かって身をひるがえした。
「「え?ルリさんは?」」
二人の声が重なる。
ゆったりと振り向いたルリが、ほくそ笑んだ。
「私も忙しいの」
気恥ずかしそうにしている二人に小さくキスを投げかけ、二度と振り返ることはなかった。
「こちらも行きますか。では、お手をどうぞ」
「え?」
見事なまでに完璧な後姿を見届けてから優雅に差し伸べられた右手に、まごつく。
「その靴じゃ、まだまともに歩けないでしょう?」
見透かされて少々面白くないのか、憮然と左手を重ねてきた。
「――ヨロシクオネガイシマス」
その様が可愛くて面白くて、ついタツルの口元が緩んでしまう。
締まりなくニヤけてしまいそうな顔を引き締めて、ヒナコの手を持ち替え背後に回り、左手で先導した。
「コツはね、頭から吊り下げられているイメージで体が一直線になるように意識して、足指の付け根部分でつま先歩きをするみたいに歩いてみて?」
「……ガンバリマス」
「そうそう、いい感じ。足、痛くない?」
「チ、チョットダケ」
「ねぇ、さっきから片言だけれど、もしかして腹筋に力を入れ過ぎて話し辛いの?」
「チョットダケ」
「ヒナコさんは筋肉無さそうだからな。明日は大変なことになってそうだね。今日帰ったら、足をシャワーとかで冷やした方が良いよ。もちろんストレッチもした方が良いけど」
「シャワーで?」
「そう。本当は湯船に水を張って太ももまで冷やすのが理想的なんだけど、普通のご家庭ではひんしゅくを買うでしょう?」
「そ、かも」
「ね?だから、膝上から水を掛けて脛とふくらはぎをしっかり冷やしてね」
「はい。分かりました」
話しながらエレベーターに乗り、ヒナコが素直に頷いたところでレストランの階に着いた。