博士と私パート3
「博士。手紙が届いてます」
「ほぅ? ――おお、研究仲間からだ」
「なにか発見でもしたんでしょうか?」
「どれどれ…お? 結婚式の招待状だ」
「は、結婚式? このトシで?」
「彼は若いよ。まだ30前だったはずだ。そうかそうか、遂に結婚するのか」
「行くんですか?」
「ああ、そうするつもりだ」
「…そういえば、博士は独身なんでしたっけ?」
「そうだ」
「どうして結婚しないんです?」
「………。平凡原理、を知っているかね?」
「まぁ、そのぐらいなら私も。『全ては平凡である』と言う原理ですよね」
「そうだ。この宇宙において、特殊な現象は何一つとして存在し得ない。
君が10メートルの高さからボールを落とせば、それは1.4秒後に地面に落ちるし、僕が10メートルの高さからボールを落としても、また然りだ」
「でしょうね。でなければ困ります」
「だからみんな、宇宙人がいると信じている。この地球に生命がいるのだから、他にもいたっておかしくない。それが知的生命体であるかどうか、そうであったとしてどのぐらいの知性を持ち合わせているか、は抜きにして、『地球外生命体がいる』という事に関しては、いまはあまり異論が出ていない」
「現に木星の惑星・エウロパに生命がいるんじゃないか、ってみんな真剣に考えてますものね」
「ああ。平凡原理とは、ある意味、全ての科学における暗黙の了解ともいえる」
「……で、それと結婚しない事に何の関係が」
「君はおかしいと思わないかね」
「何がです」
「みんな何故恋人は1度に1人しか作ってはいけない、と考えているのか」
「は?」
「仮にある男性が好きになる条件がAだったとしよう。そして目の前に、まさにAである女性が現れる――しかし平凡原理によれば。ある1人の女性がAであるならば、他の別な女性もまたAである、と言える」
「はぁ。ま、そうですね」
「仮に、Aと言う条件を満たす女性がこの世に…この地球上に1人しか存在しないとしよう。
しかしそうすると、その男性がその女性にめぐり合う確率は、単純に考えても60億分の1になってしまう。そんな確率は0と言ってもいい」
「……なんとなく、博士の言いたい事がわかってきました」
「しかも、そのAと言う条件を満たす女性が、その男性を好きになる、とは限らない。
仮にこの女性が好きになる条件がBだとして、男性がBである確率はいかほどか?」
「低いですね」
「だろう? するとこの世にカップルなど存在しない事になってしまう。だがこれは事実と反する。
よって背理法により、Aと言う条件を満たす女性はこの地球上に少なくとも2人、存在しなければならない」
「それならば、この男性は同時に2人以上の女性を好きになってもおかしくない、いや、ならなければならない、と言う事ですか?」
「その通りだ。なのにみな、それを許さない。このような非論理的な事は僕は好きではない。だから結婚はもちろん、恋人も作らないというわけだ」
「はぁ。でも博士」
「なにかね?」
「博士は別に、結婚しないんじゃなくて、結婚できない、のでは?」
「………」
「………」
「……!!!」
「!??!!?」
「~~~~~!!!!」
「ごめんなさい博士。私、まさか博士に傷つくとか、悲しむとか、そういう人間的感情があるだなんて思ってなかったんです。
そうですよね、この世に特別な存在なんていないのですから、博士も人間的感情を持ち合わせてますよね」
「そうだ。それこそが暗黙の了解だっ」
「ですよね、ごめんなさい。元気を出してください。
そうだ、今度一緒にどこか食事にでも行きましょう。ね、博士」
2007年 夏




