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君を好きになっても?  作者: 娯楽
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001 「これからですか」

この物語フィクションでありそれ以上でもそれ以下でもないただの作り話です。

 ジリリリリリリリ――

 騒音ともいえるほどの大きな音を鳴らす目覚まし時計を俺は目を閉じながら探した。頭が覚醒していない状態での行為のためか、なかなか見付けられない。その間にも鳴り響く騒音に俺は眉を寄せながら嫌々目を開ける。

 ……なんでだ。

 目を開け、いつも置いてある枕元にあるはずの目覚まし時計を探すべく、そちらに視線を向けるがそこには何もない。しかし、存在を嫌というほどアピールしている目覚まし時計を音を頼りに探してみれば何故か床に落ちていた。今日に限って寝相が悪く落としたらしい。本当に珍しいことだ。

 俺は軽く溜息を吐きながら目覚まし時計を止める。

 ボタンを押せばチンッ、なんて音を最後に目覚まし時計は黙り込んだ。デザインに一目惚れして買ったもので個人的に気に入っている時計ではあるのだが、この時ばかりは睨まずにはいられない。

 赤を基調にした丸い目時計で、目覚まし時計といえばこうだ! と言わんばかりな形をしている。頭に付いている二つの金色の鐘がなんとも言えない、アナログタイプの時計ということもあり即買いだった事を昨日の事のように覚えている。……まあ、買ってからまだ一週間も経っていないのだけれど。

 んん、と声を少し漏らしながら伸びる。その時にまだ見慣れない自室を軽く見渡してみた。時計と同じくまだ此処に越してから一週間も経っていない。白い壁と白いカーテンを施した白を基調とした部屋。これは俺の趣味によるものである。白いテーブルに白い座椅子。白い本棚などなど。色の付いたものは極力省いた真っ白い部屋が今の俺の部屋だ。

 そんな自室を感慨深く俺は暫く見詰めていた。

 高校一年の時、俺は実家から通っていたのだが転勤族である俺の親父はタイミングが悪いことに三学期の最後のほうで転勤を言い渡されてしまったのだ。一年もまもなく終わり、これから二年生になろうという時期に俺はそのことを快く受け入れることが出来なかった。決して大きく反対することもなかったが、笑顔でいいよと言う事も出来ず。ただただ苦虫を潰したような表情で「……わかった」と言う事しか出来なかった。

 それから日に日に元気がなくなってきている俺を見て親父が「単身赴任しようと思う」と切り出してきた時には驚いた。うちの家庭は父子家庭で、お袋は俺が幼稚園か小学くらいの時に他界したと聞いている。残念な事にその辺の記憶は曖昧で、俺は覚えていないし、親父も「あれは幼稚園か小学校低学年か」なんて感じで詳しく語ろうとしない。まあ、親父としてもまだ語りたくない過去ではあるだろうから未だに俺は詳しく聞けないでいた。

 まあ、そんな家庭なのにも関わらず親父がそう言った時は本気で驚いた。

「鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だな……。いや本当に。そんな表情は生まれて初めて見たよ」

 とまで言われた。相当俺は驚いたに違いない。

 親父と俺しかいないということもあり離れる事に俺も俺で抵抗を覚えたが、親父の「学校は好きか?」という問いに俺は素直に頷くと「そうか。ならそのほうがいい」と言われてしまうと何も言えなくなった。

 それからは親父と一緒に部屋を探したり、生活用品や家電などを買い新年度が始まる少し前に越す事を決め、今に至った。正直に言えば楽しかったし、これからの生活が楽しみである。――家事をするのだけは楽しみになれないけど。

「さて、と」

 俺はそう呟いてベットから降りた。いつまでもこうしている訳にはいかない。

 さっさと顔を洗って朝食を食べて学校へ向かうとしよう。

 親父との約束で食生活を乱さない。という事もあって三食きちんと食べる事は意識しようと思っている。健康でいられるのが一番だと俺も思うから俺もその約束を無下にするつもりはない。

 部屋から出て洗面所へ向かいながら俺は朝食のメニューを考えていた。


「――、我ながらうまい」

 本日の朝食の献立は日本人らしく鮭の塩焼きに味噌汁、卵焼きに漬物と白ご飯である。定番であり王道ではあるが、好まれる事が多いから王道なのだ。俺の作った朝食もどうやらそこから外れる事はなかったらしい。

