博士と私
「本格化する地球温暖化を前にして、物理学者である我々に何ができるか」
「突然どうしたんですか、博士」
「僕は問いたい」
「私にですか」
「他に誰がいる」
「博士が」
「今のは独り言だと?」
「博士、疲れるとよく独り言いうじゃないですか」
「うむ。君の観察は実に正しい。だがこれは独り言ではない」
「そうですか」
「で、どう思う」
「そうですね。物理学と言う立場からすれば、今までとは全く違う熱機関の開発が可能でしょうか。
現在のところ、化学の方面から、いわゆるバイオマス燃料が開発されていますが、
我々は燃料ではなく、機械の方を改良できるでしょう」
「ふむ、実に君らしい、わかったようなわからないような回答だ」
「私にはわかるので大丈夫です」
「それではダメだ。科学の世界では、相手に理解されない理論は存在しないに等しい」
「別に、博士に理解してもらおうとは思っていません」
「そうか」
「そうです。…で、どうして突然そんな話をしだしたんですか」
「気になるか」
「気になります」
「そうかそうか。気になるか」
「早く言ってください」
「そんなに言って欲しいか」
「やっぱりいいです」
「……いや、聞いてくれないか」
「聞いて欲しいんですか」
「ああ」
「わかりました」
「よかった。見てくれ、僕の白衣を」
「びしょびしょに濡れていますね」
「何故だと思う」
「先ほど、土砂降りの雨の中、走って帰って来られたからですね」
「そうだ。何故今日のこの時、この瞬間に、この突然の夕立が起こったのだろうか」
「私は知りません」
「地球温暖化のせいだ」
「は?」
「地球温暖化によって雨が増える事は、シミュレーションでわかっている。
故に、この雨も地球温暖化によるものだ。だから僕の白衣が濡れたのは、地球温暖化のせいなのだ」
「………」
「今一度問いたい。本格化する地球温暖化に対して、物理学者である我々に何ができるのか」
「博士。今はいい折り畳み傘が100円ショップに売っています」
「うむ。それが僕の求めていた答えだ」
2007年 梅雨