第1話:毒と薬膳茶
「……これは、呪いなどではありません。ただの食あたり、それもあやかしの毒によるものです」
薄暗い後宮の一室。 寝台に横たわる美しい妃の顔を覗き込み、鈴ははっきりと言い切った。
周囲に控えていた女官たちが、息を呑む気配がする。 「な、何を言うか! お前のような町娘に、この恐ろしい呪いが解せるとでも言うのか!」 宦官の一人が声を荒らげたが、鈴は動じなかった。
鈴の鼻には、この部屋に漂う甘い香りが届いていた。 人間には感じ取れない、あやかし特有の「瘴気」の匂いだ。
「妃様はここ数日、夜な夜な甘い菓子を召し上がっていませんでしたか? それも、市場には出回らない、あやかしの里から取り寄せた『月見草の蜜』を使ったものを」 「な、なぜそれを……」 「月見草の蜜は、人間が過剰に摂取すると深い眠りに落ち、やがて衰弱します。あやかしにとってはただの甘味ですが、人間にとっては毒なのです」
鈴は背負っていた薬箱から、乾燥させた薬草と、小さな土瓶を取り出した。 「今から、この毒を中和する薬膳茶を煎じます。お湯をいただけますか?」
「待て」
その時、部屋の隅から低い声が響いた。 現れたのは、腰に長剣を佩いた、冷たい目をした青年だった。 宮廷の護衛官、蒼月だ。
「お前が、町で評判の薬膳師か。ただの娘のようだが……その言葉、信じてよいのだな?」 「信じるも何も、目の前で人が死にそうになっているのです。お茶の一杯も飲ませられないなら、私は町へ帰ります」
鈴の物怖じしない態度に、蒼月はわずかに目を丸くした。 だが、すぐにその口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「いいだろう。やってみろ。ただし、失敗すればお前の命はないと思え」 「お茶を煎じるのに、命をかける趣味はありません。……ですが、もし治ったら、宮廷の厨房にある『千年人参』を少し分けてくださいね」
鈴はそう言うと、慣れた手つきで薬草を調合し始めた。 彼女の小さな手が、あやかしの毒に侵された後宮を、静かに変えようとしていた。