 ちなみにうちは父子家庭のため料理などの家事は分担していた。そして、帰りが比較的早い俺が料理を担当する機会が多かったのだ。

 つまり朝食に昼食である弁当、夕飯を作ることに関しては何の抵抗もない。ただの習慣である。

 ずずっと音を立てながら最後に味噌汁を飲み干す。実においしかった。


 朝食後、片付けを済ませ、身支度を済ませると学校へと向かうべく家を出た。戸締りを忘れないように鍵などをチェックして。

 そして、家の前で自分の服を見る。

 紺色のジャケットに白と灰と黒のチェック柄のズボンというブレザータイプの制服だ。俺はこの制服が好きで頑張って受験勉強をしたのを覚えている。全国でも有数の進学校のためそれこそ必死になったものである。まあ、その頑張りを傍で見ていたから親父もこうして通い続けさせることにしたんだろう。それにかんしては感謝してもし尽くせない。

 学校から比較的に近い場所にあるアパートを借りたため、前と同じ時間に出たとしても余裕を持って到着する事が出来る場所である。

 俺は毎日同じリズムで過ごすのが好きだから起きる時間から出て行く時間は実家の時と変わりない。そのため、ここから先は未知の領域である。

「未知との遭遇」

 なんてくだらない独り言を漏らしてしまうくらいには機嫌がいい。油断してしまえば頬も緩みそうである。なかなかの浮かれっぷりだ。

 そのままのテンションを維持しながら学校へと向かう。

 向かう最中の道程は初めて見る景色でなかなかに楽しめた。途中同じ制服を着た人間を見たがその数はまだらであり、この時間に登校する人間は希少なのだと認識する。と、そんな中知った顔を見付けた。

 知った顔。文字通り知っているだけ(、、)であるが。しかし、俺だけじゃない。みんな彼女を知っているに違いない。

 十字路の信号待ちで俺が立っている位置とは反対側のほうを彼女は歩いていた。

 彼女の名は片桐愛華(かたぎりあいか)。俺と同じく高校二年生で女優として活躍している正真正銘の芸能人だ。

 女優だけあって顔立ちは素晴らしく、高校生の可愛らしさと女としての色っぽさを兼ね揃えた可愛くて美人という反則級の美少女である。彼女とお近付きになろうと何人の男がアタックして粉砕されたことか。

 更に有名税というものもあり去年の一年間で数々の問題の渦中に存在した生徒でもある。ある意味で問題児扱いされていたのも仕方がないと思う。

 しかし、そんな彼女だが性格はこれも素晴らしく非の付け所のない聖人君子で、最初の頃はやっかまれて虐めになる寸前までいっていたらしいのだがその性格のよさのおかげで人間関係でのトラブルは無縁だったと聞く。それは最初の頃こそ虐めようとしていた人間たちが彼女の性格を直に触れ、彼女の人柄の良さに恥ずかしさを感じ、改心し、泣きながら謝ったと伝説になっているくらいだ。……噂だからどこまで本当なのかは分からないが。

 ともあれ、うちの学校で一番の有名人である。

 もしかしたら毎朝此処で見かけることになるかもしれないと俺は引っ越した事を全力で喜んだ。小さくガッツポーズもして。……現金? そんなの関係ねえ!

 程なくして信号が赤から青に変わった。

 多少開いた距離だが後ろを歩く分には都合が良いとも言える。

 だが、このまま普通に彼女の後ろを付けて歩くのはストーカーのような気分を彷彿させるため、此処は少しばかり早歩きをして彼女を追い抜くほうが無難だと判断した。勿論それまでの間は後ろから思いっきり堪能させてもらうつもりである。……変態? はははっ、俺は変態という名の紳士だ。


 彼女を早々に追い越し、少し勿体無さを感じながらも、それこそ後ろ髪を引かれる思いを振り切って、俺は学校へ向かった。

 途中、何度か振り返りたい欲求を抑えて黙々と道を進む。すると、思いの外早くに学校へ着いてしまった。俺は校門の前で軽く息を整える。

 校門を潜ると桜並木が綺麗に並ぶ、赤いレンガで舗道された綺麗な軽い坂道が俺を出迎えてくれる。ところどころ桜が散り、舞っているのがまた綺麗である。

 俺はその中を潜るようにして歩いていく。周りには新入生だろうか。はしゃぐ生徒の姿もあり、なんとなく頬が緩んでしまう。

 俺も去年、此処に辿り着いたときは絶句したものだ。こんなに綺麗な場所がある学校は他にはないだろうと。

 一年振りに見た満開の桜並木を見て当時の思いが再び溢れる俺は、はしゃぐ新入生の横を微笑を浮かべながら通り過ぎていく。

 何度見ても綺麗だと感じながら。

 時間にすればほんの一分ほどだろうか短くもあり緩い坂道を昇り抜ければ校舎へと辿り着く。学校の時計を見れば八時を少し過ぎたところで、始業式の三十分以上も前に着いてしまったようである。

 少しばかり予定よりも早く着いてしまったが、途中のアクシデント……まあ、この場合は幸運なものなため、それを喜びこそはしても憎んだり恨んだりなんか罰当たりなことはしない。健全な男子たるものその辺りは弁えているつもりだ。

 そして俺は校内へと入る。

 校内に入ってまず最初にする事は靴を履き替えることだが、その前に今日は確認しなければならないことがある。それは校内に入ってすぐに存在する掲示板だ。此処は全校生徒が必ず朝と放課後に通らなければならない出口であり入り口であるため、目立つという理由で此処に掲示板が存在する。俺たち生徒としても此処に掲示板が存在することはありがたいと感じているものだ。

 俺はその掲示板の前まで足を運び、クラスの割り振りを確認する。今日から新年度という事でクラス替えという年に一度の大イベントがあり、まずはそれを確認する事から始める。

「さて、俺の名前は、と」

「二年二組。私と同じらしいわよ? 和宮(かずのみや)君」

 掲示板に目を向け探している最中に後ろから話し掛けられた。自分で見付けたかったのだが、こればかりは善意でやっているはずのことなので文句は言えない。

 多少複雑な表情になっているかもしれないが礼を言うべく後ろを振り返った時だった。

「!」

 驚きのあまり言葉を失い固まる。

「?」

 俺が固まってしまったからだろう。彼女は首を傾げて俺を見ている。が、それでも俺の脳は停止したままだ。再起動にはまだ時間が掛かるらしい。

 それもそのはずだ。

 話し掛けた彼女というのは紛れもないあの(、、)片桐愛華なのだから。

「……私の顔に何か付いているのかしら?」

「あっ、いや、そんな事は……っと、教えてくれてありがとう、ございます」

 まさにしどろもどろ、というか、俺は言葉を発するだけで慌てふためいてしまう。なんていうか、威圧感がハンパねえっす! 的な感じだ。下手すれば後光が射して見えかねん。

 彼女は俺の言葉に首を傾げながらも「どういたしまして」と小さく笑みを浮かべながら言葉を返してくれた。いや、ええ人やほんまに。

 と、そこでようやく冷静さを取り戻した俺の頭はふと気になる点に気が付く。

「……そういえば、なんで俺の名前を?」

 和宮当真(かずのみやとうま)。これは俺の名前だが、言っちゃなんだが俺はそんなに有名人ではない。ほそぼそ、とまではいかないが結構地味に毎日を謳歌しているつもりである。

 なのに、一般学生Cくらいの名称でしか呼ばれなさそうな俺の名前を彼女が知っているという事に驚きを隠せない。

「……」

 彼女は俺の問いに笑みを浮かべたまま固まっていた。さっきまでの俺とは逆のパターンだ。

 しかも、彼女の笑みが若干引きつっている。これはそこはかとなく察するに口が滑ってしまった、といった感じなのだろう。はて、何か俺はこの人の前でやらかしたのだろうか?

 去年、俺が何か大恥を掻いたような出来事はないか思い出してみる。

 給食の時間、牛乳を鼻から噴出した。――いや、これはクラスが違う上に学年中に広まるような話じゃない。えーと、体育祭で転んだ……は、恥っちゃ恥だが俺だけじゃないし、活躍した連中の話のほうが広まるだろ。うーん、思い付かん。

 とりあえず、俺は彼女の前で大恥を掻いたんだろうと考え、この気まずい空気を払拭えようと口を開く。

「……ああ、なんていいますか。俺はその、気にしてないんで」

 うん、相手が何に対して気まずく思っているのか分からんから曖昧なことしか言えないな。

 しかし、彼女はそれでどうやら伝わったらしく「……ごめんね」と小さく呟いて苦笑した。うん、その顔も可愛い。思わず俺の頬も緩む。すると、彼女は安堵したような表情を一瞬浮かべ俯いてしまった。まあ、なんか知らんが俺がやらかした恥というのは結構大事らしい。気にしないと言った後、安堵した表情を浮かべた事に気付いた俺はそんな大きな事を忘れてしまったことに呆れてしまう。


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